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巻ノ四百七拾 当てろ!名前を の巻

 昼食後の腹ごなしに山ヶ野金山内をぶらついていた大作は突如として現れた見知らぬ美少女から誰何すいかを受ける。誰何を受けたのだが……

 真面目に答えるのも面白くないなあ。ここは一つ、退屈しのぎに付き合ってもらおう。大作は口元を思いっきり邪悪に歪ませると少女に思いもかけない提案を持ちかけた。


「如何でしょう? 拙僧と一つ、簡単なゲームをしてみませんか?」

「げえむ? げえむとは何ぞや?」

「えっ? そこから説明しなきゃいけませんか? うぅ~ん、ゲームと申すは遊戯と言うか遊びというか…… この時代にも双六(すごろく)とか蛇拳とかありましたよね? そういうのとはちょっと違うんですけど私がいま提案しているのは知的な言葉遊びとでも言いましょうか…… 謎々? 謎解き? 名前当てゲームと言って要は名前を当てるだけの簡単な遊びですよ」


 少女はほんの一瞬だけ考える素振りを見せる。だが、即座に考えを纏め上げたらしく自信満々の笑みを浮かべると顎をしゃくって即答した。


「名前当て遊び? 要は和尚の名を当ててみよと申しておられるのか? うぅ~む、私が和尚の名を問うておるのを良い事に、其れを逆手に取るとは良い度胸をしておいでじゃ。じゃが、何の手掛かりも無しに名を当てるのはちと難儀。何ぞ手掛かりはござりますまいか?」

「だったらこうしましょう。YesかNo…… じゃなかった、『はい』か『いいえ』で答えられる質問…… 問い掛けをして下さい。回数は…… 五回までと致しましょう。此れで如何かな?」

「うむ、其れならば宜しかろう。して、私が見事に和尚の名を当てた暁には何ぞ褒美でも賜れましょうや?」


 大きな瞳をキラキラさせた少女は食い付くように飛びついてきた。

 勝ったな! 大作は内心の高ぶりをひた隠しにしながら精一杯のさり気なさを装う。


「そうですなあ…… ならば貴女の望みを何でも一つ叶えて進ぜましょう。無論、拙僧に出来ることに限りまするが。その代わり、もし当てられなかったら貴方に一つお願いを聞いてもらいますよ」

「うむ、相分かり申した。ならば初めの問いにございます。和尚の名は『た』で始まって『さ』で終わるのではござりますまいか?」


 斜に構えた美少女はちょっと意地の悪い笑顔を浮かべながら口元を歪ませる。

 これってもしかして、俺の正体は最初からバレてたんじゃね? 大作はツルツルのスキンヘッドを抱え込んで小さく唸った。




 暫しの後、二人は金鉱石の残土を積み上げた小山に腰を掛けて話し込んでいた。


「それで? 君の名前はなんていうのかな? 良かったら教えて欲しいんだけど?」

「私は佐治村から参った憲兵隊所属の蛍と申します。以後お見知りおきのほどを。して、大佐。御尊名を当てた褒美をお願いしても宜しゅうござりましょうや?」

「ほ、褒美? そ、そんな約束したっけなあ? いやいや、したした。しましたよ、そんな鬼みたいな顔をしなさんなって。ちょっとしたアメリカンジョークですから。んで? いったい何が欲しいんだ? 初めに言ったけど俺に叶えられることしか無理だからな。常温核融合を起こせとかモノポールを作れとか言わんでくれよ」


 さぱり分からんという蛍の顔を見ているだけで大作はお腹が一杯になった気分だ。だが、蛍の口から飛び出した驚愕の言葉は幽体離脱しかけた大作の魂を身体へと引き戻してくれた。


「蛍を大佐の親衛隊にお加え下さりませ。此れこの通り伏してお願い申し上げます」


 言葉の通り蛍はジャンピング土下座をかますと砂利で覆われた地面に額を擦り付けるように頭を下げた。


「まあまあ、蛍。顔を上げてくれよ。そうじゃないと落ち着いて話も出来んだろ? って言うか、こんなところを人に見られたら誤解されそうで困っちゃうから。な? な? な?」

「ならば蛍を親衛隊に入れて頂けますか?」

「い、入れてやっても良いぞ。ただし、その時間と場所は約束できないけどな。だから俺がその気になれば十年後、二十年後ということも可能だろうということ……」

「いやいやいや、左様に先では困りまする。今すぐにとは申しませぬが、せめて二、三日のうちにしては頂けませぬか?」

「うぅ~ん…… だったら今月もあと一週間ほどだし、来月からってことでどうかなあ? その方が給料計算とかも楽だろうから…… いや、給料は変わらんのだから同じことか? だったら別に今日から…… いっそ今からでも良いんじゃね? そんじゃあ、手続きに人事部まで一緒に行こうか。レッツラゴー!」

「れ、れっつらごう?」


 蛍は『わけが分からないよ……』といった顔をしながらも黙って後に付いてくる。付いてきているはずなのだが……

 これっぽっちも気配がしないんですけど! 耳を澄ませてみるが足音すら聞こえない。本当に蛍は後から付いてきているんだろうか? 

 オルフェウスとエウリュディケや黄泉平坂のイザナギ&イザナミみたいに振り返った途端に怖いことが起こったら嫌だなあ。大作の脳裏にホラーな展開が浮かんでは消えて行く。

 ドキドキワクワクしながら歩くこと暫し。人事部が入っている本庁舎が見えてくる。近付いて行くと玄関脇の守衛室みたいな小屋の前に黒っぽい制服を着た少女が直立不動で立っていた。


「ご苦労様です、大佐。真に失礼とは存じますがIDをお見せ下さりませ。規則にござりますれば」

「いやあ、感心感心。しっかり職務を果たしておるねえ。見覚えのある顔だからといって顔パスはいかんよ、顔パスは」

「はい、有難うございます。確認致しました。蛍も通って良いわよ」


 廊下を通って奥へと進み人事部と目指す。引き戸を開けて中に入ると座敷の隅っこに人事部長のほのかの姿が見える。まるで牢名主や笑点の落語家みたいに座布団を何枚も重ねた上にちょこんと座っている。


「あら、大佐。逃げるみたいにどっかへ行ったかと思えばこんな所にひょっこり現れるだなんて本に神出鬼没ね。いったい何の用かしら?」

「用が無きゃ来ちゃいかんのか? まあ、用があるから来たんだけどさ」

「ふぅ~ん。あっ、そう。まあ、良いわ。聞くだけ聞いてあげるから何でも言ってみなさいよ。でもねえ、叶うかどうかは分からないわよ。そうそう、先に言っておくけどリーマン予想とかホッジ予想を証明せよとか言うのは止めて頂戴ね」

「はいはい、分かってますよ。って言うか、お願いっていうのは俺のじゃなくて蛍のなんだ。蛍ってアレだろ? 憲兵隊所属なんだよな? それを親衛隊所属に移動させられるかな? できたら今すぐにでもやって欲しいんだけど。ほれ、蛍。お前からもお願いしろ」

「宜しゅうお願い申し上げます……」


 神妙な顔をした蛍が深々と頭を下げる。黙っていては間が持たない。大作もシンクロするように最敬礼して返事を待った。待ったのだが……

 返ってきたのは予想外の返答だった。


「悪いんだけど大佐。それは人事部では決められないわね。憲兵隊は軍の一部門だから国防省の指揮下ね。親衛隊は警察と同じく内務省の管轄よ。これを飛び越えた移動なんて人事部の勝手には決められないわ。まずはサツキとメイの両方に許しを得てから来てくれるかしら? それか、どうしてもって言うんなら出向って形にすれば……」

「あのなあ、ほのか? 俺は相談しているのではないぞ。お願いしてるんだよ! ここ山ヶ野の最高権力者はいったい誰だと思ってるんだ?」

「さ、さあ…… 誰だったかしらね? ひょっとして、お園なんじゃないかしら?」

「いやいやいや! 春にやった選挙を忘れたのか? 俺だよ、俺、俺! なあなあ、何とかしてくれよ。神様、仏様、ほのか様ぁ~っ!」


 必死の形相を浮かべた大作は両の手を擦り合わせて拝むように頭を下げる。余りにもみっともない姿を哀れに思ったのだろうか。ほのかは苦笑いを浮かべながら大作の肩に手を置いた。


「あはははは…… 戯れよ。でもねえ、大佐。私だって組織の一員なんだから命令一元制の原則にだけは逆らえないわ。いくら大佐の命とは言え、此処でそんな横紙破りを許したら組織の秩序は滅茶苦茶になっちゃうでしょう? だから駄目な物は駄目。無理な事は無理。私の目の黒いうちは出来ない相談よ。どうしてもって言うんなら私の首を切って頂戴な。いやいやいや、物理的にって意味じゃ無いわよ。罷免? 更迭? 依願退職? とにもかくにもサツキとメイの所へ行って貰えるかしら? お帰りはあちら」


 ほのかはまるで野良犬を追っ払うかのように手首を振り、顎で出口を指し示す。がっくりと項垂れた大作と蛍は足を引き摺るようにとぼとぼと人事部を後にした


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