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巻ノ四百八拾八 突破しろ!関係者入口を の巻

 結局のところ大作とお園はこの日、統合参謀本部議長に会うことはできなかった。

 と言うか、そもそも統合参謀本部議長などという役職は山ヶ野に存在しなかったのだ。


「先月末の組織変更で統合参謀本部は統合幕僚監部に名前が代わったのよ。トップの統合幕僚長は相変わらず桜がやってるんだけどね」

「そ、そうだったのか。とんだ骨折り損のくたびれ儲けだったな。んで、愛。その桜は今、何処にいるんだ?」

「つい今しがた薩摩へ向かったわよ。走って追い掛ければ追い付くかも知れんわね」


 半笑いを浮かべた愛は両手の人差し指と中指をクロスさせると肩の高さに翳してクイックイッと二回曲げた。


「冗談を抜かせ。俺たちの足でくノ一に追いつけるはずが無いだろうに。でも、薩摩にいったい何の用があるんだろうな?」

「最前線に出て残敵掃討作戦の陣頭指揮にあたるって言ってたわよ。パルチザンのせいで作戦が難航してるだとか何とか」

「な、なんだってぇ~っ!? 幕僚のトップが最前線に? わけがわからないよ……」


 こいつら幕僚って言葉の意味を本当に理解しているんだろうか? いや、恐らくさぱ~りわかっていないんだろう。

 大作はツルツルのスキンヘッドを抱え込んで小さく唸り声を上げる。唸り声を上げたのだが……


「あのねえ、大佐。幕僚っていうのは帷幕(いばく)の属僚って意よ。幕は幔幕とか陣幕とか帳幕、天幕みたいな意で戦場(いくさば)に張った陣のことね。だから幕僚が戦場にいたからといって何らおかしな所は無いわよ」

「そ、そう言えばそうかも知れんな。いや、だんだんとそんな気がしてきたよ。とは言え、そういうわけなら統幕長に会うのは難しそうだなあ」

「其れならば統合幕僚副長の弥生に会えば良いんじゃないかしら? パズーもそうしろって」


 満面の笑みを浮かべた愛が軽口を叩く。いったいそんな言い回しをいつの間に覚えたんだろう。呆れ果てた大作は愛想笑いを浮かべることしかできない。


「だったらその弥生は何処にいるんだよ? 俺、この不毛な会話にいい加減、飽き飽きしてきたんだけれど……」

「生憎と有給休暇を取って温泉旅行に出かけているわ。でも、念のために無線機を持った通信班が同行しているはずよ。すぐに呼び出すから通信室まで一緒に行きましょう」

「いやいやいや! お休みならしょうがないよ。それほど急ぐ話でもないんだし。って言うか、統幕長も副長も不在ってどういうことだ? いったい今の最高司令官はだれなんじゃろな?」

「あのねえ、大佐。何を阿呆な事を言ってるのかしら。最高司令官は大佐に決まってるでしょうに。統幕長は制服組のトップだけれどシビリアンコントロールの原則っていうのがあるのよ」

「そ、そう言われたらそうかも知れんな。負うた子に教えられとはこのことじゃな。あはははは……」


 がっくりと肩を落とした大作は統合参謀本部ならぬ統合幕僚監部を後にした。


「んで、大佐。この後は何をするのよ? 何も無いんなら私、青左衛門殿の新装備発表展示会を覗いてみようかと思ってるんだけれど」

「新装備発表展示会? そんな予定あったっけ? 俺、聞いた覚えが無いんだけどなあ?」

「何日も前から掲示板に出てたわよ。それに今日の朝礼でも言ってたし。福引もあるらしいから他に用事が無いんなら行ってみましょうよ。つまらなかったら帰っちゃえば良いんだし。ねえ、大佐。そうなさいな。パズーもそうしろって」

「はいはい、分かりましたよ。まったく、泣く子とパズーには勝てんな」


 そんな阿呆な話をしながら二人は産業奨励会館を目指して進んだ。

 とぼとぼと歩くこと暫し。大きな平屋の建物が見えてくる。沢山の旗指物が翻る会場はまるでコミケみたいな人込みと行列で埋め尽くされていた。


「なあ、お園。俺って人込みは昔から大の苦手なんだよ。もし良かったら出直さないか?」

「嫌よ、大佐。せっかくここまで来たんですもの。其れを黙って引き返すだなんてこれまでの苦労が無駄になっちゃうじゃないの。どうやったってサンクコストは取り戻せないのよ! コンコルド効果は絶対なんですからね!」

「どうどう、餅付け。あっちに関係者入口ってのがあるみたいだぞ。関係者っぽい人がいるだろうから聞いてみよう」

「あら、本当だわ。さすがは大佐、良く気が付いたわね。私が見込んだだけの事はあるみたいだわ。これからもこの調子で励んで頂戴な」


 お園が物凄い上から目線で褒めてくれたので大作は嬉しくてしょうがない。ここは褒め返した方が吉なんだろうか。


「俺が今、こうしていられるのもお園のお陰だよ。内助の功って奴だな。山ノ内一豊の妻も敵わんくらいの良妻賢母なんじゃね? いよっ、日本一!」

「煽てたって何にも出ないわよ。さて、関係者入口についたわよ。ノックしてもしもぉ~し? 中に誰かいませんか?」


 大作とお園は暫しの間、黙って聞き耳を立ててみるが何一つとして答えは返ってこない。

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。便りが無いのは良い便りとばかりに二人は関係者用の出入り口を通り抜ける。通り抜けようとしたのだが……

 突如としてジャラジャラという耳をつんざくような鈴の音が辺りに響き渡る。

 その途端、慌てふためいて狼狽える大作たちの前に二人の少女が駆けてきた。年のころは十代半ばといったところだろうか。左の二の腕に『警備』の腕章を付け、右手には拳銃を確りと握り締めている。


「怪しい奴め! その場を動くな! 動くと撃つ!」

「ちょ、おま…… 誤解だ誤解。取り敢えず銃を降ろせ。IDを見せるからちょっと待って……」

「動くなと言っておるであろう! 何者だ、怪しい坊主め。両手を見える所に出して広げろ! 二度は言わんぞ!」


 取り付く島もないとはこのことか。大作は穴があったら埋めたい気分だ。

 隣に立つお園はと言えばまるで他人事みたいに涼しい顔をしている。って言うか、本当に他人事なんだろう。軽く咳払いをすると鷹揚に頷いて口を開いた。


「貴方たちは修道女軍団の者ですね? (わらわ)の顔を知らぬのですか?」

「はぁ? も、も、もしや! 修道女頭領のお園様ではござりますまいか! これはとんだご無礼を仕りました。して、お園様が何故に斯様な怪しい坊主を連れておられるのでしょうか…… って、もしや大佐にあらせられますか?! いやいやいや、申し訳次第もございませぬ。重ねてお詫び申し上げます。然れどもなるべくなら警報は鳴らさぬよう願い奉りまする」

「ああ、めんごめんご( 死語) これからは気を付けるよ。んじゃ、通してもらっても良いかな?」

「いいえ。申し訳ございませんが此方はスタッフ専用となっております。警備上の都合もございます故、彼方で手荷物検査を受けてから通って頂きとう存じまする」

「そ、そうなんだ。まあ、防犯対策ならしょうがないな。お園、行こうか」


 大作は日本海海戦の連合艦隊みたいにぐるりと敵前大回頭すると三十六計逃げるに如かずとばかりにBダッシュでその場を後にする。後にしようとしたのだが……


「どしたん、お園。お腹でも痛いのか?」

「いいえ、大佐。私、此処を通って中に入りたいわ。だって私たちだって関係者の端くれでしょうに。警備の都合だか何だか知らんけど私は修道女頭領。大佐は軍の最高司令官なのよ。それなのにどうして警備員如きに追い返されなきゃらなんのよ? 考えてたら段々と腹が立ってきたわ! 誰かある! 誰かある! 責任者出てこぉ~い!」

「ちょ、おま…… 大きな声を出すなよ。恥ずかしいじゃんかよ。大事の前の小事だ。ここは一つ大人しく引き下がろうじゃないか。金持ち喧嘩せずって言うだろ? 言わないかな? 言うような気がするんだけどなぁ……」

「そんなことどうでも良いわ! 誰が何と言おうと私は必ずや此処を通るわ。絶対ニダ!」


 瞳をギラギラと輝かせたお園はオーバーリアクション気味に腕を振り回しながら鋭い語気で喚き散らす。こうなったお園はもう手が付けられん。大作は小さくため息をつくと抜き足差し足忍び足でその場を後にする。後にしようとしたのだが……

 しかしまわりこまれてしまった!


「逃がさないわよ、大佐。さあ、関係者出入口突破の先兵となって突撃するのよ。骨は私が拾ってあげるわ。命惜しむな名こそ惜しめ! さあさあ!」

「いや、あの、その…… 猪突猛進すれば良いって物じゃないぞ。取り敢えず一旦引いて作戦を練ろうよ。新装備発表展示会は逃げないんだし。な? な? な?」

「しょうがないわねぇ~っ! 一つ貸しよ」

「いやいや、貸しとか借りとかじゃないから」


 不満たらたらのお園をどうにかこうにか宥めすかして大作はその場を後にした。


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