巻ノ五百八 進め!第四艦隊 の巻
新しいメニューを開発するために大作とお園は幹部食堂にいるナカ殿の所へ向かっていた。向かっていたのだが……
突如としてけたたましいサイレンの音が山ヶ野に鳴り響く。
護衛のため同行していた無花果と雛芥子によればデフコン2が発令されたそうな。
大作は急いで発令所に向かおうとする。だが、お園は新メニューの方が大切らしい。
護衛の二人と一緒に幹部食堂を目指して離れて行く。
ぽつ~んと後に残された大作は一人寂しく発令所を訪ねた。
「漸く参られましたか、大佐。中でサツキ様やメイ様がお待ちです。此方へお急ぎ下さりませ」
発令所の受付カウンターに座った修道女姿の小柄な少女が愛想笑いを浮べながら話しかけてきた。
大作はチラリと名札に目をやって名前を確認する。名前を確認したのだが……
「蘿藦ですと?! これって何って読むんじゃろ? もし良かったら教えて貰えるかなあ?」
「これは『ががいも』と読みまする。夏に薄紅色の花を咲かせる蔓草にて秋にはイボイボの細長い実が成るそうな。実の中に出来た綿毛状の種は血を止める薬になるそうで種を干した物は蘿摩子と申します」
受付嬢は心底から嬉しそうに微笑むと立て板に水の如く饒舌に説明してくれた。
「そ、そうなんだ。へぇ~! へぇ~! へぇ~! 勉強になったなあ」
「ちなみに『がが』は『鏡』や『かがむ』が由来だそうな。それと『いも』と申しますが芋ではなく藦です故、お間違いの無きようお願い致しまする」
「わ、分かった。なるべく間違えないようにするよ。それにしても蘿藦かあ…… 世の中には変わった名前の花もあったもんだな」
「またの名を乳草とも申します。葉を切ると白い乳の様な汁が出てくるが故にございますが」
「うぅ~ん…… だったら蘿藦なんて止めて乳草って名乗るもの手だな。いや、でも名前に乳なんて入ってるとちょっとエロいから止めた方が良いのかな?」
二人は傍目も憚らず受付カウンターでそんな阿呆な遣り取りを繰り広げる。すると突如として奥の扉が開いて見知った顔が現れた。
「大佐ったらこんなところで油を売っていたのね! さっきから皆で手分けして方方を探し回っていたのよ。って言うか、大佐は最高指導者なのよ。常に何処にいるのか詳らかにしておいてくれないと皆が困っちゃうわ」
「どうどう持ちつけ、メイさんよ。俺にだってプライバシーって物があるじゃろ? 過度にプライベートを暴かれたくないんですけど……」
「そも、大佐の警護を担当しているのは親衛隊の筈よ。警備当番兵は何処へ行っちゃったのかしら? 親衛隊長官殿?」
口元を歪めたサツキが嘲るように茶化す。茶化したのだが……
「非常時なんだからしょうがないでしょう! 急にデフコン2なんて発令されたもんだから段取りが滅茶苦茶よ。メイこそ、もっと反省して欲しいわね」
「だって、だって、だって! しょうがないでしょうに。何の前触れも無く伊東が攻めてきたんですもの。って言うか、どうして前もって備えて置くことが出来なかったのかしら? 情報収集と分析は国家保安本部のお役目でしょうに。ねえ、ほのか?」
「えっ? えっ? えぇ~っ! 私が悪いって言うの? 私、何にも知らないわよ!」
「いやいやいや! 知らないのが罪だって言ってるんでしょうに! だったらあんた常日頃から何をやってるっていうの?」
唖然とする大作を放置してサツキ、メイ、ほのかの言い争いはどんどんヒートアップして行く。一方、大作の興味は反比例するかの様に沈んでしまった。
「そんじゃ俺はお暇させて貰いますよ。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……」
大作はお得意の淀川長治さんのモノマネを披露するとコソドロの様に抜き足差し足で逃亡を図る。逃亡を図ったのだが…… しかしまわりこまれてしまった!
「逃さないわよ、大佐!」
「抵抗は無意味よ。大人しく連行されなさいな」
「さあ、キリキリ歩きなさい」
左右の腕をサツキとメイにガッシリとホールドされたうえ、ほのかに背後を押さえられてしまうともはや逃げる術はない。
抵抗する気力も無くなった大作は素直にドナドナされて行く。
歩くこと暫し。四人は十畳ほどの騒がしい座敷に辿り着いた。
壁には何枚もの地図が貼られ、大きな黒板には意味不明な文字や数字が書き殴られている。
部屋の中央には畳くらいの大きさの机が置かれ、縮尺の異なった何枚かの地図が敷いてあった。良く見れば部隊配置を表しているらしい赤や青のコマが無数に並んでいる。
「桜! 大佐がお見えになったわ。今、分かっている事を手短に話して頂戴な」
「畏まりましてございます。では、此方の絵図面をご覧下さりませ。伊東の軍勢はその数およそ二万。先鋒はすでに横川にまで達しており、明日にも攻め寄せてくるかと思われます。我が方は阿弥陀寺に司令部を設置。其処から東に半里ほど離れた所に防衛線を急遽構築中にございます」
「二万の敵だと?! そんな大兵力が目と鼻の先にくるまで気付かなかったのか? 監視部隊は何をやってたんだ? って言うか、防衛戦力は足りてるのか? 防衛戦を構築って一日で何とかなるものなのか? 祁答院や入来院に援軍を要請できんもんじゃろか?」
思ってもいなかった急展開に驚いた大作はパニクって素っ頓狂な声を上げる。
だが、桜は他者への共感能力に深刻な欠陥でも抱えているのだろうか。慌てふためく大作の気持ちがさぱ~り分からないらしい。人を小馬鹿にした様な半笑いを浮べたまま鼻を鳴らした。
「餅付いて下さりませ。宜しゅうございますか、大佐。ご自分を信じめさるな! 桜をお信じ下さりませ! 大佐を信じる桜をお信じ下さりませ!!」
「いや、あの、その…… 急にどしたん、桜? 何か変な物でも食ったのか? とにもかくにも腹が減っては戦はできん。逆に腹一杯なら戦えるってことだ。美味い飯でも食って頭を冷やそうぜ」
「はぁ~っ? 私は別に頭に血が上ってなどおりませぬが?」
「どうどう、桜こそ持ちつけ。それのどこが頭に血が上っていないんだよ。とにもかくにも飯だ飯。ほのか! 何でも良いから食べられる物を……」
その時、歴史が動いた。パタパタと小走りに駆けて来る足音が聞こえたかと思う間もなく修道女姿の少女が座敷に飛び込んできたのだ。
少女は手に持った通信紙を『勝訴!』とでも言いたげな顔で掲げながらドヤ顔を浮かべる。
「日向灘沖で訓練航海中だった第四艦隊から連絡が入りました。日が暮れるのを待って小舟で一ツ瀬川を遡上。夜陰に乗じて無反動砲で佐土原城を焼き討ちするとの由にございます」
「なっ! なんだってぇ~っ! そんなことして大丈夫なのかな? 後で問題になったりせんじゃろか?」
「先に手を出して来たのは伊東でしょう。やられたらやり返す。倍返しよ」
「そうそう。撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだとも言うしね」
「嫌なら初めから攻めて来なけりゃ良いのよ」
サツキ、メイ、ほのかが揃って賛同の意を現し桜も禿同と言った顔で激しく頷く。
「こりゃあ一件落着みたいだな。こっちの戦がどうなろうと佐土原城が丸焼けになったって知らせが届けば諦めて引き返すじゃろう」
「そりゃそうよ。本城を焼き討ちされて知らん顔を出来る筈が無いわ」
「きっと尻尾を巻いて逃げ帰るんじゃないかしら」
「お味方の大勝利ね」
付和雷同もここに極まれリと言った感じで一同の間に安堵の空気が満ちて来る。
これが後に第四艦隊事件と呼ばれ、世間を騒がせる一大事になることに誰一人として気付く筈も無かった。




