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巻ノ四百五拾 信じるな!デマを の巻

 三ヶ月にも及んだ長い長い旅を終え、漸く懐かしい山ヶ野へと戻った大作とお園は中央指揮所で愛舞美唯の三姉妹から留守中の報告を受ける。報告を受けたのだが……

 見る影もなく変わり果てた姿の美唯の口から飛び出したのは驚天動地の問題発言だった。


「修道女軍団、くノ一、忍び、突撃隊、親衛隊、郷土防衛隊、義勇民兵隊、エトセトラエトセトラ…… これらの全てが統合参謀本部議長を務める桜の指揮管理下に入ったわよ」


 そんな重大案件を大作やお園はおろか、幹部要員の全員が全員とも出払った状態で決めたというのか?

 これってもはや政治的クーデターなんじゃね? 大作の脳裏に次から次へと物騒な想像が浮かんでは消えて行く。その繰り返しはさながら海岸に打ち寄せては返すさざ波の如しだ。

 余りにも衝撃的な事実を突き付けられた大作は思わず前後不覚に陥って思考停止してしまう。だが、それを断ち切って強制的に再起動させたのはお園の鶴の一声だった。


「大佐、どうするの?」

「ど、どうするって言われてもなあ…… まずは向こうの出方を伺うしかないんじゃね?」

「違うわ、大佐。今、最も大事なる事は時を如何に使うかよ。いくら桜が名目上の最高司令官になったからと言って、旧巫女軍団の娘たちが私たちから受けた恩をすぐに忘れると思う? そんな筈が無いでしょうに! そんなのお天道様が許しても、巫女頭領改め修道女軍団頭領の私が許さないんですからね!」

「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど。まあ、お園がそう思うんならそうなんじゃね? お園ん中ではな」


 どう声を掛けたら良いのかさぱ~り分からん大作は腫れ物に触るように慎重に言葉を選ぶ。

 だって、お園はすっかり自分の世界に入ってしまっちゃったんだもん。大作の言葉など馬の耳に念仏。完全に右から左へと聞き流しているようだ。


「愛! 舞! 美唯! あんたたちに限って恩を仇で返す様な真似はしないわよねえ? お寺で虎児…… じゃなかった、孤児として育てられていたのを此処へ連れてきたのは私たちでしょう? そして綺麗な着物を着せて美味しい御飯をお腹いっぱい食べさせてあげたわよねえ? 床下から煙硝を採ったり、美唯は大佐の連絡将校を務めたりで随分と骨折りだったわね。でも、私や大佐は常日頃からあんたたちの働き振りに報謝してるのよ。一時たりとも其れを忘れた事など無いわ」

「滅相次第も無いお言葉にございます、お園様。我ら三人もお園様や大佐から受けたご恩の数々を忘れた事などございませぬ」

「だったら誰に付けば良いのか分かっているわよねえ? 黙って私と大佐に従いなさい。決して悪い様にはしないから。そうねえ…… 愛、あんたは事が成就した暁には修道女軍団の副軍団長を任せるわ。私の右腕となって働いて頂戴な。んで、舞。あんたには親衛隊を任せるわ。この先、二度と斯様な事が起こらぬように大佐と私を守って頂戴な。二六時中ね」


 昔の人は一日中のことを二六時中と言っていたんだそうな。それが明治になって一日が二十四時間になった時から四六時中と言うようになったんだとか。

 へぇ! へぇ! へぇ! 大作は自分で自分に豆知識を披露した。

 そんな阿呆なことをやっている間にもお園の独演会は続く。


「それから美唯。あんたには何をしてもらおうかしらねえ…… こんなことがあったからにはくノ一や忍びの組織には抜本的な改革が入用ねえ。両方とも一旦は解体して情報省として再編しましょうか。偵察や情報収集を行う部門と得られたデータを解析する部門は完全に分離。それと、破壊工作やカウンターテロを行う実働部隊は軍の一部に編入しましょう。美唯、あんたには情報省の長官を任せるわ」

「ちょ、おま、お園様?! 美唯は今のままが良いんだけれど? これからも大佐の連絡将校や小次郎の世話係をやってちゃいけないのかしら?」

「それは誰か他の者にやらせれば良いでしょうに。今は信用の置ける者が一人でも多く入用なのよ。あんたたち三人は山ヶ野にきて初めて一味に加わった貴重な初期メンバーでしょう? 旧巫女軍団の中核を担う選ばれた貴重な人材なんですから。ここは是が非でも首を縦に振って頂戴な」

「こ、こうかしら?」


 さぱ~り分からんといった顔の美唯がカクカクと首を縦に振る。その仕草はまるで不二家のペコちゃんを彷彿させる。


「はい、では此れにて一件落着。只今より状況開始よ。大佐、覚悟は良いわね?」

「えっ、何だって? 俺、あんまり良く聞いていなかったよ。めんごめんご」

「大佐は必要な時に兵を動かしてくれれば良いのよ。私が政府の密命を帯びている事もお忘れなく。それじゃあ、舞。金山内の通信を全て封鎖して頂戴な。伝声管の中継を止めるのよ」

「はい、お園様!」


 舞が通信担当の修道女たちにテキパキと指示を出す。途端に金山内の音声による遣り取りが全面的に停止した。

 山ヶ野金山の伝声管は全てここ、中央指揮所を経由しているの。ただ一箇所を抑えるだけで全てをコントロールできてしまうのだ。


「これって良く考えたら酷い弱点よねえ、大佐。もし此処が敵の奇襲攻撃を受けたら基地機能は完全に止まっちゃうじゃないの」

「で、ですよねぇ~っ! まあ、今の俺たちにとっては正に渡りに舟。お陰さんでこんな芸当ができるんだけどさ。でも、一段落したら改善が必要かも知れんな。そう言えば、インターネットは軍事技術として開発されたって話が……」

「あのねえ、大佐。それは都市伝説よ。そりゃあ高等研究計画局(ARPA)は国防総省の傘下で軍事目的の先端技術研究にも携わっていたわよ。でも、インターネットが軍事目的に作られたなんていうのは全くのデマね」

「でま?」


 小首を傾げた美唯が口をぽかぁ~んと開けて呆けた顔をしている。

 お前は連絡将校兼猫の世話係というよりか、どちて坊や二世でも名乗った方が良いんじゃね?

 大作は心の中で突っ込みを入れるが決して顔には出さない。


「デマっていうのはドイツ語のDemagogie(デマゴギー)の略だな。本来の意味は政治目的で政敵を誹謗中傷して誤った方向に世論を誘導するみたいな? 所謂、フェイクニュースの拡散みたいな感じかな?」

「ふ、ふぅ~ん。それで? それが、いんたあねっととどういう風に繋がりがあるっていうのかしら? 美唯、その故を知りたいわ」

「あのなあ、美唯。お前はもしかして、ほのかの後釜でも狙ってるのか? お前には初代情報省長官の重責を担ってもらわにゃならんのだぞ。その、自覚と責任を持ってだなあ……」

「あとがま?」

「いや、だから重箱の隅を楊枝で穿るみたいな真似は止めて……」

「じゅうばこ?」


 もう、やってられんわぁ~っ! 大作は考えるのを止めた。




 そうこうする間にも伝声管途絶の業務影響が徐々に出始めた。彼方此方から血相を変えた修道女姿の少女が駆け込んでくる。


「水銀の補充をお願いしたいんだけれど伝声管の受け答えが無いのよ。いったいどうなっているのかしら?」

「こっちもよ。午後から体調不良で欠員が一人出るから応援をお願いしたいんだけれども」

「石臼の溝が擦り減ったから目立てを頼むわ。早くしてくれないと砕石作業が滞っちゃうわよ」


 慌てた顔の少女たちが次から次へとやってきて、それほど広くもない中央指揮所はもはや寿司詰め状態だ。

 こいつはもう堪らんなあ。大作とお園は厠へ行くと嘘を吐いて脱兎の如く逃げ出した。




「どうやら生き残ったのは俺たち二人だけみたいだな」

「そうみたいね」


 お園の応対がいつになく素っ気ない。もしかして虫の居所でも悪いんだろうか。

 これは用心の上にも用心が必要だな。大作は卑屈な笑みを浮かべながら上目遣いに顔色を伺う。


「もしもし? どうしちゃったのかな?」

「どうもしなわよ。ただ、お腹が空いてきただけよ」

「な、なぁ~んだ。それだけのことかよ…… 心配して損しちゃったな」

「そ、それだけですって?! お腹が空くのがそれだけですって?! あのねえ、大佐。活動量の少ない成人女性でも一日に必要なエネルギーは千四百~二千キロカロリーにもなるのよ。しかも、バランスの取れた質の高い栄養素を摂らないと……」


 結局、大作は幹部食堂に着くまでの約十分間、お園から栄養学についての講義を受ける羽目になった。


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