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巻ノ四拾七 祁答院と入来院 の巻

 大作は迷っていた。バ○スって言うべきか、言わざるべきか。それが問題だ。

 言ってみたい名セリフなのは間違い無い。とは言え、現時点で北原と祁答院は同盟関係に近い状態のはずだ。

 北原兼正を人質にして連れて行くというプラン自体に無理がありすぎる。どうすれバインダー!


 祁答院良重と言えば子供を弓の的にして殺した酷い奴だ。妻に刺殺されるというみっともない最後を遂げたらしい。

 そんな奴のところに行って大丈夫だろうか? 何とか兼正を焚き付けて祁答院を攻めさせられないだろうか。

 でも天文二十三年(1554)の加治木城攻めでは蒲生氏に呼応して東郷氏・入来院氏・北原氏・菱刈氏と共に戦う仲間だ。

 考え無しに歴史を変えると後で苦労する羽目になりかねない。


 とりあえず戦略的撤退だな。大作は即決する。これからは『三十六計逃げるに如かず』を座右の銘にしよう。

 そう言えばバ○ス以外の合言葉を考えていなかったぞ。まあ、あいつらも馬鹿じゃない。空気を読んでくれるだろう。


「ちょっとトイレ、じゃなかった厠をお借り出来ますかな。三人とも付いて来てくれ」

「坊主が厠に行くのに女を三人連れて行くのか?」


 兼正に鋭い質問を浴びせられて大作は焦る。やはりバ○スしか無いのか?


「一人で行ってトイレ、じゃなかった厠に嵌ったら大変にござります。申し訳ござりませんが本日はこれにて失礼つかまつりまする」


 大作は額を床に擦り付けるようにして後退りする。


「まあ待たれよ、大佐とやら。茶でも飲みながら金の話を聞かせてはもらえぬか?」

「痛たたたた! 腹が、腹が痛い! 漏れちゃうナリィィィィィ!!」


 兼正が唖然としている隙に、大作は尻と腹を押えながら土下座ポーズのまま高速で後退する。

 そのまま廊下に出るやいなや立ち上がってダッシュした。


 チラリと振り返ると三人娘もしっかり付いて来ている。くノ一コンビはともかく、お園も案外運動能力が高いようだ。

 兼正は呆気に取られているのか。あるいは去る者は追わずなのだろうか。屋敷を出ても誰も追って来ないが大作たちは逃げ足を緩めない。

 坂道を一気に駆け下りると門番に軽く頭を下げながら素通りする。そしてそのまま来た道を西に走り去った。




 四人は城が見えない辺りまで走り続けた。追っ手は掛からなかったようだ。ここまで来れば大丈夫だろう。大作は早歩きに切り替える。


「はぁ、はぁ、はぁ、酷い目に、はぁ、遭ったな、はぁ、はぁ」


 大作が息を切らせながらぼやく。三人の冷たい視線が痛い。


「はぁ、はぁ、何だよお前ら。はぁ、俺が悪いのか? はぁ」


 誰も何も言わない。無言の肯定なのか? 山ヶ野と祁答院の虎居城は十八キロも離れている。

 横川からは七キロしか離れていないんだから北原の領地だと思い込んでもしかたないじゃんか!

 むしろくノ一コンビの情報収集ミスだろ! 俺は悪く無い! 絶対にだ! 大作は心の中で絶叫する。


 だが、大作はそんな本音はおくびにも出さない。こいつらにはそれじゃ駄目だ。精一杯の神妙な表情を作って言う。


「ごめん、俺が悪かった。山ヶ野が祁答院の領地だと思い込んでたのは致命的なミスだ。俺のせいでみんなを危険に晒したな」

「違うわ。大佐は悪くない。ちゃんと調べなかった私の落ち度だわ」

「私めの失態よ。村人から祁答院の名を聞いていたのに調べもしなかったわ」


 よっしゃ! 大作は心の中で雄叫びを上げる。こいつらのコントロールは簡単だ。

 お園が相変わらずの冷たい視線を浴びせて来るが気にしたら負けだ。


「このまま虎居城に行って祁答院に会おう。三十キロだから八里くらいだな。夕方までには着くだろう」

「今度こそちゃんと下調べした方が良いわ。あんな(さいわ)いは何遍も続かないわよ」


 お園が冷静な突っ込みを入れる。そうだった。子供を弓の的にして殺したって話の裏を取らないと危険すぎる。


「そうだな。二日続けてで悪いが情報収集を頼む。今度は俺とお園も参加する。四人で力を合わせて頑張ろう。期待しているぞ」

「まかせておいて」

「次こそ、しくじらないわよ」


 大作は歩きながらスマホで祁答院に関して調べる。Wikipediaによると祁答院良重河内守は二十四歳。通称は又二郎。

 石高に関しては全然情報が無い。朝鮮出兵の後に北郷忠能が祁答院へ転封された時は三万七千石だったとの記述を何とか見つけることができた。


 東郷、入来院、祁答院は渋谷三氏として対島津でがっちりスクラムを組んでいるんだっけ?

 いやいや、入来院は島津に付いたり逆らったりしてるみたいだ。この時点ではどっちなんだろう。

 弓の話は島津氏側の記録なので話が大幅に盛られている可能性が高いようだ。スポーツ新聞の記事みたいなもんだろう。もしかしたらウィリアム・テルみたいな話なのかも知れん。


 山道を進むと思ったより早く十五時ごろには平野に出た。そのまま進むと虎居城から数キロほど川内川を遡った辺りに辿り着く。


「日が暮れるころ戻って来てくれ。どんな些細なことでも良い。いろんな情報を集めてくれ。くれぐれも気を付けてな」

「大佐こそ気を付けてね。托鉢は久しぶりでしょ」


 お園が心配そうに声を掛ける。大作は内心は不安で一杯だったがにっこり笑うと手を振って別れた。




 大作は町を托鉢して回りながらさり気なく祁答院の情報を集めた。


 宇宙人だか未来人だかの言語変換サービスは九州の方言にも中途半端に対応しているらしい。

 大作は心配していたほど言葉に不自由することは無かった。

 相変わらずの変換精度だが無料サービスにこれ以上を望むのは贅沢だろう。


 子供を弓の的にしたという話は全く裏が取れなかった。

 事実無根の捏造なのだろうか。あるいは事件その物が完璧に隠蔽されているのか判断が付かない。

 もしかして案山子でも的にしたんじゃなかろうか。

 とは言え、同時代の民衆が全く知らない話が島津に伝わって記録に残っているというのも不自然な話だ。

 大作はこの件は島津の悪意に満ちた捏造だと判断した。あとは三人の集めて来る情報に期待しよう。


 だが、祁答院の殿が弓の名手という話は本当らしい。

 それに岩剣城を巡る戦いでは島津と祁答院の双方で鉄砲が使用される。

 これは日本で鉄砲が使用された最初の合戦だという説もある。


 このあたりの話題で興味を引くことが出来ないだろうか。大作は頭の中でプレゼンのプランを練る。

 硝石の製造、鉄砲の機能的改良、製造方法の改善、弾薬装填時間の短縮、輪番撃ちに代表される効率的運用、塹壕や土嚢などバリケードを使った鉄砲陣地構築。

 夢が広がりんぐ! やっと面白くなってきたぞ!

 うだつの上がらない一般庶民にようやく巡ってきた幸運か。それとも破滅のトラップか。


 そうは言っても零細企業の北原と違って四万石の祁答院は中小企業クラスだ。アポ無しで会ってもらうのは少し無理がある。

 よく目にする一万石当たりの動員兵力が三百人っていう目安は明治時代の陸軍参謀本部が考えたんだっけ?

 その説に従えば四万石の動員兵力は千二百人くらいか。九州は侍の比率が高いって話だから数百人は侍だろう。

 重臣の家来辺りから地道に顔を繋いで行くのが常道だろう。


 金山の話は伏せたままで鉄砲関係のコンサルタント、兼アドバイザーみたいなポジションが理想だ。

 家臣として召し抱えられる必要は無い。むしろ束縛されるだけ損だ。


 報酬は祁答院の領内で自由に金を採掘する権利が欲しい。この線で行こう。

 もちろん私利私欲では無い。名目は寺院建立だ。


 種子島銃が畿内に伝わる過程では根来寺の僧侶が大きな役割を果たしたって話は有名だ。

 だったら正体不明の僧侶が鉄砲に詳しくてもそんなに不自然では無いだろう。

 あとはどうやって信用を得るかだ。やはり知識の切り売りしか無いだろう。




 日没が近付くころに大作は集合場所に戻った。お園が竈に薪を並べて待っている。


「お待たせ。待った?」

「ううん、今来たところよ」


 二人は半笑いを浮かべながらお約束のやり取りをする。


「だったら何で竈に薪が並んでいるのかしら」


 どこからともなく現れたメイが茶々を入れる。気が付くとほのかも傍らに立っていた。


「これは恋人同士のお約束って奴だ。それをからかうのは野暮って物だぞ」

「だって二人があんまり仲が好さそうなんだもん」


 メイもほのかも不満げに頬を膨らませている。チームのメンバーを平等に扱えってか?


「メイ、ほのか、待ったか?」

「ううん、今来たところ」


 二人がハモる。次から全員と毎回これをやれってか? 大作は頭を抱えて唸りたくなった。




 夕飯を食べながら大作たちは情報の摺合せを行う。集められた範囲の情報には非常識な物は無かった。

 祁答院良重は同時代の戦国武将として平均的な存在のようだ。絶対安心とは言えないが信用しても大丈夫だろう。

 こいつをスルーして他に行ったからと言って劇的な違いがあるわけでも無い。


 火縄銃の存在は確認できなかった。一丁も持っていないという確信は無い。だが、存在を匂わせる兆候も無かった。

 四年後の岩剣城の戦いで使用されたのも極少数だろう。現時点で無くても不思議ではない。


「そうなると誰に取り入れるのが良いかな? さぁ! みんなで考えよう!」


 大作は自分で考えるのが面倒臭くなったので丸投げした。堺を出てこのかた、大作の判断は全て裏目に出ている気がする。

 きっとみんなで考えた方が良いアイディアが出るんじゃなかろうか。

 お園がそんな大作の気持ちを察したのか口火を切った。


「嫡子の重経様はどうかしら。つい先日に元服なされたそうよ。京の都や南蛮の珍しい話を聞きたがるかも知れないわ」


 大作はスマホで祁答院重経に関して調べる。天文七年(1538)生まれなので満十二歳。

 このままだと四年後に岩剣城の戦いに於いて帖佐の高樋だか平松だか知らんけどその辺りで死ぬ。ちなみに母は良重を刺殺した虎姫だ。

 あれ? 良重が二十四歳で重経が十二歳だと? マジかよ…… 虎姫は生没年不詳だ。

 ちなみに田中と号するって書いてあるけど何だそりゃ。昔の人は諱って言って生きてる間は実名を呼ばないんだっけ?

 もしかして田中様って呼ばなきゃダメなんだろうか。必殺の仕事人かよ。まあ、若殿とか言っておけば良いか。


「守役の工藤弥十郎(オリキャラ)様と言う御仁は珍しい物や話が大の好物って噂よ。まずはそこから攻めてみたら?」


 ほのかが少し考えてから相槌を打つ。


「ぼうえんきょうを見せればきっと食い付いてくるわよ」

「でも、もし欲しいって言われたらどうする。あれは大切な物なんでしょ?」


 お園とメイも積極的に意見を述べる。話の方向も間違っていない。これでこそ鍛えた甲斐があったと言う物だ。




 大作は女性陣のやり取りを聞き流しながらスマホの情報を拾い読みしていた。

 今頃になって言うのも憚られるが、もしかして串木野金山に行った方が良かったんじゃね?

 考えれば考えるほど山ヶ野の立地が悪すぎる。まず山奥なので人を集めにくい。それに川が小さいので水力として非力だ。何が困るって水銀や青酸を使った製錬の排水を川内川に流したら下流域が悲惨なことになる。


 すでに手遅れかも知れんけど後になればなるほど言いにくくなりそうだ。このタイミングで皆に打ち明けたらギリギリ許してもらえるんじゃね?

 大作は意を決して話し始める。悪戯がバレる前に謝る子供の心境だ。


「みんな聞いてくれ。実はここから南西に六里ほど行った入来院氏の領地に串木野金山って言うのがあるんだ。山ヶ野金山の金産出量は二十八トンで金銀比率は同じくらい。それに比べて串木野金山の金産出量は五十六トンなうえ金銀比は一対十にもなる。銀の価値が金の十分の一くらいだとしてもトータルで四倍くらいの価値だ。それに大きな川や町や海が近い」


 三人娘は急にこんな話を始めた大作の意図を図りかねているようだ。暫しの沈黙を破ってお園が訝しげに口を開く。


「大佐はそっちの方が良いと思うの? だったら何で祁答院のことを調べさせたの? 私たち一所懸命になって歩き回ったのよ!」


 やっぱり凄い怒ってる。大作は頭をフル回転させて言い訳を必死で考えるが何も思いつかない。でも何か言わなきゃ。


「俺だって調べまわったんだぞ。その結果得られた情報から計画の再検討が必要だと判断した。それでこうやって相談してるんだ」

「もう隠してることは無いんでしょうね?」


 お園の疑わしげな視線が痛い。だが、意外なことにメイから援護射撃が入る。


「お園はなんで怒ってるの? 私たちが集めて来たいろんな話でこれからどうするか決めるんでしょ。そうでなくちゃ調べた甲斐が無いわ」


 こんなことでチームが分裂するのは絶対に避けたい。とりあえず、この意見に乗っかることにしよう。大作はなるべく優しい声を出そうと努力した


「みんなが集めてくれた情報は決して無駄にはならないぞ。情報を制する者が世界を制する。そうだ、お園にはオペレーションズ・リサーチを勉強してもらおう。情報を数学的・統計的モデルやアルゴリズムを使って分析して最適解を求めるんだ。きっと楽しいぞ!」


 お園の機嫌が目に見えて良くなったので大作は安心する。最初からこっちで攻めれば良かった。


「しょうがないわね~ 串木野金山と入来院について分かっていることを全部教えてくれる」


 ようやくお園が笑顔を見せてくれたので大作はほっとした。


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