巻ノ四拾九 黄金の日々 の巻
翌朝、手早く朝食を済ませると大作たちは作業を再開した。まずは硝酸カルシウムの溶出が済んだ土を床下に戻す。
千二百キロの土だが湿っているのでさらに重い。人足が手伝ってくれたので助かった。
並行して溶出液を鉄鍋で煮詰める。古土法の資料にはどのくらい煮詰めろとは具体的に書いていない。
五箇山法の資料では三十分の一から四十分の一に煮詰めるよう指示されている。
古土法の方が硝酸カルシウムの濃度は薄いはずだ。となるとずっと濃い目に煮詰める必要がありそうだ。
見た感じで濃い目、普通、薄目の三パターンを作って様子を見ることにする。
桶の抽出液に木灰汁を加えてかき混ぜると硝酸カリウムが出来るはずだ。
何の灰を使えば良いか細かい指定がある。だが、今は手に入った物を使うしか無い。
これをさらに煮詰めて濾過する。加減が分からないので、さらに三パターン作る。大作は細かく記録を取る。
この辺りで人足の手伝いは必要無くなったのでお礼を言って解散して頂いた。
ところで、百地丹波は上手くやっているのだろうか。失敗して恨みを買ってたら不味いなと大作は心配になる。
「上手く行くと良いわね」
お園が少し心配そうに話しかけてきた。
「こんだけパターンを作ったんだからどれか上手く行くだろう。次回以降は成功パターンを基本にパラメータを調整すれば良いんだ」
大作は他人事みたいに気軽に流した。こんなに適当にやってるんだ。全部が上手く行くはずが無い。
あとは一夜放置するだけで細かい結晶が出来ているはずだ。って言うか出来ていないと困る。
この結晶を大釜で水に溶かして煮込んで濾過すると三日ほどで中煮塩硝が得られるらしい。
ちなみに煙硝は江戸時代には焔硝と呼ばれた。加賀藩では塩硝の字を使っていたそうだ。
残った液に明礬を入れて煮詰めろだとか、さらに濾過しろだとかいろいろ書いてある。
七日ほどで結晶が出来るので二十日ほど乾燥させれば上煮塩硝が得られるとの話だ。でも、今回はそんなに待ってられない。
「何か良く分からんけど本格的にやったら一月くらい掛かりそうだな。細かい作業は工藤様の御家来衆に引き継ごう。明朝には結晶が出来てるはずだ。俺たちは出来た分だけで黒色火薬を作ろうと思う。質は悪くても良い。とりあえず床下土から煙硝が作れることを証明するのが目的だ」
「どっちにしろ今日はもうすることが無いのね?」
お園の言う通りだ。そうなると時間を有効活用しなければ。大作は金鉱石の精錬の実験を行うことにした。
工藤家の家人に頼んで金槌や石臼を借りて来る。まずは山ヶ野から拾ってきた一キログラムほどの鉱石サンプルの分析だ。
大作はアマゾンで千五百円くらいで買ったKenkoの携帯型顕微鏡を取り出す。倍率は六十倍から百二十倍のズーム式だ。
金槌でサンプルを割って断面を観察する。金鉱石の品位は一トン当たり十グラムくらいのはず。
この比率は人間の十万本の髪の毛に一本だけ混ざった金髪を探すようなものだ。大作は探検バク○ンでやっていたのを思い出す。
そう聞くと物凄く珍しそうに聞こえる。だが金粒の大きさは百分の一ミリくらいしかない。数ミリ四方に一個くらいの割合で発見できた。
「素晴らしい!! Wikipediaにあった通りだ、この光こそ聖なる光だ!! 見ろ金がゴミのようだ!! お前らも見てみろ」
大作はお園たちに顕微鏡と金鉱石を渡す。お園が疑わしげに聞いてくる。
「この金色のところ全部が金なの?」
「いや。大きいのは黄銅鉱だな。光ってる小さなのが金だ。銀を含んでるから白っぽく見えるんだ」
「え~~~! こんな目に見えない粒を集めるの! そんなことができるの?」
メイが驚きの声を上げる。そう言えば、お園には水銀アマルガム法の説明をしたがくノ一コンビには何も言っていなかった。
「金鉱石を粉みたいに砕いて水銀を混ぜると金が吸い込まれるように溶けてしまう。でも石は融けない。布で包んで水銀だけ搾り出す。火で炙って水銀を蒸発させれば金だけが残るってわけだ」
「百貫目の石から一匁しか取れないって言ってたわね。それを何回くらいやらないといけないの?」
うんざりといった表情でほのかが聞いて来る。大作はスマホの電卓を叩きながら考える。
「石英と水銀って比重が五倍くらい違うよな。一貫目の水銀って容積にしたら二百八十ミリリットルくらいだろ。百貫目の石英の粉末が百三十リットルくらいだとすると…… 良く分からんけど五百回くらいかな。一回一分でやっても八時間掛かるのか。一日仕事だな」
「百貫目の石を粉みたいに砕くのもかなりの手間よ。水車が無いと大変ね」
お園が他人事のように言う。間違っても自分は石臼を挽くつもりが無いと言っているようだ。
「石英のモース硬度は七だからガラスや鋼鉄に傷を付けられるくらい固い。でも脆いから粉にするのはそれほど大変でも無いぞ。それに水銀アマルガム法の前に浮遊選鉱を使ってある程度の選鉱を行う。いまからその実験をやるぞ」
「ふゆうせんこう?」
三人娘がハモる。そう言えばお園にも説明していなかったのを大作は思い出す。
「石は水より重いから沈む。でも金属は疎水性だから水に入れてかき混ぜたら泡の表面にくっ付くんだ」
「水を掻き混ぜても泡なんてできないわよ」
「油を少し入れるって読んだことあるぞ。そうだ、昔の人はサイカチを石鹸の代わりに使ってたんじゃ無かったっけ?」
「せっけん?」
だめだこいつら…… まあ良いや。とりあえず今日のところは石英をどれくらい細かく砕くのが最適解なのかを調査だ。
本当ならクラッシャー、SAGミル、ボールミルなんかで鉱石を砕くそうなんだがそんな物は無い。
金槌で砕いてから石臼を手で回すしか無い。百μmくらいを中心にして荒目と細目を作ることにする。
「熱膨張って知ってるか?」
大作はドヤ顔で言う。お園は分かったようだ。だがメイとほのかは知っているわけが無い。
「第拾話、マグマダ○バーに出てきただろ。石を焼いてから急に水で冷やすと亀裂が入って砕きやすくなる。ザ!鉄○!DASH!!でやってたんだ」
大作はア○カの『胸だけ暖めたら少しは大きくなるかな?』みたいなセリフを思い出して笑いそうになったが我慢した。
こいつらの前で胸の話は禁句だ。
作業の前に紙と布でマスクを作って装備する。石英の石粉なんて吸い込んで塵肺になったら最悪だ。風向きにも細心の注意を払う。
金槌で直径一センチほどの大きさに砕く。それをさらに石臼で挽く。思ったより楽なので大作は安堵した。考えてみればガラスだって固いけど壊すのは簡単だ。
とは言え、一日で一トンを粉末に出来るか? 八時間労働として毎分二キログラムだぞ。無理なんじゃなかろうか。でも粉砕工程だけに何人も使ってたらコストが掛かりすぎる。絶対に水車が必要だと大作は思った。
工藤家の家人に頼んで油を少し分けてもらい桶の水に混ぜる。
「なんで藁のことを英語でstrawって言うか知ってるか?」
「すとろー?」
またもや大作は馬鹿な質問を三人娘にした。知ってるわけ無いのは分かっているが聞かずにはいられない。
「プラスチックのストローが無かった時代は藁を使ってたんだ。こいつで空気を吹き込んで泡を起こす」
大作は桶に藁の先を入れて空気を吹き込む。ぶくぶくと泡が出来るが息が続かない。こりゃあ鞴が必要だな。
女性陣は見るからに手伝いたく無いって顔をしている。顔を真っ赤にしながら大作は空気を吹き込み続けた。
百μmくらいに挽いたつもりの金鉱石を上から少しずつ投入する。どれくらいやったら良いか分からん。適当に柄杓で掬って他の桶に移す。
こんなアバウトな実験に意味があるんだろうか。まあ良いか。遊んでるよりはマシだろうと大作は自分を納得させる。
泡から掬った石粉を顕微鏡で見ると明らかにキラキラ感が増している。選鉱の効果は間違いない。
問題は回収率だ。残滓にどれくらいの金が残っているのかをどうやって調べれバインダー?
十万分の一だった金が百万分の一に減っていれば回収率九十パーセントってことだ。でもそんなの定量的に証明できるわけない。
とは言え、この作業が時間の無駄だったと三人娘に思われるのはマズい。選鉱した分と残滓を顕微鏡で見せて納得してもらうしか無い。
完全に惰性で荒目と細目に関してもテストを行う。やる前から分かっていたが細目の方が泡に沢山くっ付いた。
回収率は高まるんだろうけど粉砕や濾過の手間の増大に見合う効果があるんだろうか。さっぱり分からん。
まあ良いや。エジソンの言ってたアレだ。上手く行かない方法を発見したんだ。大作は自分で自分を慰めた。
「明治の初めに青化法を導入するためフランス人鉱山技師ポール・オジェが山ヶ野金山に来た。その時、濁った川を見て『金はみんな流れて行った』とか何とか言ったそうだ。戦前の串木野金山では混汞法を使っても回収率はたったの十四パーセントだったって話も読んだことある。回収率とコストの兼ね合いが重要なんだ。水銀が手に入ったらもっと詳しいテストをやろう」
大作は今日の作業を総括するような話をして誤魔化した。お園はともかく、メイとほのかは納得してくれたようだ。
今回のサンプルは大した量では無い。選鉱したのと残滓を三種類とも置いといて全部を水銀アマルガム法で調べれば何か有益なデータが取れるかも知れない。
何だかグダグダになってしまったが今日のところはここまでにして夕食にする。
弥十郎が様子を見に現れたので桶に溜まった溶出液を見せる。
「質の良い煙硝を作るには一月くらい掛かります。ですが質の悪い物で良ければ明日にはお見せ出来るでしょう」
「左様か。明礬、硫黄、木炭、水銀はもう用意できておるはずじゃ。首尾良く行けば殿への目通りをお願いしてやろう」
大作たちは黙って頭を下げる。そう言えば失敗した時にどうやって逃げるか考えていなかった。
まあ、その時はその時だ。大作は考えるのを止めた。
床に就いてからも大作は考える。本当にこんなんで利益が出せるんだろうか?
南米スペイン領ポトシ銀山では奴隷労働力や水銀がタダ同然だった。佐渡金山でも罪人を使っていた。
人足にマトモな賃金を払っても産金はビジネスとして成立しうるのだろうか。大作はとても不安になってきた。
露天掘りなら一人で一日に一トンの鉱石を掘るのは難しく無さそうだ。もっと行けるかもしれない。
作業場との距離にもよるが鉱石の運搬も一人で余裕だろう。
荒く破砕して目視で選鉱するのも一人でできるだろうか。
問題は粉砕だな。石臼を手で回すなんて効率が悪すぎる。SAGミルかボールミルが必要になる。水力も必須だ。こんなところにマンパワーを使ってたら話にならん。
浮遊選鉱がどれくら使えるかも気になる。こちらも人手は省きたい。とは言え、巨大なシックナーを水力で回せるんだろうか。
水銀に溶かして布で濾しとるのもかなりの手間だ。何とか機械化出来ないだろうか。
でも水銀を蒸発させるのは薪をくべるだけだ。他の作業の片手間で楽勝だろう。
ここまでやっても得られるのは金銀の混合物だ。これを更に分離する必要がある。
塩化マグネシウムを使って塩化銀にするとか、硫黄を混ぜて硫化銀にするとか方法があるらしいが物凄い手間だ。
燃料代も馬鹿にならん。日当と燃料代が何グラムの金に相当するか。それが問題だ。
でも採算ラインは割っていないはず。現実の歴史では山ヶ野金山には最盛期で一万五千人もの人がいたらしい。
連中はねこ流しや灰吹法みたいな原始的な製錬で利益を上げていたんだ。
浮遊選鉱や水銀アマルガム法まで使って利益が出ないはずが無い。
「大佐、眠れないの?」
お園が心配そうに囁く。お前だって寝てないじゃないかと大作は心の中で突っ込みを入れた。
「ちょっとwktkしてただけだ。何の心配も無いぞ。仮面を付けた少佐だって『これで利益が出せねば貴様は無能だ』って言いそうなくらいだ」
「そう、良かったわね」
お園が大作の手を握り締める。大作も優しく握りかえす。きっと大丈夫だろう。大作は考えるのを止めて眠りに就いた。




