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巻ノ四百七拾弐 変えろ!保安規則を の巻

 また新たな一夜が明けて天文十九年十月二十五日となった。朝餉を食べ終わった大作とお園は島津忠良に会うために伊東へと旅立つ。旅立とうとしていたのだが……


「支度は出来たかしら、大佐? 忘れ物は無い? 手ぬぐいはちゃんと持った?」

「大丈夫だよ、お園。って言うか、お前は俺のお母さんかよ!」

「何を言ってるの、大佐? 私たちは夫婦めおとでしょうに。もしかして忘れちゃったの?」

「いやいや! 冗談だよ、冗談。マジレス禁止!」


 二人がそんな阿呆な夫婦漫才を繰り広げているのを静流と(つぐみ)と蛍がバチバチと火花を散らしながら見詰めている。見詰めていたのだが……


「いったいどないしたん三人とも? 随分と怖い顔をして。折角の美人が台無しだぞ。いやいや、一番の美人はお園で確定だけどな」

「お伺い致します、大佐。此度の伊東へのお出掛けには誰を護衛に連れて行って下さるのでしょうか?」

「んん? そんなことを気にしてたのかよ、静流。それはアレだろ、アレ。確か三人の中で最先任は静流だよな? 舟木村から最初にスカウトした中にいたんだもん」

「如何にも。静流は第一期メンバーにございます」


 これ以上はないといったドヤ顔を浮かべた静流が顎をしゃくった。隣では鶇や蛍が悔しさと怒りで般若のように顔を歪めている。

 暫しの沈黙の後、とうとう鶇の我慢が臨界点を突破したようだ。突如として堰を切ったように早口でまくし立てた。


「畏れながら申し上げます、大佐。山ヶ野へ参ったのは静流の方が先なれど、親衛隊の正所属は鶇も同期にございます。静流のみを殊更にお引き立てになるのは如何な物かと存じ上げます」

「そ、其れならば寧ろ蛍こそお役に立てるやも知れませぬ。お二方とは違い、蛍は新参者ゆえデビュー公演を賜りとうございますれば」


 二人はまるでシンクロするかのようにひざまづくと額を床板に擦り付けるように頭を下げる。

 ちなみに現代仮名遣いでは『ひざまずく』が正しい。しかし大作にはポリシーがあるので敢えて『ひざまづく』と書いた。

 だが、そんな気を知ってか知らずかお園が気軽に話に割り込んでくる。


「だったら三人とも来れば良いわ。Let's goto gether! 大勢の方が何かと楽しいでしょうし。ねえ大佐、良いでしょう? パズーもそうしろって!」

「パズーは知らんけど三人一緒でも別に良いんじゃね? 三人寄れば文殊の知恵。女三人寄れば姦しいって言うしな。三権分立とか三平方の定理とか色々あるけど三っていうのは収まりの良い数字なんだよ」

「「「有難き幸せにございます!」」」


 少女たちは一斉に破顔一笑すると揃って歓声を上げる。大作とお園も顔を見合わせてにっこり微笑んだ。

 五人は雁首を揃えて幹部食堂へ立ち寄ると秀吉の母親のナカ殿に弁当を作ってもらう。ぼぉ~っと待っている間にくノ一の桜が音もなく現れた。


「大佐! 島津へ向かわせた忍び達からの昨日の知らせが纏まりましてございます」


 例に寄って例の如く、桜は豊満な胸の谷間から小さく折り畳んだ紙切れを取り出すと恭し気に差し出す。大作はチラリと視線を落とすと素早くお園へ手渡した。


「俺は三行以上の長い文章は苦手だ。悪いけどお園、要約してくれるかな?」

「しょうがないわねぇ~っ! 一つ貸よ。えぇ~っと…… 難民の受け入れについて特に滞りは無いみたいね。仮設住宅の建設、米や味噌の配給、薬師の派遣、エトセトラエトセトラ。抵抗勢力に対しては予定の通りに戦を避けて兵糧が尽きるのを待つに任せるそうよ。あら! 恭順を申し出た国衆の頭が大佐への目通りを願い出ているんですって。私たち今から出掛けなくちゃならないっていうのに。どうする、大佐?」

(よろず)の事は桜に任せるよ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。何だったら生でも良いぞ」

「御意!」


 桜の返事は相変わらず威勢だけは良いが本当に意味が分かっているんだろうか。謎は深まるばかりだ。

 そうこうする内に漸く五人分の弁当が出来上がった。お握りくらいで良かったのに随分とご立派なお弁当を作って下さったようだ。

 大作たちは丁寧に礼を言って有難く受け取る。


「それじゃあ、アディオス・アスタルエゴ! 縁があったらまた会おう!」

「え? えぇ~っ!」

「戯れよ、桜。島津忠良様とやらに目通りが叶えばすぐにでも戻ってくるわ」

「気を緩む事なきようご用心下さりませ」


 ナカ殿と桜に見送られて五人は東へと向かう。出入国ゲートは昨日の開店休業状態とはうって変わって大晦日のアメ横みたいな大賑わいだ。

 行列に並ぶかどうか躊躇していると受付から修道女の恰好をした少女が小走りに駆けてきた。


「お園様、大佐。お二人は幹部要員にござりますれば列に並ばずとも結構にございます。此方のVIPゲートへお回り下さりませ」

「いや、あの、そのそれって静流、鶇、蛍の三人は並ばにゃならんってことかな? それだと結局のところ待ち時間は変わらんのじゃね?」

「でも大佐。彼方で座って待っていれば列に並ぶよりは幾らか楽な筈よ。ワンドリンクのサービスもあるって書いてるから行きましょうよ」

「いやいや、お園様。此方のお三人は護衛にございましょう? ならば大佐とお園様の同行者としてお一人につき一名までご同行をば頂けます。然れども何方かお一人だけは列に並んで頂かねばなりませぬ」


 出入国管理官的な少女はバインダーに綴じられた書類を見せながら立て板に水のように流暢に説明してくれた。説明してくれたのだが……


「結局のところ最後の一人を待たなきゃならんのかよ。そこんところ、何とか融通を利かせてはもらえんもんじゃろか? 俺の顔を立ててさ。なあ、お園。お前からも何とか言ってくれよ」

「なんとか……」


 真顔でボケるお園に対して受け付けの修道女も真顔で華麗にスルーを決め込む。

 暫しの沈黙の後、痺れを切らした少女は小さくため息をついた。


「はぁ~っ! 参りました。私の負けにございます。では、まずはお二人が護衛を一人ずつ連れて外へ出て下さいまし。それから大佐でもお園様でも結構ですのでどちらかがお一人でお戻り下され。んで、直ぐに残った一人を護衛として連れて出て行けば宜しゅうございましょう?」

「な、何だか面倒臭いなあ…… 何とかして一遍に二人を連れて行けんもんじゃろか? 結局は同じことじゃんかよ……」

「決まりは決まりにございますれば為らぬ事は為らぬのです。如何にしてもと申されるのならば決まりを変えて頂きとう存じまする」

「ねえねえ、大佐。こうしている時の方が惜しいわよ。さっさと行った方がよっぽど早いんじゃないかしら? パズーもそうしろって」


 不毛なやり取りが延々と続きそうな予感を敏感に感じ取ったお園が心底から不服そうな声を上げた。

 だが、大作としては簡単に引き下がれない事情がある。ここで安易に納得したら永遠に妥協し続ける人生が待っているような気がしてならないのだ。


「いやいや、確かに今回に限って言えばそうかも知れん。だけども、これから護衛を二人連れて出入りする度に二往復せにゃならんなんて面倒臭くてしょうがないぞ。いま規則を変えておいた方が将来よっぽど楽が出来そうだろ?」

「でも、それって保安規則を変えるって事よねえ? その為には幹部会を開かにゃならんのじゃないかしら? 三分の二以上の出席者を集めて過半数の同意を得なきゃいけないのよ。急いでもお昼過ぎまでは掛かるんじゃないかしら?」

「だったら、だったらもう…… 静流! お前を幹部要員に任命する。これならVIPゲートを通っても文句は無いよな?」

「えっ、えぇ~っ! 私の如き小者を幹部要員にして下さるのですか! 有難き幸せにございます。今後は粉骨砕身、一所懸命にお園様と大佐の為に……」

「あの、その、いや…… 礼には及ばんよ。喜んでるところ悪いんだけどVIPゲートを出た瞬間に幹部要員から解任するからさ。クロトワみたいに『短けぇ夢だったなぁ~っ!』とでも言ってくれて良いぞ」

「……」


 呆然自失で目が点になっている静流の手を引っ張るようにしてVIPゲートを通過する。鶇と蛍は見るからに不満げな顔だ。

 黙々と歩くこと暫し。とうとう我慢に耐えかねた鶇が唇を尖らせながら口を開いた。


「鶇は静流と親衛隊の同期にございます。鉄砲の腕でも決して引けを取りませぬ。一時とは言え静流が先に幹部要員になった事に合点が参りませぬ。叶う事ならば時を同じゅうして幹部要員にして頂きとう存じました」

「お前、まだそんなことを言ってるのかよ! せっかくの美人が台無しだぞ。お園には負けるけどさ。帰りにはちゃんと鶇と蛍も幹部要員に任命してやるから機嫌を直してくれよ。ちなみにその時は静流が護衛だ。これで文句は無いよな? 公平だろ?」

「然れど大佐。鶇は静流と親衛隊の同期にございます。何故に静流を先に幹部要員になされました? いったい鶇に何が足りぬと申されますか?」

「あのなあ、鶇。ライバル心を持つのを一概に悪いとは言わん。でも、そんな風に何かにつけて競争心を露わにするのはエレガントとは言えんぞ。何て言うのかなぁもっと心の内に秘めたる思い的な? 何だったかな。水木しげるのマンガでそんな話があっただろ。ゲゲゲの鬼太郎がヒットした時に嫉妬心を丸出しにした手塚治に嫌味を言われたから描いたとかいうマンガが。タイトルは何だったかなあ? 知らんか、お園?」

「知らんわよ! いくら私が完全記憶能力者だからって読んだ事も無いマンガのタイトルなんて分かる筈が無いでしょうに!」

「で、ですよねぇ~っ!」


 そんな阿呆な話で盛り上がりながら五人は何にもない山道を南東方向へと歩いて行った。


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