巻ノ四拾四 黄金狂時代 の巻
気が付くと大作は辺り一面が真っ白い空間にいた。
これって死後の世界? いやいや、前に見た萌の夢と同じだぞ。
ってことは、どっかに萌がいるのか?
特定条件を満たすと夢の中で萌とリンクする特殊イベントが発生するんだろうか?
「もえ~ もえ~」
大作は大声を張り上げる。どうせ誰もいないから恥ずかしくないもん!
「大声出さないでよ。元気にしてた?」
「うわぁ!」
急に背後から声を掛けられて大作は死ぬほど驚いた。『お前は眉毛の太いスナイパーかよ!』と大作は心の中で突っ込む。
「この間は急に抜けて悪かったな。寝相が悪い奴が隣で寝てたんだ」
「それって女?」
大作は心臓を鷲掴みされたような気がしてすくみ上がった。こいつ、人の心が読めるのか?
「適当に言っただけよ。あんたって本当に分かり易いわね」
萌の表情がほんの僅かに不機嫌そうになったのを大作は見逃さなかった。伊達に十年来の付き合いをしていない。
「何か困ってるのか? 原油はどうだった?」
「原油が出るって分かってても出資者にそれを信じてもらわないと資金を引き出せないわ。そのための調査にも巨額の資金が必要なのよ」
いつも強気の萌にしては珍しく弱気だな。まるで別人みたいだと大作は心配になる。
「油田探査って言ったら音波探査や地震探査だな。それっぽいことをやってデータを捏造したら良いんじゃないのかな。誰か手伝ってくれる奴はいないのか? 俺は仲間を五人も見つけたぞ」
「あんたって昔から人の力を借りるのだけは得意だったわね。人付き合いが苦手な私には真似できないわ。あんたがこっちにいてくれたら助かったのに。そっちこそどうなのよ。今はどこにいるの?」
萌が強引に話題を変えた。もしかして心配してくれているのだろうか。
「菱刈に着いたんだけど金山の場所がさっぱり分からん。何かヒントないかな?」
大作は藁にも縋る思いで聞いてみる。だが萌からはとんでもない答えが返ってきた。
「菱刈金山は露天堀りじゃ無いわよ。金鉱脈の上限は百メートルより深いはず。それに二百メートルほど掘ると六十五度もある温泉水が大量に湧き出るんじゃ無かったっけ? 送風や排水に蒸気機関が必要だと思うわよ」
がーんだな…… 出鼻をくじかれた。
この時代の技術で何とかなるレベルなんだろうか。何とかなるとしても蒸気機関の実用化なんて時間が掛かりすぎる。
百メートルまで掘る前に島津に滅ぼされちまうぞ。
「俺はどうすりゃ良いんだ? はるばる九州くんだりまで来て無駄足か? 助けて~ 萌えも~ん」
「あんたまさかノープランで菱刈まで行ったの? 相変らずどうしようも無いわね。まずは山ヶ野金山の露天掘りで資金を貯めたら良いんじゃない?」
山ヶ野金山は鹿児島県霧島市とさつま町に跨がる金や銀の鉱山だ。寛永十七年(1640)に発見され最盛期には佐渡金山を越える日本最大の産金量を誇った。1965年に閉山するまでの総産金量は三十トン足らずだが現時点ではベストな選択だろう。
大作の意識がだんだんと靄が掛かったようにぼやけ始める。お別れの時間なのだろうか。
「やっぱり萌は頼りになるよ。ありがとう。また会えるよな?」
「二度あることは三度あるって言うし何とかなるんじゃないかしら。またね」
まるでスイッチが切れたように大作の意識が急に途切れた。
大作が目を覚ますと心配そうに覗き込む三人娘の顔が目に飛び込んで来た。
普段は少しタレているお園の大きな目が吊り上がっている。怖いくらい真剣な表情だ。どうやら膝枕してくれているらしい。とっても柔らかくて気持ち良い。
メイはなぜか大粒の涙をポロポロと溢している。口をぽかんと開けて放心状態みたいに無表情のほのかとは対照的だ。
三人三様で面白い。大作は思わず笑ってしまった。とりあえず何かギャグを飛ばさなくては。
「また死にそびれちまったな……」
「何てことを言うのよ! みんなとっても憂えたんだから!」
お園の目尻に涙が浮かぶ。まだ頭がぼんやりしている。怒るのか泣くのかどっちかにして欲しいと大作は思った。
ちょっと待て! 怒ってから泣くのは不味いパターンじゃなかったっけ?
「冗談だ。プ○トカルチャーのミ○メイが教えてくれた。『本気では無い』という意味らしい」
「そんなじょうだん嫌いよ! 本当に死んだのかと思ったのよ。大佐のいない世の中なんて生きていてもしょうが無いわ!」
No Taisa,no life.ってことか? それとも『大佐を殺して私も死ぬわ』みたいな話なんだろうか。
お園って可愛くて頭も良いんだけど性格に難ありだな。やっぱ境界性人格障害なんだろうか。
大作は自分のことを棚に上げて危ぶむ。しかし、そんな大作の心配は次の瞬間に吹っ飛んだ。
「私の方が憂えたわよ。こんなに一杯泣いたの生まれて初めてよ」
「私めは憂えすぎて泣くのも忘れるくらいだったわ」
こいつら本当に面倒臭い奴らだな。今度は心配競争かよ。勝手にやってろ。
大作は心の中で悪態を付く。だが、表情には全く出さず、にっこり笑って言う。
「俺の頭は親方の拳骨より固いんだぞ」
「おでこが少したんこぶになってるわよ。冷やした方が良いのかしら」
この場にピッタリだと思った名セリフっぽい物はお園に完全スルーされた。
居たたまれなくなった大作はすぐに話題を変える。
「そう言えば、さっきの漬物石はどうなったかな」
大作が体を起こそうとすると額に激痛が走った。思わず顔を顰める。
目の前に真っ二つに割れた岩があった。もしかして頭突きで割ったのか? 頭が割れなかったのが不幸中の幸いだ。MRIとか撮った方が良いんじゃないかと大作は心配になる。
割れた岩を観察して見るが見事な割れっぷりだ。この破断面をピッタリくっ付けたら元通りにならないだろうか。
何て種類の岩石なんだろうか。妙に白っぽいから石英みたいだ。気を失う前は黒っぽかった気がするが思い違いだろうか。
白い石に灰色の縞模様があり、その中に茶色い部分がある。
これって金鉱石? 百メートル以上掘らないと出てこないんじゃなかったっけ?
「お園、これが探してた金鉱石だぞ」
「大佐はこんな石ころを探してたの? とても値打ちがあるようには見えないわ」
「いやいや、この石ころ百貫目に金が四匁くらい含まれているんだ。六十間も掘ればザクザク出てくるぞ」
菱刈金山の金埋蔵量は確認されているだけでも二百五十トン。この時代の価値に換算すると銭三千万貫文くらいだろうか。米一石が銭一貫で換算すると三千万石くらいになる。全国の石高の二年分くらいだろうか。
思ってたより少ない金額だと大作はがっかりした。国民の九割が農業に従事していた時代なんだから恐らくGDP一年分を超える金額なんだろう。だが大作の金銭感覚は最近の出来事ですっかり麻痺していた。
「普通の土でも六十間も掘るのは大層な手間よ。ましてやこんな岩みたいなところを六十間も掘れるのかしら?」
「石見銀山、生野銀山、佐渡金山といった鉱山では手堀りで何百キロ、百里以上も坑道を掘ったんだぞ。たったの六十間なんてあっという間だろ。どうせ俺が掘るんじゃ無いし」
大作は大量に湧き出る温泉水のことは敢えて無視した。
人間と言う生き物は都合の悪い事実からは目を背けたくなるものなのだ。
それにしても地下六十間にあるはずの金鉱石が何で一個だけ地上にあるんだろう。
大作たち一行がこれ以上うろうろするのを嫌った宇宙人か未来人の干渉だろうか。
まあ考えても仕方ない。大作は考えるのを止めた。
「とりあえず今晩はここで野宿だ。ほのかは小川で水を濾過。メイは薪を拾ってくれ」
この夜も大作たちはインナーを張らずにフライシートだけで四人並んで眠った。
翌朝、朝食を終えると埋めた金を掘り返す。
お園がちょっと意地悪な顔をしてからかうように言う。
「こんなにすぐに掘り返すんなら埋める必要なかったわね」
「状況が変わったんだから仕方無いよ。お蔭で萌と夢で会えたし山ヶ野金山を教えてもらえた。結果オーライだ」
言った瞬間に辺りの空気が凍り付く。大作は後悔したがもう遅い。メイとほのかが空気を読んで固まっている。
「萌と夢で会ったの?」
「それくらいで焼き餅を焼くなよ! 俺とお園は夫婦の契を結んだんだぞ!」
たかが夢のことで朝っぱらから喧嘩したく無い。大作は一度しか使えない切り札を使った。
「結んだっけ?」
「ラピュタのお宝を見つけたらって約束しただろ。俺とお園はもう正式な夫婦だぞ」
「え~~~!」
三人娘がそろって大声を上げる。大作はその混乱の隙を突く。
呆けているお園の手を引いて大作は幅百メートルほどの山間の平地を西に向かう。
メイとほのかは遠慮しているのか少し遅れて付いて来る。
しばらくするとショックから立ち直ったお園がチラチラと視線を飛ばして来た。
「何か言いたいことあるのか?」
「大佐は子供は何人欲しい?」
何だこいつ。キャラが変わり過ぎてるぞ。大作は頭を抱えたくなる。
だが、いろいろとすっ飛ばした自分が悪いのは分かってる。大作はお園の耳元に口を近づけて囁く。
「そういう話はメイやほのかがいない時にゆっくりしよう」
お園はにっこり微笑むと何度もうなずいた。
だが、後ろを歩くメイとほのかが怖い顔をして睨んでいることに大作は気付かなかった。
狭い平地を一キロ半ほど西に進むと山が迫って来た。曲がりくねった山道をなるべく南西に向かう。
一時間ほどで山道が終わり川内川にぶつかる。北西に伸びる川内川の両岸に青々とした田んぼが見渡す限り広がっていた。
川沿いに西に一キロほど進む。遙か北方三キロくらいには馬越城が見えている。
一キロほど西の高台には菱刈氏の本城である太良城も見えている。二十一世紀では本城小学校のある辺りだ。
予定通りなら今ごろあそこに向かっていたはずだったのに。大作は何とも言えない悲しい気持ちになった。
「今から十七年後の永禄十年(1567)に島津貴久が攻めて来ると菱刈氏は馬越城に籠もって対抗したんだ。でも結局は馬越城も落城。菱刈一族は北にある大口城へ逃げた。その後も菱刈氏は肥後の相良氏なんかと結んで島津氏に抵抗するんだけど永禄十二年(1569)に菱刈隆秋は相良氏を頼って人吉に落ち延びることになる」
「大佐は菱刈と手を組むのは止めにしたの?」
お園が鋭い質問を浴びせる。この二十日ほど大作は菱刈にさえ着けば全て解決だと思っていたのだ。
千キロも旅した挙句に『勘違いでした。これからどうしよう?』なんてとても言えない。
詳しいプランを説明していなかったのが不幸中の幸いだ。でも、どうやって誤魔化そう。
「山ヶ野に着いたら今後の方針を説明する。ここからは南に三時間、じゃなかった一時半ほど歩くぞ。昨日と違って一本道だから迷う心配は絶対に無い。安心しろ。Trust me!」
大作は精一杯の虚勢を張るが。だが、いつもに比べて明らかに精彩を欠いているのが自分でも良く分かった。
太良城からの方位と距離、川の曲がり方で位置を推定する。県道五十三号線に相当する道をひたすら南下だ。
昼前には天降川にぶつかった。東に中尾田城、西に横川城が見える。
この辺りも城だらけだなと大作は呆れる。まあ、要塞不要論なんて機動力のある重砲でも実用化できないと非現実的だもんな。
でも、木造の城なんて相良油田の軽質油が入手できれば火炎瓶で焼き払えるぞ。トレビュシェットとかカタパルトとかマンゴネルを使うんだ。
この時代の城の規模なんてたかが知れている。数百メートルも射程があれば十分だ。模型グライダーみたいな物を作れば命中精度は低下するが射程距離を伸ばせるぞ。そうだ、黒色火薬のロケットで推進させれば……
いやいやいや、そんな先の話は今はどうでも良い。それより、これ以上失敗したら女性陣に見捨てられるかも知れない。
大作はスマホを起動して詳しい情報を予習する。
「横川城主は北原兼正って奴だけど北原氏の庶流なのかは分からん。北原氏は日向の伊東氏と組むか組まないかで内紛状態になる。そんでもって島津氏に援助を求める奴も出てくる。横川城の北原父子は反島津氏勢力として抵抗を続ける。だけど島津貴久に攻められて永禄五年(1562)に北原兼正は自刃するそうだ」
「島津が大嫌いな大佐とは手を組めそうね」
「それに大して偉くないしな。適度に小規模勢力なので楽に取り入れそうだ」
言ってみれば中小企業の社長だ。大企業の社長よりフットワークが軽いだろう。関心さえ引ければ会ってもらうのは難しくは無いはずだ。
横川城は二十一世紀の横川中学校の西南西に建っている。そこを新たな基準点にして天降川に沿った寂しい細道を西に七キロほど進む。
川がゆるやかに北に向きを変えた。
「ここから北東に二、三百メートルくらいだ。今度こそ本物の金山だぞ」
「ふぅ~ん。二、三百め~とるって二、三町ってことよね」
物凄く反応が薄い。菱刈の失敗が響いてるんだろうか。
それでも山ヶ野金山なら…… 山ヶ野金山ならきっとなんとかしてくれる……
大作は祈るような気持ちになる。でも神様には祈らない。だって勿体無いもん。
山中を数分ほど歩くと目的地に着いた。時刻は十四時を少し回った頃だ。
辺り一面に白い石英に灰色っぽい縞が入った岩が地表に散乱している。たぶんこれが金鉱石だ。
「素晴らしい!! Wikipediaに書いてあった通りだ、この光こそ聖なる光だ!! どうだ、金鉱石がゴロゴロしてるぞ。凄いだろ」
「菱刈よりたくさんあるけど、どれもただの白い石にしか見えないわよ。こんなのに値打ちがあるの?」
お園が疑わしげな顔で遠慮がちに聞いてくる。だが、こればっかりは信じてもらうしか無い。
「これだって百貫目に一匁くらい金が含まれているんだ。ビジネスとして十分成り立つ。あとは北原にどうやって売り込むかだな」
大作がその場に腰を下ろすと三人も車座に座り込んだ。
三人の視線が大作に集中する中、大作はゆっくりと口を開いた。
「さて皆の衆。作戦会議と行こうか」




