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巻ノ四百五拾六 ここではきものをぬいでください の巻

 材木屋ハウス(虎居)で昼餉を食べ終えた大作とお園は些細な言い争いから仲違いしてしまう。

 結果、お園は護衛の静流を連れて青左衛門の鍛冶屋へと向かった。

 一方の大作も連絡将校の美唯を伴って青左衛門の鍛冶屋を目指す。目指したのだが……

 例に寄って例の如く、道に迷ってしまった!


「あのねえ、大佐。道なら美唯がちゃんと覚えているわよ」

「そ、そうなのか? 流石は美唯。俺が見込んだ連絡将校だな。見直したぞ。いよっ! 歩くGPS! 人間カーナビゲーション!」

「煽てたって何にも出ないんだからね。とにもかくにも大佐。自分を信じないで! 大佐を信じる美唯を信じて!」


 そんな阿呆なことを言いながらも美唯はちゃんと道を覚えているらしい。狭い路地裏を抜け、他人の家の庭先を通って歩くこと暫し。見覚えのある屋敷が見えてきた。


「いやいや、全く持って見覚えが無いんですけど? ここっていったい何処なんだ?」

「知らないの、大佐? ここが科学の殿堂にして人類の叡智の結晶。泣く子も黙る理化学研究所よ。って言うか、これを造れって言ったのは大佐でしょうに。もしかして覚えていないのかしら?」

「うぅ~ん…… 覚えているような、覚えていないような。まあ、良いじゃないか。今さら済んだことを穿り返しても不毛だぞ。それよりも前だけを見てだな……」


 大作が美唯を相手に益体も無い話をしていると屋敷の戸口から見知った顔が現れた。


「おお、大佐様。また虎居へお出でにござりましたか。本日は話をお聞き頂く暇はございますかな? 先日ご覧頂けなんだ物を見て頂きとう存じます」

「これはこれは青左衛門殿。良い日和で。んで? 見て欲しい物って何ですかな?」

「色々とございますぞ。ささ、此方へ。へい、三吉どん。お園様と大佐様がお見えじゃ!」

「お、お園ですと?!」


 ふと気が付くと板間の隅っこにお園と静流がちょこんと座っていた。


「なんだよ…… お前らも先に来てたのか。だけど、ここに来ようと思ったのは俺たちの方が先なんだぞ。たぶんだけど」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね。でも、先に着いたのは私たちよ。誰が何と言おうともね」

「そ、そりゃあそうだよな。それだけは認めん訳にはいかんか。まあ、ここは一つ引き分けってことにしとこうか」

「はいはい、そうしておいてあげるわよ」


 大作とお園の夫婦漫才を青左衛門は生暖かい目で眺めていた。眺めていたのだが……

 とうとう痺れを切らしたのだろうか。ちょっと遠慮しながらも果敢に話に割って入った。


「お園様、大佐様。折角お出で頂いたからには見て頂きたい物が数多とございます。ささ、此方へ」

「あっ、そう。んじゃ、見させて頂きますか。理化学研究所の成果物とやらを」

「では、此方へ。三吉どん。今からお二方をご案内致す故、留守を頼んだよ」

「畏まりましてございます!」


 三吉と呼ばれた若い手代は元気良く返事をしながら大作とお園に向かって深々と頭を下げる。

 二人は軽く会釈を返すと青左衛門の後ろに金魚の糞みたいにくっ付いて歩いて行った。




「ここではきものをぬいでください」

「えぇ~っ! 裸になるんですか?!」

「いやいや、履物を脱いで下さいと申し上げたのでございます」

「で、ですよねぇ~っ! 変だと思いましたよ」


 そんな阿呆みたいな話をしながら三人は草鞋を脱いで上履きに履き替える。

 重くて分厚い扉をゆっくり開くと勢い良く金属と金属がぶつかり合うような大きな音が聞こえてきた。


「お園様、大佐様。宜しければ此れをお使い下さりませ」


 大作とお園は青左衛門から密閉型ヘッドホンみたいな形をしたイヤーマフを受け取ると頭に被った。

 お陰で酷い騒音は随分とマシになる。だが、そのせいで青左衛門が何を言っているのかさぱ~り分からなくなってしまった。

 途轍もなく大きな騒音を立てていたのは猛然と上下運動を繰り返す蒸気ハンマーのようだ。見上げるほど大きな機械からは勢い良く蒸気が吹き出し、太い鉄の棒が激しく打ち下ろされている。

 ここは労働環境としては最低最悪の極みだな。長時間いたら熱気と振動と騒音の三重苦で参っちまいそうだ。


「……! ……!」


 青左衛門が酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせている。だが、イヤーマフのせいでやっぱり何を言っているのかさぱ~り分からない。分からないのだが……

 黙っていては負けた気がする。大作も負けじとばかりに口をパクパクさせた。


 余りにも無様な遣り取りを見るに見かねたのだろうか。お園は二人の着物の裾を引っ張って隣室へと連れて行く。扉が閉まると同時にさっきまでの騒音が随分とマシになった。


「忝うございます、お園様。されもやは、蒸気ハンマーは役に立ちまするな。十人の手代に勝るとも劣りませぬ。然れども随分と騒がしゅうございますな」

「して、青左衛門殿。アレはいったい何を作っておられたのでしょうや?」

「ああ、あれは鉄砲の銃身を冷間鍛造しておったのでございます。予めライフリングの入った鉄の棒を鉄の筒で包み、強く叩いてやれば…… いやいや、大佐殿には釈迦に説法でございますな。此の遣り方を教えて下さったのは大佐様ではござりますまいか。しかし上手い遣り方にございますな。プレスで作っておった頃とは大違い。一日に作る事の叶う数も質も比べ物になりませぬぞ」

「そ、そうなんですか。それは良かった良かった良かったですね。まあ、事故にだけは気を付けて下さりませ。あんなのに手を挟まれでもしたら目も当てられません。痛いどころの騒ぎじゃありませんからね」

「ご安堵下さりませ。安全監視員が常に目を光らせております故。まあ、真に目が光っておるわけではございませんが。さて、お次は実包の生産ラインをご覧頂きましょうか。此方も先月に導入したばかりの水圧プレス機が役に立っておりますぞ。火薬や鉛、銅さえ滞りなく手に入れば一日に一万は作る事が叶いましょうて。ささ、此方へ……」


 この日、大作とお園はフル稼働で武器弾薬を製造する生産ラインの見学に終始した。




 数時間後、大作とお園は美唯と静流を伴って虎居の城下をぶらぶらと歩いていた。

 暫しの間、物憂げな表情で沈思黙考していたお園が急に振り返って口を開く。


「ねえ、大佐。ひょっとすると鉄砲や弾の製造工場を虎居に作ったのは誤りだったかも知れんわねえ」

「ん? 何でそう思うんだ、お園」

「もしも祁答院の大殿のお気が変わられて生産設備を接収でもされたら大事じゃないの。大佐が供与した技術が一遍に漏れてしまうわよ」

「うぅ~ん…… まあ、それはそうなんだけどなあ。でも、現状では山ヶ野と祁答院は一心同体少女隊みたいな物だぞ。いきなりそんな過激な手に出るかなあ? それに鉄や煙硝、銅、鉛、エトセトラエトセトラ…… 資源の供給ルートはこっちが抑えてるんだ。予算的なことだってあるしな。仮に工場を取られたとしても祁答院に短期間で数千丁もの鉄砲を生産することは不可能だ。現実的な脅威とは思えんのだけど」

「ふぅ~ん。大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 お園の中では初めから結論は出ていたのだろうか。話は始まった時と同じように唐突に終わってしまった。




 日が西の空に傾き始めたころ、大作とお園、美唯、静流は材木屋ハウス(虎居)へ帰り着いた。

 四人は裏口へ回ると台所の様子を伺う。中ではKP勤務の少女たちが夕餉の支度に勤しんでいた。


「今日のメニューは何じゃらほい。うぅ~ん…… メインディッシュは焼き魚みたいだん。あと、芋の煮っ転がしに得体の知れん野菜のお浸しか」

「私、お腹が空いて目が回りそうよ。じゅるるぅ~っ!」


 少しでも早く夕餉にあり付きたい大作とお園は台所の仕事を手伝おうとする。手伝おうとしたのだが……


「お園様に斯様な事をして頂かぬとも結構にございます。ささ、食堂にてお待ち下さりませ。今お茶をお淹れ致します故、いま暫く御辛抱のほどを」

「だったら机の上を拭いておくわね。この雑巾を借りるわよ」

「いやいや、お園様。斯様なお気遣いは無用。後生ですから座ってお待ち下さりませ。伏してお願い申し上げます」


 そこまで言われては流石のお園も黙って従う他は無い。と思いきや、天衣無縫のお園という人物は常識という鎖で縛り付けて置くには自由人過ぎたらしい。人数分の食器や箸を並べたり、座布団を敷いたりと五臓六腑…… じゃなかった、八面六臂の大活躍を見せる。

 大作も黙っていては間が持たない。半ば嫌々ながら配膳を手伝った。


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