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巻ノ四百五拾九 笑え!歯茎を見せて の巻

 肝付兼演の居城、加治木城を訪れた大作とお園は本丸を目指して険しい山道を歩いていた。

 日暮れまで少し時間があるとはいえ、辺りは既に薄暗い。とは言え、城主の肝付兼演が一緒にいるのだから万一にも迷う心配は無いだろう。無いだろうと思っていたのだが……


「どうやら道に迷うた様じゃぞ……」

「え、えぇ~っ!」

「戯れじゃ。儂が我が城で迷う筈がなかろう。うわっはっはっは!!!」


 例に寄って例の如く、歯茎を剥き出しにして肝付兼演が大笑いする。

 ネットで読んだ情報が確かなら、歯茎が見えるほど大口を開けて笑うことをガミースマイルと呼ぶんだそうな。ロナウジーニョは手術で治したとか何とか。そうそう、そう言えば……

 大作が取り留めの無い妄想に現実逃避している間にも漸く一同は本丸へと辿り着いた。


「半年前と同じだ。何の補強工事もしておらん!」

「あら、大佐。そうかしら? 彼方の土塁やら此方の竹束やらで随分と補強工事をなさっておられるみたいじゃない」

「そうじゃろう、そうじゃろう。前に大佐殿から教えて頂いた通り、鉄砲に備えて守りを固めておるのじゃ。見違えたであろう?」

「はいはい、良くできてますねえ。それよりも夕餉を早く食べさせて貰えませぬか? お腹が減って目が回りそうなんですよ」


 肝付兼演はまたもや歯茎を剥き出しにして大笑いしつつも一同を座敷に上げてくれた。


 メインディッシュは例に寄って例の如く得体の知れない魚介類。調味料は酢や味噌を主体とした簡素で素朴な料理のようだ。

 美味しいのかどうかはイマイチ良く分からない。って言うか、寄生虫で酷い目に遭ったことを思い出した大作はどうしても腰が引けてしまう。

 だが、お園や鶫の表情を見ている限りでは満足の行く料理らしい。

 特に変わったこともなく夕餉を終えた一同は焙じ茶を飲んで寛ぐ。寛いでいたのだが……


「して、大佐殿。いったい此度は何用で参られたのじゃ? まさか、夕餉を喰らいに参った訳でもあるまいて」


 茶碗に残ったお茶を飲み干した肝付兼演がにこやかな笑顔を浮かべながら口を開く。

 だが、良く見ると目が笑っていない。怖いくらい真剣な視線に見詰められた大作は思わずたじろいでしまった。


「いや、あの、その…… そうそう、クーポン券! 今月限定の割引クーポンをお渡ししようと思って来たんですよ。なあ、お園」

「そうだったわ、大佐。夕餉の前にお渡しすれば良かったわねえ」

「うぅ~ん、何じゃ? 其の『くうぽんけん』とやらは? 儂にも分かる様に説いては貰えぬか?」

「いやいや、そんなややこしい物ではないんですよ。鉄砲をご注文頂く折にこのクーポン券を使えばお買い上げ額の一割のポイントが貯まるっていうサービスなんです。このポイントは次回のご購入時に鉄砲は無論、弾や火薬の代金支払に充てることが可能となっております」


 大作がそんな適当な話をでっち上げている間にもお園は懐から取り出した紙切れに何やら細かい文字をびっしりと書き付けている。どうやら即席のクーポン券を作ってくれているらしい。

 軽く頷きながら黙って話を聞いていた肝付兼演は漸く合点が行ったという風に顔を綻ばせた。


「ふぅ~む、良う分からんが鉄砲を安く買えるというわけじゃな…… って、おまっ! 鉄砲ならばつい先日に買うたばかりじゃぞ! 和尚と共に参った馬子が運んでおったのが其の鉄砲じゃ! あれは…… あれには『くうぽんけん』は使えぬのか? どうなのじゃ、大佐殿!」

「どうどう、餅ついて下さりませ。既に納品が完了した注文に関してはクーポン券はお使い頂けません。いやいや、そんな鬼みたいな顔をしないで下さいな。話は最後まで聞いて下さい。今回買った鉄砲はまだ未使用なので返品が可能です。一旦返品して再度購入したということに致しましょう。事務手続きは全部こっちでやりますからご心配なく。万事、拙僧にお任せ下さりませ。閣下は必要な時に兵を動かして下されば宜しいのです。拙僧が政府の密命を帯びていることもお忘れなく」

「そ、そうでござったか。其れを聞いて安堵致したぞ。此度の鉄砲は安い買い物ではなかったからのう」


 口ではそんなことを言っているが肝付兼演は険しい表情を崩さない。まるで値踏みするかのように大作の顔に鋭い視線を送り続ける。いたたまれない気持ちになった大作は思わず俯いてしまった。


「如何致した、大佐殿。何ぞ儂に隠し立てでもしておるのか? うぅ~ん?」

「いやいやいや、そんなことはございませぬ。って言うか、そもそも訪ねてきたのは拙僧の方じゃありませんか。後ろめたいことがあったら態々こんな辺鄙な所へ…… こんな自然豊かな所へやって来ませんよ。なあ、お園。黙っていないでお前からも何とか言ってくれよ」

「何とか……」

「いや、あの、その…… 何とかっていうのはそういう意味じゃなくてだな……」

「うわはははは!」


 大作とお園の阿呆な遣り取りがよっぽど壺に嵌ったのだろうか。肝付兼演が突如として爆笑した。

 歯茎を剥き出しにして大笑いする初老の小男の瞳にはまるで狂気が宿っているかのようだ。


「あ、あの? 如何なされましたかな?」

「いやいや、失敬をば仕った。ちと戯れが過ぎた様じゃな、大佐殿。儂が薩摩守(島津実久)からの文の事を耳にしておらぬとお思いか?」

「えっ! それはその…… もしかして、ご存知でしかた? 例の文のことを?」

「詳らかには知らぬが凡その事ならば存じておるぞ。大方、其の文やら陸奥守(島津貴久)の事やらで参ったのであろう?」

「え~っと…… いやはや、肝付様に隠し事は出来ませぬな。鋭い洞察力に感服をば仕りました」


 夕餉を食べさせて欲しかっただけなんて正直に言うのは恥ずかしいなあ。大作は何か適当な言い訳を探して無い知恵を絞る。無い知恵を絞ったのだが…… しかしなにもおもいつかなかった!


 恥も外聞もなく慌てふためく大作を哀れに思ったのだろうか。ちょっと呆れた顔のお園が助け舟を出してくれた。


「畏れながら申し上げます。大佐に代わって(わらわ)が言上仕る事をお許し下さりませ」

「うむ、遠慮は無用じゃ。申せ」

「既にご承知の通り陸奥守様の振る舞いには祁答院のみならず入来院や蒲生、菱刈、エトセトラエトセトラ…… 近在の国衆は揃って腹に据えかねておりまする。堪忍袋の緒が切れるのもそう遠くはござりますまい」

「ちょ、おま……」


 肝付が味方になるかどうかも分からないのにこの話題は不味いんじゃね? 大作は思わず止めに入ろうとする。だが、お園は真正面を向いたまま右手を軽く掲げて制止した。

 短い沈黙の後、肝付兼演は一段と表情を険しくして唸るような低い声で囁いた。


「やはりなあ…… そうなると攻められるは我らの加治木城という訳じゃな。しかしのう…… その方、お園と申したか? 何故、斯様な話を儂に聞かせに参った? もしや、我らに味方せよと? 島津に刃向かえとでも申すのか?」

「滅相次第もございませぬ。妾はただの歩き巫女。其れが偶さか小耳に挟んだ噂話を申し上げただけの事。信じるも信じぬも、お殿様のお心次第にございましょう」


 意味深な笑みを浮かべたお園はそれっきり口を噤んでしまう。

 だが、黙っていては間が持たない。場が沈黙に包まれて僅か数十秒で大作の我慢は限界突破してしまった。


「もしや『こんな時、どんな顔をすれば良いか分からないの』といった感じですかな? 拙僧は笑えば宜しいかと存じますぞ」

「笑う? こんな風にか?」


 肝付兼演は例に寄って例の如く、歯茎を剥き出しにして破顔一笑する。だが、またしても目が笑っていない。


「さて、では本題に入りましょうか。このままでは数年を経ずして再び島津と国衆の争いが起こるは必定。先年と違うて双方が数多の鉄砲を揃えておりますれば随分と激しい争いとなるに違いはありますまいて」

「其れは分かっておる。分かっておるが、ならばこそ肝付は如何すれば良いのじゃ? 和尚の考えは如何に?」

「それはアレですよ、アレ。分からん時は何もしなければ宜しいのです。曖昧戦略って聞いたことございますか? 無い? 知らざあ言って聞かせやしょう。そも、曖昧戦略とは……」


 その日、大作は夜遅くまで曖昧戦略について肝付兼演に説明する。説明したのだが……

 話の途中で可哀想な老人は安らかな眠りに就いていた。


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