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巻ノ四百七拾八 返すな!質問に質問を の巻

 佐土原へ島津忠良を訪ねた大作とお園は護衛の静流、(つぐみ)、蛍を見捨てて急ぎ帰路についた。

 だが、置き去りにされたことを逆恨みでもしているのだろうか。三人娘たちはまるで兎と亀の追いかけっこのようにジリジリと食らい付いてくる。

 このままでは追い付かれるのも時間の問題か。覚悟を決めた大作とお園は懐から拳銃を取り出すと迎え撃つ覚悟を決めた。覚悟を決めたのだが……


「大佐、こんな所でいったい何をしているのかしら?」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう…… もう少しで間違って撃っちゃうところだったぞ、メイ」


 背後から掛けられた声に慌てて振り返ると見知った顔が半笑いを浮かべて突っ立っていた。


「あのねえ、大佐。取り敢えず鉄砲をこっちに向けないで頂戴な。お園もよ。ちゃんと安全装置を掛けてくれるかしら?」

「あ、ああ…… 分かったよ。ポチっとな。んで、メイ。お前こそこんなところで何をしているんだ」

「質問に質問で返さないでよね。ってまあ、そんな事はどうでも良いわ。大佐が留守の間に島津や薩摩の事で色々とあったのよ。それで急いで決めなきゃならない事が山ほどできたってわけ。だから今すぐ山ヶ野に帰って頂戴な。いいわね? 行くわよ!」

「良いも悪いも無いよ。俺たちは山ヶ野に戻るところなんだからさ。でも、先にあいつらを何とかしなきゃならんのだ。手伝ってくれるかな?」


 大作は振り返ると手振りで三人娘の方を指し示す。見れば向こうも既に此方を認識しているようすだ。にっこり微笑みながら手を振っている。

 もしかして敵意は無いのか? いや、こちらを油断させるための罠かも知れん。警戒を解くのは早すぎるな。大作は作り笑顔を浮かべながら手を振り返す。

 待つこと暫し。漸く三人娘が目の前まで迫ってきた。

 大作は高杉晋作の銅像みたいに右手を着物の懐に突っ込んだまま正面から相対する。言うまでもないが手には拳銃を握り締めている。


「違うわ、大佐。それは坂本龍馬よ」

「はいはい。お約束、お約束。そういうお園だって拳銃を持ってるじゃんかよ」

「二人ともさっきから何を怯えているの? まるで迷子のキツネリスみたいよ」


 呆れた顔のメイがピントの外れた突っ込みを入れてくる。だが、二人ともそれどころではない。極度の緊張で喉がカラカラになりそうだ。

 大作は生唾をゴクリと飲み込むと緊張で少し上ずった声を上げた。


「三人ともそこで止まれ!」

「如何なされました、大佐?」

「だから止まれって。私はお願いしているのではないぞ。頼むから止まってくれよ」


 三人娘はまるでダルマさんが転んだでもしているかのようにフリーズした。


「大事なことだ。心して答えてくれ」

「心して? 其は如何なる意にございましょうや?」


 鶇が身を乗り出すようにして近付いてくる。


「いやいや、だからそれ以上は近付くなって!」

「それ以上? 其は如何なる意に……」

「だぁ~かぁ~らぁ~っ!」

「あのねえ、大佐。悪いんだけれど本に急いでいるのよ。話があるのなら歩きながらにして頂戴な。さあ、行くわよ」


 話に割り込んできたメイが大作の右手を掴むと有無を言わせず強く引っ張る。


「いや、あの、その…… そんなに引っ張るなよ。手が伸びちゃうだろ!」

「だったらもう片方の手も引っ張ってあげるわよ。えいっ!」


 調子にのったお園が大作の左手を掴むと同じように強く引っ張った。


「ちょ、おま…… 誰か誰か助けて下さぁ~い!」


 大作の心からの絶叫は冷たい北風に乗って南九州の山々へ木霊した。




 どうやら急いでいるというメイの言葉に嘘は無いらしい。その後の旅はまるで自衛隊の野外行動訓練の如く厳しい物だった。

 山道をかなりのハイペースで歩き、休息は数時間に数分だけ。真っ先に根を上げたのはお園だった。


「もう私、やってられんわぁ~っ! 用があるのは大佐だけなんでしょう? 私は後からのんびり帰るわ。先に行って頂戴な」

「ちょっと待てよ。お前、普段は『私は甲斐の山育ちだから足腰に自信がある』とか言ってなかったっけ?」

「山育ちだって言ったわね。アレは嘘よ!」

「いやいやいや。コマンドーのシュワルツェネッガーの真似なんかしても許さんからな。毒を食らわば皿まで。地獄の果てまで付き合ってもらうぞ。死がふたりを分かつまで一緒だって約束しただろ? な? な? な?」


 大作はお園の着物の袖に縋りつく。だが、お園は暖簾に腕押しというか糠に釘というか…… まるで真面目に相手をするつもりは無いようだ。

 そんな風にじゃれあう二人をメイは黙って生暖かい目で見詰めていた。見詰めていたのだが……


「さあ、行くわよ。日暮れまでに霧島に着きたいわ」

「そ、そんな無茶な。こんなの横暴だぞ!」

「そうよそうよ。こんな非道が許される筈ないわ!」

「言いたい事があるのなら山ヶ野に戻ってから好きなだけ言いなさいな。でも今はただ、前へと進むだけよ。撤退は無論、立ち止まることさえ許されないの。さあ、死にたくなければ歩きなさいな。ほれ、早く!」


 鬼の形相をしたメイが大作とお園を急き立てる。二人は疲れ果てた体に鞭を打ち、棒の様になった足を引き摺る。その足取りはさながらモスクワから敗走するナポレオン軍の如く重い。

 更に後方には幽鬼の様にやつれ果てた三人娘たちも金魚の糞みたいにくっ付いてきていた。




 六人が山ヶ野に辿り着いたのは翌日のお昼を少し回った頃だった。


「IDをお見せ下さい」


 VIP用の出入国ゲートに立っている修道女姿をした若い係官が遠慮がちに口を開く。


「あのねえ、あなた。もしかして私たちの顔が分からないの?」

「いえ、メイ様。無論、大佐とお園様の事も良う存じ上げておりまする。後ろの三人は親衛隊所属の護衛にござりましょうや?」

「そこまで分かっているのなら入国審査は不要でしょうに? 私たちは本に急いでいるの。さっさと通して頂戴な!」

「畏れながら其れは出来かねまする。如何なる時であれ、決してID確認を略してはならぬとお命じになったのは他ならぬメイ様にござりますれば」


 頑固一徹といった顔の係官はメイの恫喝に一歩も屈することなく盾突く。一体、何が彼女をそこまで突き動かしているんだろう。人の言うことには黙って従うのが処世術の大作には全く理解ができない。

 と思いきや、突如としてメイが係官の肩に手を置いて破顔一笑する。


「いやあ、感心感心。言い付けを良く守っておるようじゃな。ねえ、大佐?」

「うん、あっぱれあっぱれ。それでこそプロの仕事だ」

「これからも一所懸命に勤めるのですよ」


 お園も口から出まかせに適当な誉め言葉を紡ぐ。背後で三人娘たちも付和雷同に何か言っているようだ。

 係官が深々と頭を下げる。大作たちは口々に労いの言葉を掛けながら出入国ゲートを通り抜けた。




 歩くこと暫し。係官の姿が見えなくなったころメイが口を開いた。


「結局、IDを見せずに通れちゃったわよ。あの娘、後できつく叱っておかなきゃならんわね」

「そうねえ。あんなのに大事なお役目を任せておくのは危な過ぎるわ。さっさと首にした方が良いかも知れんわよ」

「首くらいじゃすまないよ。物理的に首を切った方が良いんじゃないかしら」


 半笑いを浮かべたメイが右手の親指を立てて喉を掻っ切るジェスチャーをする。

 隣で見ていたお園も激しく頷きながら手刀で自分の首の後ろをトントンと叩いた。

 何だか随分と物騒な話になってるなあ。ちょっとばかり空恐ろしくなってきた大作は努めて平静な口調を装う。


「まあ、今回ばかりは大目に見てやれよ。山ヶ野の最高幹部が勢揃いしてたんだ。なかなか平常心ではいられないんじゃないかなあ?」

「まあ! 大佐ったらやけにあの娘の肩を持つのねえ。そうは思わない、お園?」

「もしかして大佐ったら、あの娘にも懸想してるんじゃないでしょうねえ?」

「はいはい。お約束、お約束。さて、情報管理センターが見えてきたぞ。俺たちの行先はあそこで良かったんだよなあ?」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」


 お園は急に不機嫌な声でそう言ったきり黙り込んでしまった。

 それにしても急ぎの用事って何なんだろう。だったら道中で話してくれれば良かったのになあ。大作は今ごろになってそんな益体も無いことを考えていた。


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