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巻ノ四百九拾参 クリスマス終了のお知らせ の巻

 楽しい時間は早く過ぎてしまうもの。あっと言う間にクリスマスが過ぎて正月を待つばかりとなる。

 大作たちは華やかなクリスマスの飾りつけを片付けながら例に寄って例の如くブー垂れていた。


 「ちょっと待って頂戴な、大佐。クリスマスは西暦1550年の12月25日なんだから和暦で言えば天文十九年十一月十八日じゃないの? 正月までは一月(ひとつき)半もあるわよ」

「で、ですよねぇ~っ! そうは言ってもスーパーとかでもクリスマスが済んだ途端に正月飾りを出したりするだろ? 大掃除とか年賀状を書いたりとかしてたらあっと言う間に経っちゃうんじゃね? 他にすることも特に無いしさ」

「する事が無いですって? そんな筈がないでしょうに! うちは一応はお寺って体でやってるんだから成道会(じょうどうえ)とかやってみたらどうかしら?」


 口をぽかぁ~んと開けて呆ける大作の顔を見たお園はタカラトミーのせんせいを取り出すと弘法大師もびっくりの達筆で『成道会』と書いた。書いたのだが……


「それって何だっけ? 俺、ここまで出掛かってるんだけどなあ…… って言うか、美唯や杉菜たちだって知りたいだろ? そうは思わんか?」


 何とかして同意を得たい一心の大作は卑屈な笑みを浮かべながら激しく揉み手を動かす。その姿は正に『蠅が手をする足をする』といった感じだ。


「ねえねえ、大佐。手をする足をするっていったい何をするっていうの?」

「気になるのはそこかよぉ~っ! するっていうのは擦るだよ。英語で言うと『rub』だな」

「それって『love』とはどうちがうの? って言うか私『L』と『R』の違いがさぱ~り分からんのだけれど」

「そんなん言い出したら『rob』だってアメリカ英語だとラブに聞こえるぞ。そういえば…… いやいやいや、脱線はここまで。話を成道会に戻そうじゃないか。お園、悪いんだけど美唯と杉菜にも分かるように簡単に説明してもらえるかな? な? な? な?」


 大作は恥も外聞も無く米搗きバッタのようにペコペコと頭を下げる。だったお礼とお辞儀はタダなんだもん。使わんと勿体ない。

 暫しの沈黙の後、根負けしたといった顔のお園が小さくため息をついた。


「成道会っていうのはねえ、お釈迦さまが成道・悟りを開かれたのをお祝いして開かれる法要よ。お釈迦さまは臘月( ろうげつ)(十二月)の八日に成道した事になってるから成道会を臘八会(ろうはちえ)とも言うわね。でも、唐の国では如月(二月)の八日に成道したといわれてるみたいよ。南伝仏教だとウェーサク祭って言って五月の満月の日に仏誕会、涅槃会と一緒に開くらしいわ」

「そ、そうなんだ……」


 さぱ~り分からんという顔の美唯と杉菜を見ているだけで大作はお腹が一杯になってしまう。だが、お園はこれくらいで攻撃の手を緩めるつもりは毛頭ないらしい。顎をしゃくると小さく咳払いをして話を続けた。


「臘八接心って聞いたことあるかしら? 禅宗の僧堂だと成道の記念で十二月一日から八日まで昼夜を違わず接心を修行するらしいわ。その間は寝る時も結跏趺坐したままなんですって。これを臘八接心(ろうはちせっしん)とか臘八大接心(ろうはちおおぜっしん)って言うんですって」

「えぇ~っ! 寝る時も修行するのかよ…… それはちょっと勘弁して欲しいなあ。うちは仏教と言っても軽いノリのなんちゃって宗教だし。そもそも働き方改革に逆行してるだろ? そういうのは止めておこうよ」

「あっそう。私も無理に勧める気は無いわよ。ただ、大佐が正月までにする事が無いって憂いてたから言ってみただけだし。嫌なら止めておきなさないな」

「別に嫌とは言っていないよ。まあ、嫌なものは嫌なんだけど。でも、嫌だと思われるのはそれはそれで心外だなあ」


 マトモに相手をするのが阿呆らしいと思ったのだろうか。それっきりお園はこの件に関して触れなくなってしまった。

 黙っていては間が持たん。大作は別な話題を探して頭をフル回転させる。フル回転しようとしたのだが…… まるでモーターが壊れてスピンアップしないHDDのように回転する素振りさえ見せない。

 いや、これはもしかしてヘッドがディスクに張り付いてしまったのかも知れんな。こういう時は軽く揺すってみたら治るかも知れん。こんなことならSSDにしておけば良かったのに。後悔先に立たずとはこのことか。

 大作が下手な考え休むに似たりを続けている間にもお園たちは座敷を綺麗に片付け終える。やがて纏めた物を小脇に抱えて何処かへ立ち去ってしまった。

 そして誰もいなくなった。いやいやいや! 俺が残ってるんだけどな。大作は誰に言うとでも無く心の中で呟いた。

 とにもかくにも成道会? だったかな? 何かそんな風なイベントに向けて準備を進めなければ。

 意味不明な義務感に突き動かされた大作は重い腰を上げ、老骨に鞭を打って動き始める。いやいや、もちろん比喩表現で本当に鞭なんて打ってはいないんだけれども。


「よっこいしょういちっと…… 誰かある! 誰かある!」

「はい! 只今参ります!」


 大作の大声に即座に反応して現れたのは誰あろう、藤吉郎の弟の小竹であった。

 年齢は確か秀吉より三歳若い十歳と言っていたような。その割に随分と小さく見える。たぶん栄養状態が悪いのだろう。


「あ、ああ…… 君か。久しぶりに会ったな。こんなところでいったい何をしていたんだ?」

「何をしておったかと申されましても…… くりすますとやらの飾り付けの後片付けを手伝っておりました」

「そうかそうか。そいつはご苦労さん。もし手が空いてたら手伝ってもらえるかな?」

「いや、あの、その…… ですからその、くりすますの飾り付けの後片付けを手伝っておりました」


 言語明瞭意味不明瞭。大作は早くも小竹とのコミュニケーションに行き詰まりを感じ始めていた。

 とは言え、史実の小竹(後の豊臣秀長)は兄(後の豊臣秀吉)を陰で支えて天下統一に大いに貢献した縁の下の力持ち的な存在。鍛えればそこそこ役に立ってくれるはず。って言うか、役に立ってくれないと困る。主に俺

が。

 大作を頭を軽く振って気持ちをリセットすると意味深な作り笑顔を浮かべた。


「悪いが予定は全てキャンセルだ。優先度の高いこちらの作業を手伝ってもらう」

「きゃんせる…… にござりますか? し、然れども某は後片付けを手伝わねば……」

「私は相談しているのではないぞ? お願いしているんだ。な? な? な? 頼むからさぁ~っ」

「うぅ~ん。そこまで申されたとあっては無碍にお断りする訳にも参りませぬな。これは一つ貸しにございますぞ」

「いやいや、貸しとか借りとかじゃないよ。これだって立派な公務なんだからさ」


 ぐずる小竹をどうにかこうにか宥めすと大作に立って歩き始めた。歩き始めたのだが……

 一体全体どこへ向かっているのだろう。そもそも成道会の準備ってどんなことをすれば良いんだろう。

 とりあえず何をするにも先立つものが必要だ。となると経理部へ行ってみよう。


「ノックしてもしもぉ~し! 経理部長はご在宅ですか?」

「あら大佐、朝餉ぶりね。経理部に顔を出すなんてどういう風の吹き回しかしら?」

「何だよ、ほのか。用が無きゃ来ちゃいけないのか?」

「そんな事は無いわよ。好きなだけ油を売っていって頂戴な。油の一滴は血の一滴なんですから」


 売り言葉に買い言葉。暫しの間、二人は無意味な会話でジャブの応酬を続ける。続けたのだが……


「畏れながら大佐に言上仕りまする。用事とやらが始まるまで後片付けを手伝っておっても宜しゅうござりましょうや?」

「ちょ、おま、小竹! お前さんから見たら無駄話に見えるかも知らんけど、こんなのだって仕事前に必要不可欠なコミュニケーションなんだぞ。こうやって場を温めてから本題に入る方が捗るんだからさ。さて、ほのか。成道会って知ってるか?」

「さ、さあ…… それってどんな字を書くのかしら?」

「気になるのはそこかよぉ~っ! えぇ~っと…… どんな字だったかな?」

「ズコォ~ッ!」


 ほのかがオーバーリアクション気味にぶっ倒れる。それを尻目に大作はスマホで漢字を調べるとタカラトミーのせんせいに大きく書き殴った。


「どうよ? 恐れ入ったか?」

「いや、大佐。悪いんだけどやっぱり私、こんなの知らんわよ」

「そ、そうなんだ。うぅ~ん、残念! こりゃまった失礼いたしやした!」


 大作はタカラトミーのせんせいを回収するとBダッシュで脱兎の如く逃げ出した。


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