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巻ノ四百八拾四 食べろ!くるみ餅を の巻

 朝食を綺麗に平らげた大作は幹部食堂を後にすると一路、中央情報局を目指して歩いた。

 ありとあらゆる情報が近在各所から集められ、優秀な分析官の手によって整理分類される。文字通り山ヶ野の頭脳と言うに相応しい重要な場所だ。重要な場所だったのだが……


「大佐。何度も申し上げておる通り、如何に大佐と言えども身分証のご提示を頂かねばお通しする訳には参りませぬ」

「いやいや、そこを曲げて何とかならんかな…… これこの通り、伏してお願い申し上げます。どうか後生ですから通して下さいな」

「身分証を見せぬ者は決して通してはならぬ。その定めをお決めになったのは他ならぬ大佐ではござりますまいか? もしや、愛の思い違いにござりましたかな?」

「愛がそう思うんならそうなんじゃね? 愛ん中ではな……」


 半笑いを浮かべた大作は茶化すような口調で軽口を叩く。だが、腕組みをしてめっ面を浮かべた愛は扉を塞ぐように仁王立ちし、一歩たりとも退くつもりは無いようだ。

 押して駄目なら引いてみるべきか? 一計を案じた大作は肩の高さで両手のひらを翳すと首を竦めて見せた。


「私はムスカ大佐だ。ロボットの攻撃により通信回路が破壊された。臨時に私が指揮を執っておる。ってことで勘弁してもらえんもんじゃろか? なあ、愛。これは命令だぞ。直ちに私を通せ!」

「……」

「あのなあ、愛。本当に緊急事態なんだ。お願いだからここを通してくれよ。通さないとお母さんを殺すぞ! そうだ、舞。お前からも何とか言ってくれないか?」


 堪りかね大作は隣で面白そうに成り行きを見守っていた舞に話を振ってみる。話を振ってみたのだが……

 返ってきたのは予想の斜め下を行く意外な回答だった。


「何とか……」

「で、ですよねぇ~っ! まあ、良いか。実を言うと特に用事なんて無かったんだ。暇を潰しに寄っただけなんで。んじゃ、俺はもう行くよ。アディオス、アスタルエゴ!」

「ちょ、おま…… 待って頂戴な、大佐。折角、久方振りに会ったんだからもうちょっとゆっくりしていったらどうかしら? そうだ、お茶でも淹れるわ。舞、何ぞ茶菓子でも持ってきてよ」

「はいはい、今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 口ではそんなことを言いながらも舞は満面の笑みを浮かべて足早に掛けて行く。後に残った愛は大作の手を引くと小屋の中へと誘った。


「あのなあ、愛? 身分証が無いと通しちゃっ駄目なんじゃなかったっけ?」

「私、今は休憩時間なのよ。だから決まり事なんて知ったこっちゃないわ。ささ、大佐。早く早く」

「そ、そうなんだ…… まあ、どうでも良いか。どうせ他人事だし」


 大作は気持ちを切り替えると戸口を潜って小屋の中へと一歩踏み込む。

 床に敷いてある玄関マットで草鞋の裏の泥を落として進んで行く。衝立の横を回ると奥には広い部屋があった。

 十代と思しき修道女姿の少女が十数人、山積みになった書類に半ば埋もれるように情報の海と格闘している。


 愛は大作を部屋の隅っこに置かれた丸テーブまで引っ張って行く。椅子を引いて座るように勧めた。

 ぼぉ~っと待つこと暫し。愛がお茶を淹れ、舞がお茶請けにくるみ餅を持ってくる。


「知ってた、大佐? くるみ餅って胡桃くるみが入ってるわけじゃないのよ」

「あのなあ、舞。私を誰だと思っているんだ?」

「大佐は大佐よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「で、ですよねぇ~っ!」


 図星を付かれた大作は苦笑することしかできない。熱いお茶をふうふうと吹き冷ましながら飲み、くるみ餅を頂く。

 三人が寛いでいる間も衝立の向こうでは十数人の少女たちは仕事に勤しんでいる様子だ。

 大作はなるべく邪魔をしないよう気を配りながら彼女らの仕事ぶりを観察する。観察したのだが……


「分からん! さぱ~り分からん!」


 例に寄って例の如く、書類に書かれた文言は言語明瞭意味不明瞭。一つひとつの文字は間違いなく読める。だが、全体として何を言っているのかが一欠けらたりとも理解できない。

 大作はツルツルのスキンヘッドを両手で抱え込むと小さく唸った。


「あら、大佐。いったいどうしたのよ? どこか具合でも悪いのかしら?」


 不意に背後から掛けられた声に慌てて振り返るとお園が心配そうな顔で小首を傾げていた。


「いや、あの、その…… どこも具合は悪くないよ。ただ、みんな忙しそうに何をやってるのかなぁ~っって思ってただけだよ」

「何をって大佐…… 今の時期に忙しいって言ったら年末の第九に決まってるでしょうに」

「第九だと? って言うか、そもそも今日って何月何日だっけ?」

「天文十九年十一月三日よ。西暦だと1550年の12年10日ね。要はクリスマスまであと二週間しかないってことよ」


 お園は眼前に人差し指を一本立てるとゆらと左右に振った。


「だが、見方を変えれば二週間もあるってことだな。んで? 準備の方はどんな感じなんだ」

「打楽器や弦楽器はまずまずと言ったところかしら。ただ、管楽器が手古摺ってるそうよ。ファゴットが無いからオルガンで代用するんですって」

「へぇ~っ、オルガンはあったんだ。まあ、それなら何よりだな。合唱の方はどうなんだ?」

「どうなんだって言われても知らんわよ! そんなに気になるなら自分で見に行けば?」


 突如としてお園が声を荒げたので大作はドキッとした。

あ。

 もしかして、またもや地雷を踏んじまったのだろうか? 相変わらず、いったい何処に逆鱗があるのかさぱ~り分からんなあ。

 取り敢えず、こういう時は話題を反らすに限る。大作は卑屈な愛想笑いを浮かべると努めて明るい声を上げた。


「まあ、アレだアレ。怒ってる奴に『落ち着け』って言うと返って逆効果になるって知ってたか? ネットで読んだことあるんだけれど……」

「返って逆効果って…… それって語彙が重複してるんじゃないかしら?」

「いや、あの、その…… 話の腰を折らんでくれるかな? 俺が言いたいのはだな……」

「ありがとう、大佐。もう結構よ、その話は聞き飽きたから。それよりもっと建設的な話をしましょうよ。例えば……」


 お園は不敵な笑みを浮かべると手元にある書類の束から一枚の紙切れを引っ張り出す。

 A4縦の上質紙には極太明朝体の大きな文字が並んでいた。


「山ヶ野天文台建設計画?! な、なんだってぇ~っ!」

「大きな声を出さないで頂戴な、大佐。私、耳がキ~ンってなっちゃったわよ。騒音性難聴になったらどうしてくれるのかしら?」

「いや、どうもせんけどな。そうそう、お園。ダイハーードの撮影時のこんな裏話を知ってるか? ダクトだか配管だか忘れたけど凄く狭い所で拳銃を撃つシーンがあったそうな。ところがブルース・ウィリスは耳栓するのを忘れてたんだ。お陰で左耳がほとんど聞こえなくなっちゃったんだとさ」


 ネタに困った大作はいつどこで見たかも良く分からない話を無理矢理に記憶の奥底から召喚する。

 だが、意外や意外。お園の興味のツボをクリティカルヒットしてしまったらしい。表情をぱっと綻ばせて食い付いてきた。


「へぇ~っ! へぇ~っ! へえ~っ! そういえば拳銃って随分と煩かったわよねえ。銃身が短いせいなのかしら?」

「うぅ~ん、どうなんじゃろ? だけど、もしそうだとするとサイレンサーとかサプレッサーを開発した方が良いかも知れんな。よし、そうと決まれば善は急げだ。早速、青左衛門のところへ行って相談しよう。今すぐ発てば明るい内に虎居に着けるな。レッツラゴー! 行くぞ、お園。あはははは!」

「ちょ、ちょっと待ってよ大佐! うふふふふ!」


 大作とお園は人目も憚らずにバカップル丸出しで駆けて行く。

 愛と舞は呆然とした顔で見送りながらも黙って茶碗と皿を片付けていた。


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