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巻ノ参百九拾参 ツアーコンダクター静流 の巻

 山ヶ野から虎居へと続く山道をガタガタゴトゴトと賑やかな音を立てながら荷馬車が進んで行く。

 荷台には大作とお園の仲良し夫婦と連絡将校の美唯。そして護衛役として連れてきた静流。その

四人が積み荷の隙間に窮屈そうに身を寄せ合って座っている。


「お園様、大佐。数多に控える修道女軍団の中から私を護衛役に選んで頂き恐悦至極に存じます」

「いやいや、お礼を言いたいのはこっちだよ。大して給料も違わんのに護衛なんて危険な任務を引き受けてくれてありがとな」

「何を申されますやら、大佐。危険手当が一日に銭五紋。もし戦になれば倒した敵一人につき銭十紋。こんな有り難いお話はございません。静流は早う敵を撃ちとうて矢も盾もたまりませぬ」


 静流は腰の両側にぶら下げた二丁の短筒を両手で弄びながら心底から嬉しそうに微笑む。

 もしかしてこいつも三の姫の御同類なんだろうか。初めて会った時とは随分と印象が変わったよなあ。時間の経過とは人をここまで変えてしまうものなんだろうか。大作は柄にもなくセンチメンタルな気分になってしまった。


「ところで静流。その短筒はどんな構造になってるんだ? 火縄とかはいらんのか?」

「此れはつい先日、萌様が鉄砲鍛冶に造らせし火縄を用いぬ鉄砲にございます。親衛隊の中でもほんの一握りの者しか手にできぬ真に珍しき物。故に私も修練の折、ほんの半日ほど試し撃ちしただけでございます」

「ちょっと失礼。ふぅ~ん、短銃なのにボルトアクションになってるんだな。変なの! って言うか、ライフル銃を切り詰めた感じだな。口径は六ミリくらいかな? リム無しの細長い金属薬莢にセンターファイヤーの雷管。装弾数は…… 十二発か。やっぱこれは拳銃と言うよりか切り詰めたカービン銃だな。いやいや、別に貶しているわけじゃないぞ。そんな鬼みたいな顔をしなさんなよ。せっかくの美人が台無しだぞ」

「べ、別に拗ねてはおりませぬ。然れども萌様よりお預かりした鉄砲の事を悪し様に申されるのはお控え頂けませぬか?」

「だから貶していないってば! 分析? 感想? 心に移り行くよしなしごとを思うがまま口走っただけじゃん。それをそんな風に言われたらこっちだって何も言えなくなっちゃうじゃんかよ。それこそ言論封殺だぞ」

「はいはい、お仕舞い。この言い合いはここで引き分けよ。世の中には白黒をはっきり付けないほうが良い事もあるんですからね。静流、大佐。シェイクハンド!」


 強引に仲裁役を買って出てくれたお園のお陰で二人の会話は無理矢理に終わらされた。




 だが、黙っていては間が持たない。ほとぼりが冷めるのを十分に待った大作は戦いの第二ラウンドを告げるゴングを鳴らした。


「ごんぐ? 其は如何なる物にござりましょうや?」

「いや、あの、その…… 静流さんよ。お前さんまでどちて坊や病の感染者になっちまったのか? って言うか、ト書きにいちいち反応しないで欲しいんですけど?」

「ト書き? 其は如何なる物にござりましょうや?」

「うわぁ~っ! 誰かぁ~っ! 誰か助けてくださぁ~ぃ!」


 大作は恥も外聞も無く絶叫する。だが、救いの手なんてどこからも差し伸べてはもらえない。

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。颯爽と現れたお園がゴングとト書きに関して的確で分かり易い解説をしてくれた。してくれたのだが……


「あのなあ、お園。俺の役目を取らんでくれよ。俺から無駄蘊蓄を取ったら何が残るっていうんだ?」

「何にも残らんわね。あはははは……」

「はっきりいう、気に入らんな。まあ、別に良いんだけどさ。んで、静流さんよ。お前さん、鉄砲の腕前は如何ほどの物なんだ?」

「射撃検定においては常に秀を頂いておりました。隊の射撃大会でも優勝しております。此れはその折に頂いた徽章にござりますれば」


 ドヤ顔を浮かべた静流は体を捻って胸を突き出すように見せつける。着物の襟元にはピンで止められた小さな金属製のバッジが鈍い輝きを放っていた。どうやら鉄砲の形をデフォルメしているようだ。


「ふ、ふぅ~ん。山ヶ野で一番上手いとは恐れ入ったな。って言うか、ちょっと引いちゃったよ。でもまあ、当てにしてるから万一の時には頼んだぞ」

「お任せ下さりませ、大佐。何せ一人倒せば銭十紋の出来高払いです故」


 自信満々といった顔をしているが本当に当てにして大丈夫なんだろうか。いざという時、真っ先に逃げ出したりしなきゃ良いんだけれど。

 とは言え、ノリノリで敵を撃つような奴だったらそれはそれでドン引きだなあ。

 まあ、その時はその時だ。いま心配したところでどうにもならんし。大作は考えるのを止めた。




 徒歩で移動していたころは虎居と山ヶ野を行き来するだけで半日は掛かっていただろうか。

 だが、馬車の力は余りにも偉大だ。僅か二時間ほどで駆け抜けてしまった。材木屋ハウス(虎居)前の停留所で降りた大作たちは御者に丁寧に礼を言って降りる。

 とは言え、速さの代償は予想外に大きい。激しい振動と衝撃で大作たちを激しい疲労が襲った。


「美唯、お尻が痛くてしょうがないわ。せめて座布団を敷いて欲しかったわねえ」

「モーツァルトも子供のころヨーロッパ中を演奏旅行していたらしいけど、馬車の乗り心地には悪態をついていたな。何とかしてショックアブソーバーやらシートのクッションやらを改良せねばならんな。でなきゃ、我々のに深刻な影響を及ぼしかねんぞ」

「それか空気入りのゴムタイヤね。もしくは、スポーク形状を工夫したエアレスタイヤとか」


 そんな阿呆な話をしながら積荷の積み下ろしを手伝った一同は虎居城の城門を目指して歩く。


 門前には例に寄って例の如く、二人の門番が暇そうに屯していた。大作は無言で軽く会釈して城門を潜る。もうすっかり顔パスなのだ。

 三の丸の手前には弥十郎がキリンみたいに首を長くして待っていた。


「待ちかねたぞ、大佐殿」

「何ですか? その、宮本武蔵みたいなセリフは?」

「違うわ、大佐。待ちかねたのは佐々木小次郎よ」

「はいはい、マジレス禁止。分かってて、態とボケたんだよ。んで、工藤様? いったい大殿は如何なされましたかな?」


 大作とお園の夫婦漫才を生暖かい目で見ていた弥十郎は急に真顔に戻ると声を少し落として早口で囁いた。


「実は昨日、出水の薩摩守様(島津実久)より密書が届いてな。其の事で和尚のお知恵を拝借したいとの仰せなのじゃ」

「あのですねえ、工藤様。大殿は拙僧のことを無い知恵が無限に湧き出てくる魔法の壺とでも思うておられるのですか?」

「まほう? 其は如何なる物じゃ?」

「はいはい、どちて坊や乙! 魔法っていうのは高度に発達した科学と区別がつかん奴ですよ」


 工藤弥十郎を適当にあしらいつつ大作は二の丸を進む。土橋を通って本丸へ入り、見慣れた建物の入口を潜った。

 どうやら本丸御殿は半年前と同じで何の補強工事もされていないようだ。


「って言うか、静流は此処へくるのは初めてか?」

「無論にございます。お城の中へ入るなど生まれて始めてのこと。何もかも皆、珍しゅうございます」

「ふぅ~ん、そんな物かなあ。まあ、こんなの三回も来れば慣れちゃうよ。できるなら、その感動を一生大切にしてくれ」

「御意!」


 玄関で足を洗い、廊下を進んで行くこと暫し。一番奥にある城主のプライベートスペース的な部屋に祁答院良重がぼぉ~っと佇んでいた。


「ノックしてもしもぉ~し? 大殿、本日は御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」

「おお、大佐殿。漸く参られたか。遠慮は要らん。近う寄れ」


 別に遠慮してるわけじゃないんですけど。大作は口まで出掛かった言葉を飲み込んで半歩ほど這い進む。


「お話の前にご紹介させて下さりませ。こちらはボディーガードの静流です。以後、お見知りおきのほどを」

「で、あるか。さて、和尚。先ずは此れをご覧あれ」


 良重は手元の文机から折り畳まれた紙を取り出すと広げて畳の上に置いた。B4横くらいの大きさの和紙には何やらびっしりと文字らしき物が書き込まれている。書き込まれているのだが……

 読めない! 読めないぞ! 例に寄って例の如く、ミミズがのたくったような不思議な文様はアラビア語かと見紛うばかりだ。

 だが、左下に花押と思しき物があるので上下の区別だけは辛うじて付けられる。大作は精一杯のポーカーフェイスを装いながら言葉を紡いだ。


「うぅ~ん、これはこれは。お園、どうだ? どう思う?」

「さ、さあ…… 私に言われても困っちゃうわ。静流、貴方はどう思うかしら?」

「さ、さあ。私はどうも思いませぬが? 美唯はどう思うの?」

「み、美唯が? 美唯も何とも思わないわよ。知らんけど」

「ってことみたいですな、大殿。薩摩守が何を言ってきたのか知りませんが、無視で宜しいでしょう。フビライ・ハーンやポツダム宣言みたいに完全黙殺で放っておきましょう。きっと時間が解決してくれますよ」


 大作は根拠の欠片も無い楽観論を自信満々のドヤ顔でぶち上げる。

 余りにも堂々とした態度に良重は渋々ながら納得させられてしまった。


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