巻ノ伍拾参 村の鍛冶屋 の巻
翌朝、大作たちの部屋に重経の家臣が現れる。朝餉にも陪席せよとの仰せだ。タダ飯は大歓迎なので大作たちは大急ぎで重経のもとへ向う。
「ゆうべはお楽しみじゃったな」
開口一番、重経が悪戯っぽく笑いながら言う。何てませた餓鬼だ。大作は心の中で毒づく。
「お戯れを。拙僧は御仏にお仕えする身にございますぞ」
だが、流石の大作も同じ手に二度は引っ掛からない。余裕の表情で切り返した。
朝食を終えると大作たちは重経に何度も礼を言って屋敷を後にする。
ほのかは手紙を懐にして日向へと風のように走り去った。
あの巨乳が走るとどんな風に揺れるんだろう。思わず鼻の下が伸びる。
御仏にお仕えする身なんて言いながら、邪な妄想からは逃れられない大作であった。
工藤様の屋敷に戻ると丁度、弥十郎が鉄砲を二丁借りてきたところだった。
相変わらず仕事が早い。こちらにも丁重に礼を言って鉄砲を預かる。
まもなく領内の鍛冶屋が集まるとのことだ。広い部屋を用意して頂く。
大作はそれまでにお園やメイと一緒に火縄銃の予習をすることにした。
大作は火縄銃の現物に触るのは初めてだ。
まあ、歴史番組やyoutubeで見たことあるし、単純な構造なので大丈夫だろう。
銃は何度か試し撃ちしただけの新品同様だ。手入れも行き届いているらしい。
「この長い筒が銃身だ。尻を回してやると外れるようになっている」
そう言いながら大作は螺子を回して外す。お園とメイが興味深そうに見ている。
「こんな物、どうやって作ったのかしら?」
不思議そうにメイが呟く。ちょっとは自分で考えろよ。大作は心の中でぼやく。
大作の期待に応えるかのように、お園が考え込んで言う。
「棒を作って穴を開けるのは無理ね。先に棒を作って巻いて行くのかしら。でも、棒を抜くのが大変そうね」
鋭いな。いや、それくらいしか方法が無いんだからしょうが無いのか?
とは言え、穴を開けるのは無理と切り捨てるのは問題だぞ。現代では普通にガンドリルマシンを使って棒に穴を開けてるんだ。
「この螺子はどうやって作ったと思う? メイ、頑張って考えてみろ」
「ねじ?」
大作は無理を承知でメイに振ってみる。正解は出せなくても良い。自分の頭で考えることが大事なのだ。
メイは雄螺子と雌螺子を穴が開くほど見つめている。観察するのは大事だなと大作は感心する。
「鉄の棒を削るしか無いわね。でも穴の方はどうやったら出来るのかしら」
「棒の方は削れても、穴の方を削るのは大変な手間よね。こんなに直と合わさるように削れるものかしら」
お園も不思議そうにしている。二人とも熱した鉄が柔らかくなるのを見たこと無いのだ。そこに思い至らないと正解にはたどり着けそうも無い。
「正解は鍛冶屋の皆さんが集まったら教えてやろう。きっとびっくりするぞ。絡繰の方は実に単純だ。火縄を挟んだ火挟を起こすと松葉バネが押さえられる。引き金を引くと留め金が外れてバネの力で火皿に落ちる。この鉄砲は紀州で作られたらしいな。外絡繰と言ってバネが外に出ているタイプだ」
大作は説明しながら火挟を起こして引き金を引く。呆れるほどシンプルな構造をしている。
ふと気が付いたようにメイが質問する。
「これがいくらくらいするんですって?」
「ケースバイケースだろうけど銭十貫文くらいが相場なんじゃないかな? これを大量生産によって銭二貫文くらいまでコストダウンするのが当面の目標だ」
実際問題、戦国末期にはかなり安く供給されていたという資料を読んだことがある。俺は四百五十年未来からやって来たんだ。歴史を五十年早めるくらい簡単なはずだ。大作は例によって何の根拠も無い楽観主義を決め込む。
しばらくすると三々五々、鍛冶屋が集まって来る。若いのもいれば年配もいるようだ。十人ほどで全員集合らしい。
弥十郎が大作を見て頷いた。紹介してくれるわけでは無いらしい。
プロジェクトの実質的責任者が大作だということをアピールしろと言うことか?
「此度は急な呼び掛けにも関わらずお集まり頂き有り難う御座います。拙僧は大佐と申します。大殿の命により祁答院にて鉄砲を作ることと相成りました。皆様方には鉄砲作りにご助力を賜りたい」
大作は畳に額を擦り付けるように頭を下げる。そのまま暫く待つが返事が無い。
恐る恐る顔を上げて見ると鍛冶屋の連中が唖然とした顔をしている。
もしかして言葉が通じていないのか?
「Do you understand?」
いや、ちょっと待てよ。この聞き方は凄い失礼なんじゃないのか?
『Does that make sense?』とか『Am I making sense?』とか言った方が良かったのかも知れん。まあどっちでも良いか。
A word spoken is past recalling. 一度口からでた言葉は呼び戻せないのだ。
「鉄砲は種子島に伝わりましたが、現在は堺、国友、根来が主な生産地となっております。しかし鉄砲は今後の戦において槍や弓に取って代わることは間違いござりません。とある民間調査機関のレポートによると今後五十年間の国内における鉄砲需要は五十万丁に達するとの見通しにございます」
大作は言葉を区切って一同を見回す。大丈夫か? お園の方を見ると真剣な顔をして軽く頷いてくれた。もうちょっと飛ばしても大丈夫だろう。
「事業ポートフォリオを考えるフレームワークにプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントという物がございます。市場成長率と相対マーケットシェアの二つの軸で事業を四つの象限に分類します。これはプロダクトライフサイクルと経験曲線効果を前提としております」
一同の顔から表情が消える。お園は呆れた表情をしている。プレゼンはこうでなくっちゃ。大作は調子に乗って続ける。
「槍、弓、刀といったこれまでの武器はPPMで言うところの金の成る木。収益は大きいですが市場成長率は望めません。最低限の投資でキャッシュを回収します。一方で鉄砲を花形事業に育てるためには大きな設備投資が必要でございます。シェア拡大のために一刻も早い集中投資が必要になります」
鍛冶屋連中が唖然としている。お園も頭を抱え込んでいるようだ。いつ見ても良い物だ。大作は十分に堪能したのでそろそろ真面目にやることにする。
「先程も申し上げたように鉄砲の需要は今後五十年に五十万丁ほどと想定されております。年平均一万丁にございます。堺、国友、根来に割り込んで二十五パーセントのシェアが取れれば年に二千五百丁。一丁で銭一貫文の利益と仮定すれば年に銭二千五百貫文の利益となります」
「二十五ぱ~せんととは四分の一にございます」
我に返ったお園がすかさずフォローを入れる。
「それは真にございますか?」
「そのような途方もない話。俄には信じられませぬ」
鍛冶屋連中が声を上げる。良かった。こいつら意思疏通できてたんだと大作は胸を撫で下ろした。
「南蛮人は兵がみな鉄砲を持っておるそうにございます。我が国においても遠からずそうなります」
大作は大幅に話を盛った。この時代、たとえばスペインのテルシオ陣形の槍と銃の比率は四対一だ。歩兵部隊から槍が消えるのは十七世紀末に銃剣が発明されてからなのだ。
だが鍛冶屋連中は大作の話を真に受けたようだ。純真な連中だ。そんなんじゃ振り込め詐欺に引っ掛かるぞ。
まあ、銃剣なんてその気になれば簡単に実装できる。些末な問題だ。
「して、鉄砲は我らにも作ることが叶うのでありましょうや? 大佐殿は鉄砲の作り方をご存じなのですか?」
年配の鍛冶屋が恐る恐るといった口調で尋ねる。
最初に言わなかったっけ? いやいや、あれは昨晩に重経に言ったんだっけ。大作は思い出す。
「種子島では八板金兵衛という刀鍛冶が見よう見まねで数ヶ月で作ったとのこと。ただし、この螺子の切り方が分からず難儀したそうに御座いますな」
そう言いながら大作は尾栓を回して外すと年配の鍛冶屋に渡した。他の鍛冶屋も集まって輪になり穴の開くほど螺子を観察している。
『わっかるかなぁ~ わっかんねぇ~だろ~なぁ~』と大作は心の中で呟く。
もし、あっさり分かったら八板金兵衛と娘が浮かばれんぞ。
「ヒント出しましょうか?」
大作は遠慮がちに聞いてみる。
「ひんと? 手助けなら不要。我らにも鍛冶屋の意地が御座います。種子島の鍛冶屋に出来たことが我らに出来ぬわけがありませぬ」
何か意地になっちゃってるみたいだ。大作としてはこんなことに時間を掛けたく無い。さっさと次に行きたくて堪らないのだ。
年配の鍛冶屋が眉間に皺を寄せながら呟く。
「こちらは棒を熱して鏨で叩けば何とかなりそうじゃ。穴の方はとんと見当が付かん」
「こうすれば良いのではありませぬか。まず穴を大きめに作った後に赤くなるまで熱する。螺子とやらを入れて金槌で叩く。冷える前に抜いたり入れたりして馴染ませる」
若い鍛冶屋が少し不安げに言う。
何者だこいつ。大作は唖然とした。五分と経っていないじゃ無いか。こんなに簡単に正解に辿り着かれたら俺の存在価値が下がるぞ。
とは言え、手駒に出来ればかなり役に立ちそうだ。邪魔になるようならいつでも消せる。こっちには凄腕の忍びがいるのだ。
「やっとこたえがでましたね。おめでとう。このクイズをかちぬいたのはきみたちがはじめてです」
大作はわざと辿々しい話し方をした。
鍛冶屋たちに安堵の表情が浮かぶ。よほど嬉しかったようだ。
「堺、国友、根来、どこも螺子の作り方は門外不出としております。しかし、その作り方は全て仰せになった通りにございます。墨で濡らした糸を斜めに張り、棒を回して巻いて印を付けるそうにございますな」
そう言いながら大作は手で螺子を回して糸を巻くジェスチャーをする。
鍛冶屋たちが『その発想は無かったわ』という顔をしている。
時間が勿体無いから飛ばして行こう。大作はスマホで国友鉄砲資料館の展示物の写真を探して鍛冶屋たちに見せる。
「筒はこうやって鉄の板を棒に巻いて作ります。この細長い鉄板を瓦金、中の棒を真金、出来た筒を荒巻と呼びます。この外側に葛と呼ばれる帯状の鉄板を螺旋状に巻きます。真金を外して加熱、真金を入れて鍛造を繰り返します。冷える前に真金を抜かないと抜くのが大事ですぞ。終いに錐で筒の内を仕上げてから焼き入れ、焼き戻し。尻に螺子を切るのはこの後になります」
「大仕事にござりますな。三人掛かりでも一日に一本作れるかどうか」
年配の鍛冶屋が大作の顔色を伺うように上目遣いで言う。
既に価格交渉が始まっているのか? いくら何でも気が早いぞ。大作は警戒心を露にする。
「まあ、そう急かれますな。これをご覧下され。梃子の原理で百貫目か二百貫目ほど重石を乗せれば簡単に丸めることが叶いまするぞ」
大作はスマホにUO鋼管をプレス加工で製造する画像を表示して見せた。
どうせ自分でやるわけじゃ無いので気軽に言ってのける。
鍛冶屋たちが不思議そうにスマホを覗き込む。
大作は今ごろになってスマホを見せたことを後悔した。でも、今さら手遅れだ。大作は考えるのを止めた。
若い鍛冶屋が意を決したように質問する。
「筒の長さは三尺もありまする。瓦金と申されましたかな。このような板を同じ厚みで作るだけでも大層な手間にござります。大佐殿はその技もお持ちにございますか?」
「圧延機を作るのでございます」
大作はスマホに圧延機の画像を表示する。何だか鍛冶屋の半分くらいはスマホその物に興味津々みたいだ。大作は敢えてその視線を無視する。
レオナルド・ダ・ビンチは二種類の圧延機のスケッチを残している。すでに十六世紀前半にはイタリアで、後にフランスやイタリアで銀貨を打ち出すための板を手動圧延機で作っていたらしい。鉄板の熱間圧延が始まったのは十七世紀後半らしいが技術的な難易度はそれほどでも無いだろう。
大作は探検バク○ンやワイドスクラ○ブルで見たJFEスチール東日本製鉄所を思い出す。スケールは桁違いだが原理そのものは単純だ。
どうせ俺が作るわけじゃ無い。アイディアは出す。後は勝手に頑張ってくれ。大作はこの件に深入りするつもりは毛頭無いのだ。
画像をまじまじと見つめていた中年の鍛冶屋が口を開く。
「どのようにいたせばこのように大きな鉄を赤くなるまで焼くことが出来るのでありましょう?」
「水車で大きな鞴を動かします。それと炉に送る風をあらかじめ熱しておくとさらに強い火を起こせますぞ。薪や木炭の節約になります。二酸化炭素排出量も削減できるので地球温暖化対策にも貢献できます。是非ともお試し下され」
イギリスのジェームス・ニールソンが熱風炉を実用化したのは1828年のことだが原理自体は単純だ。
この時代でも簡単に実現できる。それまでは達成できなかった高温と燃費の改善が実現できるはずだ。
ネットで読んだ話では、それ以前の人たちは空気の温度が低い方が物が良く燃えると思っていたらしい。
夏より冬の方が製鉄の燃費が良かったとか何とか。昔の人はそれが気温のせいだと思ったらしいが実際には湿度が原因だったようだ。
年配の鍛冶屋が半信半疑と言った表情をしている。
「大佐殿はその若さで何でもご存知のようですな。いったい何処にてそのような技を学ばれたのでありましょうか?」
「こんな物で驚かれていては困りまする。大事な話はこれからに御座いますぞ」
大作はバックパックから平たい箱を取り出すと鍛冶屋たちの前に置いた。




