巻ノ五百弐 食べろ!おせちの残りを の巻
「知らない天井だ……」
翌日、朝早く目を覚ました大作は例に寄って例の如く得意の名セリフを口にする。
「あのねえ、大佐。もしかして、それを言わないと死んじゃう病でも罹っているのかしら?」
「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」
そんな阿呆な話をしながら布団を畳み、寝間着を着替える。
「大佐、此の寝間着は何処へ返せば良いのじゃ?」
「ああ、お早うございます。それはこの籠に放り込んで下さいな。当番の者が取りにきますんで」
「で、あるか……」
大作とお園と三の姫は仲良く並んで歩いて幹部食堂へと向かう。
座敷は既に結構混雑している。だが、運の良いことに並んで空いている席を見つけて座ることができた。
朝餉のメニューは…… おせち料理の残り物だった!
「いったいいつまでおせちなんだよ! おせちも良いけどカレーもねって感じだな……」
「三が日が終わったのにこんな物が出てくるって事は、もしかして七草粥まで続くのかも知れんわね」
「日々の糧を与えたもう恵みのみ神は誉むべきかな。アーメン……」
三人はお祈りもそこそこに食事に手をつけようと……
「ちょっとちょっと、大佐。其処なお方はもしかして三の姫様じゃないかしら。何故に山ヶ野にお出でになられたの?」
「おお、ほのか。三の姫様は今日から少子化担当大臣とIT担当大臣を努めて頂くことに…… って言うか、皆に紹介がまだだったな。丁度良い機会だ。三の姫様。お食事の途中で申し訳ございませんが、ちょっとお立ち頂けますかな?」
「う、うむ……」
「総員、傾注!」
大作が大声を張り上げると食堂に集う一同が一斉に視線を向けてきた。
「ちなみに『傾注』なんて号令は旧軍にも自衛隊にも無いらしいぞ。おそらくは小林源文がAchtungってドイツ語を格好良く訳そうとして広めたんじゃないのかな?」
「そ、そうなんだ…… んで? 三の姫様はいったい何用で山ヶ野に参られたのかしら?」
「いや、あの、その…… だから、それを今から説明しようとしているんだよ。さっきも言ったが三の姫様は今日から少子化担当大臣とIT担当大臣を努めて頂く」
「其れだけではないぞ。妾は大佐殿に嫁いで参ったのじゃ!」
ドヤ顔を浮かべた三の姫が横から口を挟む。口を挟んだのだが……
「「「え、えぇ~~~っ!!!」」」
食堂に集う幹部の面々が一斉に歓声を上げる。
大作は場が静まるのをのんびりと待つ。暫しの後、再び静寂が訪れるとサツキが小首を傾げながら口を開いた。
「大佐に嫁ぐですって? だけども大佐はお園と夫婦じゃなかったかしら? ん!? まちがったかな……」
「お前はアミバかよ! 実はそのことでも報告があるんだ。何って言ったら良いのかなあ…… ここ山ヶ野においては結婚っていう制度そのものを無くそうかと思っていてな。前にも言ったっけ? 既にフランスやスウェーデンでは婚外子が過半数になってるとかいないとか。だったらもう誰と誰が子供を成そうが知ったこっちゃない。プライベートな問題に行政は一切の関与を行わないつもりなんだ」
「??? 要するに…… 要するに大佐と三の姫様はいったいどういう間柄なのかしら?」
「ちゃんと話を聞いてたのか、ほのか? 要するに配偶者特別控除とか相続財産の遺留分とかは無し。税法上のメリットはその一切を認めない。戸籍も個人で管理。遺産相続は遺言。これに文句のある奴は日本から出て行け!」
話しているうちに大作はすっかり興奮状態になってしまって口角泡を飛ばしてがなり立てる。
見るに見かねたサツキが両手でTの字を作って割り込んできた。
「どうどう、餅つきなさいな大佐。それならそれで結構よ。私たちは口を挟んだりしないから勝手にやって頂戴な。そのかわり私たちの事にも口を出さないでね。約束よ」
「ちょ、おま…… そういう話をしてるんじゃあないだろう? とは言え、お前らが何をしようと知ったこっちゃないんだけどさ。ちなみに、三の姫様のTACネームはサンだ」
「サンね。美唯、覚えた!」
ドヤ顔を浮かべた美唯が思いっきり顎をしゃくる。だけども本当に分かっているんだろうか。
まあ、分かっっていなくても関係ないか。どうせ他人事だし。
大作は考えるのを止めた。
素早く食事を済ませると三人は丁寧に食器を洗って返す。
「って言うか幹部食堂なのにセルフサービスなのかよ!」
「今更ね、大佐。それより人事部へ急ぎましょう。混んでくる前に」
「それもそうだな。さあさあ、サンも。急いで下さいな」
「相分かった!」
人通りの増え始めた山ヶ野金山内を流れに逆らうように人事部へ向かう。
小走りで進むこと暫し。数分後に三人は目的地に辿り着いた。辿り着いたのだが……
「思ったより混んでいなかったわね」
「そ、そうかな? 俺は思ったより混んでると思うぞ。サンはどう思われますかな?」
「賑わっておるかおらぬかで申さば、うぅ~ん…… 然程は賑わっておらぬのではないのかのう? とは申せ、大佐の申す事も分からぬではないか…… いや、やはり妾には良う分からん」
そんな阿呆な話をしながらも大作は発券機まで進んで番号札を取った。
「よりにもよって十三番かよ。何だか不吉だなあ」
「何故じゃ、大佐。十三に何か障りでもござったか?」
「そりゃあアレですよ、アレ。新約聖書でイエス・キリストを裏切った弟子のユダが最後の晩餐で十三番目の席に座っていたとか何とか。ちなみにイエス・キリストの処刑が金曜日だったとかいう俗説には根拠がないらしいですよ。新約聖書には磔刑が何月何日だったかなんて一言も書かれていないですし。なのに十三日の金曜日は不吉な日として定番中の定番になっちまったんだそうな。殺人鬼ジェイソンが大活躍するアメリカのホラー映画『十三日の金曜日』シリーズの世界的大ヒットも見逃せないですけどね」
大作はスマホ弄ると耳寄り情報を探して読み上げる。読み上げたのだが……
「ふ、ふぅ~ん。ところで其れは何年何月の十三日なんじゃろうな?」
「ホラー映画の? あれってフィクションなんじゃないですか」
「そんな事ないでしょう、大佐。もしそうだとしても作中の設定とかあるんじゃないかしら?」
「あっ! 本当だ…… Wikipediaには1957年の出来事だって書いてあるな。ってことはカレンダーを調べると…… 九月か十二月のどっちかだな。そうなると恐らく多分、九月なんじゃね?」
いい加減に話を打ち切りたくなってきた大作はぶっきらぼうに吐き捨てる。
だが、そんな気を知ってか知らずかお園は迫撃の手を緩める気はないらしい。ちょっと眉根を顰めると小首を傾げながら呟いた。
「なんでそう思うの、大佐。その心は?」
「そもそも例の事件のきっかけはニュージャージー州ブレアーズタウンにあるクリスタルレイクのキャンプ場で少年が溺死したからなんだよ。池で溺れて行方不明になったとか何とか。ってことは九月なんだろな。多分だけど。ニュージャージー州は夏は暑くて湿度も高いけど冬は雪も降るくらい寒いんだ。冬から初春にはノースイースターとかいう嵐が吹いて吹雪になることもあるそうな」
「んで? それがどうしたのよ?」
「そんな時期に泳いだり舟遊びをする奴がいると思うか? いや、おるまい。反語的表現!」
大作は拳を振り上げて絶叫する。絶叫したのだが……
「十三番の番号札をお持ちの客様! お待たせ致しました。此方までいらっしゃいませ!」
「はい、はい、はい! いま行くわ。ちょっと待って頂戴な!」
「ちょ、おま、待てよ…… まだ話の途中だろ! 1957年の9月13日に何があったか知りたくないのか? この日は俳優の山崎一さんが生まれた日なんだぞ。知ってるか? 山崎一さんはNOVAのCMキャラクター『鈴木さん』で全国的に有名になったお方だ。それでACC賞タレント賞を受賞されたんだ。出身地の松田町ふるさと大使に任命されたり劇壇ガルバを旗揚げして自ら演出も手掛けてらっしゃる。2020年には第28回読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞されてるんだ。凄い役者さんなんだぞ! おい、こら、聞けよ!」
大作は半狂乱になって叫び続ける。だが、その熱弁は誰の耳にも届いていなかった。




