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巻ノ四百六拾弐 食べろ!知らない天丼を の巻

 竜ヶ城を訪れた大作は城主の蒲生範清(越前守)と対島津戦に関して激論を交わす。激論を交わしたのだが…… 碌な結論も出ないまま、有耶無耶のうちに終わってしまう。

 一夜が明けて天文十九年十月二十三日。今日も今日とて大作は馬鹿の一つ覚えを繰り返していた。


「知らない天井だ……」

「はいはい、大佐。お約束お約束。って言うか、偶には『知らない天丼だ』とか言ってみたらどうなのかしら?」

「あぁ~っ…… 天丼かあ。そんなこと言われたら俺、何だか急に天丼が食いたくなってきたぞ」

「そうねえ。でも、取り敢えずは朝餉を頂きましょうよ。さあさあ、早く早く」


 二人はまるで何かに急き立てられるように座敷へ急ぐ。急いだのだが……


「お園様、大佐! もしや、つぐみの事をお忘れではありますまいな?」

「あぁ~あ。いたのか、お前」

「おはよう、鶇。忘れてなんかいないわよ。貴方は大切な護衛なんですもの」

「朝餉に参られるのでしょうか? お供をば致します」


 勝手知ったる他人の家。完全記憶能力者であるお園の記憶力も相まって三人は難なく座敷へと辿り着く。

 部屋の最奥には一段高くなった所があり、蒲生範清がちょこんと座っていた。


「お待たせ致しましたかな。越前守様?」

「いやいや、いま来た所じゃて」


 そんなバカップルみたいな会話をしていると廊下側の襖が静かに開いて虎丸が顔を覗かせた。


「皆様、お揃いの様にございますな。ならば朝餉をばお持ち致します」


 言うが早いか襖が大きく開き、数人の男が素早く膳を運んでくる。その速さたるや超スピードなんてチャチなものじゃ断じてねえ。大作は頭がおかしくなりそうな、ならないような。

 いやいや、そんなことよりも食べるのが先決だ。


「ハム、ハフハフ……」

「大佐、もうちょっと静かに食べなさいな。物を食べる時はねえ。静かで、豊かで、満たされてなきゃ駄目なのよ」

「はいはい。分かりましたよ。静かに食や良いんでしょう。静かに食えば。そんじゃあ、思いっきり静かに食いますかねえ」


 お通夜みたいに静かに朝餉を食した一同はほうじ茶を飲んで寛ぐ。

 沈黙に耐え兼ねたといった顔の蒲生範清がゆっくりと茶を飲み干すと口を開いた。


「して、大佐殿。昨夜の話の続きじゃが、やはり島津との戦は避けられぬとのお考えか? 如何にしても戦う他には無いのじゃろうかのう?」

「如何にも。此方が戦を避けたいと思っておっても島津側のやる気が満々なので如何ともし難いですな。どうしても戦を避けようと思ったら頭を下げて島津の家来になるしかございません。ですが祁答院様は無論、入来院様、菱刈様、エトセトラエトセトラ皆様そんな気は毛頭ございません。跪いて生きるより立ったまま死を! クリンゴン人みたいなメンタリティーなんだからどうしようもありません。んで? 蒲生様は如何なされますかな?」

「儂か? 儂は……」

「この先、死ぬまで島津貴久に媚び諂って生きますか? ご先祖様から代々受け継いできた大事な領地を全て奪われ、島津から禄を貰うことになるんですよ?」

「左様な事を出来る筈が無いであろう! 儂は…… 儂は決して島津の家来になどならんぞ!」


 蒲生範清が予想通りの反応を返してくれたので大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。まあ、史実でも十数年に渡って徹底抗戦していた主戦派なんだから当然の反応なんだけれど。

 とにもかくにも集団における意思決定では責任感が分散されるから危険性の高い選択肢を選びやすくなるのだ。それに、バスに乗り遅れるなっていう心理だって加わるだろうし。


「然れど大佐殿。皆は如何にして島津と戦うおつもりじゃ? 儂らは…… 蒲生はどう動くのが良いとお考えじゃ?」

「そこはアレですな。『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して下さりませ」

「こ、こうどのじゅうなんせい? 其は如何なる兵法じゃ? 恥ずかしながら儂は耳にした事がござらんぞ」

「要するに適当ってことですよ。一致団結した島津に対して我ら合従連衡は烏合の衆に過ぎません。誰だって自分のことが最優先。ちょっとでも手柄は立てたいけれど損害を被るのは真っ平御免。当然のことながら島津はそういった心理を鋭く突いて各個撃破を狙ってくることにございましょう」

「かっこげきは? 其は如何なる兵法じゃ?」


 どちて坊やウィルスはとうとう蒲生範清の脳細胞にまで感染してしまったのだろうか。ぽかぁ~んと口を開けて小首を傾げる蒲生範清を見ているだけで大作のやる気がモリモリと萎んで行く。


「各個撃破と申すは離れたところにいる敵を一つ一つ潰して行くことにございます。ランチェスターの法則を持ち出すまでもなく、兵は集まれば集まるほど力を増すが道理。ならば小さく分かれた兵に対し、一つに纏まって掛かれば同数の敵を相手にするより遥かに容易く勝つことが叶うのです。千の兵を率いて千の敵と戦うのに比べ、百の敵を相手に十回戦う方がずっと楽なことはお分かりですな?」

「さ、左様であろうかのう? 例え百の相手でも続けて十遍も戦をすれば兵が草臥れてしまうやも知れんぞ」

「そ、そんなことありませんよ。ランチェスターの法則は絶対なんですから。ちょっと待って下さいな」


 ドヤ顔を浮かべた大作は勿体ぶった手つきでバックパックからスマホを取り出すと電卓アプリを起動させる。


「まず第一回戦として百人の兵が全滅するまで戦うとします。百の二乗は一万。千の二乗は百万。百万から一万を引いた九十九万の平方根は…… しまった、これ関数電卓じゃなかったぞ。えぇ~っと……」


 大作は慌てて関数電卓アプリを探して起動しなおす。起動しなおしたのだが……


「九十九万の平方根は…… 314.643ですと? アレ、おかしいな」

「一桁間違えてるわよ、大佐。それだと九万九千の平方根だわ。九十九万の平方根は994.987くらいね」

「で、ですよねぇ~っ! 四捨五入して九百九十五としておきましょうか。つまり百の兵が全滅するまで戦っても千の兵の損害はたったの五人というわけです。こんな感じで残り九回戦を戦うと……」

「単純計算すると千の側の損害合計は五十四人よ。千のうち九百四十六も生き残るわね。だけども大佐、例え相手が百とは言え十遍も続けて戦が出来るものかしら? 弾薬は減るし、疲れるし、お腹だって減るわよ。死んではいなくても手傷を負う者もいるでしょうしね。仮に一遍の戦が半刻ほど掛かるとしても朝から日が暮れるまで戦い通しになるんじゃないかしら?」


 蒲生範清の手前、お園は口調は丁寧だが鋭い勢いで核心をビシバシと突いてくる。

 がぁ~んだな。出鼻を挫かれたぞ。大作は早々と白旗を上げることにした。


「そ、そうかも知れんな。確か労働基準法第三十四条に「労働時間が六時間を超え八時間以下の場合は少なくとも四十五分。八時間を超える場合は少なくとも一時間の休憩を与えなければならない」とかあったような気がするし。んじゃ、越前守様。そういうことで」

「そ、そういうこと? そういうこととは何じゃ? 和尚よ、儂にも分かる様に説いては貰えぬか?」

「いや、あの、その………… 聞けば何でも答えが帰ってくると思わんで頂けますかな? 大人は質問に答えたりしませぬぞ。って言うか、島津が各個撃破を狙うんだったら裏をかいてやれば良いんですよ。徹底的な非対称戦争。ゲリラ戦ってご存知ですよね? 小編成部隊による遊撃戦みたいな? とにもかくにも決戦だけは絶対に避けてチクチクと弱いところを突っつきます。後方攪乱とか井戸に毒を放り込むとか嫌がらせに徹します。ブチ切れた敵が攻めてきても決して正面から戦っちゃいけません。補給路が伸びるだけ伸びたところで荷駄を襲撃しましょう」

「うぅ~ん。左様な戦で皆が納得するじゃろうか? 如何すれば手柄を立て、名を上げる事が叶うのじゃ? 誰に恩賞をやれば良いのかも分からぬではないか」

「そういうやり方はもう止めた方が良いんじゃないですか? これからの戦は集団戦が主体になります。傑出した一人が大手柄を上げるような時代は終わったんですよ。モンゴル軍とかなんかも褒美は均等に分けたとかって聞いたことありますぞ」


 相も変わらず分かったような分からんような顔の蒲生範清を放置して大作は一方的に話を切り上げた。


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