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巻ノ四百七拾参 抜け!天の逆鉾を の巻

 大作とお園の仲良し夫婦は護衛に親衛隊員の凸凹三人組を引き連れて東へと向かって歩く。メンバーは最古参の静流、親衛隊員としては静流と同期の(つぐみ)、加入ほやほやの蛍だ。

 これといって何にもない山道をこれっぽっちも中身の無い無駄口を叩きながら歩くこと暫し。急に視界が開けると木浦の村が忽然と姿を現した。


「何処かで暫く休まれては如何でしょうか、お園様?」

「私は大事無いわ。大佐はどうかしら? ちょっと休みたい?」

「いや、俺もまだまだ大丈夫だぞ。できたら先を急ごう。日が暮れる前には高千穂峰の麓くらいまでは行っときたいからな」


 大作は遥か彼方に霞んで見える山々を指差しながら皆の顔を見回す。


「うぅ~ん…… 随分と遠いわねえ。まあ、大佐が大事無いって言うんなら大事無いんでしょう。大佐ん中ではね」

「だ、大丈夫じゃないかな? 地図で見た感じだと直線で三十キロ。道なりに行っても四十キロはないはずだし」

「そうだと良いわねえ。夜は随分と冷え込む筈よ。だからってテントに五人で寝るのは幾ら何でも無理でしょうし。屋根と壁のある所で寝なきゃ風邪をひいちゃうわ」

「分かってる分かってる。何とかするから大船に乗ったつもりでいろ。タイタニックや空母信濃くらいのな。まあ、最悪でも俺たち二人はテントで寝られるんだ。そこだけは安心してくれて良いぞ」


 ドン引きと言った顔の静流、鶇、蛍を見ているだけで大作は吹き出しそうになる。だが、空気を読んで必死に我慢した。

 横川の城下から天降川に沿って南へ道なりに歩くこと数時間。徐々に高千穂峰が近付いてきた。


「ねえ、大佐。前に霧島の近くを通った折に言ってたわよねえ。新婚旅行は高千穂峰に登って一緒に天の逆鉾を抜こうとか何とか。せっかく近くを通ったんだしちょっと寄って行かない?」

「いやいや、今は時期が悪い。また今度にしようよ。別に天の逆鉾は逃げたりしないしな」

「そうかしら? チャンスの神様には前髪しか生えていないって言うわよ。天の逆鉾だってこの機会を逃したら次に来れるのは何時か分からんし。ねえ、大佐。寄って行きましょうよ。パズーもそうしろって」

「だぁ~かぁ~らぁ~っ! 何でもかんでもパズーに責任転嫁するのはいい加減にしてくれよ。お前らだって別に天の逆鉾なんて見たくも痒くも無いだろ? な? な? な?」


 困った時の神頼みとばかりに大作は静流、(つぐみ)、蛍の三人に詰め寄る。詰め寄ったのだが……


「静流は天の逆鉾を拝見しとうございます」

「もし叶うことなれば鶇も見てみたいかと」

「蛍も同じ思いに存じます」


 付和雷同ここに極まれりだな。大作はツルツルのスキンヘッドを抱え込んで小さく唸り声を上げた。




 日付が変わって天文十九年十月二十六日。大作たちは東の空もまだ暗い内に目を覚ます。手早く朝餉を済ませると大急ぎで出発した。

 目指すは高千穂峰の山頂にあるという天の逆鉾だ。天の逆鉾だったのだが……


「天の逆鉾はどこだ? いったいどこにあるんだ? おぉ~い、天の逆鉾やぁ~い!」

「大きな声を出さないで頂戴な、大佐。耳がツーンとなっちゃったわ」

「それは気圧の関係じゃね? 何せ高千穂峰は千五百七十四メートルもあるんだし。とにもかくにも険しい溶岩道を二時間も掛けて登ってきたんだぞ。これが無駄足だったらどうすれバインダ~? 俺たちは何としてでも…… それこそ草の根分けても天の逆鉾を見つけなきゃならんのだ!」

「あのねえ、大佐。それこそサンクコストバイアスの権化じゃないの。どうやったって失った時は取り戻せないのよ。だったらキッパリと損切りするしかないわ。諦めて記念写真でも撮ってさっさと山を降りましょうよ」


 合理主義者のお園には勿体無い精神というものが欠如しているのだろうか。あっけらかんとした口調には悔しさの欠片すら感じられない。って言うか、もしかしてお園にとって天の逆鉾など何の価値も無いのだろうか。大作の脳裏に次から次へと邪悪な感情が芽生えては消えて行く。

 どげんかせんと! どげんかせんといかん! 追い詰められた大作は仲間を増やそうと静流、鶇、蛍の凸凹三人組に助けを求めようと……


「って、お前らまで何を帰ろうとしてるんだよ! 天の逆鉾はどうでも良いのか? 昨日、あんなに見たいって言ってたのは誰だ?」

「さ、さあ? 静流は左様な事を申した覚えはございませんが?」

「鶇も同じ思いにございます」

「蛍は良う覚えておりませぬ。然れどお園様の申される通りではござりますまいか?」


 がぁ~んだな。穴があったら埋めたいぞ。大作は小さくため息をつくとお園たちの背中を小走りで追い掛けた。




 登りに二時間、降りに一時間半ほど掛けた高千穂峰登山は何一つとして成果も出さないまま終わってしまった。

 どうやら今日中に佐土原に着くのは不可能に近いようだ。大作たちは本日の目的地を野尻湖の辺りに変更して歩を進める。


「ねえ、大佐。確か野尻湖って人造湖じゃなかったかしら。山ヶ野へ向かう折にもあの辺りの道を通ったけれど、そんな湖は無かった筈よ」

「あぁ~あ…… そう言えばそんな設定もあったよな。いよっ! さすがは完全記憶能力者お園様の面目躍如だな。胸を張って良いぞ。それはともかく、野尻村の辺りへ行こうってことだよ。そこからなら明日のうちに佐土原へ着けるだろうからな」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」


 結局、この夜の一同は岩瀬川の畔で一泊することとなった。


「ねえねえ、大佐。岩瀬川ってどうして岩瀬川なんでしょうねえ? 『瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ』みたいなことかしら?」

「いや、あの、その…… いちいち川の名前に意味なんて求めてもしょうが無いんじゃね? 『ああ、ロミオ。貴方は何故ロミオなの?』みたいな?」

「ろみお? もしかして大佐ったらその女にも懸想してたのかしら?」

「あのなあ…… ロミオは男だよ。嫉妬するんならせめてジュリエットの方にしてくれんかなあ。とは言え宝塚とかだと当然のことながらロミオも女性が演じるんだけどさ。そうそう、此処でお祖母ちゃんの豆知識を披露しても良いかな? 昔の宝塚にはほんの一時期だけ男性もいたらしいんだとさ。そのころは……」


 例に寄って例の如く、そんな阿呆な話題で盛り上がっている間にも二人は安らかな眠りに落ちて行く。

 一方、静流と鶇と蛍のズッコケ三人組はテントの外で寒さに震えていた。




 翌朝、大作が目を覚ますとテントの中は女、女、女、女…… 後にも先にも前代未聞の珍事だった。

 女が三人寄ると(かしま)しいだが四人集まるとどういう状況なんだろう。それはともかく此処にいては危険が危ない。大作は第三匍匐でテントを脱出する。脱出しようとしたのだが……


「むにゃ~あ…… あら、お早う大佐。珍しい事もあるものね、私より早く起きてるだなんて」

「あ、あぁ…… そうだな。雨でも降らなきゃ良いな。さあさあ、皆もそろそろ起きろ。遅刻するぞ」

「遅刻っていったい何によ?」

「何でも良いだろ! 今となっては脱出こそ至難の業だ。だが、私が生き延びねばジ()ンは滅びる」

「そうかしら?ジオ()は滅びぬ! 何度でも蘇るんじゃないかしら?」


 下らない減らず口を叩きながらもお園は手際よく朝餉の支度を整える。その間に大作もテントや寝具を畳んだりして時間を潰す。手持無沙汰の三人娘たちは申し訳なさそうな顔で立ち尽くしていた。




 薄曇りの空の下、山の谷間を東へと進んで行く。小さな寒村と狭い田んぼの他にこれと言って見る物も無い退屈な旅だ。


「まあ、今日中には何とか佐土原に着きそうだな。途中までは前にも通った道だ。迷う心配も無さそうだし」

「そうだと良いわねえ。でも、此度はどうして船を使わなかったの? 船ならば歩かなくても済んだのに」

「そ、それを今ごろになって言うかなあ? 出発する前に言ってくれればよかったのに……」

「今さら言うても詮無きことね。聞かなかったことにして頂戴な」

「いやいや、吐いた唾は呑めぬだろ。一度聞いちまった物は忘れられんよ。あぁ~っ! 船で来ればよかったなあ。どうして船で来なかったんだろう? もし出発前にタイムスリップできるなら絶対に船にのったのになぁ~っ!」


 大作は頭を抱え込んで小さく唸り声を上げる。そんなみっともない姿をお園と三人娘たちは可哀そうな子を見るような目で見つめていた。


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