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巻ノ四百六拾参 対応しろ!臨機応変に の巻

 蒲生範清(越前守)と大作の二日間にも及んだ大激論は結局のところ何の結論も出せないまま有耶無耶に終わってしまった。

 会議は踊る、されど進まず。これではいったい何のために竜ヶ城くんだりまで足を運んだか分からん。たとえどんなに小さなことでも良いから成果と呼べる物が欲しいんですけど。必死の形相を浮かべた大作は頭をフル回転させて無い知恵を振り絞る。振り絞ったのだが…… なにもおもいつかなかった!


「下手な考え休むに似たり。では、越前守様。島津と(いくさ)になった折には先ほども申し上げました通り『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応』して頂くようお願い申し上げます」

「要するに行き当たりばったりということじゃな。うむ、相分かった。祁答院殿や入来院殿にも宜しゅうお伝え下され」

「畏まりましてございます。では、次は戦場いくさばにて相見えましょうぞ」

「うむ、次に会うときはいよいよ薩摩との戦か。心ときめくな。うわはははは!」


 蒲生範清(越前守)が豪快な笑い声を上げたので大作も控えめな愛想笑いで応じる。隣に座ったお園はお上品ぶって袖口で口元を抑えて控えめにほほ笑む。

 部屋の隅に控えた(つぐみ)は『こんなときどういう顔をすれば良いか分からないの』といった表情で固まっている。

 大作は心の中で『笑えば良いと思うよ』と呟くが決して顔には出さない。ただただ、余裕のポーカーフェイスを浮かべながら深々と頭を下げた。




 道に迷う心配は無いのだが、念のためということで城門までは虎丸が見送ってくれた。

 竜ヶ城は結構な規模の山城なのでそれなりの距離がある。黙っていては間が持たないので大作たちは道すがら世間話に興じて時間を潰す。


「虎丸殿は最近、何か嵌っているものはありませんか?」

「嵌る? いや、これといって嵌ってはおりませぬが? 大佐様は何かに嵌られておられるのでしょうか?」

「うぅ~ん…… 最近という訳ではないんですけど半年ほど前からサックスをやってるんですよ。子供のころ少しだけやってたことがあるんで再チャレンジみたいな感じなんですけどね」

「さっくす? ああ、前にお出でになられた折に吹いておられた金の吹き物にございますな。聞いた事も無い妙な音色にございましたな」

「もし良かったら吹いてご覧にいれましょうか?」


 待ってましたとばかりに大作はバックパックからサックスを取り出そうとする。取り出そうとしたのだが…… しかしまわりこまれてしまった!


「いやいや、大佐様。もうじき城門にございます。有り難い事にございますが、さっくすを吹いて頂くのはまたの機会と致しましょう」

「そ、そうですか? まあ、生きていれば再び相まみえることもございましょう。サックスを吹くのはその時まで取っておくと致しますか」

「其れが宜しいかと存じまする」


 門番の兵に軽く会釈して城門を潜る。入る時は顔パスだったが出る時は完全にノーチェックらしい。いったいこの城の警備体制はどうなっているんだろう。大作は他人事ながら心配になってしまった。


「では、これにてご免」

「気を緩む事無きよう」


 深々と頭を下げる虎丸に手を振って別れる。虎丸は大作たちの姿が見えなくなるまで直立不動の姿勢で見送っている。

 何だか高級ブティックの店員みたいだなあ。想像した大作は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢した。




 大作とお園と鶇のズッコケ三人組は川沿いに西に向かって平野を進む。季節はもう冬なので田畑には何も生えていない。と思いきや、なにやら植わっている畑もある。どうやら麦畑のようだ。

 小一時間ほど歩くと見覚えのある関所風の掘っ立て小屋が現れた。

 勝手知ったる他人の関所。大作とお園は軽く会釈して素通りする。素通りしようと思ったのだが……


「大佐様。此方の女性(にょしょう)はお連れ様にございましょうや? 僧や巫女で無いならば関銭を払って頂かねば困りまする」

「いや、あの、その…… 鶇は巫女軍団…… じゃなかった。修道女軍団じゃなかったっけ? 洗礼は受けたのか? 洗礼名とかはないのか? アーデルハイドみたいな? そうじゃなくても宗教団体職員なんだから非課税になると思うんですけど? 違うのかなあ?」


 予想外の成り行きにすっかりパニックになった大作は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせて慌てふためく。

 余りにもみっともない惨状を哀れにおもったのだろうか。苦笑を浮かべたお園が助け舟を出してくれた。


「あのねえ、大佐。確か鶇は親衛隊の所属だった筈よ? そうよねえ、鶇?」

「左様にございます、お園様。鶇は一月ほど前より親衛隊の正所属にございます」

「正所属?その前は何だったのかしら?」

「正所属になる前はジュニアでございました。給金は日払いで一日に銭十紋。源泉徴収はされておりません。そうそう、食堂が食べ放題だったのが真に有り難いことでした。それから……」


 すっかり調子に乗った鶇の話は歯止めが利かなくなってしまった。隣では関所のおっちゃんが渋い顔をしている。


「あのなあ、鶇。ジュニア時代の苦労話は後でゆっくり聞かせてもらうよ。それよりもお前さんは今、宗教団体の職員なのか? 課税対象かどうなのかが知りたいんだけれど?」

「切支丹の教義とやらは教わりましたが洗礼は受けておりませぬ。我ら親衛隊員が忠誠を誓うのはお園様と大佐のお二人のみと聞かされております故」

「いや、あの、その…… それだと関銭を払う羽目になっちゃうんじゃね?」

「あのねえ、大佐。そこまでケチケチしなくても良いじゃないでの。関銭くらい私が払うわよ。さっさと通らないと時が惜しいわ」

「駄目だ、お園。こういうのはキチンとしておかなきゃならんからな。そうだ鶇。こう考えてみたらどうだ? 鶇が忠誠を誓うお園と俺は切支丹の神、デウス様を信仰している。ってことは間接的に鶇はデウス様に忠誠と誓ってるような物だろ? 違うかな? って言うか、これで納得してくれ。頼むからさ」


 米搗きバッタのように頭をペコペコと下げながら大作は両手を擦り合わせて懇願する。鶇は暫しの間、小首を傾げるように考え込んでいたが小さくため息をつくと肩を落とした。


「畏まりましてございます。鶇は斯様な恰好をしておりますが歴歴たる伴天連にございます。故に関銭はお支払い出来かねまする」

「とのことです。では、通して貰って宜しいかな?」

「いやいや、大佐様。その女性(にょしょう)は兎も角、鉄砲は見過ごせませぬな。それとも、伴天連とやらの辻説法には鉄砲が入用だとでも申されまするかな?」

「あぁ~あ。これのことですか?いやいや、これは拙僧の荷物でしてな。重かったのでちょっとだけ持つのを代わってもらってたんですよ。鶇、返してくれ。俺が持つよ。ちなみにこの鉄砲は外交僧たる拙僧の護身用です。これに関銭を取ることは許されませぬぞ。ウィーン条約とか調べてみて下さりませ」

「……」


 目を白黒させて固まっている番人を放置して大作たちはBダッシュで関所を後にした。


「はぁ、はぁ、ふぅ…… どうやら生き残ったのは俺たちだけらしいな」

「そうみたいねえ、そうじゃないかも知らんけど」

「……」


 眼前で繰り広げられる大作とお園の夫婦漫才に鶇は『こんなとき、どういう顔をすれば良いか分からないの』といった感じだ。

 大作は心の中で『笑えばいいとおもうよ』と絶叫したが決して顔には出さなかった。




 そこそこ険しい山道を歩くこと数時間。徐々に日が西の空に傾いてきた。

 木々の間から差し込む太陽光線も徐々に赤みを増し、心なしか弱まってくる。


「日が暮れる前に屋根のある所に辿り着けるのかしら? 私、野宿は嫌よ。もう、寒い時期なんですからねえ」

「この道はいつか来た道。って言うか、前に蒲生を訪ねた時に通った道だぞ。真っ直ぐ行けば日が暮れる迄には虎居に着くはずだよ。多分だけど」

「た、多分なの?!」


 そんな阿呆な話をしながらも三人はハイキング気分で山道を歩いて行く。山道を歩いて行ったのだが……

 突如として大木の陰から数人の女性が現れ、たちまちのうちに大作たちを取り囲んだ。


「お園様と大佐とお見受け致しますが相違ござりますまいか?」

「いや、あの、その……」


突然の出来事に狼狽え果てた大作の声が裏返る。だが、落ち着き払った様子のお園は余裕の笑みを浮かべて鷹揚に答えた。


「如何にも(わらわ)がお園じゃ。その方らは何者じゃ?」

「国境警備隊所属のかじかと申します。此方に控えしは眼張メバルカサゴににございますれば以後お見知りおきのほどをお願い申し上げます」


 今度は寄りにも寄って魚シリーズかよ。それも揃ってカジカ目カジカ亜目とは。呆れて物も言えんぞ。大作は心の中で独り言ちる。

 お園はといえば全く持って気にしていない様子だ。鷹揚に頷くと軽く顎をしゃくった。


「で、あるか。して、鰍とやら。妾に何用じゃ? 申してみよ」

「ははあ。畏れながらお園様と大佐にお伝えしたき仕儀がございます。此方へお出で下さりませ」


 手振りで示されたのは木々が鬱蒼と生い茂った森の奥の方だ。何だか見るからに怪しさ大爆発なんですけど。さり気なく顔色を窺ってみればお園も見るからに怪訝そうにしている。

 これは三十六計逃げるに如かずか? だが、今となっては脱出こそ至難の業かもしれん。

 頼りの綱の鶇はといえば分かったような分からんような微笑を浮かべている。奴を当てにするのは止めた方が吉かも知れんな。大作は考えるのを止めた。


「行こうか、お園。折角の女性からの誘いを無下にするわけにも行かんだろ?」

「そうねえ、大佐。それに、招いたからには何か食べさせてくれる筈よねえ」


 少しだけ遅れて付いてくる鶇はなぜだか思いっ切り怪訝な表情をしていた。


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