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巻ノ伍拾四 三の姫 の巻

『俺のターン! ドロー! 手札よりタップとダイスを攻撃表示で召喚!』

 大作は心の中で高らかに宣言する。これ以上は無いというドヤ顔だ。


「南蛮人は螺子(ねじ)を作る際、このような道具を使っております。とても固く作られております故、穴や棒に捩じり込むことで溝を削ります」


 鍛冶屋たちが『その発想は無かったわ』って顔をしている。大作としては『(たがね)で叩いたり熱間鍛造する方がよっぽど無いわ!』と思ったが口には出さない。

 暫しの間、鍛冶屋たちを沈黙が支配する。最初に立ち直った若い鍛冶屋が口を開いた。


「この道具はどうやって作るのでございますか?」


 大作は『こいつもどちて坊やかよ!』と心の中で悪態をつくが顔には出さない。


「気張って作るしかありません。イングランドのヘンリー・モーズレイは、まずは刃物を真直ぐに保つために真に平らな台を作りました。そして元になる螺子を作ました。それからは山と谷の深さや隔たりを測っては作り直し、測っては作り直しの繰り返しにございます。完成まで十年の歳月を費やしたそうな」


 鍛冶屋たちが息を飲む。まあ、実際にモーズレイが螺子切り旋盤を作ったのは二百五十年も先の話なのだが。


 大作はタイムスリップ物のSF小説であっと言う間にネジや旋盤を作ったりする作品を見かける度に思う。『そんな簡単に作れるわけないやろ!』と。

 伊○三尉たちが臭水からガソリンすら作れなかったことにリアリティを感じるタイプの人間なのだ。

 だからと言って螺子作りに十年も掛けるつもりも毛頭無い。そのために重たいのを我慢して運んで来たのだから。


「とりあえず皆様方にはこれのコピー、じゃ無かった、複製? 似たような物を作って頂きたい」

「これをお貸し頂けるのでございますか?]


 年配の鍛冶屋が驚愕している。だが、大作としてはアマゾンで二千円で買ったタップダイスセットなんてどうでも良い。

 一個で三千円するM14×2のポイントタップとダイスを予備に持っているのだ。


「お近づきの印に差し上げます。タップを折らないよう取説を良く読んで下さい。代金代わりと言っては何ですが、宜しければスライドレスト付きの旋盤を作って頂きたい。まあ、その件に関しては後ほど詳しくご説明させて頂きます。それより皆様は『レビ○トの螺子の穴』をご存じですか?」

「れ○っとのねじのあな?」


 お園が胡散臭そうに鸚鵡返しする。その表情は『これ以上脱線しない方が良いんじゃない?』と言っているようだ。

 当然ながら誰も知ってるわけが無い。ハーバードビジネススクール教授のセオド○・レビ○トが1960年代に発表した論文『マーケティ○グ発想法』に出てくる言葉なのだ。


「マーケティングの格言にございます。ドリルを買いに来た客はドリルが欲しいのではございません。穴が欲しいのです」


 その場にいる全員が怪訝な顔をする。この表情は堪えられん。これが見たくて俺はこの時代に来たんじゃなかろうかと大作は思う。


「筒の尻は螺子で塞ぐしか無いのでしょうか? 螺子を切らずに済めば大幅なコストダウン、作る手間が省けるのでは? そんな絡繰りはございませんでしょうか?」


 大作は全員の顔をゆっくりと見回しながら芝居がかった口調で言う。

 もしかして俺は演技性パーソナリティ障害なのかも? 大作はちょっと不安になる。

 まあ、仮にそうだとしても今さらどうしようも無い。大作は考えるのを止めた。


「もし筒の尻を塞がなかったらどうなると思われますかな? 弾は飛ばないでしょうか?」

「何やら禅問答のようでござりますな」


 年配の鍛冶屋が首を傾げながら呟く。そんな考え込むような難しい話でも無い。頭の固い連中だと大作は呆れる。


「思考実験と申しまして、頭の中で試してみるのでございます。たとえば、こう考えてみてはいかがでしょう。筒の真ん中に火薬を置いて前と後ろを弾で挟みます。火薬に火を点ければ?」

「前と後ろの両方に飛ぶわ」


 これ以上、話が脱線するのを阻止しようとでも言うのだろうか。お園が堪え切れないといった様子で口を挟む。


「Exactly! 運動の第三法則だ。作用・反作用の法則とも呼ばれるな。弾を前に飛ばそうとする力と全く同じだけの力が後ろ向きにも掛かるんだ。弾は目にも留まらぬ速さで飛んでいく。でも、三匁五分の弾の重さは十五貫目の目方の人の四千分の一しか無い。後ろ向きの力は大した物では無いんだ。そうじゃなきゃ、撃った人が後ろに飛んで行ってしまうだろ」


 大作はですます調が面倒になってきたので、お園が話に入ったチャンスを捉えてタメ口に切り替えた。


「そう言えばそうじゃな。多少、鉄砲が跳ねておったが大したこと無かったぞ」


 この中で唯一、鉄砲を撃つところを見たことのある工藤弥十郎が初めて言葉を発した。話題が専門的過ぎて参加出来なかったらしい。

 お園が心底から呆れ果てたといった顔をして言う。


「前と後ろに弾が飛ぶなんて危なっかしくてしょうがないわね。敵に取り囲まれた時くらいしか役に立たないわよ」

「別に後ろに飛ばすのは弾じゃなくても良いと思わないか? パンが無ければ菓子を食べれば良いのと同じだぞ」


 大作のわけの分からない例え話に全員が付いて来れない中で、お園だけが反応した。


「パンって、あの妙な食べ物ね。それはそうと、弾じゃない物を後ろに飛ばせということかしら」

「理解が早くて助かるよ。反動と同じ運動エネルギーを持つ重量物なら何でも良いんだ。これをカウンターマスとかカウンターウエイトって呼ぶ。粉にした鉄なんかを使えば味方が後ろにいても大丈夫だろ。とにかく、こういうのを無反動砲って言うんだ」

「では、大佐殿は我らに尻に蓋の無い鉄砲を作れと申されるのか?」


 若い鍛冶屋が目をキラキラさせながら興奮気味に言う。『お前、そんなに無反動砲が作りたいのか?』と大作は心の中で突っ込む。


「いやいや、尻に蓋をしない方法もあるという一例に過ぎません。皆様にパラダイムシフト、って言うか発想の転換をして頂きたかったのでございます。見方を変える、固定観念を捨てる、常識を疑うのです。斬新なアイディアにより時代を大きく動かしましょう!」


 そんな話をしながら大作はスマホにFP-45 リベレーターの写真を表示して鍛冶屋たちに見せる。


「この鉄砲はアメリカのゼネラルモーターズ社が作りました。十間も離れると人に当てるのも難しい、十発か十五発も撃つと壊れるような粗末な作りです。僅か二月の間に百万丁が作られたそうな。なんと一から七まで数える間に一丁が作られたとのこと。一丁二ドル、五十文ほどにございます」


 大作はブリーチブロックを開いている写真を表示する。リアサイトを兼ねた厚さ数ミリの鉄板が銃身の後端を塞ぐという怖い構造だ。Wikipediaによると品質検査の試射で死者が出たらしい。試射で死者って。大作は笑いそうになったが不謹慎なので我慢した。


「薬莢と呼ばれる底を塞いだ銅の筒を使って隙間を塞ぎます。要は隙間を塞いで反動を押えられれば螺子なんてどうでも良いのです」


 そう言いながら大作はタップダイスセットを手で追い払うジェスチャーをした。


 この時代の鉄の品質は二十世紀に比ぶべくもない。なので、もっと強固に作る必要はあるだろう。

 それにWikipediaによると黒色火薬は燃焼速度が早いから反応を緩和させた褐色火薬を使った方が良いとか書いてある。

 そうは言っても.45ACP弾の弾頭重量は十五グラムなので四匁だ。M3サブマシンガンがストレートブローバックで動作してるんだから何とかなるんだろう。

 全然関係無いけど『カリオスト○の城』冒頭でカジノの用心棒たちがM3を使ってたのを大作は思い出す。

 って言うか、さっきから全然関係無いことばっかり頭に浮かんできて話が頭に入って来ない。大作の集中力は早くも切れかかっていたのだ。


「尻を塞ぐには拡張式緊塞具って言う方法もございます。弾を撃ちだす反動で(きのこ)のような筒が銅で出来た輪を押し広げて隙間を塞ぐ絡繰りです。フランスのシャスポー銃は天然ゴムのパッキンを使っていますな。ちょっとトイレ、じゃ無かった厠に行って参ります。皆様も良いアイディア、知恵をお出し下さいませ」


 そう言うと大作は素早く部屋を抜け出す。お園が怖い顔をして睨んでいるが軽くウィンクしてやり過ごす。

 台所でお茶でも貰えないか聞いてみよう。そう言えば茶の一杯も出てこなかったな。実は工藤様って貧乏なんだろうか? 大作はちょっと心配になる。

 まあ、どうでも良いか。どうせ長いこと居候するつもりは無い。大作は考えるのを止めた。




 大作は隣の部屋に移って襖を閉める。ふと横を見ると見知らぬ女性が二人、襖に寄り添うように座っていた。

 死ぬほど驚いたが何とか悲鳴を飲み込む。びっくりして大声出すなんて格好が悪すぎる。

 って言うか、勝手に入ったことを謝った方が良いのだろうか? トラブルは避けたい。とりあえず謝っとこう。


「申し訳ございません。だれもおらぬと思った故、勝手に入ってしまいました。ご無礼の段、平にお許しを」


 大作は額を畳に擦り付ける。


「面を上げられよ。許しも得ず盗み聞きしておった(わらわ)が悪いのじゃ」


 許可が出たみたいなので大作は顔を上げる。重経より少し年上と思われる少女が畳の上に座っていた。

 また変なイベントか? 大作は一瞬だけ警戒する。だが、さすがにこんな子供相手にフラグは立たないだろう。すぐに警戒レベルを引き下げた。


 明るい色の小袖の上に派手な模様の打掛を腰の辺りに巻き付けている。凄く歩きにくそうだ。

 たぶんこの格好で外を歩き回ったりすることは無いんだろう。

 腰までありそうな長い髪を首の後ろで束ねている。まるで大河ドラマの姫様みたいだと大作は思った。

 

 反対側にいる女性はお園くらいの年格好で着物のグレードは数段落ちるようだ。お供の女中か何かだろうか。

 とりあえず自己紹介くらいはしておこう。大作は偉い方と思われる少女に頭を下げる。


「拙僧は大佐と申します。この度、若殿のために鉄砲を作らせて頂くことと相成りました。お見知りおきのほどを」

「こちらにおわすお方は三の姫様じゃ」


 女中が姫に代わって答える。もしかして偉い女性とは直に話してはいけないみたいな面倒なルールがあるのか?

 それはそうと三の姫って『もの○け姫』のヒロインじゃないか。久々にアニメキャラみたいな名前をした人物の登場に大作は嬉しくて小躍りしたくなる。


「直答を許すぞ。近う寄れ」

「有り難き幸せにござります」


 全然有り難くないけど大作はとりあえず礼を言う。その方が早くこの部屋を脱出することが出来そうだ。

 だが、大作の希望は無残に打ち砕かれる。


「和尚は鉄砲に詳しいそうじゃな。妾にも話を聞かせては貰えぬか」


 まあ良いか。希望が絶望に相転移するたびに五セント貰っていたら今頃俺は大金持ちだぜ。

 こうなったら姫がギブアップするまで鉄砲縛りトークでうんざりさせてやろう。

 大作は邪悪な笑みを浮かべながらスマホを起動させた。


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