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巻ノ四百七拾四 探せ!島津忠良の家を の巻

 大作とお園と護衛の親衛隊員三人が佐土原に着いたのは日が西の空に傾きかけたころだった。

 道行く人に片っ端から声を掛けて聞き込みすること暫し。漸く先々代の薩摩守護の嫡男、島津忠良の住所を知ることができた。


「時間も時間だし、ちょっとばかし急いだ方が良いかも知れんな。もし夕飯の真っ最中だったらご迷惑だろうし」

「でも、それだったらご馳走して貰えるかも知れないわよ。ご馳走してくれないかも知らんけど」

「アポ無しの訪問者に夕飯を奢ってくれるかなあ。そんな危篤な奴そうはいないんじゃね? もしいたとしたら、よっぽどのお人好しだな」

「とにもかくにも急ぎましょう。チャンスの神様には前髪しか生えていないんですからね」


 例に寄って例の如く、お園が訳の分からない理屈を述べる。だが、大作は馬耳東風とばかりに右から左へ聞き流す。

 金魚の糞みたいにくっついてくる親衛隊三人娘も蛙の面に小便といった面持ちだ。

 一同は勝手知ったる他人の家といった感じで武家屋敷風の通りを数分歩いて行く。歩いて行ったのだが……


「さぱり分からん! 同じような家ばっかじゃんかよ! 表札とか掛かっていないのか?」

「気を平らかにして頂戴な、大佐。取り敢えずあのお方にお聞きしてもましょうよ。パズーもそうしろって」

「いや、あの、その…… いい加減にパズーは勘弁してくれよ。とは言え、あの人に聞いてみるっていうのは良いアイディアだな。済みませぇ~ん! ちょっくらお聞きしてもよろしいですか?」


 大作は武家屋敷の門前に立っていた中年男性に声を掛けた。衣装やヘアースタイルを見たところ侍ではなかろうか。とは言え、これといった特徴が何一つとして無いモブキャラだ。


「おや、お坊様とは珍しいのう。儂に何用じゃ?」

「いやいや、別に坊主は珍しくないと思うんですけど? まあ、そんなことはどうでも宜しゅうございますな。拙僧は大佐と申します。実は島津忠良様に火急の用があって遠く祁答院から遥々と尋ねて参りました。何方に住まわれておられるかご存じでしょうか?」


 大作は精一杯のビジネススマイルを浮かべながら上目遣いに男の顔色を伺う。伺ったのだが……


「何じゃと? 殿に目通り致したいと申されるか? して、和尚は何処の何方じゃ?」

「いや、あの、その…… たった今、申し上げましたよねえ? 拙僧は祁答院から参った大佐と申しますって。って言うか、殿ですと? もしや此処が島津忠良様のお屋敷にございましょうや?」

「如何にも其の通りじゃ。して、大佐殿。殿に如何なる用向きじゃ?」

「えぇ~っと…… そのことなれば忠良様に直にお会いしてお話しとうございます。何分にも大事なるお話にござりますれば内密にお話しせねばならぬのです」


 本当のことを言えば大作は島津忠良にどんな話をするのかなんて細かいところまで決めてはいない。相手の反応を見ながら適当な落としどころを探って行くつもりだったのだ。

 だが、用件は会ってから決めますだなんて正直に言えるはずもない。何か適当なことを言って誤魔化した方が良さそうだな。大作は何か良い言い訳は無いかと知恵を絞る。知恵を絞ったのだが……

 しかしなにもおもいつかなかった! 


「まあアレですな、アレ。今日のところはこれくらいにしておきましょう。では、また明日お邪魔いたします。これにてご免!」

「た、大佐殿? 大事なる用向きではありませなんだかな? いま殿を呼んでます故に暫しの間、此処でお待ち下さりませ。いや、あの、その……」

「いやいや、もう本当にもう帰らなくちゃいけないんです。日没までに戻らないとセリヌンティウスが殺されちゃいますんで。では、これにてご免!」


 大作は米搗きバッタの如く激しく頭を下げると脱兎の様にBダッシュで逃げ出した。もうすっかり見慣れた光景とばかりにお園も間を開けずに後へと続く。不意を突かれた静流、(つぐみ)、蛍たちは唖然とした顔で立ち尽くしていた。


「はぁ、はぁ、ふう…… どうやら生き残ったのは俺たち二人だけみたいだな」

「それにしても親衛隊が聞いて呆れるわねえ。あの娘たち、もしかして首にした方が良いんじゃないかしら?」


 お園は口元を歪めると親指で自分の首を掻き切るような仕草をする。刺々しく尖った口調からは怒りの程が伝わってくるかのようだ。


「まあ、それはそうかも知れんな。とは言え、初めから完璧な人間なんていないぞ。もうちょっとだけ暖かい目で成長を見守ってやろうじゃないか」

「もうちょっとってどれくらいかしら? 私たちにはのんびりしている暇なんて無いのよ」

「もうちょっとはもうちょっとだよ。さて、今日のところはこのお寺にでも泊めてもらおうか。軒先でも借りられれば雨風くらいは凌げるしさ」


 大作は門前で掃き掃除をしていた若い僧侶を見つけると卑屈な愛想笑いを浮かべながら近付いて行く。


「拙僧は大佐と申します。畏れながらお伺い致しますが御住職様はいらっしゃいますかな?」

「た、た、大佐様ですと?! あの高名なる大佐様にございますか? お噂はかねがね伺っております。住職は所用で出掛けておりますが如何なる用向きにござりましょうや」

「用と言うほどのことでもございませぬが、もし宜しければ今宵一晩、本堂の軒先でも貸しては頂けませぬか?」

「軒先? いやいやいや、大佐様の如き大切な客人を粗略に扱うことなどできませぬ。ささ、此方へお出で下さりませ。住職も間も無く戻って参りましょう。其れまで暫しの間、茶でも飲んでお待ち下さりませ」


 男は大作たちの着物の裾を掴むと半ば強引に引っ張って行く。

 あんまり引っ張らないで欲しいなあ。もしも着物が破けたら困っちゃうぞ。大作は迷惑そうな顔をしながらも黙ってドナドナされて行った。




 二人が通されたのは左程は広くもない殺風景な板の間であった。板の間だったのだが……


「えぇ~っ?! お前ら、いつの間に先回りしてたんだよ!」


 部屋の隅っこにちょこんと並んで座っていたのは誰あろう、静流、鶇、蛍の凸凹三人組であった。


「大佐が向かう先など大方見当が付いておりました」

「昨夜の様に窮屈なのはもうこりごりにございます」

「せめて今日くらいは手足を伸ばしてのんびり寝とうござりますれば」


 屈託の無い笑顔を浮かべる三人娘を見ているだけでやる気がモリモリと削がれて行くようだ。大作はがっくりと肩を押すと深いため息をついた。




 待つこと暫し、若い僧侶が言った通りにお茶が運ばれてきた。粗末な椀に並々と注がれているのはほうじ茶だろうか。残念ながら茶菓子とかは無いらしい。

 きちんと人数分だけあったので遠慮せずに頂く。遠慮せずに頂いたのだが……

 それっきり、待てど暮らせど誰も顔を出さない。


「いったいどうなってんだ? 暫くすれば住職が戻ってくるんじゃなかったのかよ」

「何だか怪しいわね。こうしている間にも兵たちにお寺が囲まれてるなんて事は無いかしら?」

「それってアレか? 『俺たちに明日は無い』のラストみたいな感じかな」

「ちょっと違うわ。私が言いたいのは『明日に向かって撃て』の最後みたいな感じよ」


 どっちも映画史上に燦然と光り輝く碌でも無い死に方だ。蜂の巣になって転がるリアルな自分の死体を想像した大作は思わず背筋をブルブルっとさせた。


「うぅ~ん…… さっきの男は俺たちのことを知ってるみたいだったな。もしかして俺たちの首に賞金が掛けられてたのかも知れんぞ。もしそうだとすれば包囲が完成する前に脱出するのが吉か? いや、今となっては脱出こそ至難の技かも知れんな」

「幸いな事に私たちには鉄砲があるわ。私のワルサーPPKに大佐のブルーニングハイパワー。静流の鉄砲に鶇と蛍の拳銃もあるし」

「お前らの弾薬は確か共通だったよな? いったい何発くらいあるんだ?」


 三人娘は暫しの間、黙ったまま互いの顔色を伺う。やがて腹の探り合いが終わったのだろうか。それぞれの後に腰に吊るした革製のポーチから弾倉や弾帯を取り出すとズラリと床に並べた。


「ひぃ、ふう、みぃ…… 全部合わせると四百発ってところかな。こんなに持ってただなんて随分と重かっただろ?」

「如何にも。鉄砲より重うございました」

「萌様の申されるには此れでも昔の弾薬よりかは随分と軽いそうな」

「ふぅ~ん、そうなんだ。他にはお園の380ACPが五十発くらい。俺の九ミリパラベラムが百発ほどか。百人くらいの敵なら十分に戦えそうだな。まあ、本能寺の変みたいに何万人もきたら流石に敵わんけど」

「そんなに大勢いたら寧ろどさくさに紛れて逃げられるかも知れんわよ。逃げられんかも知らんけど」


 お園が何の根拠のない楽観論を口にするが大作としては最悪の事態を想定するのみだ。

 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する。稲盛和夫さんがそう言ってるんだから間違いは無い。


「そんじゃあ一丁、派手に行きますか? えい、えい、おぉ~っ!」

「 ……」

「お呼びで無い? こりゃまった失礼いたしやしたっ!」


 華麗なセルフ突っ込みを決めた大作はブローニングハイパワーを手にすると勢い良く戸板を開け放って表へと飛び出す。

 だが、目に飛び込んできた余りにも意外な光景に暫しの間、思考がフリーズしてしまった。


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