巻ノ四百四拾九 後悔先に立たずんば虎子を得ず の巻
長い長い旅路の末、漸く大作とお園の仲良し夫婦は懐かしい山ヶ野へと帰り着く。
二人の前に現れたのは誰あろう愛舞美唯三姉妹の末っ子、美唯であった。
余りにも変わり果てた姿に驚く暇もなく、二人は屋敷を目指して歩く。
「お園様、大佐。お帰りなさいませ」
途中で擦れ違った修道女風の少女が深々と頭を下げながら声を掛けてくれた。
「生須賀大作、恥ずかしながら帰ってまいりました!」
大作は立ち止まると直立不動の姿勢を取ってナチス式の敬礼をする。
慌てた顔の少女もナチス式の敬礼を返してくれた。
進むに連れて段々と人通りも増え、その度に大作はナチス式の敬礼をした。だが、さすがに五回目あたりで面倒臭くなってくる。その後は軽い会釈で誤魔化すことにした。
やがて屋敷が見えてくる。大作とお園はほんの一瞬だけ躊躇した後、ほぼ同時に口を開いた。
「「半年前と同じだ。何の補強工事もしておらんわ!」」
二人はしてやったりといった風にお互いのドヤ顔を見合わせた後、となりのトトロの入浴シーンみたいに大笑いする。
そんな仲良し夫婦の様子を自称美唯は生暖かい目で見つめていた。
屋敷の前には修道女の格好をした少女が一人で立哨をしていた。大作はテレビで見たことのあるバッキンガム宮殿の衛兵を思い出してほくそ笑む。
少女は三人が近付いて行くと姿勢を正して声を張り上げた。
「お帰りなさいませ。お園様、大佐」
「何か変わったことはありませんか、竜胆?」
「いえ、殊更に変わったことはございません。舞様」
「ま、ま、舞だってぇ~っ!」
竜胆とかいう少女の口から飛び出した爆弾発言に思わず大作の声が裏返ってしまった。隣のお園は不快そうに口元を歪めて小さく舌打ちする。
張本人の舞はといえば、まったく悪びれた様子も見せずに満面の笑みを浮かべて口を開く。
「とうとう見破られてしまいましたね、大佐。如何にも私は舞にございます」
「や、やっぱそうだよなあ。いくら何でもあのちびっ子の美唯がたったの二、三ヶ月でこんなに大きくなるはずがないもんな」
「そ、そうよねえ。私も薄々はそうじゃないかと思っていたのよ。ああ、良かった」
ちょっとは機嫌が直ったのだろうか。半笑いを浮かべたお園もほっと安堵の胸を撫で下ろしている。撫で下ろしていたのだが……
「舞姉様、小次郎のお散歩ありがとう。って、お園様! 大佐も戻ったのね! 長いこと便りも無いから案じてたのよ」
「ちょ、おま…… そういうお前は美唯なのか?!」
玄関から姿を現した少女は舞をお姉様と呼んだ。ってことは、この女が美唯だというのか? どこからどう見ても舞とほとんど変わらない背格好をしているんですけど?
わけがわからないよ…… 大作は考えるのを止めた。
それから後は何がどうなったのか良く覚えていない。お園に手を引かれるまま玄関から屋敷に入ると足を洗って座敷へと移動したようだ。
気が付くと王族専用の奥座敷の一番奥。一枚だけ敷いてある畳の上に正座していた。
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ! おれは玄関にいたと思ったらいつのまにか座敷に座っていた。な、何を言ってるのか分からないと思うけど……」
「分かってるわよ! 大佐がぼぉ~っとしてたから皆で運んできたんでしょうに」
「そ、そうなんだ。そいつはすまんこってすたいい。んで、美唯? お前さんが本物の美唯なのか? 本当に? マジで?」
「マジマジ、大マジ! って言いたい所なんだけど、本当は私が愛なのよ。ちょっと揶揄うただけ。んで、こっちが正真正銘の舞。美唯も呼んだからもうすぐ此処に来るわ。ちょっとだけ待ってて頂戴な」
こいつらいつまでこのネタで引っ張るつもりなんだろう。大作は心の中で盛大なため息をついた。
ぶっちゃけ愛舞美唯なんて雑魚中の雑魚。モブキャラも良いところだ。こいつらが死のうが生きようがどうでも良いんですけど? 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
その時、歴史が動いた! 廊下の向こうからパタパタと駆けてくる足音が聞こえたかと思う間もなく、勢い良くふすまが開いた。
「大佐! 漸く戻って来たのね!」
「美唯?! お前が美唯なのか?! わけがわからないよ……」
眼の前に立っていたのは愛や舞と見分けがつかないほど良く似た少女だった……
「いやぁ~っ、参ったなあ。愛舞美唯って三つ子じゃなかったよな? 確か一歳ずつ歳が離れているはずだぞ。それが何でこんなにそっくりになったんだろう。ぶっちゃけ見分けが付かんと不便だろうに。って言うか、どう考えても不便だぞ。せめて髪型を変えるとかしてくれんと困っちゃうぞ。主に俺が」
「そうねえ。いくら何でもこれだと皆に迷惑よ。ぱっと見で誰だか分からないなんて不便がすぎるわ」
お園が味方になってくれたので大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。
「とりあえず、髪型だけでも早急に変えてくれるかな。それか、特徴的な髪飾りを付けるとか誰か一人がメガネっ娘になるとかさ。口調や語尾に特徴を付けるのも悪くないか。これがアニメだったら髪の色で簡単に見分けられるんだけどな」
「そ、そうなんだ。美唯、分かった!」
「そうそう、それそれ。そういう奴だよ。さて、愛舞美唯の件が片付いたところで俺たちが留守の間の報告をしてくれるかなぁ~っ? いいともぉ~っ!」
大作は強引に話題を終わらせると素早く話の方針転換を計った。
正直に言って三人娘のキャラ付けなんて専門外も良いところだ。何をどうアドバイスしたら良いかさぱ~り分からない。
「留守の間? そうねえ…… 確か大佐は『留守中、巨神兵の復活に全力を注げ』とか言ってたわよねえ」
「それは言葉の綾だよ。気にせんでも良いぞ。他は? 鉄砲とか金の採掘とか色々とあるじゃろ?」
「鉄砲の配備数とか防衛隊の訓練状況とか詳しい事は日報や会議の議事録を見て頂戴な。金については鉱山台帳があるけど営業秘密ね。情報管理責任者に立ち会って貰わないと閲覧できないわよ。例え大佐でも」
「いや、そうじゃなくてだな。もっとざっくりした概要? あらまし? この二、三ヶ月にあったことを一分くらいに短くまとめたニューストピックスみたいな?」
言いたいことがイマイチ上手く伝わらないので大作はちょっとだけイラっときた。だが、言葉を荒らげたところで反って逆効果にしかなりそうもない。急がば回れ。腫れ物に触るというか噛んで含めるというか…… とにもかくにも、丁寧に宥め賺す。
「うぅ~ん…… 大佐の留守の間って言われても、大して代わり映えのしない毎日だったわよ。そうそう、強いて上げるなら一つだけあったわね。今までの山ヶ野には巫女軍団改め修道女軍団、くノ一、忍び、突撃隊、親衛隊、郷土防衛隊、エトセトラエトセトラ…… 数多の暴力装置? 武装組織? そんなのがあったじゃない。でも、それだと統一的な作戦を遂行する上で問題があるでしょう? だから先月の評議会で統合参謀本部を置こうって決めたのよ」
「統合参謀本部? そいつが山ヶ野の軍事力を指揮統制下に置くとでも言うのか? そんな物を…… そんな重大事項を俺たち幹部の不在を狙って勝手に設けたのかよ? 何だそりゃ! これって政治的クーデターじゃんかよ! んで? 統合参謀本部議長は? 軍のトップは誰なんだよ? 実質的な指導者は? まさか、愛。お前じゃなかろうな?」
「いいえ、大佐。初代の統合参謀本部議長に選ばれたのはくノ一の桜様よ。全会一致だったわ」
な、何だとぉ~っ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。ただただ余裕のポーカーフェイスを浮かべる。だが、内心の動揺は隠しようもない。手が小刻みに震え、喉がカラカラに乾いているのが実感できた。
「そ、それじゃあ仕方がないな。うん、分かった。これからは新しい指導者、桜様にお仕えさせて頂くとしよう」
大作は卑屈な笑みを浮かべながら揉み手をすると何度も頭を下げる。
その、余りの落ち込みように気を使ったのだろうか。お園がいつになく優しい言葉を掛けてくれた。
「何を言ってるのよ、大佐。軍に対する統帥権は絶対不可侵でしょうに。最高司令官は大佐のままだわ。シビリアンコントロールの原則は維持されなきゃ。それに桜を選んだのは議会だけど、人事権は大佐にあるんだから好きな時に解任できるのよ。何なら議会の決定に対する拒否権だってあるんだし」
だが、そんな励ましを受けてもネガティブになった大作の心は動かない。むしろ、一旦頭を支配した悪い考えは益々強化されてしまう。
次から次へと不吉な予感が頭を擡げて気持ちは落ち込む一方だ。どうしても弱気な言葉が出てしまう。
「だ、だけどなあ、お園。実働部隊を一つ残らず掌握されちまったんだぞ。せめて巫女軍団…… 修道女軍団だけでもお園の配下に残して置きたかったなあ……」
「な、な、何ですって?! そう言えばそうよね。私、もう巫女頭領じゃなくなっちゃったのね。これは困ったわ。どげんかせんと。どげんかせんといかんわね」
漸くにして事態の深刻さを理解したお園が頭を抱える。
大作も今更ながらにして二ヶ月もの長きに渡って山ヶ野を留守にしたことを激しく後悔していた。
「正に後悔先に立たずだな。航海だけに。あはははは……
玉座の間に大作の乾いた笑い声が虚しく響く。
お園と愛舞美唯の三姉妹は四者四様に表情を目まぐるしく変えていた。




