表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
457/516

巻ノ四百五拾七 飛べ!雲雀 の巻

 大作とお園が理化学研究所を見学してから一夜が明けた天文十九年十月二十一日。

 この日は朝から冷たい北風が吹き荒んでいた。


「今って太陽暦で言えば十一月も下旬なのか。どうりで寒いはずだよな。そういえば靴下の製造はまだなんだっけ。九州南部とはいえ冬は冷えるんだろうなあ」

「そりゃそうでしょう。冬が寒くなきゃ困っちゃうわよ。麦とかが育たなくて」

「そう言えば冷害に強い米の品種改良は進んでるのかなあ。他にも風で倒れない稲とか塩害に強い農産物とか色々とやってたはずなんだけど」

「だったら、大佐。今日は農業試験場の見学に行きましょうよ。胃の腑を制する者は世界を制す。世の中の大抵の争いは食べ物を巡って始まっているんですからね」

「はいはい。行きゃあ良いんでしょう、行きゃあ。いま行こうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 そんな阿呆な話をしながら大作とお園は食器を丁寧に洗って返し、手早く支度を整えた。


「美唯と静流はどうする? 来たくなきゃ留守番してるか? それとも他に行きたい所があるんなら勝手に行ってても良いぞ」

「嫌だわ、大佐。美唯は連絡将校なんだからね。何処へ行くにも一緒よ。たとえ厠に行く折だろうと金魚の糞みたいにくっ付いて行くわ」

「静流も大佐の護衛にございます。大佐のお命を守る為、片時たりともお傍を離れる訳には参りませぬ」


『いやいや、あんた昨日は別行動してたじゃんかよ!』


 大作は思わず喉まで出掛かった言葉を飲み込む。飲み込んだのだが…… 思っていることが素直に顔に出ていたようだ。


「あの、その…… 昨日はお園様をお守りする為とは申せ、大佐のお傍を暫しの間とはいえ離れる事になり真に申し訳次第もございませぬ。本日は厠の中までもご一緒する覚悟にござりますれば……」

「いやいや、頼むから止めておくんなまし。心の底からノーサンキューですから。って言うか、本当にそんなことしたらセクハラで訴えるぞ」

「大佐、戯れに決まってるでしょうに。美唯も静流も余り大佐を怒らせない方が良いわよ。当分ここに二人きりで住むんですから」

「「えぇ~っ!」」


 お園の戯言に美唯と静流が素っ頓狂な大声を張り上げて驚く。

 そんな二人を放置して大作とお園は脱兎の如く材木屋ハウス(虎居)を後にした。


 後は野となれ山となれ。金魚の糞から開放された大作とお園の仲良し夫婦は無敵だ。二人仲良く手を繋いで虎居の城下を散策する。散策しようと思ったのだが……


「大佐! 大佐! お待ち下さりませ!」


 不意に後ろから大きな声に呼び止められる。振り返って見ればお園や静流と同年配と思しき見知らぬ少女が息を切らせて駆け寄ってきた。


「な、何ですかな? ってか、いったいどちら様でしょうか?」

「あら、雲雀(ひばり)じゃないの。そんなに急いでどうしたのよ?」


 大作の当惑を他所にお園は一歩進み出ると親しげ気に声を掛ける。


「し、知っていたのか、お園!?」

「だから雲雀だって言ってるでしょうに! 静流と同じ舟木村の出よ。ちゃんと覚えておいてあげなさいな」

「そ、そうなんだ。まあ、ここで会ったのも何かの縁。こちらこそ宜しく頼むよ。んじゃ、俺たちは先を急ぐんで……」


 面倒臭いのは御免だ。せっかく美唯と静流を撒いたというのに新たな厄介者に付きまとわれては堪った物じゃない。大作はくるりと踵を返すと足早に…… しかしまわりこまれてしまった!


「大佐! 東郷様より急ぎのテレックスにございます」


 雲雀は着物の胸元に手を突っ込むと小さく折り畳まれた紙切れを取り出した。

 ちなみに胸のボリュームはサツキやメイ、ほのかとは比べ物にもならないほど慎ましやかな物だ。

 いやいや、別にエロい気持ちで見ていたんじゃないぞ。皆が揃いも揃って胸元から手紙を出すからきになっただけなんですけど。

 大作はお園の鋭い視線を感じつつ、誰に言うとでもなく必死に言い訳した。


「テレックス? そんな物、いつから虎居にあったんだ?」

「つい先日のことにございます。萌様が一晩で作って下さいました」

「ふ、ふぅ~ん。俺の知らないうちにそんなことがあったのか。そいつは知らなかったよ」


 大作は目の前に突き出された紙切れを受け取る。合格発表を受け取った受験生もこんな心境なんだろうか。期待と不安に胸を踊らせながらゆっくりと開いてみると……


「えぇ~っと…… 発 東郷重治。宛 大佐。天文十九年十月二十一日六時二十五分着。って、二時間以上も前に届いた奴じゃんかよ! いったい今まで何処で何をやってたんだ? こんなんじゃあ真珠湾の二の舞いだぞ」

「申し訳次第もございませぬ。暗号解読に手間を取られておりました。つい先日より使い始めたばかりのパープル暗号に皆がまだ慣れておりませぬ故」

「寄りにも寄ってパープル暗号かよ…… それって敵に解読されてたりしないよな? まあ、いったい誰が敵かは知らんけど」

「そこは抜かりございませぬ。萌様の仰せの通りに乱数表を使い捨てにしております故、万に一つも解読される憂いはございませぬ」

「そこはちゃんとしてるんだな。とは言え、油断は禁物だぞ。乱数表その物が敵の手に渡ったらお終いだからな」

「畏まりましてございます」


 そんな阿呆な話をしながらも大作は受け取った記録紙に目を通す。目を通したのだが……


「読める! 読めるぞ! 言い伝えにあった通りだ!」

「あらまあ、ちゃんと活字になっているのね」


 横から覗き込んだお園がさも感心したように声を上げる。

 A5縦くらいの大きさの薄っぺらい紙の上にはゴム印で押されたようなカタカナがちょっと歪に並んでいる。

 所々で掠れたりダブったりしているのでお世辞にも読み易いとは言い難い。だが、いつものミミズののたくったような崩し字とは大違いだ。なにせ大作にだって読めるのだから。


「あちゃ~っ…… やっぱ東郷のところにも島津実久(薩摩守)から書状が届いたらしいぞ。あっちはあっちで大変みたいだな。でも、天文十八年(1549)に吉田城を攻めた時には渋谷三氏と肝付や蒲生は祁答院良重を中心にガッチリ反島津連合を組んでたんだ。やっぱ利害が一致した一同で集まって軍議を開きたいなあ」

「確かな事は分からないけど蒲生や肝付、菱刈にまで声を掛けてるみたいね。ほれ、此処を見て頂戴な」

「うぅ~ん…… これってもしかして、もしかしないでも対島津戦が史実より随分と早くなるかも知れんな。加治木城攻めって確か天文二十三年(1554)だったはずだもん。そうなると四年近くも前倒しになるのか」

「しかも肝付様と薩州家が味方に付いてくれるかも知れないんでしょう? やっぱ祁答院の鉄砲量産や入来院の水軍、東郷の無線機なんかが地味に効いてるんじゃないかしら。それに大佐ったら、あれやこれやと有ること無いことを散々に焚き付けてたでしょう」


 戦力的にはギリ行けるんだろうか? むしろ島津の戦力が整わないうちに早く仕掛けた方が有利だったりして。とは言え、史実の祁答院や蒲生だって勝てると思って仕掛けたはずだ。だのに結局は返り討ちに遭っているのだ。

 連中の自己評価なんて旧日本軍と同じくらい当てにせん方が良いかも知れんぞ。第三者的な立場から見た客観的な評価を知りたいなあ。

 鉄砲の数や性能、水軍、無線、エトセトラエトセトラ…… こちらの方が有利な点を上げれば枚挙に暇がない。とは言え、兵の質ではどうなんだろう。

 薩摩の兵といえばバーサーカーに例えられるほど凶悪で死をも恐れぬ狂人揃い。対する我が方の兵は金で雇った百姓衆。覚悟や決意、背負っている物が根本からして違い過ぎる。

 マトモにぶつかったら三対一でもヤバいかも知れん。数的優位を維持した上で簡易なバリケードに籠もってアウトレンジからの銃撃に徹する。もしくは完璧な奇襲攻撃と徹底的なヒットアンドアウェイだな。夢が広がリング!


「大佐! 大佐! もしもぉ~し! 東郷様への返書は如何するの? それとも、これから一っ走り行ってみる?」

「うぅ~ん、そうだなあ…… それよりも先に蒲生や肝付の覚悟の程を確認しておいた方が良いかも知れんな。戦になった時、鍵になるのは連中の動向だし。まあ、蒲生は史実だと最後の最後まで徹底抗戦したんだから当てにはなるだろう。問題は肝付の方だ。史実では島津に付いた奴らが味方になってくれれば我々の有利は揺るぎないものになるだろう。とは言え、味方になったらなったで戦後処理で揉めるかも知れんけど」

「だったら肝付様を訪ねる事で決まりね。善は急げ。とっとと行きましょうよ、大佐」

「しょうがないなあ。そんじゃあ、雲雀。俺たちは肝付を訪ねることになった。材木屋ハウス(虎居)に戻ったら皆にそう伝えておいてくれるかなぁ~っ?」

「御意!」


 雲雀に見送られながら二人はくるりと向きを変え、南へ向かって歩き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ