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巻ノ四百七拾五 尽くせ!三顧の礼を の巻

 日付が変わって天文十九年十月二十七日。大作たちは例に寄って例の如く朝早く目を覚ました。


「今朝はとっても寒かったわねえ。お陰で私、ぐっすり眠れなかったわよ」

「そ、そうかなあ? 随分と寝相が悪かったみたいなんだけど」

「あのねえ、大佐。それは因果関係が逆なのよ。ぐっすり眠れなかったからこそ寝相が悪かったんだと思うわ」

「はいはい、そういうことにしといてやるよ。さて、今日も忙しい一日になりそうだぞ。朝餉を済ませたらさっさと島津忠良のところへ行かなくちゃならんからな」


 大作が手早くテントを畳み、お園が手際よく朝餉の支度を整える。

 静流(つぐみ)、蛍の三人娘は邪魔にならないよう少し離れたところで手持無沙汰にしていた。


「それにしても大佐、昨晩はいったい何だったのかしらねえ?」

「聞けば何でも答えが返ってくると思うな! 大人は質問に答えたりはせん! って言うか、俺にもさぱ~り分からんよ。もしかしてアレかな? 狐か狸にでも化かされたのかも知れんな」


 昨夕に訪ねた時はそこそこ立派なお寺だった筈だ。それが一晩明けて見てみれば廃墟の様なボロ寺に早変わりしている。

 こんなことってあるじゃろか? 超常現象? 集団催眠? 謎は深まるばかりだ。

 とは言え、考えても分からんことを考えるのは時間の無駄だ。大作は考えるのを止めた。


「とにもかくにも急いで食おう。天にまします我らが父よ。今日の糧を…… 中略、いだだきます!」

「「「いただきまぁ~す!」」」

「ハム、ハフハフハフ! 今日もお園の作るご飯は美味しいなぁ~っ! あはははは……」

「あのねえ、大佐。煽てたって何も出ないわよ! うふふふふ……」


 朝っぱらからバカップルぶりを見せつける大作とお園。

 三人娘は氷のように冷たい目をしたまま黙々と朝餉を掻っ込む。掻っ込んでいたのだが…… その時歴史が動いた! 


「一つお伺いしても宜しゅうございましょうや、大佐?」

「ん? どうした、蛍? 何でも言ってみ。対話の門は常に開かれているぞ」

「では遠慮のうお尋ね致します。昨日に島津忠良様のお屋敷を訪ねた折、何故に忠良様とお会いにならなかったのでしょうや?」


 興味津々といった顔の蛍は小首を傾げながら大作の顔色を伺う。静流や鶇も食事の手を休めて大作に視線を向けた。


「そ、そんなに見詰められると照れるなあ。あはは…… それはともかく、何でだと思う? わざわざ遠くまで会い行ったのに会わずに帰ったのか? わっかるかなぁ~っ? わっかんねぇ~だろぉ~なぁ~っ!」

「いや、あの、その…… それが分からぬ故にこうして問うておるのですが?」

「さっきも言ったけど聞けば何でも答えが返ってくると思わん方が吉だぞ。大人は質問に答えたりはせんからな。まあ、俺は未成年だから答えるかも知らんけど。とは言え、答えを聞く前に自分なりに答えを出してみてはどうじゃろな? 会いにいったのに会わずに帰る。その心は?」

「……」


 へんじがない。ただのしかばねのようだ。箸を休めて物思いに耽る蛍はマネキンの様に固まってしまった。


「蛍? もしもし? もしもぉ~し!」

「へぁ? 何か申されましたか、大佐?」

「何か答えは思いついたかな? 何でも良いぞ。ゼロと一の間には大きな隔たりがあるからな。心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくってみ?」

「では申し上げます。もしや大佐は三顧の礼を尽くそうとしておられるのではござりますまいか?」

「さ、さんこのれい? それってもしかして一個、二個、サンコン~! って奴かな?」


 思いも寄らない蛍の珍回答にどう反応して良いか迷った大作は苦し紛れにサンコンさんを召喚した。召喚したのだが……


「さんこん? もしかして大佐ったらその女にも懸想してたんじゃないでしょうねえ?」

「はいはい、お園。お約束ありがとう。そう言えば三顧の礼っていうのは諸葛亮孔明が……」

「ダウト! 諸葛亮でも孔明でも諸葛孔明でも良いけれど諸葛亮孔明だけは止めといた方が良いわね。確か亮が(いみな)(あざな)が孔明でしょう? だから諸葛亮は分かるけど亮と孔明を続けて呼んじゃ駄目よ」


 ドヤ顔を浮かべたお園は水を得た魚の如く得意気に無駄蘊蓄を披露する。だが、無駄蘊蓄合戦ならば受けて立たねばならん。大作は余裕の笑みを浮かべると立て板に水のように滑らかに喋り始めた。


「そもそも孔明って呼び名が一般的になったのは三国志演義が諸葛亮のことを孔明って書いたからみたいだな。劉備のことを玄徳って書いたり関羽のことを雲長や関公って書いたりもしてるだろ? それはそうと話をサンコンさんに戻しても良いかな? そもそもオスマン・サンコンさんっていうのはギニア出身の元外交官なんだ。ちなみに二十二人兄弟の四男らしいぞ。面白エピソードとしては葬式で焼香を食べちゃったことがあるそうな」

「焼香を食べたですって? それって美味しいの?」

「いや、美味しくは無かったそうだ。酸っぱかったらしいな。どうしてそんな物を食べたと思う? 他の弔問客が言ってた『ご愁傷様でした』が『ご馳走様でした』に聞こえたんだとさ」

「へぇ~っ! へえ~っ! へぇ~~~っ!」


 心底から感心したといった顔のお園は気前良く心の中のへぇ~ボタンを連打してくれる。お陰で大作は少しだけ機嫌を取り戻すことができた。

 だが、質問をはぐらかされた蛍は納得が行かないといった顔だ。眉間に深い皺を寄せながらグイグイと詰め寄ってくる。


「いや、あの、その…… 蛍さんよ。そんな風にされたら危険が危ないと思うんだけれど……」

「然れども大佐。未だに蛍の問いに答えて頂いておりませぬが?」

「それはそうなんだけれども…… って言うか、ほれ見てみ。忠良の屋敷が見えてきたぞ。さっきの問いの答えなら、また時間のある時にゆっくりと答えてやるよ。それまで首を洗って待っててくれるかな?」

「そ、そうは申されますが大佐……」


 蛍は不服そうに口元を歪ませる。口元を歪ませたのだが……


「おお、大佐殿! お待ちしておりましたぞ。ささ、此方へ。昨日、大佐殿が参られた事を殿に申し上げたところ、何故お引止めせなんだとお叱りを受けましてな。もし次に参られた折は必ずやお連れせよと厳しゅう申し使っておりますれば……」


 昨日、島津忠良の屋敷前で会った中年男が満面の笑みを浮かべながら擦り寄ってきた。

 ここで捕まってしまったら三顧の礼が二顧の礼になってしまう。それだけは避けねばならん。何としてでも! 


「総員退避! 総員退避! フッ、間に合うものか……」


 大作は脱兎の如く逃げ出す。もうすっかり手慣れた物とばかりにお園も即座に後に続く。状況を把握できていない静流、鶇、蛍は『わけがわからないよ……』といった顔で取り残される。

 とは言え、これはこれで囮に丁度良いかも知れんな。


「静流、鶇、蛍。諸君らの犠牲は無駄にはせんぞ……」


 心の中で手を合わせながら大作は三人娘の冥福を祈った。




「はあ、はあ、ふう…… どうやら生き残ったのは俺たち二人だけみたいだな」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど」


 そんな阿呆なやり取りをしながら大作とお園の仲良し夫婦はいまきた道を振り返る。振り返ったのだが……


「うわらばっ! お前らちゃんと付いてきてたのかよ……」


 大作の目に飛び込んできたのは肩で息を付きながら詰め寄ってくる三人娘の姿であった。


「非道ではござりませぬか、大佐。我らを置き去りにして逃げるだなど」

「護衛を置いて先に逃げる主なぞ聞いたことがありませぬぞ」

「お園様だけは左様な事はせぬと思うておりましたのに」


 三人が三人とも表情を強張らせ、口元は怒りに歪んでいる。これは宥めすかした方が吉なんだろうか? 

 しかし、ここで受けに回っては己の非を認めたことになりかねん。だったら強気で行くに限るな。大作は素早く覚悟を決めると上目遣いに静流、鶇、蛍たちの顔色を伺った。


「あのなあ、お前ら。俺たちが逃げたのは皆のことを信頼していたからこそなんだぞ。君らならばどんな不測の事態に陥っても独力で対処が可能であろう。そう信じたが故に三人に任せたんだ。結果を見てみろよ。俺とお園は無論のこと、三人も無事じゃないか。結果オーライ。終わり良ければ総て良しだろ? 違うか?」

「如何にも大佐殿の申される通りにございますな。では、殿の所までお出で頂けますかな?」


 言葉の主はと振り返ってみれば先ほどの中年男が怖いくらいの笑顔を浮かべて立っている。


「いや、あの、その…… 今日は歯医者の予約が入ってるんですよ。また今度にしてもらっても良いですかな? んでは、これにて失礼おばっ!」


 言うが早いか大作はBダッシュで逃げ出そうとする。逃げ出そうとしたのだが…… 中年男は着物の裾をガッシリと掴んで決して離してはくれない。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は小さくため息をつくと心の中で白旗を上げた。


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