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巻ノ四拾八 塩硝作り の巻

 大作は現時点で判明している情報を洗い浚い三人娘に話して聞かせる。時折、鋭い質問が入るので気が休まらない。まるで尋問されているような気分だ。


「串木野金山の鉱脈群は東西十二キロ、三里にも広がっているんだけど出水も多いみたいだな。この点は露天掘りからスタートできる山ヶ野金山の方が有利かな」

「串木野には金がたくさんあるけど掘るのは大層な手間が掛かるわけね」


 お園が難しい顔をして相槌を打つ。メイは首を傾げている。ほのかは真剣な顔をしているがちゃんと分かっているんだろうか。大作は不安になる。


「入来院氏十二代当主は入来院重朝(いりきいんしげとも)だ。官位は岩見守で通称は又五郎。いつ生まれていつ死ぬのか分からん。ただし、命日は七月十六日だ」

「命日は分かってるのにいつ死ぬか分からないの?」


 メイの首がさらに傾く。まあ、その疑問はもっともだ。俺だって知りたいぞと大作は思う。


「Wikipediaに生没年不詳って書いてあるんだからしょうがないよ。戦国時代で滅んだ祁答院と違って入来院は幕末まで続く。なのに親子そろって生没年不詳なんだ。墓石に書いといて欲しいよな。まあ、俺たちが歴史を変えるから命日だって変わるだろうけど」

「ふぅ~ん」


 お園が気のない返事をした。早く先に進めろってことだろうと大作は解釈する。


「天文八年(1539)に父親の入来院重聡(いりきいんしげさと)と一緒に島津貴久の市来攻めに参加したらしい。城は攻め落とせたんだけど父親が年には勝てないとか言って嫡子の重朝に家督を譲ったそうだ。そんで天文年間に病死したらしい」

「天文ってまだ続いてるわよ?」


 ほのかが不思議そうな顔をしながら口を挟む。そういやそうだ。天文は二十四年(1555)まで続くんだっけ。


「まあ、十一年も前に引退したんだ。きっともう亡くなってるよ。そんで、重朝は父親と同じく島津氏宗家に付き従っていたんだ。でも、天文十三年(1544)に重朝が東郷や祁答院と手を組んで謀反を起こすんじゃないかって島津貴久に疑われる。重朝は必至に言い訳するんだけど貴久は一方的に出仕停止を言い渡す。さらに翌年八月には郡山城を没収する。本当に疑われるようなことがあったのか。それとも言い掛かりだったのかは知らんけど頭に来た重朝は島津と敵対関係になったんだ」


 大作の話が終わったのを確認して、お園が口を開く。


「東郷、入来院、祁答院は渋谷三氏で親戚みたいなものなんでしょ。きっとどこに行っても大差は無いわね。それに金山も言うほどの差は無いんじゃないかしら。串木野金山の方が量は多いけどずっと広くて深いわ。これを全部掘るより菱刈金山を掘った方が良いわよ」


 串木野金山の坑道は廃坑となった二十一世紀ではほとんど水没しているそうだ。排水に非常に手間が掛かるってことだろう。

 そう考えると、お園の意見はもっともだと大作も思った。


「金山開発は手段であって目的では無い。四年後に起こるであろう加治木城と岩剣城の敗北を勝利に変える。これが当面の目標だ。余裕を見て三年後までに準備を完了させたい。逆算すると一年以内には十貫目単位の金を産出したいな。千人単位の鉱山労働者が必要になる。こいつらに軍事訓練を施せば島津なんて敵じゃ無い」

「そうなるとやっぱり山ヶ野金山の祁答院を選んだ方が良いわよ。露天掘りから始められるから立ち上げも早いはずだわ」


 これまで黙っていたほのかが口を開く。ちゃんと話を理解してくれているようだ。


「祁答院重経の守役が工藤弥十郎だったかな? 嫡男の守役くらいならアポ無し面会は可能だろう。珍しい物を見せて興味を引く。重経を経由して良重に面会。軍事関連のアドバイザー的立場を手に入れる。目標はブラックウォーターUSAみたいな軍事コンサルティング企業。そういうことで良いかな?」


 大作が三人娘の顔色を見ながら恐る恐るお伺いを立てる。


「お願いだから大事なことは早目に話してね」

「じょうほうきょうゆうは大事よ」

「私たちはち~むですもの」


 三人娘の口調はとても優しかった。だが大作はしっかり釘を刺された気がして縮み上がった。






 翌日、大作たちは工藤弥十郎の屋敷に向かった。

 一ヶ月前は托鉢ですらおっかなびっくりだった大作も、今やアポ無し突撃面会くらい朝飯前だ。

 まあ、朝飯はちゃんと食べたのだが。


 大作は戦国時代の武家屋敷と言えば書院造だと思い込んでいた。なので普通の茅葺屋根の屋敷を見て少なからずがっかりした。

 屋敷の門は開いている。だが、門番はいないようだ。玄関チャイムも無い。

 こんな時どうやって来訪を伝えれば良いんだ? まあ、声を掛けるしか無いのだが。


「ここが工藤弥十郎のハウスね。頼もう!」


 大作がいきなり大声を出したので三人娘が唖然としている。ちょっと非常識とは思うが他に方法が無いんだから仕方ない。

 しばらく待ってみるが誰も出てこない。留守なのか? 不用心な話だなと大作は他人事ながら心配になる。


「ぴんぽ~ん!」

「大声を出さんでも聞こえておるわ!」

「うひゃあ!」


 大作は誰か出てくるとすれば中からだろうと思い込んでいた。なので、突如として門の脇から現れた若い侍に死ぬほど驚いた。


「も、も、申し訳ございませぬ。聞こえておらぬかと思い、つい大声を出してしまいました。拙僧は大佐と申します。工藤弥十郎様に是非ともお目通り願いたい。なにとぞお取次ぎのほどを」


 大作が深々と頭を下げる。完全に手慣れた感じで三人娘もシンクロする。


「儂がその弥十郎じゃ。して、お坊様と巫女と女子二人が何の用じゃ?」


 弥十郎と名乗った男は二十代前半くらいの若さに見える。大作は勝手な思い込みで爺さんだと思い込んでいたので驚いた。

 十二歳の重経の守役だからそれくらいの方が適任なんだろうか。そういえば片倉小十郎も伊達正宗の十歳くらい上だったっけ。

 背丈は大作と同じくらいなのでこの時代としては高い方だろう。人懐っこそうな笑顔を浮かべている。若い娘が三人もいるので優しいお兄さんでも気取ってるんだろうか。


 いきなり本人登場かよ! 『弥十郎…… 恐ろしい子!』と大作は内心で焦る。だが、内心の動揺を隠して自然な笑顔を作って言う。


「このままでは祁答院は二十年で滅びます」


 いきなり予定に無い話をしたのでお園が呆れているのが大作にも分かった。メイとほのかも緊張感の高まりを感じて警戒レベルを引き上げたようだ。

 だが、三人娘の予想に反して弥十郎は豪快に笑う。こいつ、只者じゃ無いな。あるいは、ただの馬鹿?


「お坊様は儂を試しておられるのかな?」

「試すなどとは滅相も無いことにございます。ただ、我らの持つ知識や伝手を使えば祁答院様に強大な力をお貸しすることが叶います。半時で結構ですので是非とも耳をお貸し下さりませ」


 大作は一転して真剣な表情を作ると弥十郎の目を真っ直ぐに見据えて言う。三人娘もそれに倣う。良いチームワークだ。

 暫しの睨み合いの後、先に根負けしたのは弥十郎だった。


「こうしておっても時が勿体無い。参られよ。ただし詰まらぬ話なら容赦はせぬぞ」

「有り難き幸せにございます」


 どう考えても祁答院の方が有り難い話のはず。そう思いながらも大作はとりあえず礼を言っておいた。




 四人は客間に通された。今回は客扱いして貰えたようだ。大作はとりあえず一安心する。予想していた通り、畳は敷かれていない。座布団も無い。

 大作はとりあえず正座したが長期戦になったら足が痺れそうだ。足の親指を交互に重ねるとか、重心を前後左右に移動すれば良いんだっけ?


「大佐殿と申されたかな。して、お坊様の言う強大な力とはなんじゃ?」


 弥十郎は単刀直入に聞いて来る。無駄な挨拶とか一切しない人らしい。


「鉄砲にござります。これからの戦は鉄砲の数で勝敗が決まると言っても過言ではございません。祁答院には何丁ほどございますかな?」

「昨年に二丁ばかり手に入れたと聞き及んでおる。じゃが、あんな物が役にたつのか。弓の方がよっぽど早く射れるし、遠くの的を射止められるぞ」


 こいつなかなか鋭い。単純な拒絶反応では無くちゃんと問題点を分析している。大作は感心した。


「仰ることはごもっとも。ですが弓を上手く扱えるようになるまでにはどれほどの鍛錬が必要にございますかな。鉄砲なら百姓でもすぐに扱えるようになります。それに弓で動く的を射るのは難しいですぞ。威力においても弓は鉄砲に敵いません。鉄砲玉は盾や鎧を容易く撃ち抜きます」


 この程度の問答は完全に想定済だ。大作は淀みなく答える。萌を相手にした議論で散々鍛えられた。

 もっとも弥十郎もこのくらいで納得するつもりは無いらしい。


「弾を込めるのに手間が掛かると聞いておるぞ。その隙に攻め寄られて討ち取られてはお終いじゃ」

「鉄砲の生みの親であるヨーロッパの者たちは今より百三十年も前にその対策を取っております。装甲馬車と言って牛車に板を貼ったような物を作り、陰に隠れて撃ちます。攻め寄せる敵は槍を持った兵が近付けさせません。柵、塹壕、土嚢、何でも良いから即席でバリケードを作れば良いのです」


 大作は説明無しに専門用語を混ぜて話す。その方が専門家っぽく聞こえそうだ。

 その答えに納得したのか弥十郎が考え込む。質疑応答にも飽きてきたので大作は会話の主導権を取りに行く。


「残る問題はコスト、え~っと、なんだっけ?」

「値が張る?」


 お園が小声で助け舟を出す。大作はお園に小さく頷くと弥十郎に向き直る。


「鉄砲は値が張るとお考えでしょうか? ですが製造現場では『設計でコストの八割が決まる』と言われています。拙僧は生産効率の画期的な改善案を多数ご提示できます。鉄砲の値を弓や槍と代わらぬほど下げることも難しくありません。煙硝も床下の土から作る技があります。量産すれば矢より鉄砲玉の方が安いくらいですぞ」

「煙硝とは玉薬の素になる物か。土から煙硝を取り出すとは俄かには信じがたい話じゃな」


 弥十郎は疑わしげな目で大作を見つめる。とは言え頭から疑っているわけでも無さそうだ。

 連合艦隊司令長官の山本五十六だって水ガソリン詐欺事件にあっさり引っ掛かった。欲望と恐怖は人の目を曇らせるのだ。


「試しに作ってご覧にいれましょう。工藤様は人足を必要な時に動かして下されば良い」


 大作は強引に大佐のセリフっぽい物を混ぜ込んだが少し無理があったようだ。

 弥十郎がぽか~んとしている。


「床下の土を四、五寸ほど。それと大きな鉄鍋、薪、木灰、桶をたくさん、煙硝を濾しとる布等が入用にござります。それと明礬、硫黄、木炭、水銀を二貫目ほどご用意頂けませんでしょうか?」


 大作は相手の無知に付け込んで水銀の入手を試みる。水銀の価値は銀の十分の一以下。銅の十倍くらいだろうか。

 銭十貫文で足りるくらいだろうから手持ちの銀でも何とかなる。問題は九州の奥地で手に入るかどうかだ。


「よかろう。こちらで用意いたそう。ただし、もし空言(そらごと)なら容赦せぬぞ。ところで、大佐殿の望みは何なのじゃ?」

「永野から山ヶ野の辺りに山寺を開きとうございます。殿へのお口添えをお願い申し上げます」


 このタイミングで言う話なのだろうか。大作はちょっと不安だったがとりあえず言ってしまう。どうせ言うだけならタダだ。

 弥十郎は何も言わず、ただ黙って頷いた。




 善は急げと言うことで早速作業に入る。堺で百地丹波に話した古土法だ。

 床下の土を四、五寸ほど取るのだが床下に入るのはちょっと無理っぽい。

 もしかして床板を剥がすのか? とんでも無く面倒臭いことになったぞ。


 そう言えば、あの時の試算では千二百キロの土から十キロの煙硝を採るって計算だった。

 千二百キロの土を俺たちだけで掘り返すだと? トイレを借りる振りをして逃げるべきなのか?

 大作が本気で悩みだしたころ弥十郎が人足を連れて戻って来た。近所から借りて来たのだろうか。大量の桶を抱えている。

 大作は心底から安心して作業に戻った。




「変な色をした鼠土だけを集めて下さ~い。お園はそっちの桶に入れて水を加えてかき混ぜてくれ。浸す程度で良いぞ。入れすぎると煮詰めるのが大変だからな」


 大作は人足や三人娘に指示を出しながら考える。火薬の調合は絶対に人にやらせよう。死んだり大火傷するのは真っ平御免だ。

 高野長英が火薬で顔を焼いたって話を思い出して恐くなってしまった。


 それはそうと、前に十万石の伊賀から百トンの煙硝が取れると試算したことがあったっけ。とすると四万石の祁答院からは四十トンだ。

 六匁の火縄銃を一発撃つのに硝石六グラム弱が必要だとすれば硝石が四十トンから六百万発以上の火薬が作れる。

 大作は威力よりも弾数を重視して三匁五分の火縄銃で統一しようと思っているので一千万発以上は作れそうだ。

 対島津戦を戦い抜く程度は余裕だろう。


 問題はコストだな。例によってフェルミ推定だ。

 本当に家一軒から硝石が十キロ取れるんだろうか。

 数人の人足が一日がかりで土を掘り返して水に溶出する。薪を使って鉄鍋で煮詰めて木杯を混ぜて布で濾しとる。

 結晶を析出したり、細かく砕いたり、湿らせて硫黄や木炭と混ぜたり、圧搾したり、乾燥させたり、細かく砕いたり。

 どれくらい掛かるんだ? 見当すら付かない。余裕を見て高めに見積もっても銭二貫文もあれば足りるだろうか。

 六グラムが銭一文くらいなのか。おそらく鉛弾の製造コストより安いだろう。大作は考えるのを止めた。


 古土法に関する詳しい資料が見つからない。五箇山法の資料では一夜静置しろと書いてある。

 今日出来ることはここまでだ。大作たちが夕飯の支度を始めると工藤家の家人が差し入れを持って来てくれた。

 何だか得体の知れない雑穀が団子状にしてある。味はともかく長靴一杯ありそうだ。大作たちは何度も礼を言って感謝した。




「三人とも今日はお疲れさん。黒色火薬の製造に成功すれば工藤様の信用が得られる。ついでに水銀も手に入りそうだ」

「いよいよ金を採るのね。でも人手はどうするの?」


 お園が水銀と言う言葉に反応してくれた。金の製錬について勉強した成果だろう。


 徐々に規模を増やすにしても四人からでは無理がありすぎる。水銀アマルガム法の水銀蒸気を回収するためにはそれなりの設備がいるんじゃなかろうか。人足を雇うにしても信頼できる管理職は必須だ。


 大作が考え込んでいるのを見てメイが口を開く。


「伊賀から忍びを呼んだらどうかしら? お金は津田様のを借りれば良いわ」

「ここからでも文は届くのかな?」


 郵便制度どころか飛脚すらいない時代だ。信用できる人を雇って頼むくらいしか方法は無いんじゃね?

 だが大作の心配をよそに、ほのかがあっさりと言う。


「日向辺りまで行って堺に向かう船に頼めば津田様へ文を届けられるわ。そこからはサツキに任せましょう」


『そんな方法があったのか! だったら早く言えよ!』と大作は心の中で絶叫する。


「タイミングが重要だな。いくら早くても文が届くのに半月。人が来るのはさらに半月。火薬作りの目途が付いたらすぐに文を送ろう」


 急に雨が降る心配は無さそうだ。小便臭い古土が浸かった桶がテントを囲んでいる。大作たちは鼻を摘むようにして眠りに就いた。


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