表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
452/516

巻ノ四百五拾弐 聞け!心して の巻

 翌日、山ヶ野では朝餉を終えた直後に上級幹部を招集した緊急ミーティングが開かれた。

 サツキやメイ、ほのかや藤吉郎といった有象無象も何時の間に戻ったのかは知らないが雁首を揃えている。


「みいてぃんぐ? 其れって美味しいの?」


 元祖どちて坊やの本領発揮とばかりにほのかが口を開く。


「えぇ~っと…… ミーティングっていうのは寄り合いのことだよ。小英語に『見つける』とか『出会う』って意味のmeatnっていう動詞があってな。これが変化して集まるって意味のmeetっていう動詞ができた。んで、集会(meting)っていう動名詞になったんだとさ。だからミーティングって言葉の本来の意味は『何か話し合うために集まること』を指すらしいぞ。十六世紀初頭には既に使われていたっていうから、いまイギリスに行けば通じるんじゃないのかな? 知らんけど」

「ふ、ふぅ~ん。それで? 今日はいったい何を話し合うっていうのかしら?」


 さぱ~り分からんといった顔のほのかは小首を傾げてきょろきょろと皆の顔を見回した。

 一瞬の間を置いて萌が左手を軽く掲げながら言葉を発する。


「良くぞ聞いてくれました! それはねえ。昨日に発生した大規模通信障害の原因究明と再発防止策の検討よ。経理部が纏めてくれた速報の概算値によれば被害総額は直接的な物だけでも銭十五貫文にも上るわ。さらに関係各所に与えた信用の毀損やチャンスロス。将来的なことまで考えたら今後の金山ビジネスに及ぼす影響は計り知れないでしょうね。二度とこのようなことが無いよう、徹底的に……」

「あの…… そのことなんだけどさ。もしかしたら原因は俺かも知れないんですけど……」


 大事になる前に正直に話した方が吉かも知れん。大作はなけなしの勇気を振り絞って正直に打ち明ける。打ち明けたのだが……


「はぁ~~~っ?! 何ですって? あの大騒ぎの犯人があんただって言うの? いったい何をやらかしてくれたのよ? 事と次第によっちゃあ損害賠償にまで発展するかも知れんわよ。無論、ポケットマネーでね!」

「いやいや、話せば分かる。話せば分かってもらえますから。問答無用とか言っていきなり射殺したりせんでくれよ? アレはアレだったんだよ。アレ。うぅ~ん…… 抜き打ち訓練! そう、通信障害が起こった時を想定した訓練を事前の予告無しに実施したんだ。その結果、様々な問題点を見付けることができた。これら成果物を基に、改善活動を行ってもらえるかな?」

「あのねえ、大作。それって迷惑にも程があるわよ。銭十五貫文もの損害を出してまでやることかしら? 物には限度があるでしょうに」

「いやいや、本番で取り返しの付かないことになるよりかはよっぽどマシだよ。これがもし島津の奇襲攻撃だったら今ごろ俺たちは皆お陀仏だったんだぞ。それを考えたら授業料としてはむしろ安い方だぞ。たかが銭十五貫文で命を買えたんだからな」


 大作はポンと両手を打ち鳴らすと話題の終了を一方的に告げた。一同は皆が揃いも揃って納得が行かないという顔をしている。だが、マトモに相手をするのも時間の無駄だと分かっているのだろう。誰一人として突っ込みを入れる者もいなかった。


「では、閑話休題。俺たちの留守中に何か変わったことはなかったかな? あったら報告してくれるかな? 通信障害の他でな」

「うぅ~ん…… 細かい事は日報を見て貰うとして特に変わった事はなかったかしら? そうそう、木浦村の名主職を買ったわよ。前々から頼まれてたんですって? 私、何の引き継ぎも受けていなかったけどお買い得みたいだったから適当に値切って買っちゃった。問題無いわよねえ?」

「か、買っちゃったのか? いや、まあ萌が良いと思ったんなら良かったんだろう。萌ん中ではな」

「産金に関しては壁に貼ってあるグラフの通りに順調よ。鉄砲の製造と販売も目標を余裕で達成しているわ。蒲生や肝付、遠い所では松浦からも纏まった注文が入ってきてて納期に若干の遅れが出始めているところかしら。そうそう、オストワルト法の実証試験が先週から始まっていて……」


 立板に水のように話し続ける萌の言葉は大作にとって子守唄のように心地よい。母親に優しく抱きかかえられた赤子のようにすやすやと眠りに落ちて……


「もしもぉ~し! 聞いてる? Can you hear me?」

「へぁ? んっ、何だ何だ? 聞いてます、聞いてます、聞いてますから! ちゃんと聞いてますってば!」

「そう? じゃあ、いま何の話しをしていたか言ってみなさいよ」

「あのなあ…… そんな風に人を試すような真似はせんでくれるかな? ちゃ~んと聞いていたんだからさ」

「まあ、良いわ。そういうことにしといたげる。一つ貸しよ」

「いやいや、貸しとか借りとかじゃないですから!」


 武士の情けという奴なんだろうか。萌は早々に追求を打ち切ってくれた。いや、単にマトモに相手をするのが阿呆らしいと思われただけかも知らんけど。


「さて、それじゃあこれから先のことを考えるとしようか。鉄砲のコンバットプルーフも完了して製造や販売も順調。心配なのは生産が追い付かないことくらいか? とは言え、普及が一段落すれば新規需要は落ち込むはずだ。設備投資が過剰にならないよう気を付けねばならん。まあ、これは青左衛門に任せておこう。それから入来院の水軍。こちらも完成間近といったところだ。八八艦隊が完成した暁には盛大な式典が必要だな。藤吉郎、何かド派手な演出を考えておいてくれるかな?」

「某の如き小者に斯様な大役をお任せ頂けるとは光栄の至り。命に代えても見事なる式典をご覧に入れて存じまする」

「いやいや、命は賭けんでも良いぞ。労災とか色々と大変だからな。あと、小竹。お前も一緒にやってくれ。藤吉郎のやり方を見てここでの仕事の進め方を覚えてくれ」

「御意!」


 分かったような分からんような表情を浮かべた小竹が短く答える。だが、本当に意味が分かっているんだろうか。謎は深まるばかりだ。


「さて、ここからが本題だ。皆、心して聞いて欲しい」

「こころして?」

「ちゃんと聞いてくれってことだよ」

「それが何で心してなの? ねえ、何でなの?」


 またもや、ほのかのどちて坊やが炸裂した。鰻登りのほのかのテンションに反比例して大作のやる気がモリモリと下がって行く。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。お園が素早く助け舟を出してくれた。


「増鏡に後鳥羽院がお詠みになった『我こそは新島守(にひじまもり)隠岐(おき)の海の荒き波風心して吹け』って歌があるわよ。心してっていうのは気を付けろってことだわ」

「ふ、ふぅ~ん」

「ご納得いただいたところで話を続けさせてもらうぞ。織田信長の父、信秀の没年は諸説あるみたいだが定光寺年代記によれば再来年の天文二十一年(1552)三月九日らしい。だが、箕水漫録では天文二十年(1551)ともされている。まあ、天文二十年四月二十四日付で備後守信秀名の判物があるそうなんで現代では天文二十一年説が濃厚なんだけどな」

「んで、それがどうしたっていうのよ? 信秀ってお方が来年亡くなるか、再来年に亡くなるか。それが問題なのかしら?」


 お園が左手で頭蓋骨を持ち上げるような仕草をしながら小首を傾げた。

 萌を除く他の面々も一斉に揃って同じ方向に小首を傾げる。その余りにも見事なシンクロ振りに大作は思わず吹き出しそうになる。だが、空気を読んで何とか我慢した。


「良くぞ聞いてくれました。一部の人には前にも説明したと思うんだけど、ここで信秀長生き作戦を実施する」

「信秀ってお方が身罷られるのを避けようって話だったわよねえ。果たして私たちにそんな事が叶うのかしら」

「叶うのかしらじゃねえ! 叶わせるんだよ!」


 大作は右手を翳し、人差し指と親指で竹串で摘まむように擦り合わせる。

 しかし大作の渾身のネタは萌以外の誰にも通じていないようだ。相も変わらず揃いも揃って首を傾げるのみだ。


「まあ、成功率が低いのは端から覚悟の上だ。だけども大してコストが掛かる話でもないじゃろ? 今はやれることを全部やってみようじゃないか。考えてもみろ。もし、信秀が数年でも長生きしていたら織田は今川と和睦していたかも知れん。信長と信勝は仲良くはできんでも表立って対立しなかった可能性もある。大和守家とも仲良くできたりしてな。夢が広がリングだろ?」

「それは分かったけど如何にすれば長生きさせられるのかしら? そも、信秀ってお方はどんな風に身罷られたんでしょうねえ?」

「昔から病死説、腹上死説、暗殺説があったらしいけど現代では病死で間違いないとされているな。信長公記にも疫病。つまりは流行り病だって書いてあるし。ただし、病名までは良く分からん」


 大作はスマホを弄って情報を拾い読みしながら取り留めのない話をダラダラと続けて時間を稼ぐ。


「そもそも亡くなる二、三年前から病気がちで寝込んでいたのは間違いないらしい。そうなると糖尿病、脂質異常、高血圧、動脈硬化、虚血性心疾患、脳血管疾患、エトセトラエトセトラ…… 信長が京風雨の薄味料理を不味いって言ったエピソードがあっただろ? ってことは、尾張の人間は普段から塩辛い物を食べていて塩分過多だった可能性がある。大酒飲みだった可能性もあるしな。それに、晩年は色々と失態続きでストレスが酷かっただろうし。三月って言えばまだ寒い時期だし、急に倒れたとすると脳血管か心疾患が怪しい。けど、風邪を拗らせたって可能性もあるしな……」

「要するにさぱ~り分からんってことよね?」

「まあ、有り体に言えばそうなるな。とにもかくにも今やれることは全部やろう。萌、確かサルファ剤の製造には成功したんだよな?」

「ええ、既に量産体制に入ってるわよ。人体実験…… じゃなかった、臨床試験も済んでるしね」

「あとは食事指導と運動だな。堺の会合衆の伝手にでも頼み込んで京から名医を派遣してもらおう。最新の東洋医学だとか何とか言ってアルコールや塩分を制限させる。通常のアルコール代謝能を有する日本人の『節度ある適度な飲酒量』は純アルコール量で一日平均二十グラム。これを徹底させる。それと一日に一万歩を歩くことを目標に……」


 この日、山ヶ野の幹部たちは織田信秀を如何にして長生きさせるかについて無い知恵を絞った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ