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巻ノ四百五拾五 殺せ!島津実久を の巻

 祁答院良重から突然の呼び出しを受けた大作はお園や美唯、静流と連れ立って虎居城へと駆け付ける。

 だが、いったい何事かと訝しむ一同の前に示されたのは前の薩摩守護、島津実久(薩摩守)から良重へ送りつけられてきた密書だった。

 この時代の崩し字なんて読めるはずもない大作は適当なことを言って誤魔化すや否や、三十六計逃げるに如かずとばかりに虎居城を後にした。


「はあ、はあ、ふう…… どうやら無事だったのは俺たちだけみたいだな」

「そうみたいねえ。そうじゃないかも知らんけど」

「んで、お園。あの手紙にはいったい何が書いてあったんだ? 要約してくれるかな?」

「分かったわ、大佐。ちなみに明の国では手紙っていうとトイレットペーパーを指すのよ。ここ、試験に出るから覚えておいた方が良いわよ。んで、薩摩守様からの文に書いてあったのはねえ…… 島津貴久(陸奥守)の事を色々と悪し様に書いてあったわね。我こそは真の薩摩守護なりとか、貴久が修理大夫を欲して奸計を企ててるとか。公方様に取り入って『義』の偏諱を頂こうとしてるみたいね」


 ちょっと遠い目をしたお園は遥か地平線に棚引く雲を見詰めながら呟くように語った。

 美唯と静流は分かったような分からんような顔をしながらも黙って聞いている。

 もしかして、チームの和を保つためには補足説明が必要なんだろうか? 大作は頭をフル回転させながら何とか言葉を捻り出した。


「確か島津実久って奴は今から三年ほどで死んじゃうんだよな? 遥々、京の都まで行って政治活動をやってたみたいなんだけど帰路で発病したとか何とか。旅先で流行り病にでも罹ったのか。はたまた長旅の疲れとかかも知らんけど。とにもかくにも京くんだりまで行ったりせずに家で大人しくしてりゃ死ななかった可能性はあるよな?」

「そりゃあ、あるかないかで言ったらあるんでしょうね。でも、いったい何の病かまでは分からないんでしょう?」

「まあ、医療が未発達な時代だからな。良く分からん病気は何でもかんでも流行り病の一言で片付けられちゃうんだよ。歴史上の有名人ですら確固たる死因が分からん人は珍しくもない。とは言え、実久にも長生き作戦を実施するメリットは大きいかもしれんな」


 大作はスマホを取り出すと島津実久に関する情報を探して拾い読みする。


「今現在、薩摩半島を実行支配している貴久は今年、長年に渡って居城としていた伊集院城を出て新たに築いた内城とかいう城に移ったそうだ。敢えて守護所の清水城を避けてだ。これがいったい何を意味しているか分かるかな?」

「さぱ~り分からないわ。教えて頂戴な」

「いや、俺にも分からんよ。だってWikipediaに書いていないんだもん。ま、それはともかく貴久の政治工作は続く。再来年には念願の修理大夫に任じられるそうな。将軍の義輝にも金を掴ませて嫡男に偏諱を貰うことに成功する。そうこうしてる間にも実久が死亡。実久の嫡男は貴久が守護であることを認めざるを得ない。島津一門も揃って貴久に忠誠を誓う。事ここに至って漸く蒲生、祁答院、入来院、菱刈が島津に反旗を翻すが時すでに遅し。戦力バランスは既に島津側に大きく傾いていた。国人連合軍は加治木城を攻めるが肝付兼演は粘り強く抵抗する。攻めあぐねている内に島津が岩剣城を攻める。慌てて加治木城の包囲を解いて救援に駆け付ける。そこを肝付に背後を突かれて大敗っていうのが史実だな」


 そこで一旦言葉を区切った大作は一同の顔を見回す。だが、揃いも揃ってさぱ~り分からんといった顔だ。

 いったいこの話のオチはどこへ持って行けば良いんだろう。流石に投げっぱなしジャーマンは不味いよな。うぅ~ん分からん。さぱ~り分からん。いや、閃いた!


「だったらやむを得ん。実久を殺そう。長生き作戦の反対。早死作戦を実施するんだ」

「え、えぇ~っ! それって大佐が言ってた島津を滅ぼすっていう元々の(はかりごと)に叶う事なのかしら?」

「いや、それはどうなんだろうな? でも、そもそも俺がやりたいのは歴史改変なんだよ。島津なんて死のうが生きようがどうでも良い些事に過ぎんのだ。日本の歴史を大きく書き換える。それさえ達成できれば成功だ。史実で早死する奴が長生きする。一方で明治まで続くような名家がとっとと滅びちゃう。とにもかくにも明治維新の立役者、薩長土肥だけは滅ぼさにゃならん。言うまでも無いけど徳川もだな」

「だったら…… だったら足利を生き長らえさせるっていうのはどうかしら? 確か今の公方様は三好に殺められるんだったわよねえ。其れをお助けして天寿を全うして頂いたら面白いんじゃないかしら?」


 言うに事欠いてお園の口からとんでもない妙案が飛び出した。だが、室町幕府が続いたら天下統一も何もあったもんじゃね? かと言って、義輝は傀儡政権になんてできそうもないし。って言うか、そのせいで三好に殺されたんだもん。

 大作は灰色の脳細胞をフル回転させて無い知恵を振り絞る。無い知恵を振り絞ったのだが…… なにもおもいつかなかった!


「閑話休題。取り敢えず材木屋ハウス(虎居)に戻って昼餉にしよう」

「そうよねえ。お腹が空いたら良い考えも思い付かないわ」

「ならば此方でございます。私が一っ走り先に行って昼餉の支度をお願いして参りましょうか?」

「いやいや、静流。お前さんは護衛だろ。こういうのは連絡将校の美唯の役目だな」

「え、えぇ~っ!」


 思いっきり不満そうに口元を歪ませた美唯はブー垂れならがも小走りで描けて行く。


「ふっ、馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ!」

「はいはい、大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 歩くこと暫し。幸いなことに道に迷うこともなく無事に材木屋ハウス(虎居)に着くことができた。


「随分と遅かったわね、大佐。美唯、先に食べてたわよ」

「あのなあ…… って、まあ別に良いか。先に食べるくらは。んで? 美味しいか、美唯? 人より先に食べる昼餉は?」

「そうねえ、とっても美味しいわよ。美唯、焼き魚なんて久しく食べてなかったんですもの。大佐にくっ付いてきて本に良かったわ」


 美味しそうに食後のほうじ茶を飲む美唯の笑顔には一欠片の屈託すら無い。戦国乱世の悲しみや苦しみと一切の関わりを拒絶したかのような表情はまるで菩薩のようだった。




 昼餉を終えた大作たちはほうじ茶を飲んで寛ぐ。


「んで? これからどうするつもりなの、大佐。せっかく虎居くんだりまできたんですもの。ついでに何か用事を片付けちゃいましょうよ」

「そうは言うがな、お園。急いでこっちにきたから何の準備もできていないぞ。留守の間に何があったのかも良く分からんし。下手に突いて藪から蛇が出たら困っちゃうだろ?」

「だったら余計に自ら動かにゃならんわね。取り敢えず青左衛門様の所へ伺って鉄砲やら溶鉱炉やらの進み具合を教えて頂きましょう。それが分からん事には話が始まらないわ」

「嫌なこった。そんなの真っ平御免だよ。人の敷いたレールの上を黙って進むだなんて行き方は俺には似合わないんだ。自由な雲のように好きにやらせてもらうよ」

「そう、良かったわね。だったら大佐の思うままにやりなさいな。私は私で勝手にさせてもらうから」

「あっそう!」


 売り言葉に買い言葉。全く持って訳の分からないまま大作とお園は別行動を取ることになってしまう。


「ところで、大佐。護衛の静流には私に付いてきて貰うわよ。文句は無いわね?」

「いや、だったら俺の護衛はどうなるんだ?」

「美唯がいるじゃないの」

「ちょ、おま…… 美唯は連絡将校だろ? 銃だって持っていないし」

「銃? そんなの飾りじゃないの。偉いお方にはそれが分からんのでしょうね」


 取り付く島もないとはこのことか。例に寄って例の如く、お園の訳の分からない屁理屈で大作は押し切られてしまった。




「それで? 大佐はいったい今から何処へ行こうって言うのよ?」

「うぅ~ん…… それを考えるのも連絡将校の役目なんじゃね?」

「そんなの美唯、知らんわよ! まあ、虎居の城下を当ても無くぶらぶらするのも良いんじゃないかしら?」

「だったら…… だったら青左衛門のところへ行ってみようかな?」

「えぇ~っ! 大佐ったらお園様が鍛冶屋へ行こうって言った時は嫌だって言ったじゃないの!」


 心底から呆れ果てたといった顔の美唯が唇を尖らせる。


「あのなあ、美唯。だからこそ、敢えて裏をかいてやるのさ。きっとお園の奴、びっくりするぞ」

「いや、その、あの…… 呆れ返るんじゃないかしら。たぶんだけど」

「とにもかくにも善は急げだ。先んずれば人を制す。さあ、行くぞ。レッツラゴー!」

「しょうがないわねえ。一つ貸しよ」

「いやいや。貸しとか借りとかじゃないですから」


 そんな阿呆な話をしながらも大作と美唯は虎居の城下を小走りで駆け抜ける。駆け抜けたのだが……

 例に寄って例の如く、道に迷ってしまった。


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