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巻ノ五百 夢だけど、夢じゃなかった! の巻

「知らない天井だ……」


 気が付くと大作は材木屋ハウス( 虎居)の二段ベッドの下段で横になっていた。

 目に飛び込んできたのは見慣れたベッド上段の裏板の木目のようだ。

 二つ並んだ小さな節穴が目玉みたいに見えて何だかちょっと怖いなあ。

 って言うか、どうして俺はベッドなんかで寝ているんだろう。

 確か虎居城の大殿に新年の挨拶をしに行っていたような気がするんですけど……

 記憶の糸を必死に手繰り寄せようとするがさぱ~り重い打線!

 大作は軽く頭を振って…… あ痛たた!


「漸う目を覚まされたか、大佐殿。随分とお酒を召されておったようじゃな。白湯でも持って参ろうか?」

「さ、三の姫様?! どうしてここにいるんですか?」

「戯れを申されるな。よもや(わらわ)を娶った事を忘れたのではあるまいな?」

「いや、あの、その…… 娶った? 三の姫様を? あれって『夢だけど、夢じゃなかった!』って奴なんですか?」


 上半身を起こしてきょろきょろと周りを見回すと呆れた顔のお園が小さくため息をついていた。


「ところがどっこい現実よ、大佐。また一人、扶養家族が増えちゃったわね」

「そ、そういう問題なんじゃろか? そもそも重婚とか問題にならないのかな?」

「じゅうこん?」


 お園が困惑の表情を一層と濃くしながら小首を傾げる。

 隣に座った三の姫もさぱ~り分からんといった顔だ。


「聞いたことないかな? 重婚っていうのは…… 結婚してる人間が離婚せずに別の人と結婚することを言うんだ。 日本では民法732条で重婚が禁止されているし刑法184条に重婚罪があって刑罰の対象になっている。 配偶者がいる奴が別の相手を婚姻すると二年以下の懲役に処されるんだ」

「どゆこと? それって民法で重婚できないって禁じておきながら、刑法では罪だって言ってるんでしょう? わけがわからないわ……」

「よ、要するにだなあ…… 裁判例によれば偽造や虚偽の協議離婚届で戸籍上前婚を抹消してから婚姻届を提出したものを重婚罪としたケースがあるらしいぞ。これこれ、名古屋高判昭和36年11月8日高等裁判所刑事判例集14巻8号563頁だ。あとは戸籍係が間違って婚姻届を受理した場合なんかもだな。実際のところ、最近は年に数件くらいしか検挙されていないんだとさ」


 大作がスマホから視線を上げるとお園と三の姫はお互いの顔を見合わせて顰めっ面をしていた。

 こいつはフォローが必要なのか? でも、何と声を掛ければ良いんだろう。

 そんな大作の困惑を知ってか知らずかお園が助け舟を出してくれた。


「つまるところ妻のいる夫が他の女と暮らしても婚姻届さえ出さなければ法律上の婚姻にならないって事でしょう? 婚姻届さえ出さなければ何人と結婚しようが重婚罪にはならないってことよね? だとすると、この規定はいった何のためにあるのかしら…… 閃いた! 重婚罪っていうのは夫婦(めおと)を守るためじゃあないんでしょう? お家を守ることで親から子に田畑を相続させる? みたいな? だから、それさえちゃんとしていれば誰と誰がどうしようと刑法の重婚罪に問われることはないわけね」

「そ、そうだな…… っていうかフランスやスウェーデンでは70年代以降に家族形態の多様化が進んだから婚外子が過半数になっちまったらしいぞ。夫婦別姓とか同性婚とかの問題だってあるしな。もう、重婚なんてどうでも良いんじゃね?」

「えぇ~っ! 私たち、そんなどうでも良い事を延々と話してたって言うの?」

「いやいや、そんなに長々とは話していなかったと思うぞ。とにもかくにも閑話休題! 三の姫様を新たなラピュタファミリーにお迎えするってことで皆さん依存は無いのかな? 異議のある者はこの戦い終了後、法廷に申したてい!!」


 大作は袋小路に陥った議論を強引に打ち切るため、キシリア閣下の名台詞を口にする。口にしたのだが……

 お園も三の姫も口をぽか~んと開けて小首を傾げるのみだ。

 暫しの沈黙の後、お通夜みたいな雰囲気に耐えかねたのだろうか。三の姫が静かに口を開いた。


「ところで大佐殿。その、三の姫様というのを止めては貰えぬか? 最早、妾たちは夫婦(めおと)じゃろう。他人行儀は嫌じゃ。お三で良いのではないかのう?」

「そ、そうですか? お三なんてお産みたいで変ですよ。いや、別に本人が良いんなら良いんですけど」

「じゃから言うておるであろう。三の姫様は嫌じゃと」

「だったら…… だったらもう『サン』で良いんじゃないですか? その方がジブリっぽいですし。なあ、お園もそう思うだろ? だってお前はオソノさんなんだし」


 だんだん面倒臭くなってきた大作は話をお園に丸投げする。だが、お園は丸で興味が無いといった顔だ。小さく鼻を鳴らすと顎をしゃくった。


「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」

「んじゃ、そういうことで一件落着。んで、今は何時だ?」

「九時半を少し回ったところかしら」

「だったら急げば十時の馬車に間に合うな。山ヶ野へ帰ろうか。三の姫様…… じゃなかった、サンも一緒に参られますかな? 皆に紹介したいですし」

「相分かった。早う参ろうぞ。噂に聞く山ヶ野は如何なる所じゃろうな。気が急いてならぬわ」


 満面の笑みを浮かべた三の姫と一緒に大作とお園は馬車の乗り場へ歩いて行く。

 幸いなことに座席に空きがあったので三人は最後尾に並んで座る。

 待つこと暫し、馬車はゆっくりと動き出した。


「大変長らくお待たせ致しました。当馬車は定刻通り出発をば致しました。山ヶ野への到着は十四時を予定しております。皆様方に置かれましてはごゆるりと馬車の旅をお楽しみ下さりませ」


 御者が手慣れた感じのアナウンスを済ませる。馬車は虎居の城下をガタゴトと進む。


「サラマンダーよりずっとはやい!」

「いやいや、サラマンダーの方が速いんじゃね?」

「大佐殿、さらまんだあとは何ぞや?」


 そんな阿呆な話をしている間にも馬車は城下を離れ、周囲には田畑が広がり始める。と思いきや、あっという間に山道に差し掛かった。

 急に道の大凸が多くなり、乗り心地も悪くなってきた。


「さて、三の姫様…… じゃなかった、サン。そろそろ話して頂きましょうか。どうして拙僧に嫁ぎたいだなんて急に言いだしたんですか? いったい何が目的なんですかな?」

「もくてき? 其は何ぞや?」

「あの、その、いや…… 目当て? 目処? 何かしたいこととかあるんでしょう? まさかノープランですか?」

「のおぷらん? 大佐殿の申される事は何から何まで分からぬ事ばかりじゃな。まあ、その辺りは追々と覚えて参る所存じゃ。何卒宜しゅうお頼み申すぞ」


 三の姫はまるで勝利宣言するかのように鷹揚にふんぞり返る。


『まっ、どうでも良いか……』


 大作は考えるのを止めた。


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