巻ノ五百七 燃えよ!デフコン2 の巻
織田信長の唐突な死が山ヶ野に伝わってから数日が経った。数日が経ったのだが……
「んで、大佐。いったいこれからどうするつもりなのよ?」
「あのなあ、お園。そんなこと急に聞かれても困っちゃうんですけど…… 確か俺の…… 俺たちの目的は歴史改変だったよな? にも関わらず戦国時代で一番のキーパーソンたる織田信長が勝手に死んじまったんだぞ。これ以上の歴史改変って言ったら何が出来るって言うんだよ? こっちが教えて欲しいくらいなんだけど?」
「知らざあ言って聞かせやしょう! だったら私が考えてあげても良いわよ? そうねえ…… たとえばだけど、幹部食堂のメニューをもっと増やすっていうのはどうかしら? 異国の食材を色々と取り揃えて誰も見たことも無い創作料理を作っちゃうのよ。そうねえ、まずは……」
お園は大きな瞳をキラキラさせながらオリジナルレシピを次から次へと話し続ける。話し続けたのだが……
「いや、あの、その…… とっても有り難いお申し出なんですけど俺の求めている歴史改変はそんなチャチな物じゃあ断じて無いんだよな。だってそんな些末な事柄が未来の歴史の教科書に載ると思うか? 思わんだろ? な? な? な?」
「そうなの? 私、歴史の教科書って読んだ事が無いから良く分からんわ。だったら…… だったらそれ自体を歴史改変しちゃえば良いんじゃない? 未来の歴史教科書に山ヶ野の幹部食堂のメニューがとっても充実していたっていう話を載せるのよ。取り敢えずはそれを目標にしましょう」
「いやいやいや! それが達成できたかどうかを俺たちは確認できないじゃんかよ! って言うか、本当を言うと未来の歴史教科書に載るかどうかなんてどうでも良い気がしてきたぞ」
「そ、そうなんだ…… まあ、私も何だかどうでも良い気がしてきたわ。んで? 話を巻き戻して頂戴な。いったいこれからどうするつもりなの?」
お園は突如として真顔に戻るとRPGのモブキャラみたいに同じセリフを繰り返した。
もしかして、この問いに答えなければ無限にループする仕様なんだろうか? だとしたら面倒臭いなあ。大作のやる気が猛烈な勢いでガリガリと削がれて行く。
ってことは、もしかして逆らったところで無駄骨なのか? そうだとすればやることは決まっている。
「どうどう。餅付け、お園。別にお前の意見に反対ってわけじゃないんだよ。ただなあ…… 将と兵で食事の質に差を付けないっていうのは大事なルールだろ? だから幹部食堂のメニューだけ豪華にするっていうのはちょっと不味いと思うんだよなあ。そこを改善しては貰えんもんじゃろか?」
「それもそうねえ…… こんな詰まらん事で兵の反感を買うのは阿呆らしいわ。ならばこうしたらどうかしら? 新しく作った料理って試食とかテスト販売をするものでしょう? それを幹部食堂でやるのよ。んで、好評だったら一般の食堂でも扱えば良いわ」
「そうだな。もうそれで良いんじゃないか? んじゃ、食堂の偉い人…… アレって肩書は何なんだろな? 食堂長? そんな役職ってあったっけ?」
大作は情報を求めて懐からスマホを取り出して弄くり回す。弄り回したのだが……
「料理長をチーフシェフって呼ぶみたいだけど食堂長なんて肩書は見当たらんな。って言うか食堂の経営者は普通にオーナーなんだろう。とは言え、ここの食堂は山ヶ野金山の一部だぞ。そうなると食堂のオーナーなんて奴は……」
「取り敢えず食堂をお任せしたナカ殿に頼めば良いんじゃないかしら?」
「ふむふむ、それもそうだな。まあ、下手な考え休むに似たり。考えててもしょうがない。まずは行動からだ。食堂を目指してレッツラゴー!」
大作とお園の仲良し夫婦は重い腰を上げると食堂を目指して寒空の下を歩き出す。
いったい何処から現れたのだろうか。二人の少女が音もなく姿を見せると前後を一緒に歩き出した。
「ご苦労さま。無花果と雛芥子ね。もしかして護衛に付いて下さるのかしら?」
「左様にございます。御用が御座いましたら何なりとお申し付け下さりませ」
「それは丁度良かったわ。貴女たち、食堂のメニューに加えて欲しいものは何か無いかしら。遠慮は要らないわ。何なりと言って頂戴な」
「しょ、食堂のめにゅうにございますか? そうは申されましても今のめにゅうで十分に満ち足りております故、取り立てて食べたい物はございませぬ」
「私も同じ思いにございます」
無花果と雛芥子は互いに顔を見合わせると軽く頷き合う。
だが、この言葉が逆鱗に触れてしまったのだろうか。突如としてお園は顔色を変えると声を荒げた。
「取り立てて食べたいものは無いですって?! あのねえ、無花果。医食同源って言葉を知っているかしら?」
「恥ずかしながら存じ上げておりませぬ」
「別に恥ずかしがる事はないわ。教育者の澤柳政太郎様は申された。『知らないことは恥ではない、知ろうとしないのが恥である』と。医食同源っていうのは食べ物と薬は源が同じ。どっちも健やかさや病に関わりがあるってことね。日々の糧に用心して病を防ぎ、健やかに過ごす事が叶うのよ。その為には兎にも角にも栄養のバランスを考えたうえで朝昼晩の決まった刻限に食べる事。特に大事なのは炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルの五大栄養素をしっかり摂ることね。それから……」
こうして一同はお園の有り難い栄養学講義を拝聴しながら幹部食堂を目指して歩いて行く。歩いて行ったのだが……
その時、歴史が動いた! 突如としてけたたましいサイレンの音が山ヶ野に鳴り響く。
「何だ何だ何があった? 敵襲か? 敵襲なのか?」
「どうなのかしら? また誤報とかじゃないでしょうねえ?」
大作とお園はキョロキョロと辺りを見回しながら小首を傾げる。
それに比べて雛芥子と無花果は落ち着いた様子だ。腰のポーチから小型望遠鏡を取り出すと真剣な顔で何かを見つめた。
「デフコン 2発令を告げる信号旗が上がっておるような。これより緊急事態下の行動要領に基づいてお二方を発令所までお送りいたします」
「それって最高度に準じる防衛準備状態を示しているんだったわよねえ? いったい何があったのかしら?」
「そこまでは分かりかねまする。兎にも角にもお二方の御身をお守りするのが大事。ささ、発令所へお急ぎ下さりませ」
余りにも強引な無花果と雛芥子の態度に大作の猜疑心がムクムクと首を擡げ始める。
「そう言われてもなあ…… 俺たちだって幹部食堂に緊急の用事があるんだよ。発令所へ行くのはその後ってわけにはいかないかなあ?」
「緊急事態下の行動要領には従って頂かねば困ります」
「いや、あの、その…… だったらお園、お前だけ先に行ってくれよ。俺は幹部食堂を片付けてから追い掛けるからさ」
「そんな事が出来る筈もないでしょう! 新メニューを考えるのは私じゃないの。発令所へは大佐が行って頂戴な」
取り付く島も無いとはこのことか。お園はけんもほろほろ…… じゃなかった、けんもほろろに話を打ち切った。
こいつは従う他はなさそうな。諦めの境地に達した大作はがっくりと肩を落とす。
「そ、それもそうだな…… んじゃしょうがない。無花果、雛芥子。発令所へレッツラゴー!」
「誠に申し訳ございませぬが、大佐。発令所へはお一人で参って下さりませ。我ら二人はお園様の護衛にござりますれば」
「そ、そうなんだ。それじゃあしょうがないなあ…… んじゃ、お園。縁が有ったらまた会おう。アディオス!」
アディオスって言うのは二度と会わないような時の挨拶なんだけどな。
大作は心の中で吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢すると発令所へ向かって小走りに駆け出した。




