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巻ノ四百四拾四 眠れ!二の字になって の巻

 山ヶ野への帰路を急ぐ大作とお園の仲良し夫婦は川舟に乗って川内川を鮭のように遡上して行く。

 その途上、鶴ヶ岡城の奥座敷で待っていたのは誰あろう東郷重治(大和守)その人であった。


「時に大佐殿、無線機は如何致したのじゃ?」

「いや、あの、その…… いったいどうなっちゃったんでしょうねえ? お園、お前は何か知ってたりしないか?」

「さ、さあ? どうなったのかしらねえ? 私が最後に見たのは堺に着いて船から降りた折よ。あれから一月半は経ってるわね」

「そうそう、そうだ! 俺も段々と思い出してきたぞ。んで、甲斐だか信濃だかに行って帰ってきたら船は待っててくれなかったんだっけ。ってことは勝手に帰っちゃった船が悪いんじゃないですか? 拙僧には何一つとして落ち度はございません。責を負うとすれば軽率な判断で早まった行動を取った船長(ふなおさ)ではありますまいか? ね? ね? ね?」


 責任を回避したい一心で大作は必死の弁解を試みる。その、みっともなくも見苦しい狼狽ぶりは滑稽と言うよりはむしろ哀れと表現するのがぴったりなほどに痛々しい。

 余りにも情け無い姿を気の毒にでも思ったのだろうか。重治は小さく咳払いをするとおもむろに口を開いた。


「其の事ならば大佐殿、案ずるには及ばんぞ。無線機ならば、此処に戻ってきておるわ。ほれ、此の通りじゃ」

「そ、そうなんですか? それは良かった良かった良かったね。ちゃんちゃんっと…… って言うか、だったら早く教えて下さいな、大和守様。んで? それなら何で無線機は如何致したなどとお聞きになられたのですかな? 細かいことが気になってしまう。拙僧の悪い癖でして」

「いや、大佐殿。儂が問うておるのは無線が如何ほど隔たった所まで届いたかという事じゃ。いったい無線電信は何里くらい先まで聞こえておったのかのう? 早う教えて信ぜよ」

「あぁ~ぁ、そのことですか。だったら最初からそう言って下さりませ。要らぬ肝を冷やしましたぞ。無線が届いた距離はと言えば確か…… 確か…… 忘れちゃいました! てへぺろ!」


 薄ら笑いを浮かべた大作は両の手のひらを肩の高さに掲げて広げる。重治は『ズコォ~ッ!』という擬音を立てながら派手にズッコケた。


「まあ、其の事ならばもう良いわ。既に済んだ事じゃからのう。実を申さばあの後、大佐殿の縁者と名乗る萌殿と申す女性(にょしょう)が訪ねて参ってな。アンテナの改良やら共振回路の取り付けやらと散々に骨を折ってくれたのじゃ。お陰で昼間の通信でも前に比べて随分とノイズが無うなったようじゃぞ」

「あ、あいつそんなことを勝手にやってたんですか? まあ、終わり良ければ全て良し。大和守様が満足されておられるのならば拙僧は何も申し上げますまい」

「萌殿が申しておったぞ。この装置を共振回路に取り付ければガンダムの性能は数倍に跳ね上がるぞ!』とか何とか。誠にもってあっぱれな女性じゃったな。大佐殿とは如何なる縁の者じゃ?」


 上機嫌で微笑む重治の顔を見ているだけでやる気がモリモリと音を立てて萎んで行く。こいつはもう駄目かも分からんな。

 例に寄って例の如く、大作は人差し指を中指をクロスさせながら小さく鼻を鳴らした。


「縁? 縁と申されましてもなあ…… 袖振り合うも他生の縁。所謂、腐れ縁って奴ですかな? うんざりするほどの。時には味方、時には敵。恋人だったこともあったかな? いやいや、お園。そんな鬼みたいな顔をすんなよ。今のはカリ城の不二子のセリフじゃん。とにもかくにも、無線機の性能が飛躍的に向上したのなら何よりの重畳。次なる課題は小型軽量化でしょうかな? 馬ではなく、人が背に負うて運べるくらいまで軽く作ることが叶えば……」

「おお、其の事なれば萌殿が一晩でやってくれたぞ。ほれ、此の通りじゃ」


 ドヤ顔を浮かべた重治の視線の先に目を見やれば座敷の隅っこに鎮座ましましている宅急便の120サイズくらいの木箱が目に入った。

 これって鬼滅の刃で禰豆子が入ってる奴じゃね? 著作権とか大丈夫なのか? まあ、たかが木箱だから心配し過ぎかも知らんけど。

 一緒に置かれているウエストベルトの付いた背負子はワークマンやカインズで売っているような立派な作りの代物だ。いったい幾らくらいするん物なのか検討も付かない。


「こ、こんなにちっちゃくなっちゃったんですか?! どれどれ、ちょいと失礼して…… 本当だ! 重さも然程ではございませんな。これなら野戦での活躍が期待できますぞ。あとはバッテリーの容量や充電に要する時間でしょうか?」

「うむ、其れも心配無用じゃて。製造に関しては萌殿に全て任せた故、儂らは黙って見ておるだけで売上の六割が入ってくる寸法じゃ。こういうやり方をファブレス経営と申すぞうじゃな。此れより先、東郷は企画開発やアフターサービスの充実、直販営業体制の強化に勤しむ所存じゃ。大佐殿にも御助力を期待しておるぞ」

「さ、左様にございますか。萌が一晩で全部やっちゃったんですか……」


 まあ、それならそれで結構だ。どうせ他人事だし。大作は脳内から東郷の無線機のことを綺麗さっぱり消去した。





 閑話休題。重治から土産話をせがまれた大作たちはほうじ茶を飲みながら茶菓子を食べて無駄話に興じる。久見崎から堺への船旅、伊賀から甲斐や信濃への道中で起こった様々な出来事を面白おかしく話して聞かせる。

 そうこうする間にも夕餉の時間となったので場所を移して宴となった。

 大作がアルトサックスを吹き、お園が歌って踊る。羽目を外した重治も調子に乗って一差し舞った。


「なあなあ、お園。一差しっていったい何が何を指すんだろうな?」

「あら、大佐。知らないの? 能や舞では踊りを『差し』で数えるのよ。んで、『手』っていうのが能や舞で決まってやる動きや技の数え方ね。ここ、試験に出るから覚えておいた方が良いわよ」

「そ、そうなんだ。俺、また一つ賢くなっちゃったよ。てへぺろ!」

「そう、良かったわね。この調子で大佐がどんどん賢くなっていったら技術的特異点(シンギュラリティ)を迎える日もそう遠くないかも知れんわよ。そうじゃないかも知らんけど」

「そう言えば将棋とかも一差しって数えるよな。そうそう……」

「そう申さば腰に刀を一本挿すことも一差(ひとづざし)と申すな」


 聞かれてもいないのに重治までもが話に加わってきた。

 気配を感じて振り返ると座敷の隅っこに控えた余一郎までもが混ざりたそうに瞳をウルウルさせている。


「どうなされましたかな? 余一郎殿。言いたいことがあれば何でも遠慮なく申して下さりませ。心理的安全性はチームにとって何よりも大事なること。対話の門は常に開かれておりますぞ」

「然らば畏れながら申し上げまする。相撲も一差しと申すのではござりますまいか?」

「ああ、そう言えばそうかも知れませんな。どうもありがとう。んじゃ、こんなもんですかな? では、これにて意見落着!」


 こうして楽しかった宴会は有耶無耶というかなし崩し的というか何だか良く分からないうちに自然解散となった。

 大作とお園は用意してもらった部屋に移動すると二人並んで川の字になる。


「いやいやいや、二人だと『川』にはならんだろ!」

「だったら『二』の字で良いんじゃないかしら?」

「うん、そうだな。俺の方がちょっと背が高いから長い方が俺で短い方がお園だ。もちろん『線、長きが故に尊からず』だから短い方が劣ってるとかそんな深い意味は無いぞ。どっちも平等なんだ。『みんなちがってみんないい!』だからな」

「はいはい、そんな気遣いは要らないわよ。私、背丈が低いからって何とも思っていないんですから」


 そんな阿呆な話をしている間にも日はとっぷりと暮れて外は真っ暗になってしまった。

 部屋の中も段々と肌寒くなってきたので大作は屋内だというにも関わらずテントを張って中に入る。


「知らない天井だ……」

「あのねえ、大佐。それは目が覚めた時に言うセリフでしょうに」

「そういやそうだな。俺、ちょっと先走り過ぎちゃったみたいだな。今度から気を付けるよ」

「分かれば良いのよ、分かれば。とにもかくにも大佐は人に褒められる立派な事をしたのよ。胸を張って良いわ。がんばってね。おやすみ!」

「はいはい、おやすみ。お園もいい夢を見ろよ!」


 この晩、二人は久々に夫婦水入らずでぐっすりと眠った。


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