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巻ノ四百四拾八 突け!藜の杖を の巻

 山ヶ野への帰路を急ぐ大作とお園の前に一台の荷馬車が通り掛かった。大作は馬借に頼み込んで馬車の荷台に乗せてもらう。

 お世辞にも乗り心地が良いとは言えない荷台で揺られること数時間。疲れ果てた二人の目に飛び込んできたのは懐かしい山ヶ野の景色だった。

 いやいや、本当に飛び込んできたわけではないんだけれども。


「所謂、比喩表現って奴だな」

「喩って難しい漢字よねえ。もしかしてJIS第二水準なのかしら?」

「そうらしいぞ。漢検二級みたいだし」


 そんな阿呆な話をしている間にも馬車はどんどん進んで行き、出入国ゲート…… 入出国ゲート? に辿り着いた。


「出入国と入出国ってどっちが正しいんだろな?」

「別にどっちかが間違ってるって事はないんじゃないかしら? でも、出入国管理局は出入国管理局よね。だって、入出国管理局なんて見た事も聞いた事もないんですもの」

「で、ですよねぇ~っ! とにもかくにも、入国手続きだな。お園、IDカードは持ってるよな?」


 お園は着物の袂から薄っぺらい板切れを取り出すと葵の紋章のように掲げた。


「ちゃんと持ってるわよ。大佐こそ失くしていないでしょうねえ?」

「おいおい、私をだれだと思っているんだ?」

「そりゃあ大佐は大佐でしょう。それ以上でもそれ以下でも無いわよ」


 余裕の笑みを浮かべた大作はごそごそと懐を弄る。懐を弄ったのだが…… いやいや、きっとバックパックに入ってるに違いない。

 道の脇にしゃがみ込んでバックパックの中を探る。脇や後ろに付いているポケットも一つひとつ念入りにチェックする。他に貴重品を隠すとしたらどこなんだろう? 分からん! さぱ~り分からん!

 って言うか、そもそも俺はIDカードなんて持ってたっけ? 何だか分からんけど考えれば考えるほどIDカードなんて持ってた気がしないんですけど? 大作は考えるのを止めた。


「俺、そもそもIDカードなんて持っていなかったんじゃないのかな? もらった覚えがこれっぽっちもないんですけど」

「大佐はちゃんと持ってた筈よ。私、中央指揮所で蓮華に渡す所を見ていたんですもの。もしかして、あの時に返して貰っていないんじゃないかしら?」

「そ、そうなのかな? まあ、完全記憶能力者のお園がそう思うんならそうなんだろう。お園ん中ではな」


 二人は入出国ゲート…… じゃなかった、出入国ゲートの一番右端にあるカウンターに進むと窓口に座っていた修道女姿の少女に近付いていった。


「あの、ちょっとすみません」

「はい、何用でございましょうか? って、お園様と大佐ではございませぬか! 漸くお戻りになられましたか。一時は皆様方が身罷られたなどと妙な噂が流れました故、御身を案じておりました」

「いやいや、それはきっとトムソーヤ作戦の余波だろう。いちいち気にせんでも良いよ。えぇ~っと、君の名は……」


 大作は少女の胸に付いているネームプレートにチラリと視線を泳がせる。視線を泳がせたのだが……


「藜? それは何て読むのかな?」

「あかざと申します」

「アカザ科の一年草よ、大佐。ちなみにJIS第二水準で漢検一級ね。藜の茎を乾かした杖を藜杖(れいじょう)って言うでしょう? 軽くて丈夫だからお年寄りや仙人がよく使われてるわね。藜の杖を使っていたら中風にならないって聞いたことないかしら?」

「あぁ~あ、アレだな。芭蕉の句に『宿りせん藜の杖になる日まで』ってのがあったっけ。んで? いったいどんな花なんだ?」


 大作は素早くスマホを取り出すと藜に関する情報を探して弄る。


「ふぅ~ん、高さは一メートルにもなるのか。結構でかいな。葉っぱは三角の卵型。若芽は紅色の粉で覆われ、若葉には各種ビタミンが含まれる。食べられるけど酸っぱいらしいぞ。藜の(あつもの)って言えば粗末な食べ物の例えなんだとさ」


 目に付いた情報を適当に読み上げながらチラリと藜の顔色を伺う。だが、どうにも表情が険しい。そりゃあ自分の名前を粗末な食べ物の例えだなんて言われたら不愉快にもなるだろう。

 大作はどうフォローしたら良いものかと無い知恵を絞る。無い知恵を絞ったのだが…… なにもおもいつかなかった!

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。ただならぬ気配を機敏に察知したお園が横から助け舟を出してくれた。


「でも、大佐。葉っぱを搾った汁は虫の毒消しになるそうよ。葉を煎じて飲めば虫歯にならないんだとか、油汚れの染み抜きにもなるんですって。茎を焼いた灰は染め物に用いるそうね。大した物だわ、藜! あなたは皆に褒められる立派な事をしたのよ。胸を張って良いわ。頑張ってね、おやすみ!」


 途中から何を言ってるんだかさぱ~り分からなくなったお園は最後はミサトさんの名セリフで強引に話を締めくくる。

 きょとんとしている藜の肩を軽く叩いた大作とお園はさも自然な素振りで出入国ゲートを通り抜ける。狭い通路をそのまま進んで行くと途中にスタッフらしき修道女が何人も暇そうに屯している。二人は軽く会釈してやり過ごし、堂々と歩いて行った。




 オルフェウスとエウリュディケのように後ろを振り返ることもなく歩くこと暫し。喧騒から離れ、静かで人気の無いところまで移動した二人は漸く歩みを緩めた。


「どうやら生き残ったのは俺たち二人だけみたいだな」

「どうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど。んで? これからどうするの?」


「そりゃあアレだろ、アレ。中央指揮所に行って蓮華からIDカードを取り戻すんだ」

「それよか、再発行手続きをしてもらった方が良いんじゃないかしら。だって、失くしたのは三月も前の話なのよ。とっくに無効化されてると思うわ」


 が~んだな。出鼻を挫かれたぞ。大作の心は早くも複雑骨折してしまった。

 だが、絶望するのはまだ早い。落ち込んだりもするけれど、立ち直りが速いのも大作の特技なのだ。


「そ、そうなのかな。再発行手数料とか幾らくらい掛かるんだろな?」

「どうせ、銭十紋かそこらでしょう。授業料だと思って諦めなさいな。今度から私みたいに紐を付けて首から掛けといたら良いわよ」

「そうだな。山ヶ野金山のオリジナルストラップとか作ってみても良いかも知れんな。それはともかく、とりあえず中央指揮所に行って蓮華に会ってみようか。仮に無効になっちゃってたとしてもIDカードがどうなったのか興味はあるだろ? もし、誰かに悪用されてたら困っちゃうし。主に俺が。な? な? な?」


 大作は恥も外聞もなく米搗きバッタのように頭をペコペコと往復運動させる。お陰で軽い脳震盪になりそうだ。

 そんなみっともなくも恥ずかしい姿を哀れに思ったのだろうか。お園は小さくため息をつくと両の手のひらを肩の高さで掲げた。


「しょうがないわねぇ~っ、一つ貸しよ」

「はいはい、分かりましたよ。ところで俺、お園にどれくらい借りがあるんだろな?」

「教えてあぁ~げない! うふふふふ! 大佐、中央指揮所に急ぐわよ!」

「ちょ、ちょっと待てよ、お園。あはははは!」


 何だか訳の分からないハイテンションに浮かれた二人は足取りも軽く中央指揮所を目指した。




 道すがら修道女の格好をした何人もの少女に出会う。だが、ほとんどは見知らぬ顔だった。

 向こうもこっちのことを知らないのだろう。お互いに軽く会釈してやり過ごす。

 と思いきや、大きな声を上げて駆け寄ってくる少女がいた。


「お園様! それに大佐! 漸く戻ったのね。私、首を長くして待ってたのよ。キリンみたいにね」

「あぁ~っ、久しぶり! って、お前は誰だっけ?」

「いやぁねえ、大佐。戯れなんて言っちゃって。美唯の事を忘れただなんて言わせないわよ。それと小次郎も」

「にゃあ!」


 美唯だと名乗った少女に抱き抱えられた雄の三毛猫が大きな鳴き声を上げる。だけども、美唯だと?! あの、ちびっ子の美唯?!


「男子三日会わざれば刮目して見よとか言うけど、美唯。いったいお前の身に何があったんだ? 三の姫もそれなりに凄かったけど比べ物にならんぞ。何の面影も無いというか、もはや別人レベルじゃんかよ」

「あのねえ、大佐。これは戯れよ。あんた、美唯じゃないでしょう? 大方、愛か舞ね?」

「いいえ、お園様。真の美唯にございます。あのねえ、大佐。美唯、愛姉様からお許しが出たから髪を上げたのよ。そしたらこんなんなっちゃったわけ。どう? 見違えたでしょう?」


 美少女はにっこりと微笑むと軽く小首を傾げた。

 その笑顔にはどこかしら美唯の面影があるような、ないような。

 とは言え、美少女なのは間違いない。無論、お園には負けるけど。


「マ、マジかよ…… まあ、どんなに外見が変わっても美唯は美唯だ。それ以上でもそれ以下でもない。って言うか、小次郎。お前も随分と変わったな。かなり大きくなったんじゃね?」

「そうねえ。目方も一貫目を超えたわ。これより太らせないように用心しなきゃいけないわね。ささ、お園様。屋敷へ参りましょう。皆がお待ちかねよ。大佐もほら」


 小次郎を抱っこした美唯に追い立てられるように大作とお園は屋敷とやらを目指して歩き始めた。


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