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巻ノ四百四拾参 揚げろ!ドーナツを の巻

 大作とお園の仲良し夫婦を乗せた川舟が平佐城に着いたのはお昼の少し前だった。

 船着き場には川舟の利用客と思しき人々が何人も屯している。

 侍、商人、百姓、子供、エトセトラエトセトラ…… みんなちがってみんないい!


「船頭殿。川舟ビジネスは随分と順調のようですな」

「左様にございますな。この分では今年の内にお借りした銭をお返しできそうにございます。来年には僅かばかりですが配当をお出しできるやも知れませぬぞ。まあ、捕らぬ狸の皮算用にございますが」

「いやいや、配当なんて結構ですから。その分を設備なり人材なりに再投資して下さりませ。あのアマゾンがどうしてあんなに急成長したかご存知ですかな? それは異常なほど積極的に設備投資を行ったからなんですよ。のんびりとやってたらあんな風になんてなれっこないですもん。川内川に関してはこれ以上の成長は難しいかも知れませぬな。ここの独占状態を維持しつつ、近在の川へと進出されては如何でしょうかな? 拙僧の考えを申し上げれば……」


 そんな阿呆な話をしている間にも船頭は器用に竿を操って川舟を静かに船着き場へ寄せた。

 素早く艫綱や舫綱が固定され、川舟と桟橋に戸板が確りと固定される。


「ささ、お園。レディーファーストだ」

「ありがとう、大佐。船頭殿もお世話になりました」

「今宵はお城に泊まられるのでございましょうや?」

「うぅ~ん…… どうでしょう? 入来院の御殿様のご機嫌次第といったところでしょうか」


 大作は曖昧な返事で船頭を煙に巻こうとする。煙に巻こうとしたのだが……

 不意に予想外の方向から掛けられた声に思考が中断してしまった。


「大佐様。お待ち申し上げておりました。殿がお呼びにございます。急ぎお城までお出で下さりませ」

「おやおや、誰かと思えば千手丸殿ではございませぬか。お変わりはございませぬか?」

「大佐様こそお変わりないようですな。このところ、巷では大佐様が身罷られたとの噂で持ち切りでしたぞ。いったい二月( ふたつき)もの間、何処で何をされておられました? いやいや、詳らかなお話は殿の御前でお願い致します。ささ、此方へ」


 千手丸に急き立てられた大作とお園は城へと続く細くて長い道を歩いて行く。後に残された船頭は呆然と立ち尽くしていた。




 本丸の入口でいつもの如く足を洗わされる。これってもしかして真冬になってもやらされるんだろうか? できたら寒い時期はお湯にしてもらえたら助かるんですけど。『 お客様の声』みたいな投書箱があれば要望を上げた方が良いかも知れんな。そんな阿呆なことを考えながら歩くこと暫し。本丸の最奥にある大広間へ通された。

 座敷に入ると向こう側の一段高くなったところに入来院重朝(岩見守)がちょこんと座っていた。

 珍しいこともあるもんだなあ。いつもならこっちが先に通されてお殿様が後から入ってくるんだけれども。大作は座敷の入口で這いつくばると額を床に擦り付けるように頭を下げた。


「本日はご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」

「漸く参られたか、大佐殿。面倒な挨拶は無用じゃ。早う近う寄れ。お園殿もじゃ」

「ははぁ~っ!」


 大作は正座のまま前のめりになって膝で這い進む。右斜後ろに座ったお園も後に続く。


「して、大佐殿。此度の旅は如何じゃった? 何ぞ楽し気な土産話でも聞かせてはくれまいか?」

「うぅ~ん、土産話と申されましてもなあ…… 此度は物見遊山の旅行ではなく、仕事の出張みたいなものです故、面白い話なんてあったっけかなあ?」

「ねえねえ、大佐。それならばドーナツのお話なんてどうかしら?」

「 どおなつ? 其は如何なる物じゃ? 美味いのか?」


 重朝が食いしん坊キャラの定番中の定番みたいなセリフを口に出す。その顔には『 じゅるるぅ~っ!』という擬音が書いてあるかのようだ。


「えぇ~っと、ドーナツと申しますは十六世紀のオランダ語でDough( ドウ)っていうのがパン生地( きじ)のこと。Nut( ナッツ)は木の実のことにございます。その名の如くナッツ、この場合はくるみを入れた揚げ菓子だったそうな」

「あげがし 上げた菓子なのか?」

「上げではなく揚げにございます。油で揚げるってご存知ありませぬか? ご存知ない? んん~っ、残念!」


 気になるのはそこかよぉ~っ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 確か天麩羅は鉄砲伝来と同時期にポルトガルから伝わったとか何とか。だったら重朝が油で揚げる料理を知らなくても無理はないのだ。


「ポルトガルの言葉にテンポーラ( temporas)というものがございます。意味は四季に行う斎日なんですけど。カトリックの連中は四季に行う斎日( テンポーラ)の折、祈りを捧げたり肉食を絶ったりするそうな。んで、その間は野菜や魚の揚げ物を食したんだとか。食材を小麦の衣で包んで熱した油に浸けるんです」

「うぅ~む…… はたして左様な物が美味いんじゃろうか? まあ、他ならぬ和尚が申されるのならば不味くは無いんじゃろうなあ」

「やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、誉めてやらねば人は動かじと申します。何はともあれ、取り敢えずはやってみましょうか。まずは小麦、卵、塩が入用にございます。それから揚げるのに油と鍋。それに薪とかもご用意下さりませ。そうそう、小麦粉を作るために石臼で挽かねばなりませぬ」

「聞いておったな、千手丸。直ちに支度を致せ。大急ぎじゃ!」

「御意!」


 ちびっ子小姓がBダッシュで走り去る。

 言われたことには黙って従う。それが彼の処世術なんだろうか。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


 その日の夕餉は重朝や千手丸と一緒に作った出来損ないのドーナツだった。


「あ、あんまり美味しくはないわねえ」

「でも、味はともかく長靴いっぱい食べたいだろ? そうは思わんか? な? な? な?」

「じゃが、儂はこれまで斯様な物は食ろうた事もなかったぞ。そう申さば和尚は先ほど、南蛮人は魚を揚げると申しておったな。明日は其れを作ってみると致そうか」

「いやいや、拙僧らは先を急ぎますので。申し訳ありませんが岩見守様と千手丸殿で思う存分、心行くまで作って下さりませ。お二人の初めて共同作業? そんな感じで」

「さ、左様か。心得た」


 その晩、大作とお園と重朝と千手丸は夜遅くまで旅の土産話で盛り上がった。




 翌、天文十九年十月十七日。重朝と千手丸に別れを告げ、大作とお園は川舟で川内川を遡った。

 気分は例に寄って例の如く、PBRでヌン川を遡上するウィラード大尉だ。


「うぅ~ん、舟は良いなあ。正に近代科学文明の結晶。人類の叡智の極みだよ。そう思わんかね、お園君?」

「なによ、大佐。随分とご機嫌ね。まあ、大佐がそう思うんならそうなんじゃない? 大佐ん中ではね……」


 けんもほろろとはこのことか。お園の口からは通り一遍な答えしか返ってこない。だが、それが大作の闘争心に火を着けた。火を着けたと思ったのだが…… 大作の闘争心は難燃性素材でできているのだろうか。燃え広がることもなく、あっと言う間に消えてしまった。


 それから小一時間ほどは退屈な時間が続く。川の両岸が急に険しくなったかと思う間もなく、流れが急に向きを変える。ぱっと視界が広がって見覚えのある景色が目に入った。


「大佐殿! 大佐殿! 余一郎にございます!」

「おやおや、余一郎殿。お元気そうで何よりですな」

「大佐殿こそ息災で何より。早速ですが舟を此方へお寄せ下さりませ。殿がお呼びにございます」


 船頭が器用に竿を操って川岸の桟橋に舟を寄せる。って言うか、斧渕にもこんな立派な桟橋が整備されていたんだ。大作は今さらながら変化の大きさに驚かされる。


「これは例の名セリフも迂闊には吐けなくなったな」

「名セリフってアレかしら? 『 フン! 半年前と同じだ。何の補強工事もしておらん』っていうアレのことかしら?」

「まあ、鶴ケ岡城がどうなってるかはまだ分からんけどな。意外と何一つとして変わっていないかも知れんぞ」

「ふふふ、大佐殿。驚かれますな」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべた余一郎は何だかとっても嬉しそうだ。嬉しそうだったのだが……

 二ヶ月ぶりに見た鶴ケ岡城は何一つといっても良いくらいどこも変わっていなかった。


「な、何だとぉ~っ! まるでサイゼリアの間違い探しじゃんかよ。何処が違っているかさぱ~り分から……」

「大佐! サイゼリアじゃないわ。サイゼリヤよ。ここ、試験に出るからちゃんと覚えておきなさいな」

「そ、そうか。そいつはすまんこってすたい。とにもかくにも、驚きましたぞ余一郎殿。逆の意味で」

「ですよねぇ~っ!」


 先ほどの笑顔に輪を掛けて嬉しそうに微笑む余一郎の顔を見ているだけで大作は自発核分裂を起こしそうだ。

 その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやろうか! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 だが、鶴ケ岡城の奥座敷で待っていた東郷重治(大和守)の口から出た言葉に大作は驚愕する。


「時に大佐殿。無線機は如何致したのじゃ?」


『 わ、わ、忘れてたぁ~っ!』


 大作は思わず口から飛び出しそうになった言葉を大慌てで飲み込むと助けを求めるようにお園の顔を覗き込む。

 だが、お園は我関せずといった顔でガン無視を決め込んでいた。


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