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巻ノ四百九拾七 泊まれ!スイートルームに の巻

 大作とお園を乗せた馬車が虎居へ着いたのは日が西の空へ大きく傾き始めた頃だった。


「虎居、虎居、終点の虎居でございます。長旅お疲れ様でございました。何方様もお忘れ物の無きようにご用心下さりませ。又のご乗車をお待ちしております」


 とびっきりのビジネススマイルを浮かべた御者が恭し気に頭を下げる。

 その顔には『褒めて褒めて』と書いてあるかのようだ。

 これは例の一つも言わんといかんのか? 愛想笑いを浮かべた大作は慎重に言葉を選んで口を開く。


「いやいや、快適な旅をありがとうございました。てくてく歩いてた頃と比べると夢のようにラクチンでしたよ」

「素晴らしゅうございました、御者様。貴方様は英雄にございます。大変な功績でしょう。バン、バン、カチ、カチ、アラ?」


 大作とお園は数少ない貴重なボキャブラリーを駆使して精一杯に感謝の意を伝える。感謝の意を伝えたのだが…… さぱ~り分からんと言った顔の御者は口をぽか~んと開けて呆けるのみだ。

 これは時間の無駄だな。大作は素早く見切りを次げると借金取りから逃げるようにその場を後にした。


「はあ、はあ、ふう…… どうやら生き残ったのは俺たち二人だけらしいな……」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」


 ツーと言えばカー。見事なばかりにお決まりの名セリフを繰り出しながら虎居の城下を歩いて行く。暫く進むと見る影もなく変わり果てた姿の材木屋ハウス(虎居)が見えてきた。


「これって最早、これっぽっちも原型を留めていないんですけど…… こんなんで大丈夫なのかなあ?」


 継ぎ接ぎだらけだった板壁は真新しい綺麗な物に取り替えられ新築物件と見紛うばかりだ。ボロボロだった屋根もモダンな感じのスレート葺きに作り変えられている。

 もし『材木屋ハウス(虎居)』の看板が掛かっていなければうっかり通り過ぎていたことだろう。

 とは言え、この家は確か借家だったはず。勝手にこんなにも魔改造しちゃって良かったのだろうか? 大作は心配で心配でしょうがない。

 そんな気持ちを知ってか知らずか。半笑いを浮かべたお園は小首を傾げた。


「うぅ~ん? いったい何を憂いているのかしら、大佐?」

「いや、あの、その…… これって借りる時にどんな契約だったっけ? 補修する許可は取ったけど、増改築までしても良かったのかなあ? 建築許可申請とかどうなってるんだろう。返却する時に原状回復しろとか言われなきゃ良いんだけれど……」

「今更言うても詮無き事よ。なるようにしかならんわ。悪くなるなら兎も角、良くなる分に文句を言われる筋合いは無いんじゃないかしら? 知らんけど!さて、誰かある!誰かある!」


 強引に話を切り上げたお園は急に大声を張り上げると威勢よく手を叩く。

 待つこと暫し。小屋の中から背の高い女性が元気良く飛び出してきた。


「おお、お園様、大佐。漸う参られましたか。電報をお読み頂けたようですね。安堵致しました」

「あなたは確か…… 梔子(くちなし)だったかしら?」

「知っているのか、お園?」


 大作は思わず定番の突っ込みを入れる。

 名を呼ばれた少女はにっこり笑うと居住まいを正して深々と頭を下げた。


「如何にも梔子にございます。名を覚えて頂けておられたとは嬉しゅうございます」

「前は突撃隊の副官をしていなかったかしら? 此処では何をしているの?」

「今は材木屋ハウス(虎居)の支配人をお任せ頂いておりますれば、何なりとお申し付けくださりませ」

「そうかそうか。今日は一晩御厄介になるよ」

「お世話になるわ。宜しく頼むわね」


 挨拶もそこそこに大作とお園は材木屋ハウス(虎居)の敷居を跨ぐ。

 フロントでチェックインを済ませると今度は仲居さん風の少女が現れた。

 背格好はお園と同じくらいだろうか。だが、子ギャルっぽいメイクをバッチリと決めた女性は幼いんだかそこそこ歳を行ってるんだかさぱ~り分からない。

 そもそも女性の年齢は分かりにくいのだ。


「お初にお目に掛かります。蓮華と申します。以後お見知りおきのほどを。VIPルームへご案内致しましょう。宜しければお荷物をお持ちしましょうか?」

「いやいや。これは大事な物が入ってるから自分で運ぶよ」

「出過ぎた事を申しました。平にご容赦下さりませ。では、此方へ」


 蓮華の後ろを金魚の糞みたいにくっ付いて迷路のような廊下を歩くこと暫し。消防法とか大丈夫なんだろうかと心配になってきた頃、VIPルームとやらに辿り着いた。

 広さ六畳くらいの寝室と隣に応接間っぽい部屋が一対になっている。所謂(いわゆる)スイートルームという奴だ。


「此方が松の間にございます。ごゆるりとお寛ぎ下さりませ。ご用の際は其方の呼び鈴を引いて頂ければ急ぎ駆け付けて参ります故、遠慮のうお呼び立て下さりませ。お夕食は十八時からでございますがお部屋にお運び致しましょうか?」

「今日は他に誰か幹部は泊まっているのかしら?」

「特殊作戦群の雲雀殿と雀殿が泊まっておる由にございます」


 蓮華が即答する。聞かれた事には素直に答える。それが彼女の処世術なんだろう。

 とは言え、こんなことをペラペラ喋って大丈夫なのか? 個人情報保護法とかに触れるんじゃね? 俺たちが宿泊している事とかも気軽にSNSに上げられたら嫌だなあ。

 大作は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。ただただ卑屈な笑みを浮かべて蓮華とやらの顔色を伺うのみだ。

 と思いきや、小首を傾げたお園が怪訝な声を上げた。


「雲雀と雀ですって? 聞いた事の無い名ねえ。私、幹部の名前なら一通りは覚えている筈なんだけれども?」

「あぁ~あっ! これはとんだご無礼をば仕りました。特別軍事作戦に従事しておる由にて特殊作戦群の者たちは名を謀っておるようです。真の名は松葉殿と柊殿にござりまする」


 ドヤ顔を浮かべた蓮華が勝ち誇ったかのように告げた。

 でも、それって口に出して言って良いことなのんだろうか。大作は突っ込みを入れようか暫しの間、迷う。暫しの間、迷ったが結局はスルーしてしまう。

 その短い沈黙をどのように解釈したのだろうか。お園は小さく咳払いすると勿体ぶって鼻を鳴らした。


「それじゃあ私たちは食堂で頂くわ。二人にも陪席する様に声を掛けておいて頂戴な」

「畏まりましてございます」


 恭し気に頭を下げると蓮華は静かに後退りして部屋から出て行った。


「さて、邪魔者は去った。後は明日、祁答院の大殿にお会いした時に何を話すか考えて……」

「ちょっと待って頂戴な、大佐。私、さっき蓮華が言っていた特別軍事作戦っていうのが気になるわ。だってそんな作戦を承認した覚えが無いんですもの」

「そう言えばそうだな。とは言え、かなり大規模な権限移譲を行っているはずだぞ。現場の判断だけで進めてるんじゃないのかなあ?」

「だとしても報告すら上がっていないのは妙な話ね。幹部が二人も出張ってきてるのよ。兵だって二個小隊くらい動かしてるかも知れないわ。そうじゃないかも知らんけど」


 お園は言葉を区切ると大作の顔を真正面からまじまじと覗き込んだ。

 そんなに見詰められると照れるぜ。大作は心の中で嘯くが決して顔には出さない。


「もしそうだとすると俺たちに隠れて動いてるってことか? 知られちゃ不味い何かがあるのかな? うぅ~ん、それって何じゃろ?」

「それが分からんからこうして考えてるんでしょうに。まあ、その辺りの事は夕餉を頂きながらゆっくりと話を聞きましょう。雲雀と雀…… じゃなかった、松葉と柊にね」


 そうこうする間にも日が暮れて夕餉の時刻となった。

 二人は音も無く現れた蓮華に案内されて幹部食堂へと向かう。

 蓮華ってもしかしてコンシェルジュ的な立ち位置なんだろうか。大作は聞くかどうか迷ったが悩んだ末に止めておいた。


「お園様は此方のお席へどうぞ。大佐もお隣へ」


 上座へ案内されたお園は鷹揚に頷くと静かに腰を降ろした。

 隣にちょこんと座った大作は食堂内をきょろきょろと見回す。見回したのだが……


「雲雀と雀…… じゃなかった、松葉と柊はどうしたのかな? 陪席するように言付けたはずなんだけれど?」

「さ、さあ…… 私からは確かにそう伝えておりますれば」


 蓮華の顔には『私に言われても知らんがなぁ~っ!』と書いてあるかのようだ。とは言え、お園の顔からは明らかに不機嫌そうな気配がプンプンと漂ってくる。

 無言のプレッシャーに堪え兼ねたのだろうか。蓮華は引き攣った愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。


「大佐は兎も角、お園様をお待たせするとは不届き千万。私が一っ走りして様子を見て参ります故、暫しの猶予を願い奉ります。それまではお茶でも飲んでごゆるりとお待ち下さりませ」


 蓮華は文字通り逃げる様に走り去った。いや、本当に逃げ出したのかも知れないな。

 疑心暗鬼に囚われた大作はお茶を淹れるとお園に差し出す。


「ちなみに今日って大晦日だったよな? 何かご馳走とか出るんじゃろか?」

「私は待たされて出されるご馳走より今すぐ食べられる物なら何でも良いかしら」

「まあまあ、餅つけって。空腹は最高の調味料なんだからさ」

「だったら調味料だけでも先に出して欲しいわね」


 お園の言動が徐々にのっぴきならない物になって行く。

 大作は蓮華と一緒にこの場を立ち去らなかったことを激しく後悔していた。


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