巻ノ四百六拾八 誰だ? 最先任指揮官は の巻
大作とメイが中央指揮所に辿り着くと辺りは既に騒然とした雰囲気に包まれていた。
慌てた顔で右往左往する人、人、人…… 出入口にもさぞや長い行列が出来ているのかと思いきや意外や意外、誰も人が立っておらずノーチェックで出入りすることができた。
中から飛び出してくる人とぶつかりそうになりながらも大作とメイは発令所を目指して進んで行く。普段は殺風景な発令所も今日ばかりは有象無象たちで芋の子を洗うようにごった返していた。
「えぇ~っと、今現在の此処の責任者は誰かな? 最先任の指揮官はどちらさんだ? ちょっくら教えて欲しいんですけど」
大作が遠慮がちに声を上げると周囲にいた何人かが振り向いた。振り向いたのだが…… ほんの数瞬だけ視線を交わすとすぐにまた各々の仕事に戻ってしまう。
だ、誰でも良いから相手をして欲しいんですけど。お願いしますから。焦った大作は一番近くにいた若い女性をターゲットに選んだ。
「あの、その、いや…… 君だよ、そこの君。青い着物を着た貴方に言ってるんですけど? 私は生須賀大佐だ。ロボットの攻撃により通信回線が切断された。緊急事態につき臨時に私が指揮を執る。んで、此処の責任者は誰なんだ?」
「はぁ? たった今ご自分で申されたではございませぬか、大佐。この場に置いて最も位が高きお方は他ならぬ大佐にございますが?」
青い着物を着た女は吐き捨てるように言い捨てると間髪を入れず正面に向き直った。いったい何なんだろう。意固地になった大作は何とか女性の注意を引こうと必死になって知恵を巡らせる。知恵を巡らせたのだが……
しかしなにもおもいつかなかった!
「残念ながら此処に俺たちの探している物は何一つとして無いようだな。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。潔く後輩に道を譲ろうじゃないか、メイ」
「どゆこと、大佐? 情報を収集するんじゃなかったの? 山ヶ野に集まってくる情報は全て此処で綿密な精査のうえに分析されているのよ。此処を調べずしていったい他の何処へ行こうっていうのよ?」
「此処ではない何処かだよ。犬も歩けば棒に当たる。とにもかくにも、イエローサブマリンに乗ったつもりで漂流してみようじゃないか。な? な? な?」
大作は人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると両の手のひらを肩の高さで掲げる。
マトモに相手をするのが阿呆らしいとでも思ったのだろうか。メイは小さくため息をつくと黙って後に続いた。
当てもなく彷徨うこと暫し。そろそろお腹が空いてきた大作は幹部食堂へ向かった。
「さっきも言ったけど腹が減っては戦はできぬってな。まあ、基本的に俺は平和主義者なんだけどさ」
「だけども大佐は世界を一つにするって言ってたわよねえ。そのためには意に従わぬ者を攻め伏せるしかないんじゃないかしら?」
「だから『基本的には』って言っただろ。何事にも例外はあるんだ。戦は嫌だけど恒久的な世界平和のためならばやむを得ぬ戦もあるんだよ。さて、頼もぉ~う!」
入口に掛かった営業中の暖簾を掻き分けながら大作が大きな声を上げた。
「はいよぉ~っ! って、おやおや。大佐ではござりますまいか! 随分とご無沙汰にございますな」
「ああ、誰かと思えばナカ殿じゃありませんか。藤吉郎や小竹は元気にやっとりますか? って言うか、ナカ殿はこんなところで何をしてるんですか?」
「わしゃあ此処、幹部食堂の賄いを任せて頂いちょります。此処に参られたっちゅうからには何ぞ召し上がりゃあしやすかのう?」
「何でも良いから食べさせて下さいな。いやいや、何でもって言っても食べられる物に限りますよ。石ころとか泥団子とかはご勘弁のほどを」
「あはははは…… そげな物を大恩ある大佐に食わせる筈もにゃあでごぜえますだ。ほれ、今日の定食は粕汁と蝶の煮付けにごぜえます。熱い内に召し上がってくだせえ」
待つこと暫し。料理を乗せたお盆が目の前に置かれた。どうやらセルフサービスってことらしい。幹部食堂なのに? もしかして人材不足なのかなあ? まあ、食事を運ぶくらい別に面倒では無いんだけれど。
大作はがらぁ~んとした座敷の一番奥の隅っこまで進むと入口が見えるように座った。
マルコムXだったか誰だったか忘れたけどそんな風にしている人がいたことを思い出したからだ。
メイはといえば何の躊躇いもなく机の向かい側に座った。入口とか気にならないんだろうか? あるいはくノ一なら後ろにも常に気を配っているのかも知れん。もしくは万一の時に盾になってくれるのかも分からんし。
下手な考え休むに似たり。大作は考えるのを止めた。
「天にまします我らが父よ。今日の糧に感謝致します。アーメン、ソーメン、冷ソーメン。では、いただきます!」
「いただきます!」
「「ハフ、ハムハム、ハムッ!」」
大作とメイは二人で仲良くディナーを堪能する。堪能していたのだが…… その時、歴史が動いた!
入口の暖簾を潜って大勢の人影が雪崩れ込んで来た。その顔触れはサツキ、ほのか、萌、桜、桔梗、エトセトラエトセトラ…… 燦然と光り輝く綺羅星の如き幹部職員のお歴々だ。
「あら、大佐。こんな所にいたのね。幹部宿舎から居なくなったから何処に行ったのかと思ってたわよ」
「目を覚ましたんなら聞いて欲しい話が数多とあるのよ。食べてからで良いから聞いて頂戴な」
「何だったらこのまま此処で幹部会を開きましょうか。柊、ちょっと一っ走り行って緊急招集を掛けてきて頂戴な」
「御意!」
また知らないキャラが増えてるんですけど。柊と呼ばれた長身の美少女は文字通り目にも止まらぬ速さで走り去る。
あの素早い身のこなしはくノーなんだろうなあ。大作は粕汁を啜りながら後姿を目で追い掛けた。
「あの者が気になられましたか、大佐?」
「うん? いや、桜。別に気になった訳じゃないぞ。初めて見た顔だなって思っただけなんだ。だよな? もしかして前からいたっけ?」
「いいえ。半月ほど前に伊賀から呼び寄せた者にござりますれば大佐には今だ目通り頂いておりません。ああ、挨拶を致せば宜しゅうございましたな」
「いや、また今度で良いよ。それよりもサツキ。聞いて欲しい話ってなんだ? 猫が卵でも産んだのか?」
半笑いを浮かべた大作は皆の顔色を伺いながら探りを入れた。探りを入れたのだが……
返ってきたのはお通夜のように重苦しく淀んだ空気だった。
「あのねえ、大佐。R作戦の事は耳に入ってるわよね? いや、耳に入ってっていうのはそういう意味じゃなくって……」
大作が耳抜きするように首を傾げて頭をトントンするのを見たサツキが慌てて否定する。
掴みはOK! 大作は心の中でガッツポーズ(死語)を決めるが決して顔には出さない。意味深な微笑を浮かべたまま黙って先を促すように軽く頷くのみだ。
だが、短い沈黙の後に意を決してサツキが口を開きかけた瞬間に暖簾を潜って萌が姿を現した。
「結論から言うわ、大作。R作戦は不幸な偶然が重なって発生した事故よ」
「不幸な偶然? まあ、幸福な偶然ではなさそうだな。でも、それっていったい何なんだ?」
「R作戦の指令が平文で『ネコガシンダ』だったのは覚えているわね? あんたがミンキーモモから引用したんだから覚えているでしょう?」
「あ、ああ。第四十二話『間違いだらけの大作戦』だったっけ? もしかして、それを誰かが送信したのか? なんて阿呆なミスなんだよ……」
「違うわ。誰もミスなんてしていないの。さっきも言った通りこれは事故なのよ。天文学的に小さな確率のね。だた、毎朝送信している無線の試験電波でパープル暗号を使ったら偶然にも平文で『ネコガシンダ』になっちゃったんですって。テヘペロ!」
「偶然って…… そんな事があるのかな?」
「あるんだからしょうがないでしょう! 濁音や半濁音、拗音、促音とかの75文字の6乗。凡そ178億分の1くらいかしらね。いやぁ~っ。本当に運が悪かったわよね。でも、悪いのは運よ。私たちは誰も悪くない。しょうがないわよ」
萌が自信満々といった顔で深く頷く。
サツキやメイ、ほのかや桜たちも付和雷同といった感じでペコちゃん人形みたいに頭をカクカクさせていた。




