巻ノ五百五 信長死すとも自由は死せず の巻
荒れに荒れたこども政策関係部局長会議から一夜が明ける。
今日も今日とて山ヶ野金山は平穏無事というか相も変わらずというか…… 何の代わり映えもしない退屈な日常が繰り返されていた。
「詰まらん! 全く持って詰まらんぞ! 何か…… 何でも良いからスペクタクルでアンビーリバボーな面白い出来事は起こらんもんじゃろか?」
遅めの昼食を終えた大作は丁寧に食器を洗って返しながらボヤく。
「あのねえ、大佐。『面白き こともなき世を 面白く すみなすものは 心なりけり』でしょう? 詰まらないか面白いかなんて詰まる所は本人の主観なんですからねえ」
「いや、あの、その…… お園さん? だからその、俺の主観で詰まらないから詰まらないって言ってるんだよ。俺がそう思うんだからそうなんだろ? 俺ん中ではな」
「ふぅ~ん、あっそう! ところで大佐。詰まらないの語源って何だか知ってるかしら? 動詞『詰まる』の打ち消しの……」
その時、歴史が動いた! 食堂の引き戸が荒々しく開かれたかと思うと見知った顔が現れた。
「こんな所にいたのね、大佐! 美唯、散々そこら中を探したんだからね!」
「おお、美唯。久しぶりだな。暫く見かけなかったけどいったい何処へ行ってたんだ?」
「あのねえ…… 美唯は大佐に言われて虎居まで無反動砲の試射に行ってたのよ? 覚えていないとは言わせないんですから!」
「いや、あの、その…… 覚えていないものは覚えていないんだからしょうがないだろ? っと思ったけど段々と思い出してきたぞ。そうか! 確か青左衛門の所に行ってたんだったかな? んで? 無反動砲とやらはどんな物だったんだ? 面白かったか?」
「よくぞ聞いてくれました! 知らざあ言って聞かせてあげるわ。今から撃ってあげるから目をかっぽじって見てて頂戴な!」
思いっきり顎をしゃくり上げた美唯が突如として無反動砲を肩に担ぐ。
「まてまてまて! ここで撃つつもりか? って言うか人に砲身を向けるなよ。お前は銃口管理の五原則を知らんのか?」
「じゅうこうかんりのごげんそく? 美唯、そんなの見たことも聞いたことも無いわよ」
「ま、マジかよ…… そんな奴が無反動砲の試射をしてきただなんて世も末だな。まあ、そんな事はどうでも良いか。ちょうど暇してたところだ。俺達も無反動砲の試射とやらにチャレンジしようか。な、お園?」
「私、撃たない。無反動砲、嫌いだもの……」
ボソボソと呟くようにお園が相槌を打つ。その顔からは一切の表情が読み取れない。読み取れないのだが……
「ちょ、おま…… それってもしかして綾波レイの真似なのか? あんあり似てない…… いや、まあまあ似てたかな?」
「良く分かったわね、大佐。胸を張って良いわ。それじゃあとっとと射撃訓練場に行きましょうか。今なら東訓練場が空いてるはずよ。さあさあ! Hurry up! So quickly!」
「はいはい! いま行こうと思ったのに言うだもんなぁ~っ!」
そんな阿呆な話をしながら大作とお園と美唯のズッコケ三人組は山ヶ野金山内の連絡通路を歩いて行く。
「しかし思っていたよりも随分と早く無反動砲が完成したもんだなあ。こうなるとシビル汗国への軍事介入を大幅に前倒しできるかも知れんぞ。確か1585年に最後の君主クチュム・ハンがコサック軍へ奇襲攻撃を行うんだっけ? これって三十四年も先の話だろ? 無反動砲と砲弾を量産して供給するには十分過ぎる時間だぞ。十年…… いや、五年もあれば余裕だな」
「ちょっと待ちなさいな、大佐。シビル汗国とやらに手を貸すよりも先に天下を統べる方が先なんじゃあないかしら?」
「そ、そうかなあ…… 別にどっちを先にしても大して変わらんと思うんだけど? って言うか寧ろ国内問題なんか後回しじゃろ。広大なシベリアをさっさと抑えた方が吉かも知れんぞ。たとえばだけど……」
その時、歴史が動いた! どこからともなく風のように現れた人影が大作たちの行く手に立ち塞がる。
「うひゃぁ~っ! びっくりしたなあ、もう……」
「おやおや、驚かせてしまいましたかな? 申し訳次第もございませぬ」
眼の前に立つ少女は慇懃無礼というか人を小馬鹿にしたと言うか…… 見るからに敬意を欠いた態度で半笑いを浮かべていた。
「あら…… 貴方は確か女子挺身隊の吹雪ですね? 如何しましたか?」
「知っているのか、お園! こいつ…… じゃなかった、この女性のことを?」
「あのねえ、大佐。たった今、言ったでしょう? 女子挺身隊の吹雪じゃないかって?」
「それはそうだけど…… んで? その女子挺身隊の吹雪さんが俺達に何の用なのかな?」
「今から八分ほど前、堺からの緊急連絡が届きましてございます。その内容を確認したところサツキ様が今すぐにでも大佐にお伝えせよと申されました故、斯様に罷り越した次第に御座います。ささ、ご覧下さりませ」
吹雪と名乗った女子挺身隊員は懐から薄っぺらい紙切れを取り出すと恭し気に差し出す。恭し気に差し出したのだが……
例に寄って例の如く紙片は少し湿っていて生暖かい。
何だかちょっとエロいなあ。大作は吹き出しそうになったが既のところで必死に我慢した。
「なになに…… 読めん! 読めんぞ! お園、悪いけど読んでくれるかなぁ~っ?」
「いいともぉ~っ! って、大佐。いい加減にしないと字が読めない阿呆だと思われちゃうわよ。後生だからちょっとくらいは覚えて頂戴な」
「いやいやいや…… その前に旧字体と旧仮名遣いの方を何とかしてくれよ。こんな物、覚えたってしょうがないだろう? 違うかな?」
「まあ、その件は今は脇に置いておきましょう。それより堺は何と言ってきたのかしら。どれどれ…… 昨年末に尾張国の織田弾正忠家の三郎様が病にて身罷られた由につき……」
「な、何だってぇ~っ! あんだけ手間暇を掛けっていうのに結局は死んじゃっただと?! そんな阿呆な。歴史改変が…… 歴史改変の夢は夢のままなのかよ!」
大作は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせて慌てふためく。慌てふためいたのだが……
馬耳東風といった顔のお園は小さくため息を付くとまるで吐き捨てるように呟いた。
「三郎様っていうのは信長の幼名でしょう? 身罷られたのは嫡男の信長よ。何がどうなったのかは知らんけど信秀を長生きさせる代わりに信長が先に亡くなっちゃったのね」
「それって…… それって結局は信秀の方が長生きしたってことだよな? だったら信秀長生き作戦は成功したのかなあ? もしそうだったら終わり良ければ全て良しって言うもん。なっ? なっ? なっ?」
「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」
不機嫌さを隠そうともしないお園が忌々し気に顔を歪める。
「葬儀の席で信秀様は信長様の位牌に向かって焼香をぶち撒けたそうよ」
「それって織田家に伝わる習わしか何かだったりするのかなあ。まあ、その辺りはちゃんと歴史に沿っているわけか。しかしまあアレだなあ。信長が死んだとなると歴史が大きく変わっちゃうぞ。こいつは面白くなってきたなあ」
「ねえねえ、大佐。無反動砲の試し撃ちはどうするのよ。ねえったら、大佐!」
無反動砲を振り回しながら美唯は大声で喚き散らす。
だが、その声は大作の耳には全く届いてはいなかった。




