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巻ノ五百拾伍 目指せ!鬱陵島を の巻

 サツキやメイ、ほのか、桜、山吹、エトセトラエトセトラ。種々雑多な者たちが大隅、肥後、土佐攻めと村上海賊討伐に加えてシビル汗国への軍事援助に向かってから一週間が過ぎた。

 主要メンバーの大半を欠いた参謀本部会議は寂しいことこの上がない。その閑散ぶりは(さなが)ら夏休みが終わった後の海水浴場の如しだ。


「土佐攻撃部隊は昨夜半、桂浜への強襲上陸を敢行。損害は軽微。岡豊城を半包囲し、準備砲撃を実施中との由にございます」


 机に広げた土佐周辺の地図上で部隊を示した駒を動かしながら小柄な女が説明を続ける。

 確か名は柊と言っただろうか? 土佐攻略を担当する親衛隊だか突撃隊だかの作戦次長の様な気がするが確信は無い。


「砲撃の効果を確認の後、午後にも装甲車を先頭にして突入を試みる事になっております」

「その件だけどなあ…… 歩兵を使うと損害も馬鹿にならんだろう? 何とか砲撃だけで決着がつかんもんかなあ?」

「弾薬につきましては十分な量を余裕してございます。然らば今暫くの間、砲撃を続けて様子を見るよう無線で連絡をば致しましょう」

「無理を言って済まんな。まあ、宜しく頼むよ」


 柊と思しき女は表情ひとつ変えずに短冊状の紙にさらさらと何事かを書きつける。脇に控えた少女はそれを恭し気に受け取った。


「大急ぎで連絡して頂戴な。正しく伝わったかの確認も忘れずにね」

「畏まりましてございます」


 少女が足早に駆けて行く。その素早さは宛ら風の如しだ。


『せいぜい難しい暗号をくむんだな!』


 その背中に向かって大作は心の中で呟くが決して顔には出さない。


「閑話休題。大隅の方はどうなってるのかな?」

「そちらにつきましては国防婦人会と女子挺身隊の幹部職員は全員が出払っておられます故、作戦副部長の(にれ)から言上をば仕りまする。此度の戦では肝付兼演様の合力を賜る事が叶いました。お陰様で攻撃部隊は大きな抵抗を受ける事も無く浜田海岸への上陸を果たし、進軍を続けております。高山城への攻撃開始は予定の通り明後日の見通しでございます」

「こちらも可能な限り砲撃だけで決着をつけてくれ。弾薬は消耗しても兵は消耗しないで欲しい。見舞金や遺族年金も馬鹿にならんからな」

「皆、良う心得ておりまが念の為に改めて申し付けておきまする」


 楡と名乗った少女は人を小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと軽く頭を下げた。


「それより心配なのは肥後の方だな。山道が多くて予定通りに進めていないんだっけかな?」

「仰せの通りにございます。予め覚悟はしておったのですが行って見れば細くて険しい道ばかり。お陰で寝泊まりする所にすら難儀しておる様子にて」

「そいつは心配だなあ。万一、そんな細道で奇襲でも受けたら最悪だぞ。本能寺…… じゃなかった、桶狭間の再来みたいになっちまうぞ」

「そこは抜かりございませぬ。ミッドウェーの失敗を繰り返さぬよう、必ず先に敵を見つけ出すよう兵の多くを索敵に割く三段索敵を取っております故」

「そ、そうか。それならひとまずは安心だな」


 そんなに索敵に兵力を振り分けて、いざ戦闘になったらどうするんだろう。

 大作は心配で心配で仕方なかったが空気を読んで顔には出さない。

 って言うか、どうせ他人事だ。心の底からどうでも良い話だな。

 大作は考えるのを止めた。


「村上海賊討伐艦隊につきましては予定よりも早く佐田岬を通過して瀬戸の海を東へ向かっておるとの由。遅くとも明日中には攻撃位置に到達予定と思われます」

「そいつは本当に良かったな。急ぐ必要なんてこれっぽちも無いんだ。くれぐれも無理だけはせんようにな。海難事故だけは勘弁してくれ。来年からの保険料にも影響するし」

「心得ましてございます」

「最後はキプチャク汗国への軍事援助だが、こいつは時間が掛かりそうだな。確か国際犯罪対策課の担当だったっけ?」


 大作は書類から視線を上げると場に集う一同の顔をぐるりと見回した。見回したのだが……


「その事なれば国際犯罪対策課の手に余ると泣きつかれまして外事課が引き継ぐ事となりました。外事二課の(アベマキ)から言上仕りまする。お手元の資料の二十二頁をご覧下さりませ。シビル汗国までは五百里も隔たっておりますれば無線による遣り取りが叶いませぬ。故に凡そ百里おきに中継局を設置する事となりました。まず手始めとして鬱陵島へ施設隊を向かわせております。此処に防御陣地を構築し、通信基地を設置すれば高麗の辺りまでが通信圏内となりましょう。その先にも凡そ百里おきに……」


 棈と名乗った少女は瞳をキラキラと輝かせながら捲し立てる。捲し立てたのだが……

 大作の脳裏では棈という聞き慣れない単語だけがグルグルと鳴門の渦潮の様に渦巻いていて離れない。

 堪らず懐からスマホを取り出すと震える手を抑えながら検索した。


「えぇ~っと…… ブナ科コナラ属の落葉高木なのか。山地に生え、暖温帯に分布。本州の山形県以西、四国、九州、アジア東南部。見たことも聞いたことも無い木だな」

「ご存知ありませぬか? 伊賀の山にも生えておったと思いますが」

「って言うか、普段は木の名前なんてそこまで気にしていないからなあ。次からはちゃんと見るようにするよ。んで、話を戻すけど鬱陵島に通信施設を作るだって?! そんな物を勝手に作って韓国政府に怒られたりしないのかなあ? 権利関係とかちゃんと手続きを取ってるんだろうな?」


 天下統一も成されていない段階で国際紛争は不味いような気がしてならない。

 大作は腫れ物に触るように細心の注意を払いながら棈の顔色を伺う。伺ったのだが……


「その事なれば萌殿にお伺いを立てておりますれば、何の憂いもございませぬ。お話によれば鬱陵島はここ何百年ほどの間、倭寇が根城としておるそうな。これに手を焼いた朝鮮は『空島』とやら申して島に住む民百姓を無理矢理に本土へ移り住まわせておるとの由にございます」

「だからって…… だからって勝手に基地を作っても構わないとはならんだろ? それよりも空島って何なんだよ? ワ()ピースに出てきそうな島じゃんかよ。もしかして空城の計みたいな罠なのかも知れんぞ。あと、倭寇って奴らも結構ヤバい海賊なんじゃなかったっけ?」

「あの、その、大佐…… 一遍に色々と尋ねるのは勘弁して頂けますか? それで何でございましたかな? 空島でございましたな。空島と申しますは仰る通りに空城の計に似て非なる物にございます。先程も申し上げた通りに民百姓を国へ引き上げさせる事にござりますれば、倭寇や密猟者は残っておるのではないかと存じます」


 棈はそこで一旦言葉を区切ると『Do you understand?』とでも言いたげな顔で薄ら笑いを浮かべた。

 だけども、この言い方は明らかに相手を見下した表現じゃないのかなあ? って言うか、まるで責められているように聞こえるんですけど? 親しき中にも礼儀あり。いくらなんでも失礼なんじゃね?

 もう少しこう何というか 手心というか…… せめて『Does my explanation make sense to you?』とか『Does it make sense?』だとか。言い方を工夫してくれたら角が立たんだろうに。

 大作の脳裏に生じたドス黒く淀んだ感情が澱のように胸の奥底に溜まっていく。溜まっていったのだが……


「閑話休題! 要するに大佐が気に病んでいるのは鬱陵島とやらに勝手に家を建てて韓国政府に文句を言われないかってことね? でも、大佐。私たちの目標は世界政府の樹立じゃない。いつかは唐天竺から欧州まで平らげなきゃならないわ。早いか遅いかの違いでしかないんじゃないの?」


 鶴の一声とはこの事か。ドヤ顔を浮かべたお園は有無を言わせぬ強引さで話を打ち切りに掛かってくる。

 だが、ここで折れたら試合終了だ。大作は何とかして話の主導権を取り戻そうと頭をフル回転させた。フル回転させたのだが…… しかしなにもおもいつかなかった!


「あの、その、いや……」

「畏れながら大佐。鬱陵島の陣地構築は既に始まっております。今になって取り止めてはこれまでの苦労が無駄骨ではござりますまいか? コンコルド効果の事を思い出して下さりませ」

「そ、そうは言うがなあ…… あんな離れ小島に基地なんて作ってちゃんと補給は維持できるのか? ガダルカナル島みたいにならなけりゃ良いけど。あそこで無駄に戦力を消耗しなければもうちょっとマシな戦いができたかも知れんのだぞ。山本五十六だってブーゲンビル島で死ぬこともなかっただろうし。だったら、だったらもう……」

「どうどう、大佐。餅付いて。よくよく聞いてみれば棈の言い分も尤もだわ。それに一人殺すも二人殺すも同じことね。毒を喰らわば皿まで。もうこうなったら鬱陵島とやらをとことんまで破壊し尽くしてやりましょう。パズーもそうしろって!」

「パズーってそんな破壊的な奴だったっけ? まあ、クライマックスでは『バルス!』とか言ってたから本性は意外と暴力的な奴だったのかも知れんな。とりあえずまあ、鬱陵島の件はそれで進めるとしようか」


 こうして山ヶ野の運命を決する大作戦はなし崩しのうちに決定が下されてしまった。

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