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巻ノ四百六拾七 食べろ!パスタと心太と蜂の巣を の巻

「ねえねえ、大佐。私、この拳銃が気に入ったわ。この子、私に頂戴な!」

「ワルサーPPKか。ちっちゃくて軽くいからお園にお似合いかも知れんな。いいぞ、遠慮せずに貰っとけ。どうせ俺のじゃないからな。だったら…… だったら俺はこの銃を貰っとこうかな。ブローニングハイパワー。マガジンがダブルカラムだから装弾数が十四発もあるんだ。すごいじゃろ?」

「その分だけ重そうねえ。まあ、大佐が良いんなら良いんじゃない。大佐ん中ではね」


 総統官邸の中庭で飽きるほど射撃を楽しんだ大作とお園は日が傾く前に地下壕の中へと戻っていた。

 煙硝の臭いの染みついた手や顔をシャワールームで良く洗い、服を着替えて執務室へと帰り着く。

 草臥れ果てた体をソファーに投げ出して寛いでいるとお園がふと我に返ったように呟いた。


「確かヒトラー総統とエヴァ・ブラウンは身罷られる前にパスタを食べたとか言ってたわよねえ、大佐?」

「そう言えばそうだったな。嘘か本当かは知らんけどネットにはそう書いてあったっけ。誰かある! 誰かある!」


 唐突に大作が大声を上げたのでお園がビクっと飛び上がる。それと同時に勢い良くドアが開いて若い男が顔を覗かせた。


「お呼びでしょうか、総統?」


 真っ黒な軍服は武装親衛隊の物らしい。良く見れば肩にはSSの徽章が付いている。どうやら階級は少尉のようだ。


「用が無きゃ呼んじゃいかんのかね? まあ、用があるから呼んだんだけどさ。って言うか、用も無いのに呼ぶと思うかね?」

「さ、さあ…… どうなんでしょうねえ。私の如き若輩者には総統閣下の海よりも深く山よりも高いお考えなど到底及びも付き兼ねます」


 言いたいことだけ言うと若い男は押し黙ってしまった。どうやらマトモに相手をするのが馬鹿らしいとでも思っているらしい。

 だが、他者への共感能力に深刻な欠陥を抱えている大作は相手がどう思っているかなどまるで気にしない。人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると軽く鼻を鳴らした。


「お忙しいところ誠に申し訳ないんだけど、パスタを二人前お願いできるかな? なるはやで頼むよ」

「なるはや?」

「なるべく早くってことだよ。もしかして、もしかしないでも今時の若者には通じんのかな?」


 大作は自分が高校生だという設定などとっくの昔に忘れてしまっていた。なにせ記憶力がハンフリー・ボガードより悪いんだからしょうがないのだ。

 待つこと暫し。いや、たっぷり十分くらいは待っただろうか。この時代には早茹でパスタなんて便利な物は無いんだろう。漸く茹でたてほやほやのパスタが配膳されてきた。


「うぅ~ん、とっても美味そうだぞ。なにせ空腹は最高の調味料だもんな」

「嗅いだ事も無い妙な香りねえ。何だか甘くて香ばしいわ。じゅるるぅ~っ!」

「ささ、冷めないうちに食え食え! んじゃ、頂きまぁ~す! ハムツ、ハフハフハフッ!」

「物を食べる時はねえ。独り、静かで、満たされていなきゃいけないのよ……」


 大作とお園は口々に訳の分からないことを口走りながらパスタを頬張る。部屋の隅に立ち尽くした武装親衛隊の青年将校は『お行儀が悪いなあ』とでも言いたげな顔で二人の様子を見詰めていた。


「はぁ~っ! 食った食った。もう食べられないよ。お腹がはち切れそうだ。久々に食べたけど偶にはパスタも悪くないな。山ヶ野に戻ったら折を見て作ってみよう」

「そうねえ。小麦なら手に入らない事もないから時々なら食べてみたいわね。だけど、この細い麺はどうやって作っているのかしらねえ?」

「饂飩や素麺みたいに細く伸ばしたり、蕎麦みたいに薄く延ばしてから切ったりしてる訳じゃないんだぞ。パスタマシンって言う機械でうにゅっと押し出して作るらしいな。心太(ところてん)とはちょっと違うけど似ていなくもないんじゃね? いや、全然違うか」

「心太? 私、其れも食べた事がないわよ。いったいどういう物なのかしら? 知りたい、知りたい! って言うか、食べたいわ!」


 突如としてグルメハンターお園の探求心に火がついてしまった。火がついてしまったのだが……


「いや、なんぼなんでも無理じゃろ。戦争末期のベルリンで寒天は手に入らんじゃろ? それとも天草って何かで代用できるのかなあ? いや、だったらゼリーで作っちゃうという手もあるぞ。それだったら……」


 大作とお園がそんな阿呆な話をしている間にも赤軍はベルリン市街を蹂躙する。

 総統官邸地下壕は風前の灯火というか対岸の火事と言うか…… とにもかくにも陥落寸前であった。


「総統閣下! もはや赤軍は官邸の玄関前にまで迫っております! 自決なされるならお急ぎ下さい!」


 武装親衛隊の指揮官と思しき男が切羽詰まった顔で叫んでいる。

 だが、そんなの関係ねぇ~っ! 大作はお園の手を取ると立ち上がって雄たけびを上げた。


「俺は自由人ヒトラー! 生きたいように生き、死にたいように死ぬ! ざまあ見たかスターリン! 俺は雲のヒトラーだ!」


 その瞬間、ドアが勢いよく開いて数人のソ連兵がPPSh-41(ペーペーシャ)を構えて飛び込んでくる。

 大作はMP44を腰だめに構えて連射する。連射したのだが…… 数発撃ったところでジャムってしまった。

 そう言えば大戦末期のドイツでは真鍮が不足していたため、軟鉄製の薬莢にラッカーを塗っていたんだっけ。

 参ったなぁ、もうちょっと活躍したかったんですけど…… 大作とお園は全身を蜂の巣にされて絶命する。


「蜂の巣? それって美味しいの?」


 薄れゆく意識の端にお園の呟きが聞こえたような気がした。




「知らない天井だ……」

「はいはい、お約束お約束。漸く目を覚ましたのね、大佐」


 声のする方に目を見やれば枕元に笑顔を浮かべたメイが座っていた。

 どうやら二段ベッドの下段に寝かされているらしい。薄暗い室内には他に誰もいないのだろうか。妙に静まり返っている。


「お園は? お園はいないのか?」

「ああ、お園なら蜂の巣を探しに行ったわよ。だけどそんな物、いったい何処にあるっていうのかしらねえ?」

「そ、そうなんだ。ところで今は西暦何年だ? 此処は何処? 私は誰?」

「いや、あの、その…… 今年は天文十九年で今日は十一月の二十三日よ。此処は幹部宿舎。大佐は大佐でしょう。それ以上でもそれ以下でも無いわ。(つぐみ)! 大佐が目を覚ましたわ。悪いんだけどひとっ走りお園を呼んできて頂戴な」

「畏まりましてございます!」


 部屋の隅から鶇の声が聞こえたかと思った途端、風のように気配が消えた。

 言われたことには黙って従う。それが彼女の処世術なんだろう。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「んで、メイさんよ。俺はどうして此処で寝てるんだろうな? いったい何があったのか説明してもらえるかな?」

「さ、さあ? 私も詳らかな事は聞いていないわ。夕方、中央指揮所で当直に入ってたらいきなり鶇が血相を変えて飛び込んできたのよ。大佐とお園が猪にぶつかって気を失ったって。それで一旦は救護センターに運んだんだけれど、薬師が言うには何処にも手傷を負っていないって言うから此処に運んだの。その頃にはお園はもう目を覚ましてて、暫くは大佐の看病をしてたのよ。でも、なかなか目を覚まさないから飽きて蜂の巣を探すとか言ってどっかへ行っちゃったわ」

「そ、そうなのか。そいつは災難だったな。これはもう、害獣とかが入ってこれないように鉄条網とか整備した方が良いかも知れんな」

「あら、鉄条網ならとっくに張り巡らせているわよ。でも、大佐が猪とぶつかったのって山の中なんでしょう? って言うか、何であんな所を歩いていたのよ?」

「さ、さあ…… 何でだろうな? 俺、忘れちゃったよ。テヘペロ!」


 大作は屈託のない無垢な笑顔を浮かべる。だが、その態度は彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。途端にメイは表情を表情を険しくして声を荒げた。


「あのねえ、大佐! 私だって随分と憂いてたんですからねえ。もし目を覚まさなかったらどうしようかと思ってたのよ。それをそんな風に巫山戯るだなんて...憂いて損しちゃったわ。プン、プン!」

「あはははは…… プンプンなんて昔のマンガみたいな怒り方する奴なんて初めて見たぞ。って言うか、そんなの何処で覚えたんだ?」

「さ、さあ…… 何処だったかしら? お園か誰かがやってたんじゃないかしら? 知らんけど!」

「そ、そうなんだ。まあ、そんなことはどうでも良いや。とにもかくにも目は覚めた。ちょっくら皆のところに行くとしようか」


 大作は頭を打たないように気を付けながら三段ベッドから起き上がる。足元に置いてあったバックパックを背負うとメイを連れ立って幹部宿舎を後にした。


「ねえ、大佐。皆の所っていうのは発令所へ行くって事かしら? それとも情報集約センター?」

「いや、幹部食堂だ。まずは腹ごしらえをしなくちゃな。腹が減っては戦は出来ぬってな」

「戦ですって? そう言えば大佐を運んできた折に鶇が妙な事を言ってたわねえ。R作戦がどうとか」

「R作戦? 何処かで聞いたような名前だな。何だっけ。妙に引っ掛かるんだけど。うぅ~ん…… 閃いた! そうそう、それそれ。その件を聞いたから急いで帰って来ようとしてたんだよ。んで、山道を通る羽目になって猪とぶつかっちまったんだ。ってことは諸悪の根源はR作戦じゃないかよ! 参ったなあ、もう…… よし、予定変更だ。中央指揮所へ行って状況を確認するぞ」

「はいはい。いま行こうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 半笑いを浮かべたメイに纏わり付かれながら大作は中央指揮所を目指して歩を進めた。


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