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巻ノ四百九拾九 娶れ!三の姫を の巻

 大作とお園と工藤弥十郎の三馬鹿トリオは貝のように口を噤んだまま虎居城の廊下を進んで行く。世の中に不満があるのなら耳を塞ぎ、口を噤んで孤独に生きる。それが彼の処世術なんだろう。

 これといって見るべき物も無い殺風景な城内は数か月前に訪れた時と何一つ変わったところは無いようだ。


「フンッ! 半年前と同じだ。何の補強工事もしておらん……」

「大佐殿。それは先ほども言うておったぞ」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 そんな阿呆な話をしながら歩くこと暫し。前にも来たことのある大殿の私室らしき座敷の前に辿り着いた。

 廊下の隅っこに正座していた見覚えのある小姓が深々と頭を下げる。


「工藤様、大佐殿。新年明けましておめでとうございます」

「うむ、本年も宜しゅう頼み申す」

「旧年中はお世話になりました」

「本年も良い年であることを希望します」


 何を言うか迷った大作は思わず訳の分からんことを呟いてしまった。


「おお、工藤に和尚か。漸く参られたな。ささ、遠慮は要らん。近う寄れ」


 小姓が襖を開けると座敷の最奥にちょこんと座った祁答院良重が上機嫌な顔で声を掛けてきた。


「大殿、新年明けましておめでとうございます」

「本年も宜しゅう頼み申します」

「以下同文」


 いい加減に面倒臭くなってきた大作は適当に挨拶を切り上げる。切り上げたのだが……


「いかどうぶん? 其は何ぞや、大佐殿?」

「ご存じない? 以下同文は以下同文ですよ。それ以上でもそれ以下でもございません。ちなみにこんな字を書きますぞ」


 大作は例に寄って例の如くタカラトミーのせんせいに下手糞な字で書き殴る。

 良重は暫しの間、興味津々といった顔で文字を見つめていたが徐に顔を上げると楽しそうに笑い出した。


「あっぱれ、あっぱれ。如何にも大佐殿らしい良い心がけじゃな。思い返せば去年(こぞ)は真に様々な事があったが和尚が祁答院に参られてから半年しか経っておらぬのか」

「そうですなあ。あれからまだ半年しか…… いやいやいや、もうちょっとだけ経っておるでしょうに。我らが祁答院に参ったのは確か…… 4月29日でしたよ。西暦1550年の。ちょうど昭和の日だったから良く覚えてるんですよ」

「しょうわのひ? 其は何ぞや?」

「気になるのはそこですか? 知らざあ言って聞かせやしょう。4月29日はもともとは天皇誕生日だったんですけど崩御の後は植物学に造詣が深かった昭和天皇にちなんでみどりの日になっちゃったんですよ。でも、2007年1月1日施行の改正祝日法で昭和の日になったみたいですね」

「で、あるか……」


 はたしてこんな説明で納得がいったのだろうか。良重は急に興味を失ったようにそっけない返事で会話を打ち切ってしまった。

 黙っていては間が持たん。大作は新たな話題を探して頭をフル回転させる。フル回転させたのだが……


「工藤弥十郎。もそっと近う寄れ」

「ははぁ~っ!」


 唐突に始まった良重と弥十郎の会話で大作の意識が現実に引き戻される。


「重経の世話に加えて大佐殿と共に鉄砲作りにも励んでくれたな。礼を申すぞ。褒美に太刀を授ける。受け取れ」

「有難き幸せにござりまする」


 良重の手から弥十郎の手へ鞘に派手な装飾の入った太刀が手渡される。その様子はまるでバトンリレーさながらだ。

 だけども、何で弥十郎だけがご褒美を貰えるだろう。鉄砲作りなら俺や青左衛門の方がよっぽど役に立ってるはずなんですけど? 大作の胸中をどす黒い嫉妬心が満たしていく。

 いやいや、決して弥十郎が羨ましいわけではない。何せこれからは鉄砲の時代だ。太刀みたいな前世紀の遺物なんて貰ったところで邪魔になるだけじゃないか。どうせメルカリに出したところで二束三文にしかならんだろう。

 あのブドウは酸っぱい理論を金科玉条の様に信じている大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。良重は大作の方に向き直ると口を開いた


「大佐殿にも去年(こぞ)は大層と世話になったな。鉄砲作りは無論の事、入来院や東郷、蒲生へも度々と足を運んでくれておったと聞いておるぞ。骨折りにござった。とは申せ、武人ではない和尚に太刀をやる訳にも参らぬ。どうした物かと思案しておったのじゃが……」

「そういう時は現金が一番じゃないですか?」

「げ、げんきん? 其は何ぞや? いやいや、其の事ならばもう良いのじゃ。代わりに良い物があったでな。お三! お三は何処じゃ? 大佐殿がお見えじゃぞ!」


 良重が急に大声を張り上げたので大作はビクンと小さく飛び跳ねた。

 って言うか、お三ですと? それってもしするともしかして、あの泣く子も黙る鉄砲マニアの三の姫なんじゃね? だとすると危険が危ないんですけど?

 大作の危機感知能力が最大限の警報を発した刹那、静かに襖が開き、見知った顔が姿を見せた。


「大佐殿。新年明けましておめでとうございます。随分とお久しゅうございますな」


 豪華絢爛としか形容のしようがない派手な着物を纏った三の姫は化粧やヘアスタイルもバッチリと決めて完全に余所行きの出で立ちをしていらっしゃる。

 まるで今から成人式の記念写真でも撮りに行くかのようだ。

 って言うか、初めて会った時はこまっしゃくれたチビっ子だったのに。それが髪を上げただけで見違えるように素敵なレディーに変身してしまうとは。


『女って怖いなあ……』


 大作は心の中で呟くが決して顔には出さない。ただただ余裕のポーカーフェイスを浮かべるのみだ。


「ああ、三の姫様。旧年中は何かとお世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。んで、大殿? 現金の代わりに何が貰えるんですかな? 出来るなら軽くて嵩張らない物が希望なんですけど? もしかして、三の姫様が持ってきてくれたんですか?」

「いやいや、さにあらずじゃ。お三、其方の口から申してみよ」

「畏まりました、父上。大佐殿。いつぞや和尚は(わらわ)を嫁に娶りたいと申されたな? 妾も今年で漸く十四になりました。あの約定を果たして貰いましょう。今日、この場にて契りを結んでくりゃれ!」


 突如として三の姫がまるで縮地のように大作の目前に瞬間移動した。

 あ、ありのまま今起こったことを話すと…… 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ……

 もしかしてスタンドか? スタンド攻撃なのか? パニックになった大作は過呼吸になった池の鯉みたいに口をパクパクさせることしかできない。

 だが、何か言わねば。何でも良いから口から出まかせで言い逃れねば。大作は頭をフル回転させて言葉を捻り出す。


「め、娶るとは申しましたが時間と場所の指定はしておりませなんだな。ならば娶るのは十年後、二十年後でも可能だろうということ……」

「それならば別に今すぐでも良いのではござりますまいか?」

「いや、あの、その…… 閃いた! あの時に確か申しましたな。スパゲティモンスター教は結婚が禁じられておるとか何とか。そんな訳ですからして……」

「ならば妾もすぱげてぃもんすたあ教に宗旨替えを致します! それならば何の憂いもござりますまい?」

「で、ですから…… 意味が分かって言ってますか、三の姫様?」


 まるで聞く耳を持たんといった顔の三の姫がグイグイと詰め寄ってくる。防戦一方の大作はコーナーに追い込まれたボクサーの気分だ。

 こうなったら三十六計逃げるに如かずか? だが、ここは虎居城の中でも最も奥まった本丸の隅っこ。今となっては脱出こそ至難の業かも知れん。

 だったら三の姫を人質にして逃走するのはどうじゃろか? いやいやいや、三の姫から逃げたいんですって!


「そうだ、お園! 何か良いアイディアは無いか? お園?」


 藁をも縋る思いで振り返って見る。だが、座敷にはお園の姿は影も形も無い。

 大作は考えるのを止めた。


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