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巻ノ四百八拾壱 対決!美唯VS杉菜 の巻

 朝食後の腹ごなしに散歩と洒落こんでいた大作とお園は中央指揮所をぶらりと訪れる。

 入口脇の詰め所で思わぬ再会を果たしたのは誰あろう、元・出入国管理官の杉菜(スギナ)であった。

 あろうことか少女はちゃんとIDカードを確認しなかった自らのミスを棚に上げて大作を逆恨みしている。

 こいつはフォローが必要なのか? 何とはなしに罪悪感を覚えた大作は失地回復というか捲土重来というか……

 一発逆転の危険なギャンブルに身を投じようとしていた。


「それじゃあ美唯。お前さんが連絡将校の座を賭けて杉菜と三本勝負するっていうのはどうじゃろな? きっと楽しいぞぉ~っ!」

「嫌よ、そんなの。だって、そんなことしたって美唯に何の得も無いじゃないの!」

「そう言えばそうなのか? いやいや、そんなことないぞ。だったら…… だったら美唯が勝ったら杉菜を連絡将校補佐として美唯の部下にしてやろう。その代わり美唯が負けたら杉菜を連絡将校にする。美唯は連絡将校補佐に降格だ」

「嫌、嫌、嫌! そんなの決して許さないわよ! 後から来たのに追い越されるだなんて非道だわ! ねえ、お園様。お園様からも何とか言って頂戴な!」

「何とか……」


 取り付く島もないとはこのことか。思いっきり意地の悪い笑顔を浮かべたお園がぽつりと呟く。

 味方だと思っていたお園の冷たい言葉は流石にショックだったらしい。がっくりと肩を落とした美唯は絶望に顔を歪めた。


「美唯、部下なんてちっとも欲しくないわ! 今のままで充分に満ち足りてるんですもの。ねえ、大佐。後生だから勝負なんてやめましょうよ。争いなんて何も生み出さないって前に言ってたじゃない!」

「いやいや、現状で立ち止まっていちゃダメなんだよ。赤の女王仮説を忘れたのか? 変化する世の中にあってはその場を維持するだけでも歩き続けなきゃならん。ましてや前に進もうと思ったら……」

「だぁ~かぁ~らぁ~っ! 美唯は今のままで良いって言ってるでしょうに! 大佐はどうして分かってくれないのよ! うがぁ~~~っ!」


 どうやったところで理屈では太刀打ち出来ないということを漸く悟ったのだろうか。美唯は伝家の宝刀とも言える駄々をこね始めた。

 だが、こうなってしまうと大作の側には何の手の打ちようも無い。このままでは戦況が膠着状態に陥ってしまうんじゃなかろうか。

 と思いきや、それまでガン無視を決め込んでいたお園が突如として武力介入してきた。


「ところで杉菜、あんたの気持ちはどうなのよ? 美唯と連絡将校の座を賭けて競う覚悟はあるのかしら? もし無いんなら時が惜しいわ。さっさと門番に戻りなさいな。だけど、ほんの少しでもやる気があるんならこれは滅多に無い機会よ。チャンスの神様には前髪しか生えていないんですもの。決して逃しちゃ駄目よ」

「???」


 顔中に疑問符を浮かべた杉菜はぽかぁ~んと口を開けて呆けた。

 ここは背中を押してやるべき場面なんだろうか。大作は内心でほくそ笑みながらも精一杯に真剣な表情を作る。


「あのなあ、杉菜。脳科学者の中野さんがこんなことを言ってたぞ。人間はやった後悔よりやらなかった後悔を後々まで引きずるんだそうな。何もしなかったことを悔やむより、たとえ失敗してもちゃんと反省して次の成功に繋げる方がよっぽど建設的だと思わんか? そう思うだろ? な? な? な?」

「……」

「これだけ言ってもまだやる気にならんのか? そんな根性無しは山ヶ野に不要だぞ。さっさと荷物を纏めて出ていけ!」

「ちょっと待って頂戴な、大佐。それって労働基準法違反じゃないのかしら? 解雇には正当な理由が必要な筈よ。あらかじめ就業規則に解雇事由を記載しておかなきゃならないわ。それに、たとえ合理的な理由があったとしても解雇の三十日前までに予告をしなきゃならんしね。もし予告しないなら三十日分以上の平均賃金を払わなきゃならんわよ。所謂、解雇予告手当って奴ね」


 お園は立て板に水のように滔滔と捲し立てると唐突に話を終わらせた。どうやら大作の反応を待っているらしい。

 だが、大作は思いもよらない話の流れに完全に我を失ってしまった。


「いやいや、違う違う! 俺はただ、やる気が無いんなら無理に働き続けんでも自主退職すれば良いんじゃねって提案しただけなんだよ。早期退職の奨励みたいな? ちゃんと退職金は上乗せするし、再就職先が見付かるまでの休業補償だって支給するぞ。あと、何らかの技能研修を受けたいんならその費用も負担しよう。無論、上限は設けさせてもらうけどな」

「ああ、そういうこと。それなら何の障りも無いわね。どうするの、杉菜? 聞いた限りだと悪い悪い話じゃ無さそうよ。今やってる門番のお役目に不満があるんなら丁度良い機会かも知れんわね。チャンスの神様には前髪しか……」

「畏れながらお園様。杉菜は山ヶ野を出て行くつもりは毛頭ございませぬ。伊賀を発つ折に百地様より申しつかっております。この地に骨を埋める覚悟で大佐にお仕えせよと」


 先ほどまでとは打って変わって杉菜の瞳に光が灯る。って言うか、百地様ですと! それってやっぱり百地丹波のことなのかあ? 


「な、な、何ですと?! もしかして、もしかしないでも杉菜は伊賀からきたくノ一だったのか? 俺はてっきり現地採用の孤児かと思ってたぞ。それならそうと早く言ってくれよ。お前らは言うなればキャリア組だからな。孤児の連中とは人材としての質が月と(すっぽん)というか灰とダイヤモンドというか…… いやいや、美唯。そんな鬼みたいな顔をしなさんなよ。別に孤児を馬鹿にしたわけじゃないんだぞ」

「ばか?」

「あのねえ、美唯。馬鹿っていうのは梵語で愚かって意のmohaからきてるらしいわよ。とにもかくにも大佐は親の無い娘をくノ一より下に見ている訳じゃないの。でも、美唯が杉菜より秀でた才を持つと言うのが真なら戦って力を見せて頂戴な。美唯なら出来るでしょう?」

「いや、あの、その美唯は見ての通りのちびっ子よ。伊賀から来たくノーと争っても勝てる道理なんてある筈も無いでしょうに。兎にも角にも美唯は決して争わないわ。何があってもよ!」


 いつになく強い口調で言い切ると美唯はそれっきり黙り込んでしまう。

 どうやら交渉決裂ということらしい。大作は暫しの間、お園と杉菜の顔色を伺った後、小さくため息をついた。


「それならしょうがないな。現時刻を持って杉菜を連絡将校の交代要員に任ずる。美唯が休憩や休暇を取る際に代わりの連絡将校を務めてくれ」

「畏まりましてございます!」


 それまで不安に瞳を泳がせていた杉菜が弾かれたように直立不動の取って大声を張り上げた。

 大作は柔和な笑みを浮かべながら杉菜の肩を軽く叩いて言葉を続ける。


「正式な辞令は追って出す。それまでは頼れる先輩の美唯に金魚の糞みたいにくっ付いて仕事ぶりを覚えると良い。美唯、これだったら文句は無いよな?」

「しょうがないわねぇ~っ。一つ貸しよ」

「いやいやいや、貸しとか借りとかじゃないですから!」


 そんなこんなで一件落着。関係各所には何の話も通さず、なし崩し的に杉菜が行動を共にすることになってしまった。




「ところで杉菜。これは新しく仲間になった奴にはいつも聞いてることなんだけどさ。杉菜には何か夢とかあるのかな?」

「夢っていっても寝ている間に見る夢じゃないわ。先々の先途。したい事とか、やりたい事を問うているのよ」


 例に寄って例の如く、お園が絶妙なタイミングで合いの手を入れてくれた。


「ちなみに厠に行きたいとかいうのは無しだぞ。いやいや、本当に行きたいんなら我慢しないで行ってくれ。漏らされても困っちゃうからな」

「いえ、大佐。厠ならば先ほど参ったばかりにございます。故に何の憂いもございませぬ。強いて申さば筑紫島に着いて一月。伊賀が恋しゅうなって参りました。里の父母は如何にしておられるのやら。一遍で良いので里帰りをしてみとう存じます……」


 憂いを湛えた表情の杉菜は心の底から振り絞るように呟く。最後の方は目尻に涙を浮かべ、消え入りそうな声で囁いた。


「いや、あの、その…… 杉菜さんよ? お前さんはここ山ヶ野に骨を埋める覚悟で来たんじゃなかったっけ?」

「いやいや、ただの戯れにございます。実を申さば杉菜にはこれといってやりたい事などありませぬ。然れども連絡将校とやらにお引き立て頂いたからには命に代えても大佐のお役に立つ所存。何卒よしなにお願い申し奉りまする」

「おう、任せとけ。だけども命は代えんでも良いぞ。って言うか命に代わりなんてないからな。くれぐれもSafety Firstで頼むよ」

「せ、せえふてぃふぁあすと? でございますか?」

「えぇ~っ、聞いたことないのか? ここ山ヶ野金山の基本理念なんだぞ。現場と関りの無い部門だからって知っててもらわんと困るなあ。この機会に是非とも覚えといてくれ。USスチール社のゲーリー社長は申された。安全第一、品質第二、生産第三とな。そうそう、こんなことも申されているぞ……」


 この日、大作の杉菜を相手にした安全講習会は昼休みを挟んで夕方まで延々と続いた。


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