巻ノ四拾伍 二人の時間 の巻
大作はスマホを見ながら三人娘に説明する。
「この山ヶ野から北西に半里ほどの永野までが金山だ。東西方向に鉱脈がたくさん走っている。全部で二十八トン、七千五百貫目ほどの金が採れるはずだ。ねこ流しって言う原始的な比重選鉱のせいで川を流れて行った金も多かったらしい。だから上手くやればもっと大量に採れるはずだ」
「その方法もすまほに入ってるのね?」
「Exactly! 残る問題は大量の人手や資材が必要なことだ。それに横川城から目と鼻の先で勝手に金を掘るわけに行かない。とはいえ北原に全部持って行かれるのは癪だ。北原に莫大な利益をもたらすと思わせつつ美味しいところを掻っ攫う。そして本命の菱刈金山の開発に繋げる。少しでも手順を間違えたらお終いだ。みんな良いアイディアがあればどんどん出してくれ」
大作はそう言い切ると両手を開いて見せる。そしてそのまま俺の役目は終わったとばかりに沈黙してしまった。
面倒臭いことを丸投げする気なのだ。
暫しの沈黙の後に渋々といった様子でお園が口を開いた。
「しょうがないわね~。私たちだって役に立つって大佐に教えてあげるわ。まずは北原のことをもっと知りたいわね」
「私に任せて。どんなことを調べたら良いかしら?」
「私めもきっと役に立ってみせるわ」
メイとほのかが胸を張って言う。ようやく回ってきた活躍の場が嬉しくてしょうがないらしい。
お園が首を傾げて考えながら答える。
「北原兼正、その身内、家臣について。兵や百姓の数。民の暮らし振り……」
「鍛冶屋が何軒くらいあるかも調べてくれ。どれも大体の数でいいぞ」
大作が補足する。正確さより早さが重要だ。
お園が続けて意見を述べる。
「兼正が話の通じる相手ならあまり隠し事はしない方が良いわね。すぐばれる嘘は絶対に付かないこと。大佐はこの地にお寺を建てたいってことで良いんじゃないかしら。南蛮人から金の製錬を学んだことがあったので金の鉱石に気付いたことにするの」
大作には話の方向性は正しいような気がした。
ただ、気になることが一つあるので口を挟むことにする。
「キーポイント…… 大事なことは兼正が自分で金山経営をやりたがるかどうかだな。正直言って見当つかん。武田氏は黒川金山を直轄経営せず金山衆という連中に任せていたらしい。でも生野銀山、岩見銀山、佐渡金山とか大抵の鉱山は直轄経営だ。現時点では九州に金山なんて皆無だから採掘から製錬のノウハウ…… やり方は喉から手が出るほど欲しいはずだ。もし食い付かんようなら次に行こう」
まるで、ぶらりと入った店が満席だったかのように大作は気軽に言った。
そんなことを簡単に口にする大作に三人は驚きの表情を隠せない。
「金山ってまだ他にもあるの?」
「佐渡や北海道の鴻之舞は遠すぎるから置いといて、串木野金山の入来院氏は味方だと思って良いのかな。あんまり大友には近付きたく無いけど鯛生金山ってのもあるぞ。福島の高玉金山や北海道の千歳金山も遠すぎるな。そんでもって大口金山。あれ…… えぇ~~~!」
大作が突如絶叫したので三人が顔を顰める。俺は何でこんなにうっかり屋さんなんだ。大作は激しく反省する。
もしかして大口金山に行った方が良かったんじゃないのか? 大作は慌ててスマホで情報を探す。
何か良く分からんけど異常に情報が少ない。いや、中央から遠く離れた九州の、そのさらに僻地の情報なんてこんな物なんだろうか。
享禄三年(1530)に菱刈が相良義滋の支援を受けて大口城を攻める。城代の島津忠明を殺して占領したことは文献にある。
そして相良氏は晴広の代から大口の併合を狙っていたらしい。
その後二十年くらいの間に大口城は薩摩氏に奪還されたようだが時期も経緯も記録に無い。
晴広の嫡男、義陽が当主になったころには大口城は島津配下の西原氏が城主だったようだ。
弘治二年(1556)に相良義滋の次女が菱刈重任に嫁ぎ、相良頼房と重任が相婿となった。
重任は妹を大口城主の西原に嫁がせ、菱刈氏家臣の栗田対馬を送り込む。
西原が病床についた時、重任は八十余名の兵を城中に乱入させて放火し、西原を焼き殺す。
その後、重任は大口城を頼房に献上した。
相良は球磨、八代、芦北から千の兵をローテーションで入れて東弾正忠、丸目頼美、赤池長任に守らせたとのことだ。
読んでいて大作は嫌な気分になった。なんで戦国時代ってこんな外道な奴らしかいないんだろう。
まあ、こんな連中なら殺すときに気が咎めないで済むから助かる。
菱刈、相良、島津、伊東、全員まとめて再教育キャンプ送りだ。
自分だけはこういう目に遭わないようせいぜい用心しよう。
スマホから目線を上げると三人娘が固唾を飲んで大作の発言を待っていた。
「Don't worry! 俺の勘違いだ。山ヶ野金山が駄目なら串木野金山の入来院に行く。それも駄目なら大友の鯛生金山。最悪の場合は佐渡金山。大口金山の西原は島津側だから駄目だ」
「all right! 急に大声だすから良く無いことかと心配したわよ」
お園がついに英語で返してくれた。大作はとても嬉しくなった。
「まずは北原兼正が交渉できるマトモな相手かどうかの見極めだ。こっちの情報を聞き出すために僧侶でも拷問するような外道だったらスルーした方が良い。義に篤い立派な人物なら申し分無いが一か八かの賭けは御免だ」
「わかったわ。家来衆から百姓まで兼正の評判を聞いてみるわ」
ほのかが志願した。この種の任務なら対人関係で難有りのメイより向いていそうだ。
「メイは兵や百姓の数、城構え、金回りなんかを調べてくれ。二人ともくれぐれも無理するなよ。コソコソ嗅ぎ回ってるのがバレたら一気に信用を失う。今晩中に調べられるか?」
「わかったわ。糒を持ってるから夕餉の心配はしないでね」
「まかせておいて。明日の朝には戻って来るわね」
そう返事をすると二人は風のように去って行く。流石はくノ一だと大作は感心した。
「やっと二人きりになれたわね。それで大佐は子供は何人欲しいの?」
お園が慎ましやかな胸を大作に押し付けながら耳元で囁く。
「お、お、お前は何を言っているんだ? って言うか、今日はちょっと体調が悪いんだ。それにこんな固い地面の上でやったら背中が痛いぞ」
大作はしどろもどろになって言い訳する。そんな大作を見てお園はちょっと意地悪そうな笑顔を浮かべる。
「やるって何を?」
もしかして、からかわれたのか? これは何が何でも主導権を取り戻さねば。
焦った大作はお園に口付けする。お園からされたことは何度もあったが大作からは初めてのことだ。
お園は一瞬だけ身体を固くするがすぐに目を閉じて大作に身を委ねて来た。
こうなったら行くところまで行くしかないな。大作も腹を括る。お園の着物の帯に手を掛けると……
省略されました。全てを読むには『バ○ス』と書き込んでください。
そんな様子を遠くからメイとほのかが観察していた。
「二人っきりになったとたんにあれよ。私たちお邪魔だったのかしら」
「仕方ないわ。大佐とお園が二人っきりになるのは二十日ぶりくらいのはずだもの。それより私たちはお役目を果たしましょう」
二人のくノ一は横川城下に向かって走り去った。
「行ったようだな」
「そうみたいね」
数分ほど抱き合っていた大作とお園は身体を離す。
「場所を変えよう。横川城からの道が良く見通せて、いざという時に島津の方向に逃げられる場所だ」
「大佐は二人を信じていないの?」
お園の口調に僅かに非難の色が含まれているのを大作は感じ取った。誤解されるのは不味い。何か適当な弁解をせねば。
「そんなことはないぞ。ただ、捕まって拷問されたり、バレて後をつけられるかも知れないだろ」
「その時は二人を見捨てるの?」
お園はいったい何を気にしているんだ? くノ一なんて所詮は消耗品だぞ。一緒に旅をしているうちに情が移ったんだろうか。
「連中はプロなんだ。もし失敗したら責任は自分で取ってもらう。それにくノ一が敵わないようなのを俺たちが相手に出来るわけが無いだろ」
「それもそうよね」
お園があまりにもあっさりと引き下がったので大作は拍子抜けする。もしかして試されてたのだろうか。
とりあえず怒っているわけでは無さそうだ。大作は考えるのを止めた。
南西に三百メートルほど移動して小高い丘の上に陣取る。ここなら東の方向が五百メートル以上も見通せる。
北側から獣道みたいな細道を通って来る可能性もある。だが、背後さえ取られなければ逃げようはいくらでもある。
「さて、お園には金の採掘と製錬を勉強してもらうぞ。地面の下にはマグマって言う泥々に溶けた岩があるんだけど、その中から金や銀を含んだお湯が上がって来る。これが地面近くで急に冷めて金や銀の鉱脈が出来るんだ。そういう浅熱水性金銀鉱床は塩素をたくさん含んだ温泉の近くにあるそうだ」
「地面の下が泥々なんて本当なの? なんで沈まないの?」
その疑問は当然だし説明してやりたいのは山々なんだが時間が無い。
「その話はまた今度な。そんで金は石英や炭酸塩の中に目に見えないくらい小さな粒になって混じってるんだ。これをどうやって選り分けるかって言うと金や銀が水銀に溶けるのを使うんだ。金鉱石を石臼とかで粉みたいに挽いて水銀と混ぜる。これを熱すると水銀は湯気みたいに飛んで行って金と銀が残る」
「すいぎんって何なの?」
大作はスマホから水銀の画像を探し出して表示する。だが、動画じゃ無いから銀にしか見えない。
「銀色の水みたいなのだ。凄く重いんだ。水銀を使った金鍍金は奈良の大仏にも使われたくらい昔からある。でも日本では金の製錬には江戸時代初期、今から百年くらい経たないと使われなかったらしい。並行してシアン化ナトリウム水溶液を使った青化法の準備も進めるつもりだ。でも、まずは水銀アマルガム法からスタートだ」
「しあんかなとりうむって?」
二人は日が暮れるまで勉強を続けた。
煙が目立たないよう暗くなってから火を起こして夕食にする。
久々の二人っきりの夕食は大作には少し寂しく感じられた。だが、お園は喜んでいるようだ。
念には念を入れて大作は森の奥に移動してテントを張り、テグスと鈴で鳴子を仕掛ける。
二人で使う一人用テントは大作には妙に広々としているように感じられた。
誰の目も気にする必要は無い。この夜、二人は抱き合って眠った。




