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巻ノ四拾六 勘違い の巻

 大作とお園は日が昇る前に起きて手早く朝食を済ませた。

 昨日に使った見晴らしの良い場所に移動すると大作は単眼鏡で道の監視を行う。

 お園は周辺を警戒する。


「メイとほのかは上手くやったかしら」

「あんだけ大口を叩いたんだ。情報収集くらいで躓くような役立たずだったら切り捨ててやる」


 大作は単眼鏡を覗いたままで返事をする。その時、頭の上からメイの声がした。


「誰が役立たずですって?」

「うわぁ!」


 あまりにも驚いたので大作は思わず単眼鏡を落としそうになったが何とか堪えた。

 メイとほのかが音もなく大作の前に降り立つ。

 隠れていたはずの大作たちを先に見つけて死角から木に登ったらしい。


「お前なあ~! あんまり驚かすなよ。死ぬかと思ったぞ」

「ごめんね。でも大佐が切り捨てるなんて言うからつい……」


 大作の剣幕にメイがしょんぼりしている。言い過ぎた? フォローしておくか。


「役立たずだったらって言っただろ。ちゃんと聞いてたのか? 俺はメイとほのかを心の底から信頼しているんだぞ」


 大作はお園の冷たい視線を感じたが努めて無視した。

 ほのかがちょっと下品な笑みを浮かべながら言う。


「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね」

「見てたのか?!」


 大作の絶叫に三人は顔を顰めた。だが、お園が冷静に返す。


「落ち着いて大佐。罠よ。それに私たち、何もして無いじゃない」

「そ、そ、そうだ。お、お、俺たちは何もしてないぞ! 絶対に本当だぞ!」

「だから何でそんなに狼狽(うろた)えるのよ。疑われるだけよ」


 お園のポーカーフェイスに比べて大作は酷い慌てぶりだ。

 武士の情けという奴なのだろうか。くノ一コンビはこれ以上この話に乗ってくる気は無いらしい。

 大作はさっさと話を進めることにした。


「そんなことより首尾はどうだ。情報は手に入ったのか?」

「楽な御勤めだったわ。大佐は危ない橋は渡るなって言ったでしょ。だから城の中には入らなかったけどいろんな人に話を聞いたの。大体のことは分かったわ」


 メイが大きな胸を張って自信満々に答える。


「私めも大勢の人から話を聞いたわよ。北原の殿は悪いお方では無いみたい。罪人には厳しいけど無体なことはされないらしいわ」

「まずは朗報だな。俺たちは朝飯は済んでるからお前たちも食え。これからのことは横川城に向かいながら決めよう」




 くノ一コンビが集めた情報から推測すると、よっぽど失礼な態度でも取らない限り殺される心配は無さそうだ。

 それにいざとなったらこっちには凄腕の忍者が二人もいるのだ。

 大作はこのまま横川城に乗り込んで城主の北原兼正(伊勢介)と交渉することに決めた。

 最悪の場合は兼正を人質に取って薩摩領内にでも逃げれば良い。


 ちょっと待てよ。ほのかの腕前が良く分からないぞ。

 メイに関しては百地丹波のお墨付きがあるけどほのかって強いのか?

 当てにしておいていざという時に役に立たなかったら大変だ。

 事前に確認しておいた方が良いんだろうか。大作は急に不安になる。


 そうは言っても『ほのかってメイより強い?』なんて聞けない。

 二人の関係に深刻なダメージを残しそうだ。

 あのサツキが初見で忍びだと看破したってことは凄腕なんだろうか?

 本当に凄腕だったら忍びだと気付かれないんじゃね?

 いまさら凄腕じゃ無かったら困るぞ。だったら凄腕ってことにしておこう。

 大作は考えるのを止めた。


「なるべく荒事は避けたいが最悪の場合、兼正を人質に取って島津に逃げ込む。俺が合図したらほのかが兼正を押えろ。メイは俺とお園を守れ。合言葉は『バ○ス』だ」

「大佐って心配性ね。たぶんそんなことにはならないわよ」


 お園が呆れた様子で言う。だが大作は聞く耳を持たない。もし失敗したらセーブ・ロードでやり直しなんて出来ないのだ。


「たぶんじゃ駄目だ。多重防護を誇る原発だって全交流電源喪失という不測の事態で致命的な状況に陥った。俺はお前たちが調べてくれた情報を信用している。でも北原兼正を信頼はしていない」

「しんようとしんらいって違うの?」

「人は過去の実績や業績を見て信用する。そして、この人なら大丈夫だろうと未来の行動を信頼するんだ。信じて頼るって書く。俺はお前たちを信頼しているぞ。なんてったって命を預けてるんだからな」


 大作の言葉にメイとほのかは嬉しそうに微笑む。お園の冷ややかな視線を大作は華麗にスルーした。




 横川城は平山城だ。高さ四十メートルほどの小高い丘の上に木造の建物が幾つも並んでいるのが見える。

 堀も石垣も天守も無い。今さらだけど何でこんなのを城って呼ぶんだろうと大作は思う。城=天守だろ。こんなのは砦だ。天守が無いのを城と呼んだら砦との区別はどうすんだよ。


 麓には小さな門があり、お園くらいの小柄な門番が一人で立っていた。

 大作には小柄に見えるだけで、この時代では平均身長なんだろうか。

 きっとそうなんだろう。メイやほのかが大柄なだけだ。百地丹波みたいな大男は例外中の例外に違いない。

 丈の短い筒袖に股引を穿き、頭には黒い傘を被っていた。手には短い槍を持っている。時代劇の足軽みたいだなと大作は思った。


「頼もう。拙僧は大佐と申します。殿に火急の用件があって罷り越しました。至急お目通りをお願いいたします」


 家臣が数十人しかいないような零細城主ならアポ無しの飛び込みでも十分だろう。

 万一、こいつらが食い付かなくても金山は他にもあるんだ。


 大作にいきなり話しかけられた門番は面喰らっている。

 僧侶だけならまだしも、歩き巫女と女を二人連れているのだ。

 どう対応して良いのか完全に混乱しているようだ。


「火急の用とはいかなる用件にござりまするか?」


 こっちの身分が分からないうえ、いきなり殿に会わせろなんて言ったものだから、とりあえず敬語を使ってくれているようだ。

 ここまでは予想通りの反応だが、門番ごときに話せる内容では無い。


「殿のお耳に直にお入れいたします。お家の大事に関わるお話とのみお伝え下され」

「暫しお待ち下され」


 門番が丘の上の屋敷に向かって手を振ると若侍が一人駆け降りて来た。

 現代の守衛さんなら内線電話で済むところなのに大変だなと大作は同情する。

 門番は大作たちに聞こえないよう若侍に小声で何事かを囁いた。

 若侍はまた坂道を駆け登って行く。本当にご苦労なことだ。


 アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したのは1876年だと言われている。

 実際にはアレはただのインターホンだ。

 不特定多数と自由に通話するためには電話交換器が必須だ。

 遠く離れた相手と通話するためにはカーボンマイクや誘導コイルも必要になる。

 とりあえず電源の確保がネックだな。って言うか電気機器の前に発電機を作らねば。


 そんな物よりまずは伝声管を作るのが現実的な解決策だろう。

 天空○城ラピュタのタイガー○ス号や未来少年コ○ンのバラ○ーダ号にもあったっけ。

 竹筒を繋いだだけでも数十メートルくらいなら何とかなるだろう。


 そんなことを考えながら待つこと数分。屋敷から中年の侍が二人の伴を連れて歩いて来る。これで四人だ。

 全部で数十人しかいないはずだ。すでに全体の一割くらいを引っ張り出したことになる。

 僧侶と女三人が相手なので完全に油断しきっているようだ。

 メイとほのかなら瞬殺できるんじゃないだろうか。大作は想像して思わず笑いそうになったが我慢した。


 中年の侍が大作の目の前まで進み出ると腹の底から響くような野太い大声を出す。


「火急の用とは何事じゃ?」


 こいつらの学習能力は鳥以下なんじゃなかろうか。大作は自分のことを棚にあげて呆れ返る。


「殿に直にお伝えいたします。なにとぞ至急にお取り次ぎ下され。遅れると手遅れになりまするぞ!」


 下っ端と駆け引きするのは時間の無駄だ。大作はブラフを効かせる。


「ううむ。しからば殿に目通りが叶うようお願いしてみよう。だが、詰まらぬ用なら容赦はせぬぞ。きつく仕置きしてくれるから覚悟いたせ」

「ありがたき幸せにござります」


 大作はとりあえず頭を深々と下げた。三人娘もそれに続いた。




 大作たちはたいして広くも無い部屋に通され、部屋の隅で待つように言われた。

 やはり客扱いでは無いようだ。他家からの密使とでも思われたのかも知れない。

 部屋は板間で上座と思われる部屋の奥に畳が一畳だけ敷いてある。


 大作は時代劇なんかで見たことがあるのを思い出した。昔は畳が貴重品だったのだ。

 客間に畳を敷き詰めていた津田宗達はどんだけ金持ちなんだ。って言うか、北原家が貧乏なのか?


 小姓のような若侍が現れて大作たちに声を掛ける。


「殿のおなり~」


 大作たちは床に額を擦り付けるように平伏する。


「本日はご拝顔の栄に浴し恐悦至極に存じます」


 大作はいつもの芝居がかった挨拶をした。


「面を上げよ」

「はは~~っ」


 殿の呼び掛けに対して大作は時代劇を思い出しながら大袈裟なリアクションを取る。

 畳の上には三十過ぎの恰幅の良い男が座っていた。微笑を浮かべ、大作たちに興味深げな視線を送ってくる。


「坊主が儂に何用じゃ?」


 挨拶抜きでいきなり本題に入るらしい。無駄が省けて助かると大作は思った。

 そう言えば手土産を出すのを忘れていた。まあ、火急の用件なんだから無い方が自然だろうか。


「拙僧は大佐と申します。ここから二里ばかり西の山中にてこれを見付けました。どうぞご覧下さいませ」


 大作は懐から金鉱石を取り出してうやうやしく小姓に渡す。小姓はそれを殿に差し出す。

 面倒臭い奴らだ。大作は心の中で毒づいた。


「この石ころが何じゃ?」

「その茶色いところに金が含まれております。百貫目の石から取れる金は僅か一匁にすぎません。ですが山全部を掘り返せば何千貫目の金が手に入ります」


 兼正の顔から急に微笑みが消えて目付きが鋭くなる。大作はもし今、バ○スって言ったらどうなるんだろうと考えて笑いそうになった。


「何千貫文だと?」

「貫文ではございませぬ。拙僧の見立てでは八千貫目の金が埋まっております」


 ざわ…… ざわ…… 部屋の背景を福○伸行の手書き文字が埋め尽くす。


「拙僧は南蛮人より金の製錬を学んだことがあります。山を掘り、石を砕き、金を取り出す技を習得しております。殿は人足を必要な時に動かして下されば良いのです」


 大作は大佐のセリフっぽい物を無理やり混ぜ込んだ。その表情は自信に満ち溢れている。あとは返答を待つのみだ。

 だが兼正から返って来た答えは意外な物だった。


「西に二里と言えば祁答院(けどういん)の領地じゃな」


 お園、メイ、ほのかの視線が背中に突き刺さるのを感じて大作は冷や汗が止まらなかった。


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