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巻ノ四百九拾壱 焼き尽くせ!渋谷三氏を の巻

 新装備展示発表会で賑わう山ヶ野に突如として響き渡った半鐘の音は防衛準備状態(デフコン)1を告げる警報だった。

 最高度の戦争準備態勢が発令されたということは薩摩の残党が動いたのか? あるいは伊東や肝付かも知れぬ。大作はお園を伴って情報集約センターへ向かう。

 だが、呼んでもいないのに勝手に現れた静流、(つぐみ)、蛍の護衛三人組は二人を緊急対応マニュアルに従って避難所(シェルター)へ連れて行くと言って聞かない。

 説得を諦めた大作は渋々ながら避難所(シェルター)へ向かってドナドナされて行った。


「あの、その…… 俺って確か山ヶ野の最高権力者だったよな? それなのに護衛の言うことには逆らえんのか? それっておかしくないか? 命令一元制の原則とかはどうなってるんだろなあ?」

「何もおかしくはないでしょう。法の支配は(みかど)から民草(たみくさ)に至るまで(あまね)く分け隔てなく及ばねばならないわ。たとえ大佐と言えどもルールには従わねばならないのよ」

「だ、だけど…… だけども俺は出家の身なんだぞ。僧侶は俗世とは無縁の者。世の理から外れた孤高の存在なんじゃね? な? な? な?」

「そもそも、そういうのが嫌だから法の支配とか言い出したんじゃなかったかしら? 赤子じゃないんだからいい加減に聞き分けなさいな!」


 たまたま虫の居所でも悪かったのだろうか。お園の口調はいつに無く過剰なまでに攻撃的だ。と思いきや、三人娘から見えないように注意しながら大作に向かってウィンクしてきた。

 どうやら、静流たちを宥めるために一芝居を打っているらしい。だったらこっちも芝居に乗ってやるのが礼儀なんだろうか。その方が面白そうだし。

 素早く考えを纏めた大作は小さく咳払いする。くるりと振り返ると芝居がかった口調でまくし立てた。


「やあやあ遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ。我こそはラピュタ王国の正当なる後継者、生須賀大作その人であぁ~~~る! 手前生国と発しやすは……」

「着いたわよ、大佐」

「あのなあ、お園。人の口上を途中で遮らんでくれよ。ちょっとマナー違反だぞ」

「あらそう、御免なさいね。でもほら、見て頂戴な。生憎と避難所(シェルター)に着いちゃったみたいよ」


 言われた方に目を見やれば土を盛り重ねて突き固めた小山が聳えている。高さは人の背丈より少し低いくらいだろうか。片側に堅い木で作られた頑丈そうな扉があり、入口を確りと閉じていた。


「ここが噂の避難所(シェルター)とやらだな。ノックしてもしもぉ~し? へんじがない、ただのしかばねのようだ。押して駄目なら引いてみな。よいしょっと! いや、びくともせんぞ」

「ねえねえ、大佐。『びくともしない』の『びく』っていうのは『びくびくする』とかの『びく』なのよ。魚を入れる魚籠とはこれっぽっちも関りが無いってしってたかしら?」

「へぇ~っ、そうなんだ。教えてくれてありがとう。オイラ、また一つ賢くなっちゃったよ。それはそうと手伝ってくれないか。この扉、どうやっても開かないぞ」

「いやあねえ、ちゃんと良く見て頂戴な。ここに引き戸って書いてあるでしょう。よっこいしょういちっと……」


 妙な掛け声と共にお園が重そうな引き戸を開く。薄暗い避難所(シェルター)の中には二人の女性が仁王立ちしていた。

 一人は桜だが、もう一人には見覚えが無い。とは言え、初対面とは限らない。

 前に会ったことあるのに忘れてしまったのかも知れない。大作は卑屈な笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。


「おお、桜。奇遇だな。ここで会ったが百年目? いやいやいや! お前さん、薩摩でパルチザン掃討の陣頭指揮を執ってるんじゃなかったっけ?」

「はて? 何を申されておられるのか分かりませぬ。私はずっと此処でお二方をお待ちしておりましたが?」

「待っていた? 何だか聞いた話と随分と違うなあ…… まあ、そんな些末なことはどうでも良いか。そんなことより「防衛準備状態デフコン1が発令されたんだったっけ。んで、敵の正体は誰なんだ? 薩摩が動いたのか? それとも伊東や肝付なのか?」

「どちらでもございませぬ。と申しますか、防衛準備状態(デフコン)1は訓練にございます。で、訓練の結果ですが…… 桃、如何じゃ?」


 桜は言葉を切ると隣に立つ少女に目をやる。

 桃と呼ばれた娘は左手に持った丸い物をチラリと覗き込んで即答した。


「十分三秒。真に惜しゅうございますなあ。不合格と相成りました」

「で、あるか。うぅ~ん、残念至極。静流、(つぐみ)、蛍。ミッション失敗ですね。三人には再教育キャンプ行きを命じます」

「「「そ、そ、そ、そんなぁ~~~っ」」」


 三人娘はがっくりと肩を落として泣き崩れる。と思いきや、嘘泣きをしながらチラチラとお園の方へ視線を送ってくる。


「お助け下さりませ、お園様。我らが間に合わなかったのは大佐が大人しゅう着いて来て下さらなかったからにございます。もしも大佐が……」


「それを如何にして丸め込むかも貴女たちのお役目でしょうに。とは申せ、此度の大佐の行状には数多の目に余る所業もあった故、格別の恩情を持って罪を許しましょう。桜、此の娘たちに罰は与えずともかまいませぬ。良いですね?」

「御意!」


 途端に静流、(つぐみ)、蛍は顔を綻ばせ飛び跳ねるようにはしゃぎ出す。その余りにも激しい豹変振りに大作は振り落とされそうだ。


「そんじゃあ、防衛準備状態(デフコン)1は訓練だったってことで一件落着だな。最高度の戦争準備態勢も取っていないんだろ?」

「無論にございます。現状は防衛準備状態(デフコン)2にござりますれば最高度に準ずる戦争準備態勢を取っておりまする」

「な、なんだってぇ~っ! 今の山ヶ野ってそんなにヤバイ状態なの? 知らなかったんですけど……」

「はて? 何故にご存じありませなんだ? もしや日報をご覧になってはおらぬのでしょうや?」


 眉間に皺を寄せた桜が徐々に近付いてくる。呼応するように大作はジリジリと後ずさりすると…… 脱兎の如く逃げ出す。しかしまわりこまれてしまった!




 小一時間の後、一同は幹部食堂に集ってお茶を飲みながら寛いでいた。


「それじゃあ薩州家に対抗するために渋谷三氏で共同戦線を張るっていう合意は得られたってことで良いんだな?」

「合意と言うか何と言うか…… 合意へ至る道筋が見えてきたってところかしらね。知らんけど!」


 萌は豪快に笑うと茶碗に残ったほうじ茶を飲み干した。


「知らんけどじゃないだろ。そこが一番重要なところなんだからさ。晴久(義虎)と戦うために手を組むって案に忠良は乗り気なんだっけ? だけど、もし俺たちだけで薩州家を倒しちまったら東郷は素直に喜べないだろうなあ。きっと自分たちにも分け前をよこせって絶対に言ってくるはずだ。そうなると祁答院や入来院だって黙っちゃいないだろうし」

「ただでさえ忠良を薩摩守護にするって件で揉めてるのよ。薩州家にまで手を出されちゃ良い顔はしないでしょうね」

「うぅ~ん…… だんだん面倒臭くなってきたぞ。もういっそ、全部纏めて焼き払っちまうか?」

「あんたがそう思うんならそうなんでしょう。あんたん中ではね……」


 萌は思いっきり人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。芋けんぴを口に放り込んむと黙り込んでしまう。

 長い長い沈黙の後、とうとう痺れを切らしたといった顔のお園が口を開いた。


「何でもかんでも燃やしちゃうっていうのもどうなのかしらねえ。島津の次は肝付や伊東。筑紫島の後にも四国や中国。行く行くは京の都や東国へも攻め上るつもりなんでしょう? 燃やすしか能が無いっていうのはみっともないんじゃないの?」

「でもなあ…… 道具箱にハンマーしかないとネジ釘だって叩かにゃならん。って言うか、反論するなら対案を出せよ。誰か良いアイディアのある奴はいないのか? ブレインストーミングだ。どんな突拍子も無い意見でも大歓迎だぞ。心理的安全性を保証するからさ」


 満面の笑みを浮かべた大作は全員の顔を見回す。見回したのだが…… お茶請けのお菓子を食べ終わった面々は早く解散したくて堪らないといった風情だ。

 何だか真面目に考えるのが阿呆らしくなってきたなあ。急にやる気が失せた大作は深いため息をつくと両の手をポンと打ち鳴らした。


「それじゃあ渋谷三氏を焼き尽くす作戦の発動を宣言する! ありったけのテレピン油と滑空爆弾を用意しろ。作戦開始は…… 明日の払暁を持って決行とする。何か質問は?」

「ねえねえ、大佐。『ふつぎょう』って何かしら。美唯、そんな言葉は聞いたことも無いんだけれど」


 相変わらず美唯の空気の読めなさは天下一品だ。お陰で大作のやる気スイッチは一気にリセットされてしまう。


「うぅ~ん? 今時の若者は払暁も知らんのか? 払暁っていうのは薄暮の反対。夜明け前ってことだよ。ちなみに島崎藤村は戦陣訓の文案作成にも参画したそうだぞ。湯河原の伊藤屋って旅館で校閲作業を行ったとか何とか」

「その旅館は今も…… って言うか、二十一世紀にもあるのかしら?」

「気になるのはそこかよぉ~っ! えぇ~っと…… ちゃんの営業してるみたいだぞ。へぇ~っ! 国の登録有形文化財に登録されてるんだとさ。って言うか、かなりの高級旅館だな。一泊四万円とかするぞ」

「四万円ですってぇ~っ!」


 それまで黙って話を聞いていたお園が素っ頓狂な大声を出して割り込んでくる。


「それって銭四百文くらいでしょう? 随分とお高いのねえ。私、宿に泊まるだけでそんなに払うくらいなら野宿した方が良いわ」

「いやいやいや! 素泊まりじゃないよ。きっと立派な温泉に入ったり素晴らしい海鮮料理とかが食べられるはずだぞ。そうでなきゃ、そんな値段になるはずないしな。ほれ見てみ。良い評価が沢山付いてるだろ?」

「ふぅ~ん。大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」


 お園はすっかり機嫌を損ねてしまったらしい。口をへの字に結ぶと興味無さそうに横を向いてしまった。

 閑話休題。こういう時は話題の急転換に限る。大作はスマホの情報の海を泳いで何とか面白そうなネタを見つけた。


「ちなみに島崎藤村にも『みどり』っていう名前の娘がいたんだとさ。残念ながら六歳くらいで亡くなってるんだけど」

「へぇ! へぇ! へぇ! 野口雨情の娘さんと同じ名前ね。って言うか『なんでみどり、すぐ死んでしまうん?』って感じだわ。私、もし娘を生んでも決してみどりなんて名前は付けないわよ」

「あのなあ、お園…… 謝れ! 全国のみどりさんに謝れ! って言うか、伊藤みどりとか加藤みどりとかうつみ宮土理とか有名人だっていっぱいいるだろ? 知らんのか?」

「知らんわよ! って言うか大佐、その女たちにも懸想してたのね! キィ~~~~~ッ!」


 お園の発する超音波で大作の聴力は暫しの間、完全に無力化されてしまった。


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