巻ノ四百九拾弐 脱げ!シャッポを の巻
大作が戦国時代にタイムスリップというかタイムトリップというか…… とにもかくにも時間を飛び越えて来てから半年が過ぎようとしていた。
やっとの思いで島津の相州家を滅ぼしたと思ったのも束の間。代わって目の前に立ちふさがってきたのは島津一門における最大勢力の立場が転がり込んできた薩州家であった。
そこで大作たちは島津の本宗家にして薩摩守護の家系、奥州家の島津忠良を担ぎ出すことに決める。決めたのだが……
「ねえねえ、大佐。タイムスリップとタイムトリップてどう違うのかしら? 小さなことが気になってしまう。美唯の悪い癖なのよ」
「気になるのはそこかよぉ~っ!」
「だってしょうがないじゃない。気になるものは気になるんだもの。気にならないものは気にならないんだけれど」
「えぇ~っと、Wait a minute! ちょっと待ってくれてよ…… ああ、あったあった。タイムスリップっていうのはだなあ……」
大作はスマホを弄って情報を探すと得意満面の笑顔を浮かべて読み上げ始めた。読み上げ始めたのだが……
「ねえねえ、大佐。Wait a minuteってどれくら待つものなのかしら? minutesじゃなくてminuteなんだから一分以内ってことなの?」
「いや、あの、その…… 答える前に次の質問をしないでくれるかな? 俺、マルチタスクは苦手なんだよ。なにせ……」
「まるちたすく? それって美味しいの? 私、そんな言葉は見たことも聞いたこともないわよ」
美唯だけでも持て余しているというのに、よりによって杉菜までもが新たなどちて坊やとして参戦してきた。これはもう逆らわんのが吉だな。潔くシャッポを脱いだ(死語)大作は……
「ねえねえ、大佐。しゃっぽって何なの? もしかしてその女にも懸想していたんじゃないでしょうねえ?」
「うがぁ~っ! お前ら絶対にわざとやってるんだろう? 折角、真面目に答えてやろうと思ったのにもう知らん!」
「めんごめんご!(死語) もう茶化さないから答えて頂戴な。んで? しゃっぽっていうのはいったい何なのかしら?」
「後先入れ先出し法で答えろってか? そういうふうにしてると初めに聞かれたことを忘れちまいそうなんですけど……」
大作はスマホの画面を覗き込みながら必死になって記憶の糸を手繰る。手繰ろうとしたのだが……
「ねえねえ、大佐。後入れ先出し法っていうのは何なのかしら? 小さなことが気になってしまう。美唯の悪い癖なのよ」
瞬間、大作は脳内で何かが弾けるような奇妙な感覚を覚えた。同時に何もかもが急にどうでも良くなってしまう。
口から零れ出た言葉はまるで機械による合成音声のように一切の感情を排した抑揚の無い物であった。
「質問を受け付けました。ですが、順番に対応させて頂きますので回答まで暫くお待ち下さい。では、最初の質問からお答え致します。諸説ありますがタイムスリップとは時間を滑ること。タイムリープとは時間を飛び越えること。タイムワープとは時空の歪みを利用した時間移動。タイムトラベルとは時空旅行ってことみたいだな。たぶんだけど。タイムトラベルやタイムワープ、タイムリープは人為的なもの。タイムスリップは意図しないものなんじゃないのかな。たぶんだけど」
「たぶんなの? まあ、言葉の意味から考えてそうなんでしょうけれど」
お園が絶妙のタイミングで合いの手を入れてくれる。お陰で突っ込みを入れようとしていた美唯と杉菜のリアクションは不発に終わってしまった。
大作はアイコンタクトでお園に感謝の意を表明すると話を先へと進める。
「続いてminutesとminuteの話だったっけ? ご指摘の通りminutesは複数形なので数分。minuteは一分だな。wait a few minutes(数分待つ)って表現もあるけれど余り使われないみたいだぞ。ちなみに『三分間待ってやる!』は英語版だと『I'll wait three minutes』ってなるらしいな」
「そ、そうなんだ……」
「お次はマルチタスクだな。シングルタスクの対義語で同時に並行して違う作業をやるってことだ。ご飯を食べながら新聞を読むとか、お風呂に入りながらセリフを覚えるとかさ」
「ご飯を食べながら新聞を読むなんてお行儀が良くないわよ。大佐は良い子だからそんなことしないで頂戴ね」
お園が渋い顔をしながら口を挟む。だが、話の腰を折るつもりはないようだ。すぐに黙ると軽く頷いた。
「ちなみにマルチタスクっていうのは英語表現として正しい。だけどもシングルタスクは和製英語だな」
「わせいえいご? それって……」
「ストォ~ップ! 言ったはずだぞ、美唯。割り込み質問は禁止だ。パイプラインの最後に追加しておくからな」
「ぱいぷらいん…… はいはい、これも追加質問でお願いするわね」
ちょっと不満そうな顔をしながらも美唯は口を噤むと目線で話の先を促した。
「補足しておくとマルチタスクってだけだと同時に複数の作業をこなすという意味にしかならん。俺はマルチタスクな人間だぞって言いたいんなら『I am good at multitasking』みたいに言わないと通じない。んで、シングルタスクは和製英語だから英語で言いたいんなら『one track mind』みたいになるかな。ここ、試験に出るから覚えとけよ」
「ふ、ふぅ~ん……」
「続いては…… シャッポだったな。フランス語で帽子のことをシャポーって言うんだ。この時代だと負けを認めることを兜を脱ぐって言うだろ? 余り言わない? そうなのか? とにもかくにも明治頃には誰も兜なんて被らなくなっちまった。でも、ただ帽子を脱ぐってだけじゃ面白くないだろ? だからお洒落感を出したくてフランス語を使ってシャッポを脱ぐなんて言ったんだろうなって、話はちょっと戻るんだけど人為的に時間を移動する装置を描いた初めての作品って何だと思う。実はH.G.ウェルズのタイムマシンより古い作品があるんだぞ。エンリケ・ガスパール・イリンバって作家が1887年に書いた『El Anacronópete』(時間遡行機)って小説に鋳鉄製で電気推進式のタイムマシンが時間遡行しているんだとさ。あと、ワープって単語が初めて小説に登場したのは1934年にジャックウィリアムスンっていう作家が書いた『宇宙軍団』らしいな」
「だったら私もちょっとだけ蘊蓄を披露して良いかしら? 『warp』っていうのは歪めるって意味だけれど発音はウォープって感じなのよ。『war』がウォーですものね」
話が完全に雑談タイムに移行したことを敏感に感じ取ったお園が合いの手を入れてくる。
でも、まだ質問が残ってたんじゃなかったっけ? 大作はチラリと横目で美唯の顔を覗き込む。覗き込んだのだが……
「おらんやん! あいつ、いったいどこへ行っちまったんだ?」
「さ、さあ…… 私、美唯の保護者じゃないから知らんわよ」
「いやいやいや! お寺から孤児を引き取る時に責任を持って最後まで面倒を見るった言わなかったっけ?」
「私、そんなこと言ったかしら? もし言ったとしても、その時間と場所は指定していないはずよ。だから私がその気になれば面倒を見るのは十年後、二十年ごということも可能だろうと言うこと……」
その瞬間、急に大作のやる気スイッチがOFFになる。同時に突如として照明が消えたように目の前が真っ暗になった。
「な、なんじゃこりゃぁ~っ!」
大作は何とも形容し難い義務感に駆られて定番の名セリフを絶叫した。




