巻ノ五百壱 二人は双子!鶇と鵣 の巻
「山ヶ野、山ヶ野…… 終点の山ヶ野でございます。長旅お疲れ様でした。何方様もお忘れ物の無きようお気をつけ下さりませ。本日はご乗車ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
うつらうつらしていた大作は到着を告げる御者のアナウンスで意識を取り戻した。
「知らない天井だ……」
「あのねえ、大佐。いったい此の馬車の何処に天井があるっていうのよ? 阿呆の一つ覚えも此処まで来ればいっそ清々しいわねえ」
「ありがとう。最高の褒め言葉として受け取って置くよ」
そんな阿呆な話をしながら馬車を降り、大作とお園と三の姫は入出国ゲートへ向かう。
「お園様、大佐。おかえりなさいませ。其処なお方は何方様にございましょう?」
受付に立つ修道女姿の少女が小首を傾げる。
大作は胸元の名札をチラリと確認すると卑屈な愛想笑いを浮かべた。
「おお、鶇じゃないか。元気してたか? って言うか、お前さんは親衛隊員じゃなかったっけ? なんで入出国係なんてやってんだ?」
「いや、あの、その…… 大佐。良うご覧下さりませ。私は鵣と申します。鶇とは似ても似つきませぬぞ」
「そ、そうなのかな? まるで双子かと思うくらいくりそつだぞ。良く間違われないか?」
正直言って大作は鶇の顔なんて良く覚えていない。とは言え、いま適当なことを言うとドツボに嵌りそうなので必死に言い逃れようとする。言い逃れようとしたのだが……
「如何にも鶇と鵣は双子にございます。然れども然程は似ておらぬと思うのですが?」
「な、何だってぇ? 本当に双子だったのかよ。でも、絶対に似てると思うんだけどなあ。どうだ、お園? 三の姫様…… サンもそう思いますよねえ?」
「うぅ~ん、どうなのかしら…… 似てるか似てないかで言えばどっちかというと似てるんじゃないの?」
「妾は鶇とやらに会うた事が無い故、分からぬぞ」
「そ、そりゃそうですよねえ…… まあ、見た目が似ていようが似ていまいが鶇は鶇、鵣は鵣だ。みんなちがってみんないい! これにて一件落着!」
言うが速いか大作は疾風の如く入出国ゲートを通り抜けて駆け出した。
「ちょ、おま…… 待って頂戴な、大佐!」
「待てと言われて待つ奴はおらんぞ。あはははは!」
「そりゃそうよねえ、うふふふふ!」
あっという間に豆粒のように小さくなってしまった大作とお園を三の姫は呆然とした顔で見送ることしかできなかった。
「はあ、はあ、ふう…… どうやら生き残ったのは俺達二人だけらしいな」
「って言うか、三の姫様を置いてきて良かったのかしら?」
「で、ですよねえ…… 面倒臭いけど迎えに戻るしかないか。放っといたら余計に面倒臭いことになりそうだし」
二人はその場でくるりとUターンすると今来たばかりの道を戻り始める。戻り始めたのだが……
暫く歩いて行くと当の三の姫が姿を表した。
「大佐殿。置いて行かずとも良いではないか。いったいどうなるものかと肝を冷やしたぞ。鵣と申す女性が『げすとかあど』を貸してくれたから良いものを」
「ああ、そう言えばそんなのありましたねえ。あとで人事に行ってIDカードを発行してもらいましょう」
「後回しにせず、すぐに発行してもらった方が良いんじゃないかしら。当分ここで二人きりで暮らすんでしょう?」
「あはは…… 二人きりじゃないけどな。まあ、後回しにしてもしょうがないか。んじゃあ、さっさと行ってとっと発行してもらおう」
三人は仲良く並んで人事部へ向かう。人事部へ向かったのだが……
「正月の三が日から人事部が開いてるはずがないか……」
「そも、今日は日曜日だしねえ」
「多分、明日なら開いてるんじゃないかな。多分だけど」
「とにもかくにも開いてないものはしょうがないわ。幹部宿舎か幹部食堂にでも行きましょう。あそこなら正月だからって閉まってる筈はないでしょうし」
お園に促された大作は足を引きずるように幹部食堂を目指す。幹部食堂を目指したのだが……
「閉まってるじゃんかよ! お前、開いてるって言ったよな?」
「私、そんな事を言ったかしら? さぱ~り覚えていないんだけれど?」
「いやいやいや! 三の姫様…… じゃなかった、サンは覚えていますよねえ?」
「あのなあ、大佐殿。いい加減にその三の姫様というのを止めては貰えぬか? 妾たちは夫婦なのじゃぞ」
「そ、そうは申されましても長年の習慣というものは易易とは変えられないものなんですよ。分かって下さいな」
「それより大佐、いったいどうするつもりなのかしら? 私たち、お昼も食べていないのよ。もうお腹が空いて動けないわ!」
不機嫌そうに言葉を荒げる三の姫とお園を前にした大作は心がポッキリと折れそうだ。
だが、好事魔多し? 捨てる神あれば拾う神あり? 何だか良く分からないがガラガラと引き戸が開くと中から見知った顔が現れた。
「おやまあ、大佐様。お帰りなさいまし。少し早うございますが、夕餉になさいますか?」
「おお、ナカ殿! 恥ずかしながら帰って参りました。んじゃあ、夕餉を三人前ご用意頂けますかな?」
「喜んでぇ~っ!」
勝手知ったる他人の家。大作は部屋の一番奥へ真っ直ぐ進むと入口の方を向いて座る。
お園が右隣に座り、三の姫は左隣に座った。
「なんで二人とも隣に座るんだ? 窮屈だろ? 向かい側に座ればもっとゆったりと座れるのに」
「別に窮屈でも良いじゃないの。それとも窮屈だと何か不都合でもあるのかしら?」
「妾はむしろ窮屈な方が良いくらいじゃぞ」
ああ言えばこう言うとはこのことか。すっかり意気投合してしまった二人には何を言っても暖簾に腕押しのように流されてしまう。
大作は考えるのを止めた。
夕餉のメニューは所謂『おせち料理』だった。
これはきっと正月三が日に料理をしないで済むように作り置きしてしているんだろう。
大作は黒豆やゴマメ、たたき牛蒡、エトセトラエトセトラ…… 端から順番に食べながら三の姫の顔色を伺った。
「時に三の姫様…… じゃなかった、サン。何かやりたいことはございますかな?」
「やりたいこと? そうじゃなあ…… 取り敢えず腹は膨れたし、今日は長旅で疲れてしもうた。早く横になりたいのう」
「いやいや、そうじゃなくてですね。ここ山ヶ野では皆が皆、手に職というか一芸に秀でるというか…… 何かしらの役目を担っているんですよ。働かざるもの食うべからずって言いますでしょう?」
「妾に? 妾に働けと申すか?」
三の姫があからさまに目を白黒させて狼狽える。
こいつはフォローが必要なのか? 大作は腫れ物に触るように慎重に言葉を選んだ。
「だったら…… そんなに嫌だったら適当な無任所大臣の肩書だけ名乗ってもらっても結構ですよ。少子化担当大臣とかIT担当大臣なんかどうですか?」
「しょうしかたんとう大臣? 其は如何なる大臣じゃ? 左様な大臣は耳にした事がないぞ」
「いや、あの、その…… 薩摩の大火によって大勢の尊い人命が失われましたよね? せっかく減った人口です。これ以上増やさずに優良な人種だけを残す。それ以外に人類の永遠の平和は望めません」
「はぁ? いったい大佐は何を申しておるのじゃ? 何の事やらさっぱり分からぬぞ」
「ですから…… 我々が現在進めている農業生産性の向上や医療水準の改善が実現すれば乳幼児の死亡率は激減すると思われます。そのままでは人口は数世代で数倍に膨れ上がってしまうかも知れません。それを阻止するためには出生数のコントロールが必要なんですよ」
「うぅ~ん…… 分かったような分からぬような。まあ、とにもかくにも妾も何ぞ働けという事じゃな。うむ、相分かった」
ドヤ顔を浮かべた三の姫が勝ち誇ったように顎をしゃくる。
「そ、そうですね。そんじゃあ少子化担当大臣とIT担当大臣を兼任ってことで宜しく頼みます。お園は今晩中に補職辞令を作ってくれるか。明日の朝一番に認証官任命式をやろう」
「少子化担当大臣とIT担当大臣の補職辞令ね。分かったわ。大船に乗ったつもりで任せて頂戴な。タイタニックや空母信濃くらいのね」
お園は自信満々の笑顔を浮かべて安請け合いする。
だけども当てにして本当に大丈夫なんだろうか。大作の不安感は増すばかりだ。
とは言え、明日のことなんて今から心配しても仕方ない。
ケセラセラ、なるようにしかならん。
大作は考えるのを止めた。




