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探せ!人材を

 大隅、肥後、土佐攻めと村上海賊討伐に加えてキプチャク汗国への軍事援助を決めた大本営政府連絡会議からあっという間に半月が過ぎた。

 光陰矢の如し。観測者の速度や重力によって時間の流れは変化するのだ。


「まもなく刻限よ、大佐。出立の合図をして頂戴な」


 半笑いを浮かべた美唯がチェッカーフラッグみたいな市松模様の描かれた旗指し物を差し出す。

 受け取った大作は眼前にずらりと居並ぶ幹部連中の顔を一人ひとりじっくりと観察した。

 緊張、退屈、イライラ、眠そう、楽しそう、エトセトラエトセトラ…… みんな違ってみんないい! これだけ強烈な個性が揃っていれば一人くらいは役にたってくれる奴がいるかも知れん。全員役に立たんかも知らんけど。


「我が忠勇なる勇士諸君! 明応の政変より五十余年、いつ果てるとも知れぬ戦乱の世に終止符を打つ時が遂に訪れた。日の本の国は我ら民主的な選挙によって選ばれた正統政府によって統治されなければならんのだ。これ以上、戦乱の世が続けば外国勢力に付け込まれかねん。これは国家の存亡に関わる危機なのだ。いまこそ我々は……」

「大佐、話が長いわ。手短に切り上げて貰えるかしら?」

「わ、分かったよ、お園…… そんじゃあ、サツキ、メイ、ほのか。それに桜に山吹。あと誰だっけ?」

「大佐! 早く切り上げろって言ったわよねえ?」

「はいはい、分かりましたよ…… いまやろうと思ったのに言うんだもんなぁ~ そんじゃあ、いくぞ? On your marks, get set, go!」


 掛け声と同時に弾かれた様に幹部連中が駆け出して行く。


「廊下は走っちゃ駄目よ!」

「「「申し訳ございませぬ、お園様」」」


 美少女たちは競歩みたいに奇妙な早足で去って行った。




「ふっ、馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ!」


 全員の姿が見えなくなったのを確認した大作が忌々しげに吐き捨てる。


「んで、大佐? あの娘たちが彼方此方で戦をしている間、私たちはいったい何をして過ごすのかしら?」

「そんなの決まってるだろ。内政を充実させるんだよ。ここ最近、放ったらかしにしてたからな。とりあえず今日は山ヶ野を隅々まで視察してみよう。問題が見つかればその場で直ちに具体的な改善策を指示するんだ。美唯も一緒に来てくれるかなぁ~っ?」

「いいともぉ~っ! って言いたい所だけど、美唯もあれやこれや用事があるのよ。なにせ幹部職員の殆どが戦に出張ってるでしょう? 山ほど雑用を押し付けられて難儀してるんだから」


 美唯は不満げに頬をぷぅ~っと膨らませると忌々しげに吐き捨てる。

 これは逆らわん方が吉なんだろうか。大作はなるべく刺激しないように注意して言葉を選ぶ。


「そ、そうなんだ…… でも、美唯は俺の…… 俺たちの連絡将校だろ? その役目は誰がやってくれるんだろな? 余人をもって代え難し。唯一無二。この山ヶ野に美唯の代わりを勤められる人材なんていないだろ?」

「褒めたって何にも出ないわよ。でもそうねえ…… 美唯がいないと大佐は本当に何にもできないんだから。何とかしてあげなくちゃあいけないわねえ…… 閃いた! 人材紹介センターに行ってみなさいな」

「じ、人材紹介センター? この山ヶ野にそんなのあったんだ。知らなかったなあ。んで? それって何処にあるんだ?」

「えぇ~っとぉ~っ…… 落とし物センターは分かるかしら? その東隣りよ。分からない? だったら…… 防災センターのちょっと北ね。それも分からないの? 参ったわねえ……」

「私が一緒に行ってあげるわよ。でもねえ、大佐。何処に何があるかくらい覚えといた方が良いわよ」

「しょうがないだろ! 次から次へと新しい建物が建つんだから。んじゃ、美唯。ありがとな。その人材紹介センターとやらに行ってみるよ」


 手を振って美唯に別れを告げると大作とお園は通りを歩いて行く。通りを歩いて行ったのだが……


「大佐、あれが給食センター。んで、こっちが司法局。隣が財務局。反対側は迷子センターね。ほら、人材紹介センターが見えてきたわよ」

「ここって…… ここってアレだよな、アレ。俺達がここ山ヶ野に始めて建てた小屋じゃね? 大草原の小さな家だっけ?」

「それを言うならふしぎな島のフローネの家でしょうに。懐かしいわねえ。こんな風に再利用されてるだなんて嬉しくなっちゃうわ。さあ、入りましょう」


 暖簾の様に垂れ下がった布を潜って小屋に入ると左程は広くもない室内は結構な混雑具合だ。

 案内板に従って整理券を一枚取ると五百五十五番と印刷してあった。


「こいつは春から縁起が良いなあ。なんとびっくり、五百五十五番だってさ」

「七百七十七ならともかく、五百五十五の何が縁起が良いって言うのよ?」

「これってヒトラー総統のナチ党員番号と同じなんだよ。因みに党員番号は五百一番から始まってるから実質的には五十五番ってことなんだけど」

「へぇ~っ、へぇ~っ、へぇ~っ! ヒトラー総統って五十五番だったのね。もっと上かと思ってたわ」

「本人は七番目の党創設メンバーだって主張してたそうだぞ。そもそもこの五十五番っていうのもヒトラーが入党した翌年に作られたアルファベット順の名簿らしいな」

「えぇ~っ?! アドルフって思いっきり前の方じゃないのかしら?」


 唐突にお園が素っ頓狂な叫び声を上げ、部屋に集う人々が一斉に注目してきた。

 カウンターの中に座った女性が人差し指を唇に当てて鋭い視線で睨んでくる。大作は愛想笑いを浮かべながらペコペコと頭を下げた。


「ちょっとだけボリュームを落としてくれるかな、お園。んで、党員数のことだけど1920年1月1日の時点で党員数は百九十人くらいだったらしい。それが1921年には三千人、1922年には六千人に急増してる。名簿が作られたのが1920年の何月だったのかは分からんけど千人くらいの時に作ったんなら五十五番だって前の方になるかもな。ところが1921年に離党、復党があって三千六百八十番に党員番号が変わる。さらに1925年の党再建に際する党員番号振り直しで晴れて一番になったわけだ。だからヒトラーの黄金党員バッチ裏面の党員番号は一番なんだ。ご理解頂けましたかな?」

「よぉ~っく分かったわ。とにもかくにも私たちの整理番号は五百五十五番。これって、後どれくらい待つのかしら?」

「次じゃろ、たぶん。あそこを見てみろ。いま受付中なのは五百五十四番ってなってるだろ」


 そんな無駄話に興じている間に順番が回ってきて呼び出しがあった。


「五百五十五番の番号札をお持ちのお客様。二番窓口までお越し下さい」

「はい、はい、はぁ~ぃ!」

「大佐、返事は一回で良いわよ」


 二人は手に手を取って二番窓口へ小走りに駆けて行った。




「以上で説明は終わりです。何かご質問は? では、こちらの紙に必要事項をご記入のうえ四番窓口へお持ち下さい。五百五十六番の番号札をお持ちのお客様。二番窓口までお越し下さい」


 受付の人は表情を一切変えずに立て板に水の如く説明すると次の人を呼び出した。


 これって待っている間に書くようにすれば無駄が無くなるんじゃなかろうか。

 大作は疑問に思ったが口に出すのは遠慮しておいた。


 四番窓口の受付女性は二番窓口の人よりは少しだけ愛想が良かった。どこか薄ら寒い作り笑顔を浮かべると軽く頭を下げ、素早く書類に目を通して行く。

 待つこと暫し。驚愕に目を見開いた少女が顔を上げると嬉しそうに口を開いた。


「誰かと思えばお園様と大佐ではございませぬか。お懐かしゅうございます。覚えておいでですか? 静流にございます(144話参照)」

「しずる? しずる、しずる、しずる…… あぁ~ぁ、シズル感の静流か! 舟木村で会ったな。元気してたか?」

「じゃん拳の折にはお世話になりました。あれから巨大ナメクジとやらは現れてはおりませぬか? それだけが心配にございました」

「あぁ、アレならも何の心配も無くなったよ。ナメクジコロリのお陰でな。んで? 確か静流は金の精錬をやってたんじゃなかったっけ? それが何で人材紹介センターの受付なんかやってんだ? いやいや、別に受付の仕事を悪く言うつもりは毛頭無いぞ。って言うか、毛頭無いって言うのはスキンヘッドのことじゃ無いんだぞ。俺のこの頭は剃ってるだけで毛根が無いわけじゃ無いんだ。って言うか……」


 軽くパニックになった大作は思わず訳の分からん言い訳を口走ってしまう。

 静流は幼子の話に耳を傾ける母親の様に優しい笑顔を浮かべて聞いていた。聞いていたのだが……


「話が長い! 大佐、後ろには待ってる方もおられるのよ。関わりの無い話は手短にして頂戴な」

「いやいや、お園。世の中に無駄な物なんで無いんだぞ。とにもかくにも静流。何でお前さんがここで働いてるのか教えて貰えるかな?」

「は、話せば長い事なれど、手短にお話を申し上げます」


 般若みたいな顔をしたお園を前に、静流は蛇に睨まれた蛙のようだ。引き攣った顔で愛想笑いを浮かべると大作に向き直って話し始めた。


「今年に入って金の精錬工程の機械化が急に進んでおります。先月に稼働した第二発電所の件も相まって人員整理が一気に進んでおるそうな。お陰様で私もお暇を賜る事になりました。二ヶ月分のお手当に当たる転職支援金が頂けたので今のところ不自由はしておりませぬが、先々の事を考えるならば私に合った仕事は無いかと探して追った次第です」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ……」

「如何にございましょう、大佐。探しておられる連絡将校とやらのお役目、この静流にお任せ頂く事は叶いませぬでしょうか?」


 静流は不意に立ち上がって中腰になるとグイグイと詰め寄ってきた。キスされるんじゃないかと思うほどの距離感に思わず大作は仰け反って距離を取る。距離を取ったのだが……


「大佐! 静流! 控えなさいな! いったい此処を何処だと思っているの? (つまび)らかな話は別の所でしましょう。兎にも角にも連絡将校の後釜が手に入ったって事で良いのよね?」

「そ、そうなの? 給料とか勤務時間みたいな詳細を詰めなくて良いのかな?」

「静流は大佐やお園様にお仕え出来るだけで何の不足もござりませぬ。末永う宜しゅうお頼み申します」


 満面の笑みを浮かべた静流が先程よりも更に詰め寄ってくる。

 大作の脳内には極太明朝体で『静流が仲間になった!』という文字が現れ、賑やかなファンファーレが鳴り響いていた。


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