巻ノ四百七拾九 蒸気船ウィリーとミッキーマウス の巻
やっとの思いで情報管理センターに辿り着いた大作たちは取るものも取り敢えず中央作戦室へと案内された。
だだっ広い座敷の中央には直径三メートルはありそうなリング状の机が鎮座ましましている。ぐるりと円周に沿って座っているのは主だった幹部連中の面々だ。
ちょっと疲れた顔をした萌が書類の束から顔を上げると引き攣った笑顔を浮かべた。
「あら大作、漸く戻ったのね。長旅お疲れ様。お園は一緒じゃないのかしら?」
「そこまで一緒にきてたんだけどな。疲れたから寝るってさ」
「あらそうなの。まあ良いわ。座りなさいな」
萌は鷹揚に頷くと顎をしゃくって空いている席を指し示す。
大作は素直に指示された場所に着席する。言われたことには黙って従う。それが大作の処世術なんだからしょうがない。
「あんたたちはもう帰って良いわよ。ご苦労さま」
大作の左隣に座ったメイは素早く振り返るとにこりともせずに冷たく言い放った。
部屋の隅っこで黙って立っていた静流、鶇、蛍の三人娘は一瞬だけ何か言いたそうな顔をする。だが、すぐに思い直すと黙ってその場を後にした。
言われたことには黙って従う。それが彼女たちの処世術なんだろう。
途端に大作は頭から冷水でも浴びせかけられたように背筋が寒くなった。
唯一無二の味方であるお園が傍にいないのは実に心細い。そのうえ、役に立つかどうかはともかくとして護衛の肩書を持つ三人娘まで去ってしまったのだ。これでもし、万一のことでもあったらいったい誰が守ってくれるというのだ?
天は自ら助くる者を助く。自分の身は自分で守るしかないんだろうか。大作は懐に手を入れるとブローニングハイパワーのグリップを軽く握って心を落ち着かせる。
「では、お園が体調不良のため欠席ということで緊急幹部会を開会するわよ。議事進行は私、椎田萌。書記はサツキが務めます。まずはお手元の資料の表紙を捲って二枚目。実久暗殺計画の顛末について……」
「ちょ、おまっ! あれって中止したんじゃなかったのかよ?」
「悪いんだけど、大作。話を最後まで聞いてくれるかしら? 確かに中止命令は出したわ。でも一旦作戦行動中に入ったら実行部隊に中止命令を伝えるのはとっても難しいのよ。まあ、今回は暗殺計画が実施される前に実久が死んじゃってたんだけどね。そんなわけで……」
「死んじゃっただと?! 史実だとまだ三年くらいは生きるはずだぞ。歴史が…… 歴史が変わっちゃったのか?!」
驚愕のあまり大作は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせて慌てふためく。
みっともなくも情けない狼狽ぶりがよっぽど面白かったのだろうか。隣に座ったメイは玩具のチンパンジーみたいに両手を叩いて喜んだ。
「あは! あはははは!」
「静粛に! 静粛に! 幹部会の真っ最中よ。静かにできない人は退出してもらいますからね!」
「ごめんなさい……」
「はい、イエローカード。二枚目で退場だから気を付けなさいよ」
がっくりと首を垂れたメイはまるで魂が抜けてしまったかのように元気が無い。一機撃墜! 大作は心の中でガッツポーズ(死語)を作った。
会議は踊る、されど進まず。
それからも島津亡き後の薩摩の統治や将来の展望といった話が延々と続いた。
様々な分野の責任者らしき者が代わる代わる現れては報告を行う。聞いたこともない地名や人名が次から次へと湧いて出てきた。
だが、大作は興味のない話を完全にスルーするという特殊能力を身に着けていた。お陰でこういう退屈な会議を楽しく過ごすことができる。楽しく過ごすことができたのだが……
「大作? 大作! ノックしてもしもぉ~し?」
「へあ? 何だ? 何かあったのか?」
「何かあったのかじゃないわよ! みんなからの報告をちゃんと聞いていたの?」
「すまん、実を言うと何も聞いていなかったぞ。正直な話、もう済んじまったことなんてどうでも良いじゃんかよ。大事なのはこれから先の話だろ? 鉄血宰相ビスマルクは申された。『愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ』とな。だったら俺は愚者で結構だ! そんなわけで今後の計画に付いて話そうじゃないか。なあ、皆の衆」
大作は人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると右手の人差し指を一本だけ立てて鼻の前でゆっくりと左右に振った。振ったのだが……
「あっ、そう。なら、緊急幹部会は閉会とします。次回の定例幹部会は火曜の午後ね。割り当てられた課題が間に合いそうもない人は早めに相談してよ。スケジュール調整や応援を入れるから。それじゃあ、解散。暇な人は残って大佐の話に付き合ってあげてね。お疲れさまでしたぁ~っ!」
言うが早いか萌は疾風迅雷の如くに走り去る。後を追うかのように有象無象たちも蜘蛛の子を散らすように消え去った。
がらぁ~んとした座敷に取り残されたのはサツキ、メイ、ほのか、藤吉郎の四人だけだ。
「へぇ~っ! 偶然にも初期メンバーが勢揃いだな。まあ、お園が欠けてるけど」
「誰が欠けてるですって?」
急に背後から掛けられた声に大作は慌てて振り返る。入口の脇に立っていたのは誰あろうお園であった。
「おぉ~っ! ナイスタイミング。これで堺以来の初期メンバーが全員集合か。いやぁ~っ! 沖田艦長じゃないけど『地球か、何もかもみな懐かしい……』って感じだな」
「そうかしら? 別にこれくらいしょっちゅう会ってるんじゃないの?」
「いやいや、そうじゃなくてだな。今いる、ひい、ふう、みい…… 六人だけで揃う機会ってあんまりないよなって言いたいんだよ。分かるかな? 分っかんねぇだろぉなぁ~っ!」
「さぱ~り分からんわ。んで? そんなことより今後の計画とやらを聞かせて頂戴な。薩摩があんな有様でしょう? 私、これから先々の先途が気になって気になってしょうがないのよ」
疲れたなんて理由で会議を欠席した奴が何を言っても説得力の欠片も無いんですけど? 大作は喉まで出掛かった言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「まあアレだな、アレ。最近のアレと言えば……」
「アレと言えば?」
「うぅ~ん…… 閃いた! 蒸気船ウィリーのミッキーマウス! 君に決めた!」
「なになに? 何なのよそれは? もしかしてその女にも懸想してたんじゃないでしょうねえ?」
例に寄って例の如く、お園は馬鹿の一つ覚えのように得意の決め台詞を披露する。きっと道具箱にハンマーしかなければネジ釘だって叩くしかないんだろう。
大作は余裕の笑みを浮かべるとスマホを取り出して動画を再生する。
「ミッキーマウスにも数々あるんだけれど蒸気船ウィリーのミッキーマウスだけは著作権が切れてパブリックドメインになってるんだ。だから勝手に使おうが何の問題も無い! 取り敢えず我々の旗印に蒸気船ウィリーのミッキーマウスをプリントしよう。それから蒸気船ウィリーの肖像画を入れた紙幣も発行するんだ。それからTシャツとかアクスタとか……」
「フィギュアを作りましょうよ! それも等身大の!」
「それいいな、採用! 他には何か無いか? どんな突拍子もないアイディアだっていいんだぞ。どんどん出してくれ」
「だったら、だったらもう……」
こうして堺以来の仲間たちは時の経つのも忘れて馬鹿話で盛り上がった。
そんな六人の姿を親衛隊の静流、鶇、蛍は草葉の陰から瞬き一つせずじっと見詰めている。能面の如く無表情の三人娘はまるで感情を持たないロボットのような不気味さを湛えていた。




