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巻ノ伍拾壱 芸術は爆発だ! の巻

 翌朝、食事を終えたころに工藤弥十郎がゾロゾロと十人ほどの男を連れてやって来た。ほとんどが侍だが商人風の男も二人混じっている。


「まるで金魚の糞だな」

「きんぎょ?」


 お園が不思議そうに鸚鵡返しする。金魚が日本に伝わったのは室町時代らしい。だが、国内での養殖が一般化したのは江戸時代とのことだ。知らなくても無理は無い。


(ふな)の突然変異体だな。赤くてちっちゃいんだ」

「赤いのに金なの? なんで?」

「知らん! 金門(ゴールデンゲート)(ブリッジ)だって赤いだろ」


 弥十郎は連れて来た人たちの中から何人かを大作に紹介した。口振りからすると弥十郎と同じくらいの身分の者たちらしい。

 大作は人の名前を覚えるのが苦手なので聞き流した。まあ、完全記憶能力のお園がいるから何とかなるだろう。

 まだテストが成功すると決まったわけでは無い。なので偉い人を大勢連れてこられても困る。


 あたりまえだが火薬が爆発すると非常に大きい音がする。大作は近所の人たちにあらかじめ声を掛けておくように弥十郎に頼んだ。

 後で大騒ぎになったら大変だ。本当なら消防や警察にも許可申請するところだ。


「ちゃんとした黒色火薬はたった一匁ほどで三匁五分の鉛弾を音速以上に加速する。その威力は現代の拳銃以上だ」

「けんじゅう?」


 お園が知らない言葉に食いつく。


「片手で撃てる小さい鉄砲だ。余裕が出来たら俺たちも作ろう」


 予想外のトラブルは極力避けたい。テストに使う火薬は極少量で十分だろう。

 大作は耳掻き一杯くらいでテストすることにした。たぶんクラッカーや爆竹くらいだろう。

 風で飛んで行かないよう回りに大きな石を並べる。

 ちょっと待てよ。万が一にも爆発の衝撃で砕けた石が飛び散ったら危なくない?

 大作は弥十郎に頼んで(むしろ)を用意してもらう。石を撤去すると代わりに筵で囲いを作った。


 導火線はどうしよう。線香でも借りるか? 線香も室町時代には日本に伝わっていたはずだ。とはいえ中国からの輸入品なので非常に高価で、公家の贈答用品だったらしい。そうなると無いな。それくらい聞かなくても分かる。


 大作は(わら)(ほぐ)してちょっとでも燃えやすいように加工して導火線を作る。これでダメなら紙撚(こより)でも作ろう。

 試作品を燃焼させて速さを計る。数秒あれば安全圏に待避できるので適当な長さを決める。こういう準備は昨日のうちにやっておけば良かった。後悔するが後の祭りだ。


 弥十郎から紙を一枚貰って火薬と導火線の藁を乗せて思い切り固く包む。火薬は高圧で圧縮しないと激しく燃えるだけなのだ。


「大変ながらくお待たせいたしました。それでは黒色火薬の爆発試験を開始いたします。今回は極少量の黒色火薬を爆発させます。大変大きな音がしますのでご注意下さい」


 そう言うと大作は火薬のところまで行って藁の端に火を点けた。風で飛んでいかないように筵を閉じると走って戻る。

 安全のために導火線を長目にしたせいだろうか。なかなか爆発しない。

 もしかして不発なのか? 見に行くのは嫌だなあ。見に行った途端に爆発したらどうしよう。

 大作がそんなことを考えていると唐突に火薬が爆発した。


「うわらば!」


 予想していたというのに大作は大きな悲鳴を上げた。恥ずかし~!


「う、うわらばと言うのは異国の言葉で上首尾とのことにございます」


 大作は咄嗟に口から出任せで誤魔化す。目が笑っている様子を見るとお園にはバレているようだ。まあ、工藤様たちはそれどころでは無いようなので問題は無い。


「工藤様のお屋敷の床下の土から一貫目ほどの火薬を作ることが叶いました。残りの溶液からも、まだまだ煙硝が採れるはずにござります。祁答院の領内にある家屋を片端から掘り返せば千貫目は採れましょう」

「素晴らしい大佐殿! 和尚(わじょう)は英雄じゃ! 大層な(いさを)じゃぞ!」


 何か知らんが弥十郎が興奮気味にスキンヘッドで小太りの将軍みたいなことを言っている。大作は心の中で『バンバンバン、カチカチ、あら?』と付け加えた。


「土の中から煙硝を取り出す技など、如何にして得たのじゃ? それを儂らに教える見返りに何を欲しておる?」


 侍たちの中から二十代半ばくらいで鋭い目付きの男が問いかける。さっきまでこんな奴いたっけ? 大作は記憶を辿るが思い出せない。

 他の侍と似たような素袍(すおう)を着ているが良く見ると高級感がする。これって絹製じゃね? 他のみんなは麻製だぞ。

 月代を剃って髷を二つ折りにしているが物凄く丁寧にセットされているようだ。おしゃれさんなんだろうか。


「工藤様には先日お話致しましたが拙僧は南蛮人から鉄砲術を学びました。火薬の大量生産や安全管理には高度な専門知識を要します。また、鉄砲の製造方法は無論のこと、生産効率の画期的な向上、効果的な運用方法をご提示できます。さらには堺、伊賀、甲斐にコネを持っております故、鉛や鉄や銅といった金属の入手でも必ずやお役に立てます。拙僧の願いはただ一つ。永野から山ヶ野に寺を建立するお許しを頂きたいだけでございます」

「こね?」


 ドヤ顔の大作に対して若い侍は意外な突っ込みを入れる。

 コネってコネクションの略だっけ? せっかくプレゼンの予習のつもりだったのに話の腰を折られてしまった。


「コネはコネクションと言う英語の略でございます。堺、伊賀、甲斐に伝手(つて)がございます」

「左様か。しかし何故に斯様な山奥なのじゃ? 和尚は高野聖なのか?」


 そんなことが気になるのかよ! いやいや、普通は気になるか。全然考えて無かったぞ。どうやって誤魔化すか大作は頭をフル回転させる。


「近頃、筑紫島にキリシタン伴天連の宣教師が大挙して訪れて熱心に布教しておるのをご存じにございますか? 京や奈良などの神社仏閣は皆、大層心を痛めております。そして集まりを開いて超党派の対キリシタン宗教団体を立ち上げました。今や筑紫島は対キリシタンの最前線。拙僧の寺は筑紫島南西部に置ける戦略拠点にございます」

「で、あるか。では許す。好きに致せ。ただし、近隣の寺と揉め事は起こすな。鉄砲の件は重経に任せる。困りごとがあれば弥十郎に合力を頼め」


 まるで殿様のような鷹揚な物言いで男が宣言した。このおっさん、何者だっけ? 大作は必死に思いだそうとするがさっぱり重い打線!

 いまさら、あんた誰なんて聞けないぞ。まあ良いか。大作は考えるのを止めた。


「有り難き幸せにござりまする。祁答院様のため、粉骨砕身で働かせて頂きます」


 大作と三人娘は深々と頭を下げた。




 昼を少し回ったころ大作たちは弥十郎に連れられて祁答院の嫡男、重経の屋敷に向かう。

 弥十郎は随分と御機嫌の様子だ。


「大殿は大層ご機嫌じゃったな。永野から山ヶ野の入会権(いりあいけん)はこちらで手を回すので心配は無用じゃ。どうせ誰もおらん山の中じゃて、立派な寺を建てるが良い。ところで寺を建てる金は持っとるのか?」

「ご心配には及びません。堺の会合衆よりご寄進を頂いております」


 このタイミングで金を見せておけば山ヶ野で産金していることを少しでも長く隠蔽できるかも知れない。

 大作は二貫目の金塊を見せた。弥十郎が目を剥いて口をぽか~んと開けて驚いている。


 やはりさっきのおっさんは祁答院十三代当主の良重だったのだろうか。大作は怖くて聞けなかった。

 子供を弓の的にした酷い奴には見えなかった。何でそんな噂が立ったのか関係者に聞いて見たい気もする。でも、そんなこと聞いたら絶対に気まずいぞ。大作は考えるのを止めた。




「本日は御尊顔を拝し奉り、恭悦至極に存じまする。拙僧は大佐と申します」


 大作は畳に額を擦り付ける。弥十郎に頼み込んだので三人娘も同席を許された。


「面を上げよ。儂は堅苦しいのは嫌いじゃ。気楽にいたせ」


 大作がゆっくりと顔を上げると重経の興味深そうな視線を感じた。

 それにしても若いな。って言うより幼いぞ。満十二歳だっけ? 昔の人が小柄だったのも相まって、小学三年生くらいにしか見えない。

 まあ、子供の方がコントロールしやすいから良いか。大作は考えるのを止めた。


「和尚の話は父上より聞いておるぞ。火薬や鉄砲に詳しいそうな。じゃが鉄砲などで(まこと)に戦で勝てるのか?」


 よくぞ聞いてくれました。大作は内心で小躍りするが表情には出さない。難しい表情を作って話を始める。


「鉄砲を作ったヨーロッパの者たちは百三十年も前から鉄砲を戦に用いておりました。そして百年前にはすでに大砲と言う、鉄砲の化け物のような物を用いております。百年戦争末期のカスティヨンの戦いに於いてフランス軍は塹壕を掘って三百門の大砲をずらりと並べました。およそ五千のイングランド軍は全滅。フランス軍の損害は僅か百名の一方的な戦いでした。また、同じ年にオスマン帝国はコンスタンティノーブル攻略戦に於いてウルバン砲と言う巨砲を用いたとのこと。百三十貫目の石の弾を十五町も飛ばしたそうな」


 大作は一旦話を区切って重経が付いて来ているか確認する。重経は興味深そうに聞いてくれているようだ。目で先を促している。


「そもそも大規模な野戦は金が掛かるし人も多く死ぬのでヨーロッパではあまり流行りません。百年戦争でも大きな野戦はほとんどございませんでした。城や都の取り合いにございます。とは言え、城攻めは大変な手間と金が掛かります。イングランド軍はノルマンディの城や都を攻めあぐねた末、大砲を使うことにいたしました。対するフランス軍もそれまで無かった大砲だけの隊を作りて対抗いたします。そしてイングランドからノルマンディの城を次々と取り返したのでございます」


 一見すると真面目に聞いているようだ。しかし、途中で全く質問が入らないのが大作には気になる。実は全然理解していなかったらびっくりだ。


「グラナダ王国によるレコンキスタの成功も大砲があればこそ。イタリア戦争でフランス軍が破竹の勢いで城や都を落としたのも大砲の力にございます。ヨーロッパにおいては既に野戦で敵味方の双方が塹壕や土塁を築いて砲撃戦を行っております。ドイツ農民戦争では三十万もの農民軍が大砲によって一方的に蹴散らされ十万を超える農民が虐殺されました。種子島に鉄砲が伝来する二十年も前の話にございます」


 重経が右手を少し上げて口を挟みたいというジェスチャーをした。大作は軽く頷いて促す。


「和尚の話を聞いておると鉄砲より大砲とやらを作った方が良いのでは無いか? なぜ鉄砲を勧めるのじゃ?」


 しまった~! なんで大砲の話なんてしちゃったんだ? まあ、適当に誤魔化せば良いか。


「それは大砲がとても重いからにございます。ヨーロッパは平地が多く、道も整備されており、大きな馬がおります。これらにより百貫目もあるような大砲でも難なく運ぶことが叶います。また、大砲は鉄砲の百倍、二百倍といった多量の火薬を要します。敵が鉄砲を持っておらぬ今ならば、まずは鉄砲を揃えるのが道理にございます」

「もっともな申しようじゃな。相分かった。して、鉄砲で城を攻め落とすことが叶うのか?」


 重経が話を軌道修正してくれたことに大作は内心で深く感謝する。


「鉄砲で人馬を狙い撃てるのはおよそ二十間から三十間と言ったところにございます。しかし上に向かって放てば五町ほど先まで弾が届きます。千丁ほど鉄砲を揃えて百発も放てば並みの城ならば簡単に落ちましょう」

「簡単に申すが十万発の弾薬はいくらくらい掛かるのじゃ?」


 こいつは侮れんぞと大作は警戒する。見た目は子供だけど経済的な面までちゃんと見てやがる。


「火薬が高いのは南蛮から買うしか無いからにございます。床下の土を掘ればもっと安く作ることも叶います。一発五文に出来れば十万発で銭五百貫文ですぞ。また、先ほど千丁で百発と言ったのは例え話にございます。小さな城ならそこまでやらずとも千発撃ち込んで、あと九万九千発撃ち込むぞと脅せば戦う気も失せましょう」

「となると、後は鉄砲じゃな。作ると言うたそうじゃが真であろうな?」


 口では疑うようなことを言っているが重経が興味津々なのは隠しようもない。最新兵器が自国で安価に大量生産できると言うのだ。


「種子島では鍛冶屋の八板金兵衛という者が見よう見まねで数ヶ月で作ったそうにございます。螺子の切り方が分からず難儀したとの話にござりますが拙僧はその方法も存じており申す。祁答院様でお持ちの鉄砲をお借りして、城下の鍛冶屋をご紹介して頂きとうございます」

「弥十郎にまかせる。良きに計らえ。それはそうと和尚は何故に若い女性(にょしょう)を三人も連れておるのじゃ?」


 現物が無いと言葉だけでは説明が困難だ。大作の考えを重経は理解してくれたらしい。だが意外な方向に話を向けられて大作は焦る。


「こ、こ、高野聖は妻帯が許されておりますゆえ何の問題もございません。それに、この三人は揃って類い稀なる才能を持ち合わせておるりまする。親鸞聖人は末法無戒を説いておられます。そもそも女と交わることは不浄でも何でもありませぬ。リチャード・ドーキンスは『生物は遺伝子によって利用される乗り物に過ぎない』と申されました。極論すれば我々人類は遺伝子を残すためだけに生きているのでございます」


 大作はしどろもどろになりながらも口から出まかせの適当な言い訳をする。

 それを見た重経は悪戯っぽく笑う。その仕草は十二歳の子供相応に見えた。


「戯れじゃ。許されよ。夕餉への陪席を許す。三人の嫁御と共に話を聞かせてくれ」

「有り難き幸せにございます」


 久々に豪華な食事が出来そうだ。大作には『じゅるる~』という三人娘の心の声が聞こえた気がした。


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