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巻ノ四百九拾八 開け!ドアを の巻

 狂乱の大晦(おおつごもり)から一夜が明け、大作たちはどうにかこうにか無事に天文二十年一月一日の元旦を迎えることができた。

「明けましておめでとう、大佐」

「Happy new year! お園。旧年中はお世話になりました。本年も宜しくお願い致します」


 大作は芝居がかったセリフを口にすると神妙な顔をして深々と頭を下げる。

 だが、同じように頭を下げたお園は小首を傾げながら疑問を口にした。


「本年もって事は今年も皆の世話になるつもりなのかしら? まあ、大佐は私がお世話しなくちゃすぐ迷子になっちゃうような粗忽者ですものね。憂えなくとも箸の上げ下ろしから下の世話まで万事任せて頂戴な」

「いや、あの、その…… お園だって自分で言うほどしっかり者じゃないと思うぞ。これからも夫婦二人でお互いに仲良く支えあって生きて行こうじゃないか? な? な? な?」

「しょうがないわねえ。一つ貸しよ」

「いやいやいや! 貸しとか借りとかじゃないですから」


 そんな阿呆な話をしながら布団を畳み、寝間着を着替える。

 暫くすると音もなく障子が開いて蓮華が顔を覗かせた。


「うわぁ! びっくりしたなあ、もう…… ノックくらしてくれよ」

「のっく? 其は如何なる物にございましょうや?」

「えぇ~っ! 近頃の若い者はノックも知らんのか? まあ、一口にノックと言っても野球の打撃練習から内燃機関の異常燃焼まで色んな意味があるからなあ。ちなみに今ここで話題にしているノックは『入っても良いですか』とか『中にだれもいませんね?』っていう確認のためにドアを軽く叩くことなんだ」

「どあ? 其は何でございましょうや?」

「そこから説明せにゃならんのか? ドアってのは扉のことだな。扉とは言っても引き戸じゃなくて蝶番とかが付いてて開き戸になってる奴のことだぞ」


 大作は身振り手振りを交えてドアを開け閉めする様子を表現する。表現したつもりだったのだが……

 さぱ~り分からんといった顔の蓮華は小首を傾げて呆けるのみだ。

 これはもう駄目かも知れんな。だけども、これ以上の詳しいドアの説明なんてどうすれバインダ~? 

 大作は足りない知恵を総動員しておばあちゃんの知恵袋の中を引っ掻き回す。引っ掻き回したのだが…… しかしなにもでてこなかった! 

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。満面にドヤ顔を浮かべたお園が勢い良く話に割り込んでくる。


「知らざあ言って聞かせてあげるわ、蓮華。ドアっていうのは古英語のdor(複数形doru)とduru(複数形dura)っていう言葉が西暦1200年頃に組み合わさってできた中英語らしいわよ。もっと遡ればラテン語のforisが印欧祖語のdhwerになってゲルマン祖語のdurz、原始ゲルマン語のdur(複数形dures)ときて古ザクセン語のduruや古ノルド語のdyrr、デンマーク語のdr、古フリジア語のdure、dore、dure、古高ドイツ語のturi、ドイツ語のTür、エトセトラエトセトラ…… そんな風に色々と変化して行ったんでしょうね。16世紀にはdoreが主流になったんだけれども、やがてdoorに置き換わったみたいよ。ちなみに古い印欧語では複数形が使われてる事が多いらしいわ。だから当時の家は観音開きのドアが多かったのかも知れんわね。ついでに言うと『door to door』って言い回しは西暦1300年ごろからあったんですって。そうそう、そう言えば……」

「あのなあ、お園。悪いんだけど今日は大殿に年始のご挨拶をせにゃならんのだ。ドアの語源に関しては日を改めてやってもらえると助かるんだけどなあ……」

「あらそう? 折角、興が乗ってきたのに口惜しいわねえ。まあ、他ならぬ大佐の頼みとあらば聞かぬ分けにもいかないかしら。でも、一つ貸しよ」

「いやいや、借りとか貸しとかじゃないから! んで、話をノックに戻しても良いかな? さっきも言いかけたけどドアを開けて良いかとか中に誰もいませんかっていう合図でドアを軽く叩くのがノックだ。ちなみに国際的なマナーでは四回ノックが正式とされている。日本だと二回ノックすることが多いけどこれは海外だとトイレのノックみたいで行儀が悪いとされてるらしい。まあ、国内ならそんなに気にする人もいないだろうから二回ノックでも失礼には当たらんだろうけどさ」

「畏まりましてございます。以後、戸を開ける折には二回叩くよう心得ました」


 神妙な顔をした蓮華が深々と頭を下げる。

 これにて一件落着! 大作は心の中で絶叫した。




 幹部食堂で朝餉を済ませた後、丁寧に食器を洗って帰す。

 少し急いで身支度を整えると二人揃って材木屋ハウス(虎居)を後にした。

 虎居城へと続く大通りを歩いて行くと普段より随分と活気があるようだ。朝も早いというのに人通りも多い。

 意外だったのは武家だけではなく、一般の商家にも門松が置かれていることだ。

 室町時代には既に庶民の間にも門松を置く習慣があったらしい。だが、こんな九州の僻地にまで普及していたとは。

 大作は材木屋ハウス(虎居)に門松を準備しなかったことを激しく後悔していた。


 とぼとぼと歩くこと暫し。城門の手前まできたところで見知った顔に出会う。


「おお、大佐殿。久しいのう。息災じゃったか?」

「これはこれは工藤様。ご無沙汰しております。斯様なところで如何なされましたかな?」

「是は異なことを申すな。大殿へ年始の挨拶に参ったに決まっておろう」

「で、ですよねぇ~っ! 奇遇ですな。実を申さば拙僧もなんですよ。宜しければご一緒しても?」

「無論、遠慮は無用じゃて。では、共に参ると致そうか」


 工藤弥十郎は四人の従者を連れていたので七人の集団になって城門を潜った。

 城門の脇には立派な門松が立っている。気のせいか門番も普段よりめかし込んでいるようだ。工藤新之助と大作は立ち止まって簡単に年始の挨拶を述べた。


 三の丸、二の丸を通って本丸へ進む。天守と呼ぶにはちょっと貧相な建物は前に訪れた時と寸分違わぬ佇まいを見せている。大作は思わず得意の名セリフを口にしてしまった。


「フンッ! 半年前と同じだ。何の補強工事もしておらん!」

「な、何じゃと? 大佐殿、如何なされたのじゃ?」

「いや、あの、その…… 半年前と何も変わっておらぬなあと思いまして」

「左様じゃな。是と言って変わった所は無いようじゃな。其れが如何致したと申すのじゃ?」


 マジレス禁止! 大作は心の中で絶叫を上げるが決して顔には出さない。ただただ、余裕のポーカーフェイスを浮かべるのみだ。


「アレですな、アレ。うぅ~ん…… 閃いた! 正月と申さば尼子経久が月山富田城を奪ったお話をご存じですかな? 新年の祝いの舞いに託けて数十人の家臣と一緒に月山富田城に忍び込んで城を奪っちゃったとかいうお話を」

「おお、あの話ならば絵巻物を見た事があるぞ。じゃが、あれが真の話とは信じがたいのう。大方、空言じゃろうて」

「夢の無いことを申されますな、工藤様。それに、もしこのお話がフィクションだとしても似たような話は枚挙に暇がございませんぞ。トロイの木馬に潜んで侵入した話や竹中半兵衛が稲葉山城を落とした話、エトセトラエトセトラ…… どんな時も油断は禁物という戒めにございましょう。たとえば拙僧の寺では不審者対策として全ての者にIDカードの携帯を義務付けております。故に拙僧やお園ですら本人確認をせずには出入りすることが叶いませぬ」


 大作は袈裟の胸元からIDカードを取り出すと眼前でひらひらさせる。

 工藤弥十郎は暫しの間、『わけがわからないよ……』といった顔をしていたが急に我に返ると目を見開いた。


「大佐殿。此の小さな絵は和尚の似姿じゃな。其れにしても良う描けておる。正に生き写しじゃ。如何にして斯様に細かな絵を描いたのじゃ?」

「お尻に…… じゃなかった、お知りになりたいですか? 残念ながら企業秘密なんてすよ」

「左様か。『きぎょうひみつ』なら致し方あるまい。では、先を急ごうか。大殿がお待ちじゃて」


 言われたことには黙って従う。それが彼の処世術なんだろう。それっきり弥十郎は一言も口を開かない。

 大作と愉快な仲間たちはお通夜みたいに沈んだ雰囲気のまま、虎居城の廊下を進んで行った。


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