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巻ノ四百六拾壱 燃やし尽くせ!島津を の巻

 加治木城の肝付兼演を訪ねた大作とお園はそれなりに気合の入った歓迎を受ける。来るべき戦において肝付が曖昧戦略を取るという言質を得ることにも成功した。

 本来の目的を無事に果たせたので後は虎居へ無事に帰るのみだ。とは言え、せっかく遠くまで来たことだ。ついでとばかりに竜ヶ城の蒲生範清(越前守)を訪ねることになった。


「頼もぉ~ぅ! 越前守様(蒲生範清)はご在宅にござりましょうや?」

「いったい何方様にございますかな? おや、大佐様ではござりますまいか! 随分とお久しゅうございますな。斯様な所でいったい如何なされました?」

「おお、虎丸殿。御無沙汰しております。ちょっと近所まで来たので寄せてもらいました。越前守様はいらっしゃいますかな?」

「座敷にて休まれておられます。大佐様がお見えになった事をお伝えして参ります故、此方で暫しの間お待ち下さりませ」


 虎丸は深々と頭を下げると足早に屋敷の奥へと消えていった。

 待つこと暫し。パタパタという足音と共に再び小姓の姿が…… と思いきや、現れたのは思いもよらない人物だった。


「これはこれは、越前守様ではござりませぬか。御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じまする」


 大作は飛び跳ねるように立ち上がるとジャンピング土下座の如くその場にひれ伏す。背後ではお園や(つぐみ)も以下同文とばかりにシンクロしているようだ。


「久しいのう、大佐殿。半年は会うておらなんだかな?」

「如何にも。半年前と同じにござりまするな。何の補強工事もしておられぬようで」

「いやいや、城普請なれば怠ってはおらぬぞ。次なる戦において、敵は必ずや鉄砲を用いて攻めて来るであろう。よって、堀の幅を一回り広げておるところじゃ。塀や大盾も頑丈な物に作り替えておるが余り捗ってはおらぬ。そうじゃ、和尚。何ぞ良い知恵を授けては頂けぬかな?」

「うぅ~ん…… 他ならぬ越前守様の頼みとあらば聞かぬ訳にも参りませぬな。一つ貸しにございますぞ」


 悪戯っぽい微笑を浮かべた大作は一本だけ立てた人差し指を左右に振る。

だが、それまで黙って隣で話を聞いていたお園が噛みつくように話に食い付いてきた。


「あのねえ、大佐。貸しなんかにせずとも、今宵の夕餉を振る舞って頂くようお願いしてみたらどうかしら? パズーもそうしろって」

「そ、そうかも知れんな。パズーはともかくとして、今宵の夕餉は大事だし。では、越前守様。そういうことで宜しくお願い致します」

「心得た。虎丸、急ぎ手配り致せ」

「御意!」


 小姓は深々と頭を下げるとBダッシュで走り去る。

 言われたことには黙って従う。それが彼の処世術なんだろう。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「さて、越前守様。お題は『鉄砲に備えた城構え』でしたかな。うぅ~ん……」

「手っ取り早いのは真田丸じゃないかしら? アレなら労せずに作れそうだわ」

「まあ、定番中の定番だわな。とは言え、ちょっとありきたりに過ぎるんじゃね?」

「あのねえ、大佐。反対するなら対案を出して頂戴な」

「いや、だからいまシンキングタイム中なんだよ」


 そんな阿呆な会話で時間を稼ぎつつも大作は無い知恵を振り絞って灰色の脳細胞をフル回転させる。フル回転させたのだが…… 下手な考え休むに似たり。しかしなにもおもいつかなかった!


「ポク、ポク、ポク、チ~ン! 越前守様、整いました。答えは『これ以上は何もしない方が良い』です」

「な、何じゃと? 和尚は何もせぬ方が良いと申されるのか? して、その心は?」

「パットン将軍は申されました。固定要塞は人類の愚かさの記念碑だと。これからの…… 十六世紀後半の戦いにおいて主流となるべきは機動防御戦術かと存じます。城を出て、野山において戦うのが宜しかろう」

「し、然れども態々、守りの堅固な城から外に出て戦うて何の利があろう? 城に籠りて戦えば少しばかり兵が足らずとも……」


 納得が行かないといった顔の蒲生範清が詰め寄ってくる。大作は思わず半歩ほど後ずさった。


「そりゃあ城に籠っておれば簡単に負けはせぬでしょう。ですが、勝つこともまた叶いませぬ。って言うか、敵は田畑を荒らしたり城下に火を放つやも知れませぬぞ。戦に負けずとも多大な経済的損失を被れば負けたも同じこと。そもそも勝てぬから城に籠ってやり過ごそうなどと考えた時点で既に負けているのです!」

「ぐぬぬ…… じゃが、和尚。言うは容易いが相手はあの島津じゃぞ。容易く勝てれば誰も苦労はせぬぞ。じゃったら…… じゃったら如何にすれば島津に勝てる? うむ、お題を変えよう。如何にして島津に勝つかじゃ」

「ふむふむ。『如何にして心配するのを止めて島津に勝つか』ですな。承りました。では、シンキングタイムスタート! さぁ~ぁ、皆で考えよう!」


 その後、一同は数時間に渡って無い知恵を振り絞る。だが、待てど暮らせど何一つとしてマトモなアイディアは浮かんでこなかった。




 日が西の空に傾くころ、静かに襖が開いて虎丸が顔を覗かせた。


「殿、夕餉の支度が整うてございます」

「で、あるか。では和尚、参ろう」

「ですよねぇ~っ。腹が減っては良いアイディアも出てきませんしな」

「でもねえ、大佐。空腹は最高の調味料とも言うわよ」


 そんなこんなで一同はワイワイガヤガヤと座敷へ移動した。暫くすると料理が運ばれ、どんちゃん騒ぎが始まる。

 飲めや歌への大賑わいが一段落したのを見計らって大作は切り出した。


「ここだけの話なんですけど越前守様。次なる戦において肝付は曖昧戦略を取るそうにございますぞ」

「何じゃと? 曖昧戦略じゃと? 其は真か?」

「どうなんでしょうなあ? そこんところも曖昧にしちゃあいけませんでしょうか?」

「うぅ~む…… 敵に回らぬだけでも良しとすべきなのか? じゃが、味方になってくれるわけでもないのであろう?」

「それが故の曖昧戦略にございますからな。しかしながら、この曖昧戦略は島津よりも我らにとって利の多い戦略ではござりますまいか?」


 曖昧な微笑を浮かべた大作は蒲生範清を煙に巻こうとする。

 だが、相手は戦国乱世を生き抜いてきた国人領主。適当な言葉で言い負かすことなどできようはずもない。


「ならば我らは如何にして島津に勝つと申すのじゃ? 夕餉を食ろうたからには何ぞ良い知恵の一つや二つ捻り出して進ぜよ」

「そ、そうですなあ…… 今からお話することは本来なら渋谷三氏だけの極秘事項なんですが特別に越前守様にだけお話し致します。くれぐれも他言無用にお願いしますぞ」

「うむ、相分かった」

「今現在、入来院様では水軍の整備が急ピッチで進んでおります」

「急ピッチと申すは『急ぎて』の意にございまする」


 ドヤ顔のお園が合いの手を入れるように通訳を買って出る。大作はアイコンタクトで謝意を示すと話を続けた。


「Z艦隊再編計画と申しまして島津の水軍を上回る海軍力…… 水軍力? を一気に整える所存。既に五隻の大型艦が就役しており、向こう二年ほどで坊津の戦力を凌駕する見通しにございます」

「何やら船を造っておるとの噂は耳にしておったが、左様な事になっておったとはのう。じゃが、水軍で如何にして島津を挫く所存じゃ?」

「一つは通商破壊作戦。海上輸送を徹底的に妨害します。米や麦といった食料品から鉄砲や煙硝に至るまで、ありとあらゆる物品を出入りさせません。これにより島津を経済的に窒息させます」

「窒息とは息が詰まるの意にございます」

「うぅ~む…… 其は真に恐ろしい『さくせん』じゃな。んで、大佐。『一つは』と申すからには別の策もあるのであろう?」


 キラキラと目を輝かせた蒲生範清がジリジリとにじり寄ってきた。

 大作は一定の距離を保とうと仰け反るように後退する。


「モチのロンにございます。とは申せ、夜も更けて参りましたな。今宵はここまでに致しとう存じまする」

「いやいや、大佐殿。夕餉を食ろうたではないか。もう一つの策とやらも聞かせてはくれまいか。いや、聞かせて進ぜよ!」

「ちょ、おまっ…… しょうがないですなあ。これは一つ貸しですぞ。拙僧の考える対島津戦におけるもう一つの秘策とは!ドゥルルルル~! ジャン! それはヒット&アウェイとゲリラ戦による徹底的な破壊活動にございます。水軍艦艇から発射するロケット弾や潜入工作員の鉛筆爆弾を使用してありとあらゆる農作物を悉く焼き尽くします。食べ物が無ければどうやっても冬は越せません。民草の心は離反し、島津の継戦能力は地に落ちることにございましょう」


 大作は一旦言葉を区切ると蒲生範清の反応を観察する。反応を観察したのだが……

 返ってきたのは分かったような分からんような。何とも言い様のない気の無い相槌だった。


「何じゃ? ただ、田畑に火を放つだけの事か? それしきの事で島津が根を上げるとは到底思えんのじゃか」

「いやいや、一つや二つではございませぬ。水軍を総動員して沿岸部を徹底的に焼き払います。合わせて数百人規模の地上部隊を投入。最低でも半分以上の田畑を燃やし尽くします。冬場は空気が乾燥するし、風の強い日を狙え

ば十分に可能でしょう。大船に乗ったつもりでお任せ下さりませ」

「さ、然れども薩摩の田畑と申さば数万石は下らぬぞ。其れを悉く焼くなど、真に叶うものじゃろうかのう」


 相変わらず蒲生範清は不安半分といった表情で小首を傾げている。その怯えた顔はまるで迷子のキツネリスのようだ。

 こいつは例の奴が必要だろうか。大作は邪悪な笑みを浮かべると右手で竹串を摘まむような素振りをした。


「できるかなじゃねえ!やるんだよ! いやいや、失礼仕りました。でも、やる前から弱気になってどうするんですか。燃やせる! 燃やせる! 燃やせる! 越前守様なら絶対に燃やせる!」

「いやいや、燃やすと申されたは大佐殿ではなかろうか」

「で、ですよねぇ~っ!」


一同がどっと笑い声を上げ、宴はそのまま有耶無耶のうちにお開きとなってしまった。


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