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巻ノ四百九拾四 Happy New Year!Mrs.Osono の巻

 期待以上の活躍を見せた小竹の尽力もあって成道会は成功裏に終わりを告げる。月日が経つのは早いもの。あっと言う間に半月余りが過ぎた。


「知ってたか、お園? 今日は西暦だと1551年1月1日なんだぞ。A Happy New Year!」

「あのねえ、大佐。『A』は要らないわよ」


 上機嫌に呼び掛けた大作に対してお園は少し不服そうな顔で鼻を鳴らした。

 俺、また何かやっちゃいました? 大作は腫れ物に触るように慎重な受け答えを心がける。


「そ、そうなのか? でも、よく耳にするぞ。『A Happy New Year!』ってフレーズは」

「それって単独の文だとしたら文法的におかしいでしょう? 『Havea Happy New Year!』みたいに動詞の後だったら別だけれどもね。聞いた話だと『We wisha Merry Christmas』っていう歌の中にある『wewish you a merry Christmas And a happy New Year』の中から『a happy New Year』だけを切り出して勘違いしたみたいね」


 まるで鬼の首でも取ったかのようなドヤ顔を浮かべたお園が滔々と捲し立てる。守勢に回った大作は卑屈な愛想笑いを浮かべるのがやっとだ。

 どうやらここは素直に負けを認めた方が良さそうな。雰囲気を敏感に察すると潔く頭を下げた。


「ふ、ふぅ~ん…… そいつは悪うございましたね。謹んでお詫び申し上げます。ちなみに『We wish a Merry Christmas』って曲は著作権的に問題は無いのかな?」

「大事無いでしょう。あれって確か十六世紀イングランドのキャロルだったはずよ。しかも作者不詳だし」

「いやいやいや! 十六世紀ってたった今じゃんかよ。まあ、別にどうでも良いんだけれども。とにもかくにも、Happy New Year!」

「はいはい、Happy New Year! そうは言っても天文だと今日はまだ十九年の十一月二十五日よ。まだまだ年の瀬って感じじゃないわね」


 新聞によれば京の都では幕府軍に追われた三好勢が中尾城に放火して撤退している最中らしい。

 堺との無線通信が可能になったお陰もあって遠く離れた九州の端っこにもリアルタイムで最新ニュースが届くようになったのだ。


「そういえば三好長慶の暗殺未遂事件まで四ヶ月を切ったな。そろそろ具体的な計画を進めた方が良いかも知れんぞ」

「そっちは桜の特務部隊に任せておけば大事は無いでしょう。それよりも織田信秀様の長生き作戦はどうなっているのかしら? もう、すっかり寒くなったわよ。お風邪などお召しになっておられなければ良いんだけれど」

「あれも今井宗久を経由して堺に丸投げしちゃったから細かいことが分からんな。まあ、日報を見れば何か書かれてるかも分からんけど。でも、信じて託したんだし最後まで任せてみても良いんじゃね?」

「それもそうねえ。餅は餅屋。門外漢の大佐が口を挟むよりかは余程マシかも知れんわね。とは申せ、何をやったのかくらいは知っておきたいけど」


 小人閑居して不善をなす、いわんや悪人をや!

 これといって他にすることも無い二人は暇潰しを兼ねて情報集約センターへ向かった。情報集約センターへ向かったのだが……


「大佐。真に申し上げ難き事なれど、此のIDは有効期限が切れております」


 修道女姿で受付カウンターに座った仏頂面の少女は大作にカードを突き返した。


「き、期限切れですと? あっ、本当だ! テへペロ! なるはやで更新するから今回だけ見逃してもらえんもんじゃろか? な? な? な?」

「左様な真似が出来よう筈もございませぬでしょうに。もし見逃せば私が(きつ)いお叱りを受けてしまいます。悪い事は申しませんから大人しゅう更新手続きを行って下さりませ」

「うぅ~ん、面倒臭いなあ…… 自動更新してくれれば良いのに。お園はちゃんと更新してたのか?」


「当たり前田のクラッカー(死語)よ。一月も前に更新ハガキが来てたでしょう? もしかして、アレを何処かにやっちゃったの?」


 ドヤ顔を浮かべたお園は見せびらかすようにIDカードをひらひらさせた。大作はイラっときたが鋼の精神力を総動員してどうにかこうにか抑え込む。


「そんなのいちいち置いていないよ。大方、ダイレクトメールか何かだと思って捨てちまったんだろうな。もしかして、アレが無いと手続きに時間が掛かったりするのかなあ?」

「さ、さあ…… 私は一介の受付係りに過ぎませぬ故、カード発行に関しては詳しゅうは存じておりませぬ。ただ……」


 小首を傾げた受付嬢はほんの一瞬だけ言い淀むような仕草を見せる。だが、大作はその一瞬の隙を見逃さない。まるで鬼の首を取ったようなドヤ顔を浮かべると大声を張り上げた。


「ただ? ただ、何なんだ? 早く教えてくれよ!」

「たった今、申し上げようとしておったのでございます。大佐が口を挟まねばとっくに言い終わっておりましたものを……」

「はいはい、めんごめんご。もう口を挟まないから早く教えてくれよ。教えないとお母さんを殺すぞ!」

「いや、あの、その…… 私の父母は一昨年の戦で身罷っておりますれば左様な憂いはございませぬ。とにもかくにも一旦有効期限が切れてしまうと再発行となります故、新規発行と同じくらい時を要すると聞き及んでおりすまれば」

「そ、そうなんだ…… そいつは困ったなあ。あは、あはははは……」


 そんなことを言われても今さら後の祭りも良いところだ。大作としても力なく薄ら笑いを浮かべることしかできない。

 そんな大作を哀れに思ったのだろうか。お園が助け舟というか茶々というか…… 横から口を挟んできた。


「確か今の山ヶ野では本人確認書類をIDカードに一本化しちゃったのよねえ? もしかして、今の大佐には自分が何者かを証明する方法が何も無いんじゃないのかしら?」

「そ、そんな阿呆なことって本当にあるのかなあ? それって無戸籍ってことだろ? 戸籍や住民票の記載がないから身元を証明することができないのか? 各種行政サービスを受けることもできないから社会生活上の不利益が甚だしいぞ」


 事態は思っていたよりも遥かに深刻らしい。頭を抱え込んだ大作は小さく唸り声を上げる。

 だが、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべたお園は小さく鼻を鳴らした。


「違うわよ、大佐。死亡宣告された訳じゃなし、戸籍はちゃんとあるはずよ。ただ、今ここにいる大佐がその本人だって事を証明できないって話なのよ」

「ず、随分と難しい話になってきたな。魂の存在証明みたいな話か? 『我思う故に我あり』みたいな?」

「悪いけど全く持ってこれっぽっちも関りの無い話よ。例えるなら、そうねえ…… たとえば大佐がソフトバ()クの店舗へ行ってスマホを無くしたからSIMカドを再発行して欲しいと言ったとするわね。そうすると、お店の人は本人確認書類の提出を求めてくるでしょう? 免許書とかマイナンバーカードみたいな顔写真の付いた公的機関発行の物を。でも、そんなのが一つも無かったら……」


 お園は身振り手振りを交えながら説明を続ける。だが、困った顔をした受付嬢が遠慮がちに割り込んできた。


「誠に畏れ多き事なれどお園様。左様なお話は彼方でなさっては頂けませぬでしょうか? 後ろに並んでおられる方々のご迷惑になります故」

「あら、そうね。とんだ迷惑をかけたわ。御免なさいね」

「其れと大佐。もし宜しければ此方のGESTカードをお持ち下さりませ。お園様のお連れ様として入場する事が出来ますれば」

「そ、そんなのがあったのかよ! だったら最初に渡してくれよ……」


 真っ赤なストラップの付いたGESTカードを首からぶら下げた大作は意気揚々と情報集約センターの門を潜る。

 ちなみに門の上には『ARBEIT MACHT FREI』(労働は自由への道)というスローガンが高々と掲げられていた。


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